ユニバース・グレイル 試作版 作:gfd
その夜、
どのくらいご機嫌かと言えば、側で控える副官が苦笑してしまうほどである。
「ご機嫌ですね、艦長」
「そりゃあそうだろう、私の懐に異世界人が飛び込んできたんだからな!」
笑う艦長とは対照的に、副官は苦笑を深めた。
もう何度も聞いていたからだ。一度目、二度目は真剣に相槌を打てたが、五度目、六度目になれば流石に食傷気味にもなる。
しかし艦長はそれに気づく様子もなく、今にも踊り出しそうな様子で語り始めた。
「異世界人、稀人は例外なくエーテルへの高い感応力を持つ。確保できれば我らがエメラダの国力に大きく貢献できるのだからな!」
「私としては、どうしても異世界出身という部分を意識してしまいますね。我らエメラダも、大きな括りで言えばラキュラス星系に所属しますが……異世界人はそこからも外れていますから」
だから思うように動くかわからない、と副官は告げる。
「現にエメラダが確保したはずの異世界人が離反することもありました。……その結果がコスモス連盟の誕生です」
「……あの男か。まったく忌々しいわ、たまたま〈遺産〉を発掘しただけの分際で……」
艦長は大袈裟にため息を吐く。そこに言葉では言い表せないものがたっぷりとこもっていることは明白だった。
それで意識を切り替えたのか、あるいは不愉快な話題が続くことを嫌ったのか、再び艦長は笑みを浮かべる。
「彼奴の目もこの星には届いてはいまい。異世界人の情報も我らの艦と総統閣下の間で完結している。彼奴が嗅ぎつけた頃にはとっくに我らの麾下よ」
「しかし、そのような状態で稀人も協力的になるでしょうか? エーテル能力に優れていても、いえ、だからこそ稀人の意思が重要だと愚考するのですが」
「なに、問題ない。都合の良いことにその稀人は世話係と仲良くやっているそうだからな」
後は言うまでもないだろう? と笑う艦長に、副官は沈黙し、重々しく口を開いた。
「……恋慕は確認できましたか?」
「そこまではわからん。が、誰でも好意を裏切りたくはないものよ」
「そう、ですね」
「まだエーテル能力は発現していないようだが、それもまた一興。念動であれば暴走の傷に付け込むか……探知であれば私が手ずから鍛えてやってもいいかもしれんな」
「能力を私達では抑え込めない可能性は?」
「あり得んよ。異世界人のエーテル能力は極めて高水準だが、人類の限界を逸脱することはない。複数人でかかれば問題なく鎮圧可能だ。……それが出来ぬ英傑など、我らが総統閣下くらいだとも」
上機嫌な艦長に副官はほうと息を吐き──その直後、耳元で鳴ったデバイスに鋭い目を向けた。
「何事です」
『はっ、一つご報告が』
「……よろしい、告げなさい」
『稀人が騒いでおります。“何かが来る”、“海の中に何かがいる”と。監禁状態故、錯乱の可能性も考えたのですが……』
「エーテル能力発現の可能性がある……と。艦長──「案ずるな」」
「
副官が目を向ければ、艦長はすでにエーテル能力を励起させ、片腕を海へと向けていた。
そこに走るレイラインの輝きは強く……流石は帝国で一艦を預かるお方だ、と副官は感嘆した。
そのまましばしの時を経て……艦長は首を振る。
「……いないな。特に異常は感じぬ。海はこの星のエーテル源、隠匿にはうってつけだが……」
「艦長が探知したのです。稀人の狂言だった、ということでしょう」
「……であれば良いのだがな」
艦長は唸るように虚空を見つめて、息を吐いた。
「おい、兵士を一人……エーテル能力者を叩き起こせ。意識の覚醒次第、稀人の元に向かわせよ。レイラインの確認を行う」
「艦長?」
「……もし狂言であればそれでいい、だがもし私以上の感知系統である場合は────」
その瞬間だった。
執務室を貫くほどの轟音が鳴り響き、艦全体が大きく揺れ動いたのである。
たまらず姿勢を崩した副官を咄嗟に抱えた艦長は、忌々しげに海を睨みつけた。
正確には、海から浮上し、ようやく感知できるようになった存在を。
「嫌な予感ほど当たるものだな! しっかりしろ!」
「か、艦長、申し訳ありません……! しかしこれは……!?」
「襲撃だ! いよいよ
/
振動を堪えきれず、壁に手をついた。
……俺の警鐘は伝わったのだろうか。そうであるなら幸いだが……。
