ユニバース・グレイル 試作版 作:gfd
第十一話 今後の目標(Ⅰ)/タフ・コミュニケーション
「方角はこのままだ。ハンドル脇のレバーを引いて……ヨシ、もう離して大丈夫だぞ」
無我夢中だった。
凄まじい負荷に負けないよう、しっかりとハンドルを握り……そうして気付いた頃には、
「ここまで来りゃ、とりあえずは安心だな」
力が抜けた様子のコレンは、そう言って背を伸ばした。
彼女は俺の側でずっとナビゲートをしていたので、疲労もひとしおなのだろう。
窓からサフィラをじっと見つめていたシビラもまた首肯する。それでようやく、俺も安心して息を吐いた。
「第一目標は無事達成、か」
「そのようですね」
俺とシビラは、お互いが協力するにあたり、なすべきことに優先順位を付けていた。
まず第一目標、是が非でも達成しなければならないのが惑星サフィラからの脱出。
そのために必要な星間航行を可能とする航宙艇の奪取が第二目標。
そして第三目標こそが、整備士であり、俺たちが疎い宇宙情勢を知るコレンの確保だった。
シビラが第三目標たるコレンの価値に理解を示してくれなければ、これほどスムーズには進まなかっただろう。……最悪、誘拐も視野に入れていた。
感謝を胸に彼女を見ると、輝く光が目に入る。エーテル操作の感触を確認しているようだった。
「どうだ? 宇宙でも戦えそうか?」
「……サフィラにいた時より動かしやすいほどです。体調も問題ありません」
「ならよかった……コレンは? 体調に何か変化はあるか?」
「こっちも問題ねーよ。元々連盟所属だしな」
にひひ、と笑うコレンに頷きを返す。元々彼女は俺よりもしっかりしてるし、大丈夫だろう。
全員の無事を確認して、否応なく頬が緩む。
なんとか上手くいったという実感が溢れるも……それを落ち着かせるように深呼吸する。
それに身を任せるのはまだ早いのだ。
「このまま進めば目的地に着く、んだよな?」
「おう。この地点から行ける場所に連盟のコロニーがあってな、あそこなら今のアタシらでも受け入れてくれるハズだ」
トン、と航宙艇の内部走行を叩き、コレンは笑った。
「コイツは高速航行モード付きのハイエンドだからな。エーテルを噴かして一気に進んでくれるぜ。姫サマのエーテル能力もあるし、この勢いならあとちょっとで着くだろ」
コレンのお墨付きがあるなら心配ないか。
ならば、と俺は二人を見た。
「……よし、なら次にやるべきことを決めよう」
「やるべきこと?」
首を傾げたコレンに対して、シビラが俺の言葉を続ける。
「サフィラから脱出する、というのは、言ってしまえば第一段階に過ぎません」
最初にしては劇的すぎるが、そうなのだ。
そこを潜り抜けて初めて、目標を掲げることが許される。だからここで安心するのはまだ早い。
「なーるほど、自由に動くための前提ってワケか。となるとまずは……」
「……大目標の擦り合わせが必要になる」
「ま、そーゆーこったな。各自バラバラな目的のために動いたらどーにもできねえ」
コレンの言う通り、今後一緒に行動する──かもしれない以上、まずは目的の統一が必要だ。
もっともコレンは俺の誘いに乗っただけなので、実質的には俺とシビラの意識合わせと言えるだろう。
自然、ちらりとシビラを見ると……ふう、と彼女は息を吐いた。
「では、私から。私の目的は“惑星サフィラの奪還”です。……言うまでもないことかもしれませんが」
とても端的で、力強ささえ感じる宣言。
それを聞いたコレンは然りと頷き、ついで俺に目を向けた。
「そりゃサフィラのお姫様だしなー。で、イツキは?」
「俺は……」
俺の目的、目的か。……改めて考えると曖昧だ。
コレンと一緒に帝国から脱出できた以上、シビラと協力関係を交わすに至った目的は遂げている。だからないと言えばないのだが……それをそのまま口に出すのは、シビラの手前、どうにもな。
唸りながら、薄目でシビラを見た。
