ユニバース・グレイル 試作版 作:gfd
乱暴にベッド脇の椅子を引いて腰掛けたコレンが、ニヤニヤとこちらを眺めている。
「ハラ一杯になったか?」
「……ああ、おかげさまで。見た目と味は微妙だけど、本当に腹持ちは良いんだな」
やらかしやがった腹の虫も今はそれなりに機嫌が良く、確かな満足感がある。
それはそれとして、あの見た目と味には異議を申し立てたいが。
「そんなに変かー? ま、食えるだけありがたく思えよな」
「そりゃもちろん。ごちそうさまでした……誘拐犯に感謝するってのも妙な話だけどさ、って、ごめん」
いくらコレンが話しやすいからってそりゃないだろう、俺。
明確な失言に口元を抑えた俺を見て、コレンが訳知り顔で頷いた。
「ぶっちゃけ状況だけ見たらそーも感じるよな。めっちゃ怪しいし」
「……それでも、気遣ってくれたコレンに言うことじゃなかった。ごめん」
「律儀だねえ。ま、嫌いじゃねーぜそういうの」
表面上だけシニカルに笑う。それが俺に気負わせまいとする仕草なのは明白だった。
「ま、そう思われ続けるのも癪だから訂正しとく。アタシらは誘拐犯じゃねえ。むしろ逆で、ぶっ倒れてるアンタを発見して保護した……らしい」
「らしいって」
「アタシはその場にいなかったから詳しくは知らねーんだよ。アンタが保護された後、世話を押し付け……任されただけだ」
今押し付けられたって言ったな。
ある程度察していたが、やはりこの施設内でのコレンの地位はそれほど高くないらしい。
ちょっと気まずげに咳払いをしてから、コレンはじっと俺を見つめる。
こちらがたじろぐほど真剣な、鋭い表情。
「確かなのは、
ごくり、と息を呑む。
コロコロと表情が変わるコレンだからこそ、その真剣さが伝わってくる。その根底に俺への配慮があるからだ。
「……あり得ないってのは、どういうことだ?」
「手段がねーんだよ。アンタをここに……この世界に連れてくる手段は、アタシの知る限り存在しない」
なんだ、それは。
その言い方では────まるで。
つ、と背筋が冷えて、身体が震える。
知らずのうちに身を抱いて、は、と息を吐き出した。
「……ほれ、水でも飲んどけ。ちったぁ落ち着くぜ」
「……ありがとう」
喉までせり上がる不安ごと、水を一気に流し込む。
コレンは何も言わない。静かに、きっと俺が落ち着くまで──あるいは俺が閉じこもっても、彼女は受け入れて去るのだろう。
それが今は、何よりもありがたかった。
「……ふう」
深呼吸を繰り返し、荒げた息を整えて。
俺は意を決してコレンに問うた。
「まさか、ここは日本でも、いや、地球ですらないのか……?」
縋るような、拒むような。
ひどく震えて、寄る辺なく崩折れるような声。
我ながらか細いと思える声に、しかしコレンはきっぱりと答えた。
「アタシはチキュウって名前は知らん。
────ここはラキュラス星系、惑星サフィラ。そこに停泊する艦艇の中だよ」
/
「…………そう、か。ラキュラス星系……サフィラ……」
舌の上で言葉を転がす。
無論覚えも、馴染みもない。
「……駄目だな、どっちも聞いたことがない」
「だろーな、つか知ってたら逆にビックリだぜ」
もし俺が天文学に明るければ何か知っていたかもしれないが、あいにくと俺は目の前のことだけで精一杯な凡人である。
宇宙の果てに思索を巡らせるような
……痛む頭を指でトントンと叩く。
「まあ、現状のことは……ある程度わかったよ。俺が思ったより遠いところに来た、ってくらいだけどさ」
「……そりゃよかった」
「じゃあ次は、コレンが所属してる組織のことを詳しく──「オイ」」
そのまま次の情報を聞き出そうとした瞬間、当のコレンがぐいっとこちらに身を乗り出した。
急なことに戸惑っている間に、コレンの端正な顔が目前に迫り────ブラウンの澄んだ瞳が、俺を捉えた。
「なんだ、急に……」
「
「……は?」
「こんなウソみてーな話を早々に信じるのかって訊いてんだ。証拠もなんもねえ、こんな話を」
それは。
いや────確かに、そうだ。
「………………」
「フツーは疑うし、フツーは信じねえ。しかもアンタはさっきまでビビってたのに、今はさっさと話を進めようとしてやがる。……なあオイ、
初めて俺の名前を呼んで、コレンは俺を睨みつける。
「いいかイツキ、現実は変わらねえ。聞き流したって意味ねーんだ。折れて蹲るならそれでいいけどよ、アンタが自分の意志で動きたいなら……ちゃんと疑って、ちゃんと訊け」
──アタシはそれを拒まない。
そんな声が聞こえた気がした。
「……」
目をつむる。
ぐっと溢れそうな感情を、ひとつひとつ編み込むように言葉を紡ぐ。
「……確かに、すぐには信じられないような話だ」
そりゃあそうだ。気づいたら日本どころか太陽系を脱出してたなんて笑い話にもならない。
「だろ? なら──」
「けど、勘違いしないでくれ。俺が話を進めようとしたのは、逃避するためじゃない。
「……はァ?」
すごく怪訝そうな顔をするコレンに、思わず苦笑する。
「なんていうか……それこそ信じてもらえないかもしれないが、わかったんだよ。嘘じゃないって」
コレンは言い切ったのだ。ここは地球ではないと。
会って間もない俺を真摯に案じて、きっぱりと断言してくれたのだ。
それが何故かはっきりとわかった。
「だから俺は、コレンの言ったことを受け入れることができた。……実際、嘘じゃないんだろ?」
「ン、まァ、そりゃーな……」
歯切れの悪いコレンの瞳を、今度は俺が見つめ返す。
「もちろん完全に理解できたわけじゃないし、コレンの言ってくれたことは今後も気を付けるよ。気になったことはちゃんと訊く。……ありがとう」
「……お、おう。それならいいんだけどヨ……」
そう言いながらも、どうにも形容し難い顔をしている。
やっぱりこんな話信じられないよな──と思った瞬間、気づく。
「……」
「……」
なんか距離、近くねえ?
コレンも同じことに思い至ったのか。
猫のように身を翻して、ベッドの上から飛び退いた。
「っつーか距離ちけーんだよ! 急にこう、バッ! って来るんじゃねー!!」
「最初に詰め寄ってきたのそっちだろ!? 俺はほとんど動いてないぞ!」
「うるせーうるせー! アタシから寄るのとそっちが
「それはちょっと不公平じゃないか……!?」
そんなふうにやいのやいのと言い合って、お互い息切れし始めた頃。
多分、お互いに確信したのだ。
“コイツとは妙に気が合う”────と。
「……じゃ、色々聞かせてもらうぞ、コレン」
「さっきから言ってんだろ。アタシは大歓迎だってサ」
拳を突き合わせる。
今までの単純な庇護者と世話係という関係ではあり得ない行動。
それは──俺と彼女の、一個人としての信頼と友誼を示す証明だった。