ユニバース・グレイル 試作版 作:gfd
この報告書から読み取れることは以下の三つ。
一つ目、コレンは俺を無能力者として報告していること。
多分、彼女なりの気遣いなのだろう。この文面から見る限り、もし俺が感知系統だとバレていたら、事態が極めて不本意な方向に進む可能性は高い。具体的には理由をつけて強引に徴用されるとか。
そしてこの報告書を見る限り、怪しまれてはいるもののまだバレてはいない。彼女には感謝してもしきれない……が、時間の問題だ。
二つ目、コレンの地位は想像以上に悪いということ。
第三等整備士、という肩書きの貴賤は不明だが、数字で考えればそれほど良いものとは思えない。しかも俺────能力が暴走する危険のある稀人の世話にコレンが選出されている。
俺がたまたま感知系統だから自分を苦しめるだけで済んだものの、もし念動系統であれば何が起こるかは想像に難くないのに。
つまり、死んでもいい人間、としてコレンは選出されたのだ。
最後の三つ目。
ハナから帝国は連盟に俺を引き渡すつもりがない、ということ。
遠からず俺がエーテル能力者だと露見する。使わなければ誤魔化せるかもしれないが……果たして尋問を受けても俺が耐えられるかわからない。
そもそも専門の能力者を呼ぶ以上、ダンマリを決め込んでも見透かされる可能性は高いだろう。
総合的に見て、非常に不味い情報のオンパレードである。
「……ただ、予想外ってわけでもないんだよな」
この世界のことはよく知らないが、万全を期すならこれくらいはやるだろう。アメコミのミュータントじみた超能力が横行しているなら猶更だ。
今まではコレンの主観的情報でしか実体が見えなかった帝国の姿が、ある意味で実感を伴って浮かび上がっている。
血の通わぬ合理性。理解できるし想定もできる────それ故に、俺にはどうしようもない。
……憂鬱だ。
「…………はぁ」
だってそうだろう。
俺のせいで、確実にコレンは不利益を被るのだから。
俺は彼女自身の優しさで救われた。散々迷惑をかけながら、彼女は気にしないと笑ってくれたんだ。
なのにまた俺が原因で彼女を巻き込んでしまう。しかも今後は俺とコレンの間に収まる規模でなく、帝国が関わってくるほどの────間違いなく人生を激変させる大迷惑だ。
それが腹立たしい。度し難い。許せない。
俺だけならまだしもコレンまで。そう煮えたぎる熱と同時に────どこまでも冷え切った己がいる。
「……じゃあどうする? 今の俺に何ができる?」
答えは出ない。
「当然だよな……俺には何もできない」
エーテル能力こそ身につけど、戦闘能力は変わらない。むしろ長時間の監禁生活で体力は落ちているから、下手すれば地球にいた頃よりも弱いだろう。
そんな状態で帝国と戦う? 無茶通り越して不可能だ。
合理的に考えるなら、俺は静かに待機しているべきなのだ。
コレンに俺の能力を伝えてもらい、有用性を帝国に理解してもらう。その後はコレンから距離を取り、巻き込まないようにして──帝国が作る流れに身を任せるだけでいい。
幸い俺の能力は強いらしい。実力主義と聞く帝国なら、悪いようにはならないだろう。
……それがひたすらに気に食わないところを除けば、きっと最良の策なのだ。
「ああ、くそ……めっちゃムカつく!」
頭を抱えて寝返りを打つ。打つ。打ちまくる。今はこれくらいしかストレスをごまかせない、
合理性だけで全部納得できたら話は簡単だろうけど、中途半端に理解できるからこそ余計に腹立つ!
「はぁ~…………」
ひとしきり悶えてから深呼吸。
ぱたり、と腕をベッドに落として、暗い天井を見つめた。
「…………だけど、実際どうする? このままだとただ流されて終わりだ」
流されるのは確定としても、せめて納得できるように流されたい。川底の石に身を削られるより、激流を乗りこなす方が上等だろう。
少なくとも日本ではそう在ろうと考えてきたし──その通りに歩いてきた。
「…………」
目をつむる。
今の自分に何ができるか、闇夜の中で考えて。
けれどやはり、答えは出なくて……悩み、苦しみ、考えるうちに、ふと昔のことを思い出した。
/
俺に家族はいない。
正確には、血の繋がった親の顔を俺は知らない。物心付いた時から施設で過ごしていたし、それが普通ではないと理解したのも小学校に上がってからの話だった。
もっとも、施設育ちであることがとりわけハンデであるわけではない。国や自治体の支援もあったので、物質的には一般的な家庭とほぼ変わらなかった。
不自由という不自由と言えば、大人数での生活が基本なので、プライベートの時間がないことくらいか。それも子どもの頃からなので、殊更気になることでもない。
ただ、普通でないのは確かだった。
漠然とした危機感というのか。あるいは思春期風に言えば、将来への不安というのか……とにかくこのままではいけない、なんて思いが募っていて、中学から今まで何かと忙しなく動いたことを覚えている。
それは日々の勉強であったり、はたまた習い事であったり。
もっと進んで今後の進路設計や、施設を訪れる先輩との面談だとか。
我ながら随分勤勉というか、大した優等生ぶりである。実際学校の成績も上位をキープしていたし、周りから見れば優等生だったろう。
高校に上がってからはアルバイトを始めて、原付免許も取得したな。今は手元にないし、多分今後も戻って来ることはないだろうけど。
今思えば、自分の足で立つ実感が欲しかったんだろう。
施設にずっといられるわけじゃない。できることを積み重ねれば、いつかの時にきっと俺を助けてくれる。
そんな確信だけが俺の足を急かしていた。
『君は、施設での暮らしが嫌なのか?』
一度、そう訊かれたことがある。
俺の行動が、いち早く自立するための準備に見えたんだろう。それ自体は間違ってないけど、施設暮らしが気に入らないってわけじゃない。友達だってちゃんといた。
──ただ単純に。
ここでは
/
「…………懐かしいな」
たった数日前なのに、施設の思い出が遥か昔に思えてくる。
だというのに、不思議とあそこに帰りたいという気持ちは湧いてこない。子供の頃から過ごしたはずなのに。
コレンの話──ここが異世界でもう帰れない、と聞いても信じられたのは、能力だけじゃなくこの気質のせいかもしれないな。
けれど、思い返すことで発見はあった。
「結局、俺は足掻いてたんだな、ずっと……」
その環境で自分にできる最良を掴もうとしていた。
施設暮らしという大枠は変わらなくても、自分で道を踏み固めていたのだ。
「なら、俺が考えるべきは……今の環境で最大限何ができるか、ってことだ」
帝国に従属する未来は変わらない。変える力は俺にはない。それは認めよう。
その前提の中で俺は何をする? 何を積み上げる? 何を以てこの流れを泳ぎ切る?
