ユニバース・グレイル 試作版 作:gfd
それからコレンは、この世界について詳しく教えてくれた。
この世界──ラキュラス星系は恒星ラキュラとその周囲を公転する七つの惑星で構成されているという。
さらに惑星に共通して
ただ一部の突出した“力”を持つ惑星が宇宙進出を果たし、宙域開発を進めている……らしい。
「そんで、この艦艇を始めとする
「帝国……」
「この船は惑星サフィラに停泊中っつったろ? 今はサフィラを侵略してる最中だぜ」
息を呑む。
侵略戦争なんて、歴史の教科書でしか見たことがない概念だ。それが今行われていることに、現実味のない怖気が走る。
「……この船は大丈夫なのか? 攻撃されたり、とかは」
我ながら情けない、不安そうな問いかけに対して、コレンはわざとらしい笑みで応じた。
「安心しろよ、ここは後方だぜ? 守りも硬ぇし、よっぽどじゃない限り沈まねーよ」
……若干フリっぽいが、そこに嘘は感じられない。
何よりこの船で勤務するコレンの言だ。俺の不安などよりそちらの方が信憑性もあるはずだ。
「つーか、そもそもの話な? 戦争ってほどデケエ戦闘は起きてねーんだ」
「……惑星間の戦争なのにか?」
「惑星間の戦争だから、だよ。そもそも
そう言われても、スケールの大きさゆえにイマイチ理解が及ばない俺に対して、コレンは気にした様子もなく言葉を続ける。
「フツーは宇宙空間でやり合ったりして、お互い牽制すンだよ。攻め込んだらタダじゃ済まねえぞってな。実際、帝国に敵対する“連盟”……コスモス連盟はそんなふうに帝国を抑えてる」
エメラダ帝国を抑えるコスモス連盟。大国の脅威に対して小国が徒党を組むようなものだろうか?
「けど今回、惑星サフィラは宇宙空間上で何のアクションも起こさなかった。挙句そのまま地表着陸だ。つーまーりー?」
「……惑星サフィラには、対空戦力……というより宇宙船に対処できる戦力、すなわち技術力がない?」
「そのとーり! そんな状態で激しい戦闘なんざ起こるわけねーのサ。
もちろん惑星サフィラも抵抗するだろーけど、さすがに
「そりゃ……確かにそうだな」
ちゃんと理屈も交えて説明されれば、それほど危険ではないと納得できる。ほっと一息ついた。
惑星サフィラには悪いけど、今の俺には見ず知らずの土地を想える余裕はないのだ。──ズキ、と額が痛む。
「ま、ゲリラは絶対出てくるだろーけどな?」
「落ち着いた矢先にそういうこと言うのやめろよ……」
「っひひ、悪い悪い。一応警戒しとけってコトだよ」
特に今は王女が一人行方不明って言うしな──と続けるコレンの言葉に、首をかしげる。
「聞く限り相当技術力が離れてるのに、ゲリラを警戒する必要があるのか? 王女がいたところで……」
「ン? そりゃあオマエ、“エーテル能力”があるなら話はちげーだろ?」
「エーテル能力って……」
当然のように出てきたけど知らないぞ、俺。
ピンと来ない俺を見て、コレンの目が丸くなり────その瞬間。
ドン、と扉が叩かれた。
『オイ整備士、一体何をやっている? 稀人の世話にそれほど手間取っているのか?』
男の声だった。
野太く響く、あるいは粗野とすら感じる声。
だが──だが、何故だろう。初めて聴くというのに、妙に、覚えを感じるのは。
まるでごく最近、聴いたことがあるような……ああ、また頭が痛む。
「……イツキ?」
「ああ……大丈夫。それで、今のは?」
これ以上気を遣わせるのは気が引ける──そう思い、なんでもないふうに問うと、コレンは露骨に不機嫌になった。
「アタシが担当してる
「……なるほど、よくわかった」
端的に終わらせたのは“それ以上は単なる罵倒になる”という意思表示なのだろう。コレンがそのパイロットをどれだけ嫌っているか、言外に示しているようなものだ。
