ユニバース・グレイル 試作版 作:gfd
「──いいでしょう」
話を聞いたシビラは、数秒の思案ののちそう告げた。
あまりにもあっさりした承諾で、逆にこちらが驚いてしまう。
「……いいのか? だいぶ俺に都合の良い提案だと思うんだが」
貴女に協力するから俺も連れて行ってくれ。
……その過程でとある人を拾いたい、なんて、苦言の一つや二つ言われるものと思っていた。
「構いません。それが私の利となることは間違いない、ならば拒む理由はない……何より」
シビラはじっと俺の目を見る。
どこまでも透き通った瞳だった。
「……なんだ?」
「──いいえ、なんでも。今は時間がない、そうでしょう」
淡々と言葉を切ったシビラは、疑問を浮かべる俺に人差し指を向ける。
すると、俺の身体がふわりと持ち上がった。
「これは……念動系統?」
「ええ。私のエーテル能力です」
念動系統。エーテルを操作し、外部に物理的影響を与えるもの。
初めて見るが、地球におけるサイコキネシスのようなものだろうか。確かにこの力なら艦の装甲を破壊できる。
……超能力らしい超能力というか。俺の感知、助かるけど地味なんだよな。こういうのが欲しかった。
場違いの嘆きを感じる俺を尻目に、少女も地面から脚を離す。
そうして俺を横抱きにして──って、まさか。
「シ、シビラさん……?」
「風は私が弾きます、貴方は道の案内を」
「……了解!」
ええい、ここまで来て怖いから下ろしてなんて言えるかよ!
エーテル能力を艦全域にまで広げ、構造を再把握。さらに俺が目的とする少女の姿を確認。
事前準備を終え、シビラに見えるよう頷くと──瞬間。
「行きます」
エーテルの激流に突き動かされ、俺たちは部屋を飛び出した。
/
……そんな具合でガレージに急行したのだが。
「な、な、なんでイツキがここに!? 幻覚か!? 走馬灯見てんのかアタシ!?」
「落ち着いてコレン、俺は本物だ」
自分より慌てている人を見ると落ち着く、というのは本当らしい。
俺は俺でちょっと恥ずかしいのだが、コレンの慌てようが凄まじくて照れるタイミングを逃したというか。
とにかく落ち着いてくれないと話にならない。背中に冷たい視線をひしひしと感じながら、コレンを宥めようとした瞬間……彼女の目が、俺の背後を見た。
俺の背後に立つ、蒼銀の少女を。
「…………イツキ。誰だ、ソイツ」
先ほどまでの慌てぶりとは打って変わって、呆然と、コレンはつぶやいた。
「……俺の協力者だ」
「協力者って……オイ、イツキ、まさかコイツはッ」
「──下らない話にいつまで時間を割くつもりですか?」
冷や水を浴びせかけるような声。
振り向けば、何も変わらぬ無表情──ただわずかに苛立ちを滲ませたシビラが、俺もろともコレンを睨み付ける。
「犬のように喚いて、鬱陶しい。今は時間が惜しいと察することもできないのですか?」
「なっ」
「──それとも本当に、我らを食い止めようとする帝国の飼い犬であると? ならばこちらも躾けようがありますが」
「……テメエ」
ギリ、とコレンが歯を食いしばり、憤りのままに俺を押し除けようとして。
俺はそれをすり抜け、双方に手を伸ばした。
「待った。二人とも、落ち着いてくれ。今は喧嘩してる場合じゃない」
「だがイツキッ」
「ごめんコレン、今は落ち着いてくれ。後でちゃんと聞くから。……シビラさんも、気を鎮めようとしてくれたのはわかる、ありがとう。でも今は俺に任せてくれないか」
そう告げると、コレンはバツが悪そうに俯いた。シビラもふうとため息を吐いてから、シャッターの方に向き直る。警戒するからそちらは任せる、とでも言うように。
……気が動転したコレンをクールダウンさせるためってのは能力で伝わってきたが、本音も幾分か含まれているんだろう。早いところ話を進めなければ。
俺は両手を下ろし、コレンに向き直った。
「とりあえず無事で良かったよ、コレン」