『緊急事態、緊急事態! 能力者の襲撃! 歩兵は装備を整えて待機せよ! パイロット各位はガレージにて機体の準備を! 生身では決して戦うな!』
艦内に響き渡るアラート。いつの時代、どこの世界であっても、原始的な警戒音は共通しているらしい。
おかげで俺の不安まで倍増だ。
「…………」
正直なところ、帝国がどうなろうが知ったことじゃない。
合理的に考えて従うのが得策というだけで、印象としてはずっと最底辺を推移している。この異常事態がきっかけで連盟に移れる可能性が生じるなら、むしろ万々歳なのだ。
だが。
「コレン、大丈夫かな……」
もし俺が知らせなかったせいで帝国の対応が遅れて、その結果コレンが巻き込まれでもしたら。
そう思うと騒がずにはいられなかった。
こうして改めて考えても、後悔はない。何かが起これば俺は俺を許せないから。
「……こうなっちまった以上、帝国が撃退してくれることを祈るしかない」
我ながら情けないことだ。はぁ、とため息を吐くと同時に──ォン、と轟音が響く。
まるで象がコンクリートに激突したような…………まるきり怪獣じゃないか。
──ォオン
三度目の反響。
艦内で暴れ回っているのだろうか。能力をもう一度使えばわかるのだろうが……ダメだ、いまいち勇気が出ない。
──…………ゴォン
──……ゴォン
「…………なんだ?」
音の響き方が、段々変わっているような。
──……ゴォン!
「……おい」
まさか、嘘だろ。
──……ゴォオン!
音が段々、大きくなっている。
それが単に込める力の違いによるものなら、いい。
けれどもし。
もし、そうでないとしたら。
それがもし、至極単純で明快な、
──……ドゴォオン!
「ッッッ!!!」
近い。明確なまでに、残酷なまでに。
ぞわり、と頬を脂汗が伝った。……ここまで来れば、もうどうしようもない。
この怪物の目的は、俺だ。
それに気付いた瞬間、不気味な静寂が訪れた。
何も聞こえない。
怪物が壁を貫いて移動する音も。
兵士たちを急かす
唯一、どくんどくんと、心臓だけが跳ねている。
俺は、その静止した世界の中で……笑った。
負けてやるものかと、示すために。
──その瞬間だった。
硬く閉ざされていた扉が、吹っ飛んだのだ。
「っぐ……」
咄嗟に両手で身体を守ろうとするが、監禁生活で衰えた肉体ではその風圧も堪えられない。
壁に叩き付けられるように尻餅を付いて、それでも目だけは力を込めて、砂煙の向こう側を睨みつける。
たとえ死ぬことが決まっていても、諦めて死ぬなんて真っ平だ。
改めて腹をくくったその時──まるで待ち侘びたように、視界が晴れた。
まず見えたのは、星の光。
否、星の光と見紛うほどの──月光を撥ねて輝く、美しい銀糸の髪。
腰まで届くほどのそれが揺れていた。埃の残滓に煽られて、けれど決して汚れることなく。
肌は絹のように細やかで、翳りなど一つも見当たらない。光を弾いて艶めく髪とは対照的な、光を浴びてより輝く、雪のような白い肌。
その身は動きやすいよう細部が切り捨てられた
だが何よりも印象的なのは、そのかんばせだった。
どこまでも冷えた、人間味のないその瞳。青く、蒼く、あるいは海よりもなお碧く……感情の一切を排し、ただ俺を見つめるガラス玉。
まるで氷から削り出したかのような醒めた美貌。
気付けば身震いしていた。その美貌の冷たさに。その冷徹の、美しさに。
魅入られていたのだ。
「き、みは…………」
思わず漏れ出た問いかけに、少女は答えた。
月下、光を跳ね除けるように凛として。
「私はシビラ。シビラ・サフィラヴィア。惑星サフィラが統一王家、サフィラヴィアの血に連なる者」
少女は──シビラは、俺に手を向ける。
「私は貴方の質問に答えた。であれば、次は貴方が答える番だ」
「……」
「貴方は、何者だ? 何故────
笑っている。
俺が?
……ああ、そうだ。俺は、どんな状況でも諦めたくなくて……。
「俺は……」
──そうだ。
口角を釣り上げろ。
この美しい少女を前にして、情けない姿をさらしたくないのなら。
予想だにしないイレギュラーな状況で、流されるままに振る舞うのではなく、自分の意思で流れを掴もうとするならば。
笑え。
「俺は、イツキ。イツキ・タカセ。異世界から来た……稀人だ」
笑って、抗え。