ユニバース・グレイル 試作版 作:gfd
桟橋からしばらく歩くと、そこはエントランスだった。
一度だけ見たことがある空港の待合室のように広々としているが、その割に妙に閑散としていた。
「ここがラムダの宇宙港内部です。それほど大きなものではありませんが、設備自体は整っておりますのでご心配なく」
女によると、ここから複数の桟橋──停泊通路に繋がっているのだとか。実際、俺達もその一つに停泊している。
その割に妙に人気がないのは何故だろう、と首をかしげ……そういえば、ラムダは人の行き来が少ないとコレンが言っていたことを思い出した。
……なんとなく日本の空港をイメージしていたのだが、やっぱり宇宙は宇宙。気軽に移動は出来ないらしい。
「ご希望でしたらしばしの間、エントランスを見て回ることもできますが、どうしますか?」
「ヤ、そりゃ後でもできるからな。まず登録を済ませよーぜ」
「かしこまりました。では、こちらに」
くすりと微笑んだ女は、ぴ、と左手の人差し指を立てる。
自然と俺達の目がそこに向いた瞬間、そこにウィンドウが現れた。
「それは──」「お、おお!」
「おや、稀人の
訝しげに眉を細めるシビラ、フィクションで見覚えのあるものに興奮する俺とは対照的に、コレンは落ち着き払っている。
「連盟市民だぜ、当然だっつーの。……指輪型の
「ふふ、ありがとうございます」
改めて女の指に目を向けると、確かにそこに指輪がある。あれがこのウィンドウを発生させている元、なのだろうか。
「お二方も気になっている様子なので軽く説明しますと、こちらは連盟市民が共通して持つ端末です。コロニーが保有する機能にアクセスする権限、といった方がわかりやすいでしょうか。中央管理局におらずともその機能を扱えるので便利ですよ」
「……それは俺達も使うことができるんですか?」
「市民登録を行なった者には無償で提供されますよ。もちろん私たちが使うものとは規格は異なりますが」
説明しながら何やら操作した後、女はポイ、とウィンドウをこちらに振るう。
ええっと──連盟加入同意書?
コレンにちらりと見せれば、しばし目を這わせ……不審なところはない、と頷いた。
「……それで、これはどう書くのですか?」
「こう、指先にエーテルを集中させてな? ピッと」
「ピッ……」
すごい、シビラが無表情ながら変な顔してる。
とはいえ、この場にいるのは全員エーテル能力者である。既に要領は掴んでいるので、俺とシビラの指先にエーテルの光が灯る。
そして、日本で散々やったように自分の名前を書こうとして。
気付いた。
「名前か……ん? 名前?」
「……どしたよイツキ、なんかすげえ顔して固まってるケド」
「…………おれ、この世界の言葉、知らない」
「「は?」」
……いやね、俺もね。なんかおかしいなーとは思ってたんですよ。
だってコレンの言葉がわかるし、船内構造を盗み見た時も支障なく把握できたり。ちなみにサフィラ──シビラの言語もコレンと同じ言語だと認識できていたのだが、よく考えればだいぶおかしい。
日本にいた頃は日本語しか理解できなかった。もちろん英語は人並みには勉強していたが、マルチリンガルなんて夢のまた夢。
「ヤ、まあ、気付かなかったアタシも迂闊だったけどよ……多分
「すみません……」
「別にイツキが謝ることじゃねーっての……ええっと、管理局員サン。アタシが代筆する、ってことで構わねーか?」
コレンが問うと、彼女はくすりと笑いながら答えた。
「彼のエーテルを用いるなら問題ありませんよ」
「んじゃ、そーゆーことで。……色々気になることはあるけど、それは後に回すか」
「……そうだな」
何故俺がこの世界の言語を知らなくても、理解できるのか。
そして──俺だけの疑問が、ひとつ。
彼女たちはそういうものだと思っているが、どちらにも属さない俺だからこそわかる違和感が喉に突き刺さる。
何故、
それに対する疑念を胸に、コレンの手を借りてサインする。
漢字の上に連盟言語のふりがな付きの名前と、そしてシビラの美しい筆跡(筆跡でいいのか?)が際立つそれが入力されたウィンドウを女に返す。
女はウィンドウを確認した後、満足げな笑みを浮かべてそれを閉じた。
「……エーテルサインを確認しました。シビラ・サフィラヴィア様に、イツキ・タカセ様ですね。これで手続きは完了ですので、以降は自由になさって構わないのですが……」
そこで言葉を切って、女は苦笑する。
「……とはいえ、ラムダについて何も知らない方々を放り出すのも管理局としては不親切というもの。軽くですが、ラムダの構造について説明しておきますわね」
また新たなウィンドウが表示される。
これは、船内の地図だろうか? 帝国のものとは少し違うが、それでも見覚えがあるような気がする。
「惑星間居住環境船・ラムダは大まかに“商業区”、”整備区”、”居住区”、”中央区”、外周を”搬送区”とする計五つのセクションで成立しています。もっともこれはラムダに限らず、ほとんどのコロニーに共通する規格ではあるのですが……」
その構造をたとえるなら、三等分のケーキだ。中心部だけがくり抜かれた状態の。
中心が中央区──名前から察するに、コロニーラムダの根幹が存在するセクションなのだろう。他を商業、整備、居住で分割しているらしい。
外周に関しては荷物の運搬や今いるエントランスが該当するようだ。