そう笑いかけると、コレンもまた息を吐いて、俺を見つめた。
「……オマエもな。心配してたんだぜ……もっとも、とんでもないことやらかしたみてーだが」
「色々事情があってな。説明すると長いんだが……」
「端的に頼むわ」
「……帝国は俺を引き渡すつもりがないらしい」
さ、とコレンの顔が青くなった。これだけで察したらしい。
「ついでに言うと、俺を従わせる材料としてコレンを使おうとしてる。なんとかできないかと考えてたところに、そこのお姫様の襲撃があって……」
「…………噂の第四王女か」
「そう。で、利害の一致で協力してるってワケだ」
コレンが呻くように顔を抑える。
「……そうか、帝国が…………そりゃ、しゃーねーか……」
その声色には、複雑な気持ちが宿っていた。
積もった不満、生々しい怯え、奇妙な納得感──そして慣れ切ってしまった諦観。
今まで見せたことのない姿に、どくり、と心臓が痛む。だがそれを言葉にする前に、コレンはバッと顔を上げた。
「……オーケー、理解した。アタシだって帝国には良い気持ちはねえ、邪魔はしねーさ……それで? イツキと、そっちのお姫様はなんだってガレージに?」
「……シビラ曰く、自分では戦況はもう覆せないらしい。だから……」
深呼吸する。
「……だから、帝国の宇宙船を掻っ攫って、この星から脱出するつもりだ」
そのための機体がここにある。
コレンを含めた整備士たちが日夜整備している、星間飛行を可能とする航宙艇が。
コレンは目を見開いて、なるほど、とつぶやいた。
「……確かに、そこの姫様のバカげたエーテル能力とイツキの感知があれば、脱出の目はある……か。筋は通ってるな……」
コレンは側にある機体に触れる。懐かしむように、惜しむように撫でて、手を離した。
そのまま俺に向けて手を差し出す。手のひらに乗っているのは、小さな鍵。
「これは……」
「航宙艇のコードキーだ。整備士は権限の弱い予備を預かってる……調整もさっき済ませたところだ、やるよ」
ぶっきらぼうに告げるコレンから鍵を受け取ると……彼女はどっかりと座り込んだ。
帽子を深く被り、蹲る。まるで自らを抱きしめるように……俺を拒絶するように。
「アタシは……ここで倒れてる。アンタらに強引に鍵を奪われたって体でな」
「……コレン」
「叱責されるだろーけど、ま、なんとかなるだろ」
「コレン」
段々と。
「……んだよ、はやく行けよ。パイロットどもが来る前に行ってくれねーと、アタシの立場もねーんだぜ」
「コレン」
少女の声が、枯れていく。
「……早く。もう、用は済んだだろ?」
彼女は、泣いているように見えた。
いつも俺を気遣って。
いつも俺に寄り添ってくれたコレンが。
よりにもよって、そんな────誰にも縋れない、子供のように。
泣いているように見えたのだ。
「いいや」
「まだ用は済んでないぞ、コレン」
膝をついて、コレンに目線を合わせる。
彼女は咄嗟に帽子で目を隠したが、もちろんそれを退けるようなことはしない。
「……んだよ、まだ何かあんのかよ……パイロットが来るって言ってるだろーが……」
「それは大丈夫だ。言い忘れたけど、ガレージに来るまでの通路はシビラさんに塞いでもらってる」
「……うそだろ」
呆気に取られたコレンに対して、力強く頷いてみせる。
俺が暗記した艦内の地図を参考に、ガレージへ通じる道には艦の装甲を利用した防壁を固めてある。今頃パイロットたちはそれの突破に手間取っているはずだ。
もっとも、無駄に時間をかけていられないのも事実。だからこそ、俺は要点だけを告げる。
「まだ一番重要な目的が果たされていない。だからまだ、脱出はできない」
「……なら……なら、何が目的なんだよ!!」
吠えた。
帽子を跳ね上げ、茶褐色の瞳を睨め上げて。
堪え難きを吐き出すような感情の吐露。彼女が見せたことがない、ありのままの姿。
