ユニバース・グレイル 試作版 作:gfd
〈遺産〉。
それを聞いた俺は、
だってそうだろう。今まで聞いてきたこの世界の空気感とは、何かが食い違っている。
似合わない、似つかわしくない異物感。遺されたモノであるがゆえの歯車のズレ。そう感じてならないのだ。
……もっとも、俺はそれを口にはしなかった。
きっとこれは、俺が異世界人だから……この世界における“異物”だから感じるだけの、意味のない感傷。それに彼女たちを付き合わせる意味はない。
「規格外のアイテム、か。それが〈遺産〉……」
「ええ。その由来はこの宇宙を去った上位種族に由来する、と言われていますが……今はいいでしょう、
聞く人が聞けばロマンなのだが、シビラはバッサリと切って捨てた。それを訊いてコレンがすごい顔してるので、彼女はロマン派らしい。
もっとも、俺も実利を求めるタイプなので特に遮ったりはしない。話してくれ、と促すのみだ。
「重要なことは、
「……ちょっと待った」
「ええ、構いません」
サラッと話を続けるよな、この姫様。
すごい顔からとんでもない顔になったコレンを横目に見ながら、俺は問う。
「今、実在するって言ったよな。コレンがおとぎ話だと断じたものを」
「ええ」
「その根拠を知りたい」
すると、シビラは少し考え込むようにして……首を振った。
「……明かすことはできません。これはサフィラが秘中の秘、みだりに口にすることは禁じられている」
「それで、信じてもらえると?」
「…………それでも、信じてもらう他、ない」
振り絞るような声だった。
自分でも無理筋だと思っているのだろう、言い切る姿にはかすかな苦渋が垣間見えた。
俺は少し考えてから、……ゆっくりと頷く。
「…………わかった、俺はそれでも構わない」
「良いのですか?」
信じられない、とばかりに顔を歪めたシビラに苦笑する。そっちが言ったことだろうに──いや、自分で言ったからこそ、か。
「いいかどうかで言えば、そりゃ悪いよ。でも、この短い時間でも、シビラさんがくだらない理由で口をつぐむ人間じゃないってことはわかる。なら、本当に言えないんだろう」
シビラは合理主義だ。それもきっと、かなり冷えた重度のそれ。
そんな彼女がどう考えても不信がられる選択を選んだということは、そうするに値する理由があるのだ。
ならばそれを尊重したい。ただ彼女を尊ぶためでなく、円滑に話を進める合理性の一環として。……きっとその方が彼女も理解しやすいだろうから。
それが伝わったのだろうか。
目に見えて彼女は安堵して、ほう、と息を吐いた。
「……貴方に深く、感謝します」
「ただ、いずれ話せるときが来たら話してほしい。他のことについても同様、話せることはできる限りな。そうじゃないと
「ええ、言われずとも。私に話せることであれば、必ず」
力強い断言に、俺は頷きを返したのだった。
……そういえば、彼女の表情が変わるのを見たのは初めてだ。遺産とは、それほどまでに彼女にとって重要なことなのだろうか。
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「〈遺産〉は実在する。そしてその力はまさに、おとぎ話がごとき権能である。重要なのはこれらの事実であり──」
説明を再開したシビラは、俺たちに向けて指を二本立てる。それが今しがた告げた“事実”を指すことは明白だった。
「──それが示すのは、〈遺産〉がこの状況を解決し得る逆転の一手になる、ということです」
「なるほどな。だからこその提案、か」
「ええ。連盟での栄達を目指しながら、並行して〈遺産〉の探索を進める。連盟で私たちがどのような行動を取るかはわかりませんが、それでもサブプランとしては充分でしょう?」
「…………」
確かに、その通りだ。
発見できるかは別として、サブプランにはうってつけと言える。
「だけど、〈遺産〉にも色々あるんじゃないのか? 全部が全部俺たちを願いを叶え得るモノで、それらが実在していたなら……正直、酷いことになる予感しかしないぞ」
俺の願いである世界の移動。シビラの願いであるサフィラの奪還。
それらを遺産全てが叶え得るとしたら、核兵器よりもタチが悪い。どこからか湧いてきた遺産で全てが崩壊する、というのもあり得る。
そんな俺の懸念に対して、シビラは首を振った。