「ショッピングであれば商業に、ガレージを利用したいのであれば整備区に。夜間には居住区で体を休める……といった形が一日のモデルケースとなりますね。もちろん夜通し他区画で活動することも可能ですので、お好きなようにお過ごしください」
「ま、そのへんはわかんなくなったらアタシに聞きゃいーさ。デバイスがあれば連絡も取れるよーになるしな」
「そうですね。コレン様もある程度知っているでしょうし、もしそれでもわからないことがあれば中央区の中央管理局をお尋ねください。夜間でなければ開いておりますから」
そこは日本の市役所と同じだな、と俺は頷く。シビラは単純に理解が早いのか、表示された地図を眺めながら何か考えているようだ。
俺達の雰囲気から納得を感じ取ったのか、女はにこりと笑ってから、懐から何かを取り出した。
「今し方、中央管理局でお二方の市民権取得と、コレン様の再取得が完了しました。貴方がたはこれより連盟──ラムダの市民となります。つきましては、これを」
そう言って俺たち全員に手渡されたのは……とても、ひじょーに、めちゃくちゃ見覚えのある……電子機器。
「……スマホ?」
「おや、イツキ様は知っておられるのですか? こちら一般市民用のデバイスなのですが」
試しに側面に指を這わせると……あった、電源ボタンだ。
思わず付けてみようとして、しかし思い止まる。スマホに対する郷愁を語るのは、女がいなくなってからでいいだろう。これも貴重な情報なのだ。
……というかそれより、デバイスを見ながらコレンがしきりに首を傾げている方が気になるぞ俺は。
「ごほん。いや、ちょっと見覚えがあっただけなので、大丈夫です」
「そうですか? であれば私からの用事は以上となりますが、構いませんか?」
念の為全員と目を合わせ、意思を確認した後、俺は頷いた。
女は上品に微笑むと、こちらに対して片手を差し出してきた。
「では、私はこれにて。イツキ様、シビラ様、コレン様、どうか良き日々をお送りください」
「……色々ありがとう。また頼ることもあるかもしれないので、そのときはよろしく頼みます」
「ええ、是非とも。我々管理局は、皆様の幸せを願っておりますので」
それでは、と身を翻し、女は去っていく。
その姿を見送った後、俺は改めてスマホを見る。
……ただの板状ならともかく、ボタンの位置まで完全に同じ。となれば、流石に偶然の一致では片付けられない。
これを作った人間がいるとしたら、つまり、それは────
「……ンー?」
「コレン、何か気になることでもあるのですか?」
「ちょっとな。手続きが妙に早く終わったのもそーだし、デバイスだって本来は管理局に受け取りに行く必要があるハズなんだが……」
思索に耽る俺の隣で、コレンは釈然としない顔でデバイスを眺めている。以前の経験を比べているようだった。シビラも彼女と話しながら、デバイスを不審げに眺めている。
……今は俺一人の時間じゃない、か。後で共有する時にまとめて考えよう。
「……あっちにも色々思惑があるってことなんだろう。ちょっと覗いてみたが、なかなか腹黒そうだったぞ」
興味、関心、思考、冷徹、──恐怖。
あの笑顔の裏には様々な色が見え隠れしていた。市民登録を行う前からデバイスを持ってきたのも、当然善意ではないのだろう。
だがそれは当然なのだ。
人と人は相互の利益を調節して生きていくのだから。そのすり合わせで社会は成り立っている以上、そこに口を挟む意味はない。
ゆえに、打算なく人に接するのは難しい。
それができるのは、きっと────そう思いながらコレンを見ると、彼女はふうとため息を吐いた。
「ま、露骨に怪しいからな、アタシたち。それくらいはしゃーねえか」
「……ですが、それも一時的なはず。私たちが連盟に所属したのは、決して連盟を害するためではないのですから」
シビラの言葉に頷きを返す。
「俺達は普段通り振る舞っていればいい。縮こまらず、威張ることなく動くんだ。やましいことなんて…………うん、何もないんだからな」
「オイ、その一瞬の間は何だよ」
ちょっと色々頭を過っただけだよ。主に帝国への所業とか賄賂とか。
それを察したのか、コレンは呆れたような顔をして……くすり、と微笑んだのだった。
────そんな俺達をシビラが見ている。
ぞっとするほど美しい、氷のような貌で……何かを考えるように、じっと。
「それで、どうだった」
「そうですね。怪しいところはあれど、帝国の密偵、というわけではないようです。能力で表層意識をさらってみましたが、特に違和感はありません」
「深層意識は……無理か。レイラインが出るものな」
「鈍いものであれば騙し通せるかもしれませんが、あの三人……正確には、稀人の少年と連盟外惑星人類の少女を騙すのは不可能でしょう。どちらも卓越したエーテル能力者です、エーテルの流れに気付かないはずがありません」
「稀人、やはり貴重な人材だな……できればコロニー・アルファに辿り着くまでにうちで登用したいが……」
「それは頑張ってください、としか。それに、貴方の目は別のものにも向いていたでしょう?」
「……なんのことかな?」
「あの蒼い髪の少女、とってもお綺麗でしたね? 絶世、という言葉がああまで似合う美少女は他にいませんよ」
「……見惚れていたのは否定しないが、欲しがっていたわけではないよ。あれは、そうだな……
男は笑う。
「同じ男として、人間として同情するよ。あれと一緒に行動するなど、否応なく、運命が狂うだろうからね」