俺達が話している間にも、ドンドンと扉が叩かれる。
次第にその激しさを増していき────はぁ、とため息を吐いたコレンが俺に頭を下げた。
「悪い、ちょっと用事ができた。続きはもうちょっと待ってくれ」
「君が謝る必要はないだろ。……むしろそっちの方が心配だ」
「ッハ、要らねえ心配だぜ。
「女の子なのにそういうこと言うなよ。……頑張ってくれ」
拙い応援に自信いっぱいのサムズアップを返して、コレンはこの部屋を後にする。
『稀人の世話もろくにできないのか』
『あーはいはいスンマセンしたー』
『ちっ、生意気な女だ……卑しい生まれの分際で』
『──テメエ、次それ言ったら──』
去り際に聞こえる彼女の声。
それに手を伸ばすよりも前に、キィ、と扉が寂しく鳴って──ゆっくりと閉じた。
「…………」
再び部屋に静寂が満ちる。
まるで冬の湖で、一人溺れているような────そう、
ここはやはり、牢獄だ。
コレンは違うと言うだろうけど、俺にとってはそれ以外の何物でもない。──ああ、頭が痛い。
「……くそ、またかよ」
ここに来てからずっとそうだ。
頭は痛むし、目覚めてからは妙な既視感が付いて回る。
なんなんだ一体。
なんだってんだ、ちくしょう。
「……寝よう」
脱力して横たわる。
外界の全てを拒むように目を閉じる。
あの様子だと、コレンはしばらく帰ってこないだろう。
ならそれまでの間、仮眠を取るのも悪くない。眠っている間はこの頭痛も気にならないし……それで少しでも和らげば、コレンが来た時に心配させずに済むだろうから。
意識を闇に傾ける。
その瞬間、まるで痛みが嘘のように引いていき──ころりと海に落ちるように、意識が途絶えた。
/
「…………おい…………おい」
誰だろうか。
誰かが俺を呼んでいる。
「大─夫……かよ……おい……」
ぼやけ、かすれて、不明瞭で。
何もかもはっきりしないまま、急速に意識が浮上していく。
「おい……オイ! イツキ!」
──不思議な話だ。
どうして俺は、まだ目も開けていないのに、彼女の姿を見ているのだろう。
「……ん」
微睡みから身を起こす。
泥にまみれているように身体が怠い。
「やっと起きたかよ……オイ、大丈夫か?」
「……コレン? もう来たのか?」
「もうってオマエ、アタシが行ってから軽く六時間は経ってんぞ。ずっと寝てたのか?」
六時間。
妙に実感が持てないまま、身体を起こそうとして……くらり、とまたもベッドに倒れ込んだ。
呻きながら体勢を戻して、ようやく気づく。
──全身が熱っぽい。
「う……俺は、一体……」
「そりゃこっちが聞きてーよ。オマエ、ずっと調子が悪そうじゃんか。心当たりとかねーの?」
コレンの手を借りて身体を戻しながら、彼女の質問を反芻する。
不調の心当たり。そんなの、あるに決まってるじゃないか。
「……思い当たるフシがあるみてーだな。話してみろよ、力になれるかもしれねえ」
「だけどな……」
これ以上世話になるのは申し訳ないにもほどがある──と言おうとして、
「病人が余計な気ィ回すな。ほら、さっさと言えっての」
有無を言わさぬコレンの言葉に、思わず全てを吐いてしまった。
……さすがに吐瀉物はもらしてないぞ。俺自身の名誉にかけて。
「……なーるほどな」
俺の口から全て聞き出したコレンは、唸るように息を吐いた。
「ったく、なんつータイミングだよ。……悪かったな、気付けなかったアタシのミスだ」
「コレンが謝る必要は……って、原因がわかったのか?」
「ある程度はな。つっても確証はねーけど」
コレンはううむと難しい顔をする。どうも迷っているようだ。
しかし俺がはっきりと首肯を返すと、彼女は躊躇いがちに口を開いた。
「多分、イツキの頭痛の原因は……“エーテル能力”だ」
「エーテル能力……? それって、呼び出される前に言ってた……」