「最悪はコレンが巻き込まれた上での拘束」
それだけは避けなければならない。
であれば目指せる最善は────俺が帝国内である程度の地位を築きつつ、コレンが整備士として自由に過ごせるよう取り計らうこと。
極論、俺がどうなろうが彼女が無事ならそれでいいのだ。彼女から受けた恩はそれほどまでに大きい。
「コレンが帝国から脱出できるならそれが一番なんだけどな……」
言ってから、それもアリかと考え直す。
俺が全力で働くからコレンは連盟に返してくれ……対価として釣り合ってるかは微妙だが、そもそも俺が連盟に引き渡されるはずだったことを踏まえると中々有効そうだ。
もちろんそれを帝国内で主張しても効果は薄い。
ただ連盟も関わってくる場で上手いこと主張できれば無視できないはず。
……今後のことはわからない。いずれの案も並行して進めるつもりだ。
けれど一つだけ確かなのは──どうなるにせよ、俺とコレンの縁は切れるだろう。
「いや、違うか。俺が断ち切るんだ」
俺がここに来て出来た、始めての友達。
たくさん迷惑をかけて、色んなことを教えてもらった。
彼女が寄り添ってくれなければ、今も能力の暴走で苦しんでいたかもしれない。だからこそ…………俺は。
「……」
寝返りを打つ。
「……はぁ」
思わずため息がこぼれる。
この苛立ちは、そうそう割り切れるものではなかった。
ああ、ダメだ。こんな鬱屈とした気分で何を考えても仕方ない。
ベッドから身体を起こし、壁に背を預ける。
「気分転換でもするか」
寝苦しい夜のお供と言えば小説だが、もちろんこの部屋にそんなものはない。
なので異世界らしい暇つぶし──能力で遊ぶことにした。俺だって男なので、特殊能力にワクワクする気持ちはあるのだ。
それで遊んで、気分を入れ替えたら寝よう。
すっきり眠れば良い案も浮かぶかもしれない。
「今回は外にも範囲を広げてみよう」
前回、艦内の隅々まで探知の手を広げたが、四方向に分けたおかげかそれほど負担はかからなかった。というか多分、もっといける。感覚としてそれがわかったのだ。
……
コレンだってコソ練には理解を示しているし、今度はコレンがいるガレージには目を向けないし……ヨシ、
「…………」
目をつむり、感度を引き上げる。
……瞼の向こうが明るくなったのはレイラインのせいか? まあ、これくらいなら大丈夫だろう。
食堂。ガレージ。執務室。
それら見覚えのある場所を飛び越えて──俺の認識は船外に躍り出た。
「……おお」
夜闇に閉ざされた彼方まで、エーテルが脈々と流れている。その一端が肌を撫でて、その冷たさに身震いした。そうか、これが風、夜風なのか。
────そして、それよりも遥かに大きく、エーテルを湛えているものがある。
船の頂上から見下ろすように眺めているからこそわかる。月光に照らされるそれは、まさしく。
「海だ」
呆然とつぶやく。
圧倒されていた、と言ってもいい。
その規模に。その力に。
「……エーテルの、源」
ふと口を突いて出た言葉こそ、それを表すに相応しかった。
地球では決して見られない──いや、感知系統である俺にしか視られない光景の前では、俺の悩みなんてちっぽけなように思えてしまう。
……事実、そうなのだろう。苛立ちなんてどこかに吹っ飛んでしまった。
同時に、否応なく思い返すものがある。
「…………地球、か」
俺は。
俺は、どうしたいのだろう。
帰りたいのだろうか。
あの施設の話ではなく──もっと大きな、地球という星への帰還を、俺は望んでいるのだろうか。
答えは出ない。
けれど、苛立ちはしない。ただ空虚な喪失感が、胸をかき乱した。
「…………ああ、そうだった」
俺は、これが嫌で。
こうなるのが嫌だから、地球では────────なんだ?
感知の端に何かが引っかかった。思わず生身でもその方向を見つめてしまう。
これは、このエーテルは、生物? 海に、海の中に? いやでも、なんだ、これは。今まで視たことがない────何かが。
海中を潜航して。
「この、エーテルは…………なんだ……!?」
怖気が走るほど膨大なエーテル。海中であっても際立つ力。
津波ではない、地震ではない、そうではないと直感が叫ぶ。
ならば、ならばあり得ないはずなのに────津波を、地震を、凌駕する生物などいるはずがないのに。
俺の直感は、それを。
それを
「…………ッッッ!!」
そして気づく。
そのニンゲンが何を目指して進んでいるのか。何を目的としているのか。
「この船に……来る……!!」
今、すぐに!