「もう、アタシは何もできねーぞ!! アタシは、ただの整備士で……!! 特別なオマエらとは……!!」
──だからこそ。
そこから先は言わせない。
「
「………………は?」
弾かれたように俺を見上げるその瞳に微笑んで、俺はコレンに手を差し伸べた。
「俺の目的は君だ。コレン・バーニー」
「な、にを」
「俺は、君と一緒に宇宙に行きたいんだ」
……改めて言うと気恥ずかしいな。三流のロマンス映画みたいだ。
でも、迂遠な表現なんてしてられない……そんな時間はないから、許してくれ。
「……ホントは、君と縁を切ることも覚悟していた。帝国に従わざるを得ない状況で、俺を縛り付けるために君が使われることが嫌だったから。それくらい君には恩がある。ずっと友人でありたいと思う以上に、君に報われてほしかった」
「…………」
「けど、予想外のことが起きた」
ちらり、と姫君を見た。
彼女はシャッターを警戒している。俺の話を邪魔しないように。
それが合理性ゆえであっても、ありがたい。
「安牌を選ぶなら事態の鎮圧に協力するべきなんだ。今後、俺の帝国の地位も保障されるかもしれない……だけど、それじゃあダメなんだ」
「ダメ、って……なんでだよ。イツキが幸せになれれば、それで……」
「そこにコレンはいないだろう。……よしんば俺の功績でコレンの自由を保証できても、それはもう友人じゃない。籠の中の鳥と、その飼い主でしかない」
だからダメなのだ。
それでは縁が続いたとして、おかしくなる。狂って、捻れて、その果てに破綻する。それなら縁を切ったほうがよほどいい。
「けど、もしもそうでない道があるとしたら。俺とコレンが友人でいられて、なおかつお互いが幸せになれる道があるとしたら……」
「……それが……今だってのか」
コレンは言った。
「あの姫様がぶち抜いた……第三の獣道。イツキはそれを選ぶってのかよ。絶対、幸せになれる道があるのに……それを捨てて……。歩いた先に、何があるかもわからねえのに……!」
「だとしても。そのリスクを承知の上で、俺はその道を歩きたい」
それだけの価値が、コレンにはある。
断言すると、コレンはぎゅっと目をつむった。
「…………」
「聞いての通り、これは完全な俺のわがままだ。コレンの意思なんてまるで考慮していない。だから断ってくれても……いや、それが普通のことだってのは、忘れないでくれ」
その上で俺は問うのだ。
「君の整備士としての腕も、俺たちが知らない宇宙の知識も……全部丸ごとひっくるめた上で君が欲しい。俺と一緒に来てくれ、コレン。君がいてくれれば、きっとこの旅は楽しくなる」
「……………………」
長い、長い沈黙だった。
ともすれば、拒絶とも取れるような永い闇。
俺は、彼女に差し伸べた手を、ゆっくりと引っ込めようとして────その瞬間。
「……そんだけ熱心に口説かれたら」
彼女が俺の手を掴む。
歓喜とともに。
喜びとともに。
覚悟と、ともに。
「応えてやらなきゃ、女が廃る……ってな!」
「……コレン!」
「っ、嬉しそうな顔しやがって! こっちまで恥ずかしくなるだろーが!」
コレンは俺の手から鍵を抜き取ると、それを一気に装甲の鍵穴に差し込んだ。
ガコン、と大きな音を立てて開くハッチを前にして、彼女は叫ぶ。
「おーい姫サマ! 話は着いたぜ! 警戒はもういーから早く乗り込め!」
その声を受けてシビラが振り向く。
無表情だが、やれやれ……とでも言いたそうな雰囲気だった。
「……ようやくですか。しかし随分な変わりようですね」
「っへへ、あんだけ熱烈にスカウトされたらそりゃテンションも上がるっての!」
「なるほど。しかし、ウジウジと不愉快な振る舞いをされるよりは好ましい」
「さっすが姫サマ、話がわかるぜ!」
「君ら馴染むの早くない……?」
というよりコレンのコミュ力が高いのか。俺には真似できない芸当だ……。
そんなふうに慄きつつ、俺もコックピットに乗り込む。唯一空いているのは運転席……運転?