「そう、それだ。エーテル能力ってのは────」
────コレンの説明をまとめると、次のようになる。
“エーテル能力”。
それはこの世界の人間の中に、ときおり発現する特殊な力。
宇宙にあまねく諸力の根源、万物の素にして第一質量たる“
エーテル能力は複数の系統で分けられており、俺が属する系統は“感知系統”──エーテルの動きを第六感的に把握するモノであるらしい。
「感知系統……」
「アタシも詳しくは知らねえが、言っちまえば天然のセンサーだな」
優れた感知系統なら、椅子に座りながらでも全方位の情報を把握できるのだとか。
それに心当たりがあって、俺は呆然と額を抑える。
「だからあのとき……頭痛で倒れる直前、色々流れ込んできたのか……」
濁流のように叩きつけられた断片的な声と映像。おそらくあれが、この船内の情報なのだ。
思えばコレンの声に妙な違和感を感じたのも、あの瞬間に彼女らしき声を聴いていたから……。
コレンを連れて行った軍人もそうだ。奴とコレンの言い争いを、俺は能力で認識していた。だから既視感を覚えたのだ。
熱で浮かされて不明瞭な視界の中、気遣わしげなコレンの指先が、手袋越しに額に触れる。
「稀人であるアンタがエーテル能力を持ってる理由はわからねー。けど、アタシにはそれ以外の理由は思いつかん」
「……なら、持ってるってことで進めてくれ。詳しい原因も検討が付いてるんだろ?」
それを得た理由は重要ではない。
仮定でもなんでもいいから明確な答えが欲しいのだ、という俺の訴えに頷いて、コレンもまた、簡潔に答えを返した。
「アンタの頭痛の原因は、多分、情報の拾い過ぎだ」
「……知恵熱ってことか?」
「茶化すなって言いてーけど、似たようなモンだな。……多分、アンタの能力はかなり強ェ。アタシの言葉を信じられたのも、無意識に言葉のウラを拾って嘘かどうか見分けてたからだろーな」
それは……なんとも複雑だ。
強いと言われて嬉しくもあるし、そのせいで迷惑を被っているから嘆きたい気持ちもある。
どちらかと言うと後者の気持ちのほうが強い。
「なんとかならないのか? 正直、ずっと
「……だろーな。見てるだけで苦しそうだぜ」
コレンの指が遠のいていく。
何かを逡巡するように、彼女が目をそらすのがわかった。
「……一応、手がないこともねえ」
目の前で手袋を外す。
少女らしいサイズ感と、それに反する筋肉質な手のひら。
所々に芽生えた指タコからは、彼女の努力が垣間見えるよう。
そして────薄く浮き上がった血管に沿うように、光の脈が走っていた。
「……コレン? それは……」
「あんまジロジロ見んじゃねーよ、ハズいっての……ほら、目ぇ閉じな」
言われるがままに目を閉じる。
その直後、俺の両耳も塞がれた。妙にしっとりとして、微かに硬く、けれど奥に確かな柔らかさを秘めていて──
「これ、って……」
「いいから、気にすんな。……音、聞こえるか?」
「……少しだけ」
「よし……そのまま喋らず、アタシの話を聴け」
返事代わりに頷くと、続けてコレンのくぐもった声が響く。
「第六感で把握っつっても、既存の感覚器官を流用してるハズだ。今、アンタは目と耳を使えねー状態にある。だからさっきまでと比べて、情報の取得は制限されてる……と思う」
「はっきりしないな……」
「うるせえ黙って聴いてろ。……寝てる間は実際気にならなかったんだろ? ならその力はアンタの意識に依存してる……意識的に制御できるってことだ」
「……」
「目と耳に意識を集中させろ。聞きたいモノ、見たいモノだけ受け入れるように、それ以外を遮断する“膜”を作れ」
「……」
「
コレンの声に導かれるように、意識を尖らせる。
目と耳。視覚と聴覚。人間が持つ感覚器官を、さらに研ぎ澄ますように────
「ぁ」
────薄ぼんやりと、瞼越しに光が見える。