蒼銀の髪。氷の瞳。深い深い色合いは、どこか海を連想させる。
……そういえば、彼女を察知した時も海を眺めていた。
あの地球によく似た海を眺めながら、俺は────
「……地球」
「ん?」
「地球を、探してみたい」
「……チキュウって、確かイツキが元いた世界だろ? ここには……」
咄嗟に口を噤んだコレンに大丈夫だと笑いかけて、俺は言った。
「地球に帰る手段を探してみたいんだ。俺はここに来れた、ならこの世界からも地球に帰れる可能性はゼロじゃないはず」
「まァ、理屈で言えばそーだが……」
「もし見つかったとして、実際に帰るかはわからない。でも探すことは無意味じゃないだろう?」
そのために命を賭けるつもりはない。所詮は思いつきに過ぎないのだ。
ただ大目的として、“帰還手段の捜索”を掲げるのは悪くない気がした。壮大で、迂遠で、何よりわかりやすいところがいい。そっちの方が長く使える。
「アタシは……ま、別にいーとして。っつーことは……」
「私とイツキの目的は合致しませんね、当然と言えば当然ですが」
シビラは腕を組んで俺を見つめる。その視線には、俺の対応を見ようとする意思が垣間見えた。
「……まあ、シビラの言う通り最初からわかってたことだ。別に驚きはない。ならどこまで一緒に行動できるかって話になる」
大目的の達成のために必要なこと──小目的をいくつ共有できるかで話は決まるのだが。
さて、俺はその辺りの情報がわからない。だからここは素直に人に聞くことにする。
「コレン、君は何か思い当たるものはある?」
「お? アタシか? んー……そーだな」
喜色を滲ませながら考えたコレンは、懐からペンと手帳を取り出した。
「まず前提として、二人は宇宙に疎い。イツキはアタシが艦で色々教えてやったからまだマシとして、姫サマの方はマジでなんも知らんだろ?」
「……そうですね。サフィラでは宇宙進出を考える者はほとんどいませんでした。それを可能にする技術力もなく……それを“爺や”は嘆いていましたね」
微かな後悔を滲ませて、シビラは窓を見る。
そこに触れてはならないものを感じたのか、コレンは眉をひそめた。
俺としてはそちらよりも、彼女が初めて感情を漏らしたことが驚きだ。爺やというのは、それほど大切な人物なのだろうか。……って、今はそっちを気にする必要はないか。
思わず思案に浸りそうになった自分を諌めて、俺はコレンを見る。今は話を進めてくれと。
それに気付いたコレンは、俺に頷き返してから、パンと手を叩いた。
「ともかくだ。幸いまだ時間はあるし、最低限の概要を教えるぞ」
そう言ってコレンは、帝国と連盟の存在を口にしてからは、手にしたペンで図を描いた。
球体とそれを囲うような円、その端々に小さな球。ちょうど土星を囲う環のようだった。
「真ん中の球体がサフィラとして、ここのちっちゃい球。これがコスモス連盟に属する“コロニー”になる。コロニーは連盟の構成員が働いてて、ひとつひとつが完結した居住性と戦力を保有してる。実質的にコロニーが連盟の領地と言ってもいいな」
「……少し待ってください。その例えだと、サフィラの周囲には既に帝国以外の勢力が陣地を形成していると?」
確かにその懸念は尤もだ。その場合、帝国をなんとかできても連盟の脅威に晒されることになる。
しかしコレンはそれを理解していたのか、首を振った。
「安心しろよ姫サマ。アタシの記憶の限りなら、サフィラ付近に大規模コロニーは建造してねえハズだ」
「そう、ですか。申し訳ありません、話を遮りました」
「ヤ、アタシの説明不足だ。今後は気をつけるぜ。……で、だ。アタシの提案としてはこっからが本番なんだが……」
ピ、とペンを俺とシビラ、二人に向けて、コレンは不敵に笑った。
「全員まとめて連盟に所属しちまえばいい」
「……連盟に?」
