ユニバース・グレイル 試作版 作:gfd
ある日の昼下がりのこと。
コレンが仕事に行っており、一人部屋でやることもない俺は……精神を統一していた。
彼女から教わった“知覚の膜”、あのときは閉じた感覚をもう一度啓くように。
そう、能力の特訓である。
彼女の心を覗くような真似はすまいと決めているが、この能力が現状極めて有用であることは間違いない。
なので彼女がいない時間を狙って、一人コソ練してやろう、と決めていたのだ。これだけ離れていればコレンを巻き込んでしまう危険性もないからな。
ゆっくりと能力を覚醒させ──
「……ぐ」
鈍痛が響く。
それは、日本では──地球人類には存在しないはずの第六感を刺激する行為だ。だから当然、緻密に御せるわけがない。
生身に翼を取り付けるようなものだ。文字通りの鳥人間である。……ああ、変なこと考えたらちょっと楽になったな。
「……ふ、ぅ」
その通り、今の俺は鳥人間だ。
まだ翼を折りたたむことを習得した雛未満に過ぎない。そんな状態であえて翼を広げても、風に煽られて振り回されるだけ。
それでもやらなければならない。
いつか来るかもしれない大事な場面で、蝋の翼だと嘆くわけにはいかないのだ。
──目を閉じて、能力の感度を高めていく。
コレンの助けで自覚した時は、この部屋全体を把握できた。
今回はそれよりも広く、船内構造……そして声を拾っての情報収集に挑戦するつもりだ。
もちろん範囲に限界はあるだろう。けれど無理な話ではない。
コレンと出会う前、俺が能力を暴走させたあの瞬間……吐き気と眩暈に苛まれる中、垣間見えた光景こそがその証拠だ。
「食堂、執務室、ガレージ……」
ガレージであの男とコレンが喧嘩していたことから、どれもこの船内であることは間違いない。
よって俺の能力は、この船内全てを認識できる強度にある──問題は、俺の頭が耐えきれるかどうか、ということ。
ただ、それについても対策は講じてある。
「方位を絞って能力を広げる……!」
あのときは一気に複数箇所の情報が流れ込んだせいで脳の許容量を超え、気絶するハメになったのだ。
だから一方向ずつ……俺から見て東西南北に探知を集中させれば、以前のようなことは起こらないはず。
「……よし」
息を整え──能力を励起した。
/
食堂。
/
「……」
光の粒が舞っている。
いや、これは……動いている? 働いているのか?
さらに意識を集中させれば、テーブルの形、数、その配置までこと細かに────
「ストップ、ストップだ……また倒れたいのかよ」
今必要なのは実用的な情報である。無駄な情報を入れて頭への負荷を増やすわけにはいかない。
ンン、と唸りながら映像の解像度を低めに再設定、代わりにエーテルの波長、すなわち声を掴めるように微調整し……
『────……士さんも大変よね、まだ戦いは終わってないんでしょう?』
『でもみんな気楽なものよ。未開惑星だし、当然だけどね』
『安心しろよ、もう勝ちは決まったようなもん『サフィラの連中にも同情するぜ。ジスベルク様が出た以上、負けはねェ』『まだ姫が一人見つかっていないと聴くが』『姫一人で何ができるって?』『おい今日の巡回替わってくれ』『この調子なら近いうちに帰れるな』──』
やはり、最初に比べて負荷が少ない。内容も正確に理解できる。
以前は途切れ途切れで、理解するのも一苦労だったが、これなら問題なさそうだ。
「……しかし、姫か。コレンの言ってることとあんまり変わらないな」
戦況もほぼひっくり返せないところまで来ているらしい。兵士たちの会話にも、気楽さが聞き取れた。
姫。男としてはちょっと心躍る単語だが、俺に関係があるとも思えないので今は置いておく。
あと気になる単語としては、ジスベルクだが……。
おそらく人名。そして内容を踏まえるに、この帝国内でも強い力を持っているのだろうか。
それが軍団を動かす能力なのか、はたまた超人的なエーテル能力の所有者なのか、どちらなのかはわからない。それでも頭の片隅に置いて損はないだろう。
「誰か話してればわかりやすいんだけど」
独りごちつつ、探査を続けた。
/
ガレージ。
前回、コレンとあのパイロットが喧嘩していた場所である。
「……案外、普通だな」
内部は現代日本の工場といったところで、“ガレージ”という言葉から想像できるものとそう離れてはいない。