非常に微弱ながらも、暖かな光。
それが流星のように尾を引いて、
「……これ、は」
瞼の裏に浮かび上がる。
彼女だけではない。この部屋全体が光の粒子で
観測しているのだ。
粒子を通じて、外界の全てを知覚している。
俺自身の輪郭がおぼろげに揺れて、境界線がほどけていく。そこに不安はなく、あるいは心地よさすら感じるほどの全能感──
「……オイ、イツキ? 大丈夫か?」
それに溺れかけた瞬間、コレンの声に引き戻された。
「あ、ああ……大丈夫、視えた。これが……」
「……能力の発動は問題なさそーだな。なら次は制御だ、早いとこやっちまいな」
──にしてもすげえ
感嘆、あるいは羨望。
彼女の声から無意識に信号を受け取って、思わず眉を細めてしまう。
自覚したからこそわかる。他者の知られたくないこと、聞かれたくないことまで無差別に暴き出すこれは……放っておくには危険すぎる。
俺にとっても、彼女にとっても。
──すぅ、と息を吐いて、再度意識を集中させる。
そう、これは……周波数の調整だ。
あえて感度を下げることで、余計なものまで拾わないように設定する。
視覚も同じだ。テレビのチャンネルを合わせるように、視たくないものを遮断するのだ。
……言うは易しの典型だな。簡単にできりゃ苦労はしないぜ。
「……っ」
だが、今の俺は一人じゃない。
コレンの両手から流れてくるエーテルの力を借りながら、少しずつ感度を下げていき────光の粒子、その影さえも見失った頃。
自然と両耳から、コレンの手が離れる。
同時に俺も目を開き……いそいそと手袋を付け直すコレンとぱっちり目が合った。
……何から聞けばいいのだろう。
色々ありすぎて喉元で言葉が詰まる感覚。
「ええっと……」
「……制御できたみてーだな。初めてにしちゃ上出来じゃんか」
「あ、うん。ありがとう……」
思わず口にして、ハッと気づく。
何をしてるんだ俺は。まず言うべきはお礼だろうが。
「うん、改めて……ありがとう。コレンには世話になりっぱなしだ」
「気にすんなよ、病人は世話になることが仕事だぜ?」
そう男らしく告げながら、コレンは手袋の袖をキュッと締めた。
手袋。その奥の両手。
観測したエーテルの中でも一際輝く光の筋。
エーテルの動きを遮断する力。
聞いたばかり、見たばかりで、ろくなことはわからないが……つまり彼女も────
「…………オイ、見過ぎだぞ」
咎める声。
「っと、ごめん。無神経だった」
「気になるのもわかるがな…………イヤ、別に構わねーけどよ? 大したモンじゃねーし」
そこでジットリと目を細めて、コレンは両手を背後に回した。
「ただちょっと露骨すぎ。イヤラシイ目ぇしやがって」
「ご、ごめん。本当に気を付ける……でもそんな目してた? 本当に?」
「してたね。もーちょっと隠す努力しやがれ、ハズいっつの」
はぁ、とため息を吐いてから、コレンは腕を組む。
自然に手袋に引きずられそうになる目線を強引に顔に移すと……ちょっとニヤニヤしていた。
「……おい」
「っひひ、素直すぎんだよまったく。ま、これで
……気遣い屋にも程があるぞ、ホント。
思わず嘆息してしまう。
そんな俺も揶揄うように見ていたコレンだが、ふと顔色を真面目なものに変える。
「ま、お察しの通りだよ。アタシもエーテル能力者……つってもそんな大層なモンじゃねーけどな」
手袋越しに両手を開いて、かぶりを振る。“そっちとは違って”という副音声が聞こえてきそうだ。
……実際聞こえるから困る。感度調整を若干ミスったらしい。
コレンに気付かれぬよう微調整する側で、彼女は大袈裟に腕を広げた。
「アタシはしがない“強化系統”だからな。ちょっと便利なだけでないも同じみてーなモンさ」
──そこに何か、彼女が言い難いものを感じて、俺は眉をひそめた。