「イツキの目的である帰還手段の捜索……そして姫サマの目的である故郷の奪還。どっちも連盟に所属することで近づけるかもしれねえってコトだ」
そう言われて気づいた。
単純な話だ。連盟は帝国と敵対している……ならばサフィラとしては、連盟の力を借り受けることで帝国を追い出せるかもしれない。
そして俺……というより稀人の保護を表明している連盟は、異世界に通じる手がかりを持っていても不思議ではないのだ。
「今アタシらが向かってるのは連盟の小規模コロニーだ。この時期ならサフィラ付近を航行してるハズだし、この航宙艇なら充分追いつける。そこに寄港して、連盟に入るのさ」
「……なるほど。帝国と敵対する連盟なら、私の要請に耳を貸してくれるかもしれない……」
「稀人の保護自体、帰還手段を有しているからって可能性もある。いや、それなら公言して稀人自身を動かすかもしれないが……どっちにしろ、同じ稀人の力を借りられるのはありがたい」
口々に感心する俺たちを見て、コレンは慌てたようにかぶりを振った。
「ヤ、偉そーに言っといてなんだけどよ! これにはいくつか問題があってな……」
「問題?」
一瞬、口ごもるように唸ってから、コレンはゆっくりと口を開いだ。
「……まず、姫サマに関してだが。もし姫サマが自分はサフィラの王女だって言っても……言っちゃ悪いが信憑性に欠けちまう。証人が
「……」
「で、次の問題点だが……連盟の力を借りたとして、サフィラを奪還できるかは……正直怪しい」
「……詳しく聞かせなさい」
言外に、“嘘をついたのか? ”と問うている。その全身から重圧とともにエーテルが放たれて、蒼銀の髪が微かに輝いたのが見えた。
いざとなれば自分が……と覚悟しようとした瞬間、ちらり、とコレンが片手で俺を牽制した。
その目には、大丈夫だから心配するな、と浮かんでいて。
「……嘘をついたつもりはねえ。アタシとしても確信が持てない話なんだ、これは」
「……」
「連盟はその総力として帝国と拮抗してる。それは間違いねえ、そうじゃなきゃ今頃帝国の天下だ。だが所属惑星でもないサフィラを奪還するために多大な戦力を投入するかってなると、アタシとしては断言できねえのサ」
「……そうですね。リスクを踏まえれば、それは当然のこと。ですが貴女は、連盟の力を借りたとして、と言いました。それはつまり、戦力を割いたとしても奪還できないと、そういうことではないのですか?」
鋭いシビラの視線に、しかしコレンは揺るがない。
「オイオイ、アタシはちゃんと“早期”って付けただろ。……これは一つ目の問題点も絡んでくる話だけどな。姫サマが身分を証明し、サフィラが連盟に加わるという盟約を結び、戦力を借り受けるほどの信頼を得るまで、かなり長い時間がかかると見てる。そしてその上で、その時間で完全に帝国領化したサフィラを奪還するのは」
「難しい……と言わざるを得ない、か。サフィラは対空戦力に欠けていたはず……全戦力を割くはずもない」
もちろん帝国もそれはわかっているだろう。サフィラを領土化する過程で、対空戦力も整えるはずだ。
その場合、連盟がサフィラ攻略に手間取ってる間に、他艦隊の救援が来て負けてしまい、ということもあり得る。
「で、どうだよ。これがアタシが怪しいって言った理由だ。これを聞いても、嘘をついたって言えるのか?」
コレンが最後にそうまとめて、警戒心を込めてシビラを睨むと……彼女は、ほうと息を吐いた。
鋭さが消えた瞳でコレンの顔をまじまじと見ている。まるで今、初めて認識したかのように。
「……いいえ、言えませんね」
「そーか、納得してくれたか」
「ええ。私に怯えることなく説き伏せるとは、なかなかの胆力。整備士……いいえ、貴女。名前は?」
「コレン。コレン・バーニーだ」
「コレン。その名前、確かに覚えました」
「お、おう? ありがとう?」
……これは、仲良くなったと言えるのだろうか?
王侯貴族のコミュニケーションはよくわからないな。