「〈遺産〉のスケールは、基本的に惑星規模には及びません。そして帝国が私の想定通りの存在であるなら、たかがその程度の〈遺産〉ではひっくり返せない力の差があります」
「……帝国は……いや、それは今はいいか」
重要なのは言外に隠された意図。
「君は知ってるんだな、それを可能にする〈遺産〉を」
「
シビラは躊躇なく頷き、言った。
「私が知る中で、最大最古にして最強の〈遺産〉。それこそラキュラス星系が至宝──『最果ての聖杯』。私たちが探すべきは、その〈遺産〉です」
「……聖杯、ね。その機能は?」
「
全能、全能と来たか。
俺は額に手を当てて、息を吐く。思ったよりもスケールが大きくて、頭が混乱してきた。
それでもどうにか頭を落ち着かせてから、俺は口を開く。
「それは、本当に、なんでもできるって解釈でいいのか? この、世界で」
「まさしく、担い手の願いを叶える代物であると聞きました」
「そうか……そりゃとんでもない……が、確かに、それさえ見つければ俺たちの願いも当然叶うな」
故郷への帰還も、サフィラの奪還も。夢の願望機に願ってしまえばそれで終わり。
もはやそれに収まる規模ではないが、ともかく目的は全て達成されるわけだ。
「もちろん容易ではないでしょう。私が知っているように、おそらく〈遺産〉……それも聖杯の存在に確信を持っている者は、過去に何人もいたはずです。それでも誰も見つけられなかった」
「まあ、コレンがおとぎ話って言ってる以上はな……」
「ですが、存在する。それだけは確かなのです」
ぐ、とシビラは拳を握る。
そこにレイラインが走って、微かにエーテルが震えたのを感じた。
「存在を知る者。探知の異能を持つ異世界人。現時点でも二つのピースが揃っている……ならば、誰も見つけられなかった聖杯を見つけられる可能性は……ある」
……おそらく。
おそらく、シビラが知っていることはそれだけじゃない。
口にできないこと、してはならないこと、それら全てを包括した上での断言。彼女なりの確信はそこに成り立っている。
最果ての聖杯。
薄い雲越しの月のように朧げで、俺にはその輪郭も見えないけれど。
「……よし、乗った」
それを目的とするのに、些かの支障もない。
「ダメで元々、もしかしたらのサブプランなんだ。シビラさんが存在を確信してるだけ、博打の中では現実味がある。なら俺のやるべきことは、それを信じて進むだけだよ」
「……ありがとうございます」
「いいよ、そんな畏まらなくて。で、そうと決まれば……コレン」
ずっと硬直していたコレンに声をかけると、彼女は呆然と俺を見て……ハッとする。
「う、お、……すまん。ちょっと意識トんでた」
「急にこんなこと言われちゃ仕方ないさ。俺が受け入れられたのは、詳しいことを何も知らないのが大きいしな」
たとえば、もし俺が地球にいた頃に“実は俺魔法使いなんだ”って友達に魔法を見せられたら、きっとコレンのように固まってしまう。
単純な話、常識外の存在を目の当たりにすれば誰でもそうなるのだ。だからコレンが悪いわけではないと伝えると、彼女は申し訳なさそうにしつつも頷いてくれた。
ともかく、コレンが正気を取り戻したところで本題に入る。
「コレンから見て、〈遺産〉についてヒントになりそうなものはないか? 有名な学者とか」
「………………アタシの知る限り、ないな。いや、調べりゃあるかもしれねーが、アタシもそこまで熱心に〈遺産〉を信じてたワケじゃねーんだ」
ただ、と前置きして、コレンは言う。
「もし本当にあるとしたら、当然人の集まる場所……それも宇宙全体を行き来するお偉方が集まる場所に、情報は集まると思うぜ」
「……なるほど、連盟のパーティーか」
「ああ。連盟のネットワークを駆使すればヒントくらいは見つかるかもしれねえ。つっても、今まで見つかってないから望み薄かもしれねーけどな」
「ですが、ある意味で好都合なのでは? 過程が一部共通している以上、サブとして独立するのではなく、主軸の一環として設定できる」
「確かにそーかもな…………ンン、サブとかメインとかこんがらがってきたぜ」
サブプランを持ち出した俺から言うのもなんだが、どっちのプランも密接に絡み合っている以上、あえて分類する意味もなくなったってことだろうな。
頭を抱えるコレンに苦笑し──その瞬間。
「……ん?」
知覚の端、広げていたエーテル探査に妙な反応が引っかかったのを感じて、思わず声が漏れた。