いくつも並んだ戦闘機のようなマシンの一つ一つに整備士が付いている。軍というだけあって、やはり規模も大きいのだろう。
「……あ」
見覚えのある姿を見つけて、自然と声が漏れる。
コレンがガレージ内のベンチに座りながら休憩していた。その隣には、同じ整備士と思わしき男性もいる。何やら話しているようだ。
……ちょっと罪悪感が湧くけど、これも情報収集。
『相変わらず仕事はやいなあ、おまえ』
男がぼやいた。
『んだよ、任された仕事はちゃんとやってんぞ』
『知ってるよ、関心してるだけだ。元連盟の割にってさ』
『ケッ、くっだらねえ形容詞だな』
コレンが吐き捨てると、男は少々苛立った様子で息を吐く。
どうも空気が悪い。仕事中のコレンはこんな感じ……そういえば初対面の時も大概だったな。能力で見抜けただけで。
『生意気だな。そんな調子で捕まえた稀人にも接してるのか?』
『ハッ、アイツはお利口だからな。アタシの怒りを買わねーように縮こまってるぜ』
「誰だよそれ」
思わずツッコんでしまった。それこそ不機嫌だった初対面時から割と踏み込んでるぞ俺。
けど、そうか。規則だったか、稀人とあまり話しちゃいけないってのは。
本来ならそんな扱いを受けるのが当然なのに、コレンは俺を思って色々と教えてくれているのだ。
そのことに改めて感謝を感じながら、耳を傾ける。
『ふん、それなら後腐れなく別れそうで何よりじゃないか。近い内に引き渡すんだろ?』
……引き渡す?
『……そーだな。連盟のリーダーの方針だったか』
『酔狂なもんだよ。“自分と同じ境遇の人間はこちらで預かる義務がある”だっけ? まったく面倒だな、先に見つけたんだから帝国が管理すればいいものを』
『そうも言えねーだろ。不満タラタラで働いたって良い仕事はできねーぜ』
『それをよりによっておまえが言うかね……』
『アタシは元から働いてた。あっちはただのガキだった。状態が違うっての』
コレンと男は未だに話しているが、俺の頭は今の会話をリフレインするままだった。
引き渡し、連盟のリーダー、方針……つまるところ、俺の扱いについての話。
帝国側に拾われても、まず身柄を連盟に引き渡す必要がある……ということだろうか。
「…………」
以前からわかっていた。
コレンとはいずれ別れる時が来ると。それを明文化されただけ。
されただけなのに──ああ、やっぱり盗み聞きはよくないな。回り回って自分の首を締めてしまう。
逃げるように、背けるように、俺の意識はガレージから離れていく。
わざわざガレージの通路を辿って、船内を回りながら…………。
/
執務室。
辿り着くまでに随分とかかった。
……ああ、嘘だ。時間をかけた、というのが正しい。俺の心を落ち着かせるために。
「俺、こんなにメンタル弱かったかな……」
思わず自嘲してしまう。
日本にいた頃は別れなんてしょっちゅうだったのに、改めて示されただけでこの有り様だ。
俺の心が弱かったのか、それとも────やめよう。
今やるべきことじゃない。
ともかく執務室である。
以前は偉そうな人たちが会議だか会話だのをしていたが、今回は誰もいない。外に出かけているのだろうか。
「んん……」
困ったな。正直、一番の情報源として期待してたんだけど。
眉を細めつつ、執務室全体を見渡す。何か目ぼしいものは、と。
「ん……?」
立派な木製の机の上に、何か図のようなものが視えた。
これ以上はちょっと負荷が気になるが……背に腹は変えられない。さらに解像度を上げた。
「これは……船内の地図か!」
大当たりだ! これさえあれば船内構造の把握も楽にできる……!
「ええっと、これがさっきの食堂、ガレージで……ほほー、ここでつながって……さっき通った場所だな、これ……俺が今いるのは捕虜用の部屋で……うん、コレンに聞いた通りだ……出口のルートは……ええっと……ここか!」
なんだか楽しくなってきたぞ。
さっき一通り執務室までの通路を通った影響か、実感として地図が頭に入ってくる。これならメモ用紙がなくても覚えられそうだ。
「他に何か目新しいものは……ん、これは……」
「
「うわっっひゃぁあ!!!?」
我ながらめっちゃ変な声出た、と思いながら目を開けば、そこにはジト目で俺を睨みつけるコレンがいた。