咄嗟に顔を見合わせた俺とシビラに、緊張が走る。
宇宙船の運転なんてしたことないぞ。
「大丈夫だ、安心しろイツキ」
「コレン……!」
そうか、コレンは整備士! 操縦技能も持っている……! やっぱりコレンを勧誘して正解だった!
ぐ、とサムズアップするコレンは、良い笑顔のまま言い放った。
「運転方法は教えてやる!」
「えっ」
「……アタシじゃ身長足りねーんだよ。座席に座ると手が届かねえ」
「あっ、でも俺……いや……ああ、もう!」
これでも原付の免許持ちだ、やってやれないことはないはず!
コレンに囃されるまま、運転席に座る。しっかりと操縦桿を握り……覚悟を決めた。
「シビラさん、外壁をぶち抜いて道を作ってくれ! さらに俺たちの身体が吹っ飛ばないように念動で固定!」
「いいでしょう」
「コレンは俺の側でアシストを! ヤバくなったら俺を椅子代わりにして運転してくれ!」
「了解!」
ぎゅんぎゅん、とエンジンが回り、操縦席内にエーテルが満ちていく。
そうか、この世界のエンジンもエーテルで回るのか……なんて気付きを得ているうちに、外壁が崩れ落ちていく。
さらに外壁の向こうを見れば、青い青い海の向こうまで輝く橋が架けられていて──咄嗟にシビラを見れば、頷いた。
「エーテルで道を作りました。飛翔の助けにはなるはずです」
「ナイスだ姫サマ──いけるぜイツキ!」
「わかった!」
アクセルを全力で踏み込む。
その瞬間、全身に大きな負荷がかかり────航宙艇が、凄まじい勢いで飛び出したのだった。
──かくして、俺たちは最初の星を旅立った。
惑星サフィラの姫、凄腕の整備士、そして稀人。地位も生まれもバラバラで、似通っている点など何一つない俺たちだが……それでも。
これが俺たちの旅の出発点だと、胸を張って言えるのだ。
「…………」
少女は窓から世界を見た。
限りなく広がる青い海。遠ざかっていく
次いで、自分と共に旅立つ少年を見る。自分を前に気後れせず、交渉を試みる胆力を持ち──対して今、仲の良い整備士と戯れる姿は、年相応に映る稀人を。
……それだけならば惹かれるものは何もない。しかし少女は彼の提案を受け入れた。
何故? 問うても答えは出てこない。無自覚、としか言えず……ゆえに少女は思考を打ち切り、再度故郷を見下ろした。
その瞳には知性がある。
その瞳には冷徹がある。
「……必ず」
その瞳には、覚悟がある。
何物にも代え難いほどの覚悟が──シビラ・サフィラヴィアを突き動かす。
「……必ず、この星を取り戻す。待っていろ、我が、同類」
遥か彼方、憎むべき怨敵。
その姿に手を伸ばし──少女は拳を握りしめた。
彼方に駆けて行く船を見る者が一人。
撃ち落とすために掲げた腕を下ろした男は踵を返す。
「申し訳ありません、やはり第四王女が“守護者”であったようです」
「そのようだな」
側に控えた男の報告を他所に、彼は一点を見つめ続ける。
「……此度の失態、償いきれぬものであります。どうか如何様にも処罰を」
「構わん。私と同類であるならば、並みの能力者では抑えきれん。
「ですが……」
「くどい。どうしようもない失点を責める意味はない」
男は大きく諸手を広げる。
────宙に浮かぶ蒼白の卵、それを抱きしめるように。
我が物であると告げるように。
「何より、〈
「おお……おお!」
感極まったように侍従の男は跪く。
彼らの王に。
彼らが信ずる、真なる王に。
「おお、我らが王! エメラダ帝国総統閣下、メラヒム・エメラディア様! 御身が野望に、どうぞ我らをお使いください……!! 御身が大望こそが我らが望み!! 御身の望む頂きへと、どうか我らをお導きください……!!」
王は決して笑わない。
その貌が歪むことは決してない。
彼らはそう在るよう生まれたのだから。
「……無論だ。私は必ず、お前たちを安寧へと導こう」
彼は蒼き玉座を見つめ続ける。
この星から逃げた者のことなど、彼にとっては振り返る価値もないのだから。