ユニバース・グレイル 試作版 作:gfd
俺の名乗りを聞いて、少女は訝しげに眉をひそめた。
「……何故、稀人がここに?」
強い疑念を感じる問いかけだった。……俺を目指していたわけじゃないのか?
ただそれを口にすれば、疑問が衝突して迷宮入りしてしまう。まず質問に答えなければ。
「この星に来たのは数日前だ。それからずっと、ここに閉じ込められている」
「…………」
少女は何かを思案するように俺を見る。
瞳には何も浮かんでいない。ずっと冷えて、醒めたままだ。
「今度はこっちから質問するぞ。君は、どうしてここに?」
「……私が求めるものが、この艦にある故です」
「それは……」
何かを探していたのは間違いないらしい。
であればやはり、その第一候補は俺、ということになる。
艦内の地図によれば、俺より後ろには何もない……彼女が突き進んできた方角には、俺しか目立つものはいないのだから。
だがそれは彼女が知らない情報である。
彼女はしばらく視線を彷徨わせていたが……ふぅ、と息を吐いて、踵を返し──
「少し待ってくれないか。まだ、君と話がしたい」
その背に再び声をかけると、ピタリ、と止まった。
「まだ何か? この状況で、私を呼び止める必要があると?」
楚々とした口調に反して、その声はひどく刺々しい。……これは早々に話を進めた方が良さそうだ。
「わかった、端的に要件を言う。俺は艦内構造を知っている」
「……どうやって?」
「俺はエーテル能力者だ。その力で把握した。だから君が求めるものを、もしかしたら提供できるかもしれない」
一つ一つ、慎重に言葉を選んでいく。
ここからは時間との勝負であり、同時にどれだけ俺に時間をかけさせるかの勝負とも言える。
直感が告げているのだ。
俺はエーテル能力を解き放った。
周囲を照らすレイラインを見て、少女の瞳が細められる。
「……何故あなたが私に協力を?」
「さっき言っただろ、監禁されてるって。その組織に喧嘩を売った君に協力したいって考えるのも、不思議じゃないはずだ」
……しっかし、彼女の襲来を知らせたのが俺なら、艦内構造を知らせるのも俺か。とんだコウモリ野郎だな。
内心で自嘲する俺を他所に、少女はぼそりと口を開いた。
「感情論。……嘘ではない、けれど真実ではない程度の偽装、といったところですか」
「……そっちも感知系統かよ」
「単なる読心術です。……この牢獄から北に六部屋進んだ先は?」
「兵士の個室だ。確か歩兵が雑魚寝してたはず」
動揺を悟られぬよう間髪入れずに答えると、少女はふむ、と平坦な声でつぶやいた。
「能力は本物、ですか」
「……納得できたなら、話を進めよう。俺は君の求めるものを提供できる。そして……」
読心術とやらで見透かされた以上、ここで隠す必要もない。
エーテル能力で相手の反応を探りながら、俺は告げた。
「……俺の目的を達成するためには、君が必要かもしれない。だから取引といこう」
俺が協力するから、そっちも俺に協力してくれ。
端的な俺の提案に、少女は────
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第三等整備士コレン・バーニーは憤っていた。
艦内全域に響き渡るアラートを気にもせず、自らが担当する
「………………」
どうして帝国は接近に気付かなかったのか。
どうして敵はこの艦を狙ったのか。
イツキはパニックになっていないだろうか。彼は今も無事だろうか────さまざまな疑問が憤りとともに噴出し、しかし言葉になる前に消えていく。
今は機体の最終調整をしなければならない。
何よりも優先するべきことはそれなのだから。
「…………おい! おい!! コレン・バーニー!!!」
だからそれを邪魔するような叫び声は、彼女にとってひどく不愉快だった。
「なんだ」
「おまえ何をしている!? このアラートが聞こえないのか!?」
「聞こえてるっての」
素っ気なくコレンが言葉を返せば、いつかの時に彼女と話していた男は顔を真っ赤に染め上げる。
「はやく避難しないか!! もう機体の調整は終わってるだろうが! 巻き込まれて死にたいのか!?」
「テメエはバカか?」
「なっ」
コレンは機体に向き合い続ける。男の言葉に価値はないと告げるように。
「アタシの仕事はマシンの整備だ。アタシはアタシの全責任を賭けて、任されたモノは“完璧”にしなきゃならん」
「だが……!!」
「確かにテメエの言う通り、この機体の調整は出来てる。だがそれは屋外戦闘をメインに据えた調整だ。艦内戦闘の可能性も考えりゃ調整の機微が甘い」
「そんな……そんなものは僅かな差だ! そんなもののためにっ、死んでもいいと言うのかっ!? それほどの技術を持つおまえがっ!」
悲痛な声だった。
イツキがこの場にいれば、彼の声から何かを読み取ったかもしれない──だが。
「たとえ雇い主が誰であれ、どーなっても力を尽くすのがアタシの流儀だ。テメエに指図される筋合いはねえ」
「……くそっ! どうなっても知らないからな!!」
男が逃げていく。避難するのだろうが、彼女にとっては至極どうでもいいことだった。
彼女の頭を占めるのは機体の調整、そして───
「…………イツキ、不安がってねーかな」
一瞬、手が止まる。
だがすぐに頭を振って調整を再開した。アナウンスによればパイロットたちはここに向かって急いでいる、彼らが来る前に調整を完了しなければならないのだから。
だが、ふと浮かんだ疑問──心配は、なかなか頭を離れない。
「…………」
イツキ・タカセ。
この世界への来訪者、稀人。
その世話係を任命された直後、部屋で倒れている彼を介抱したのが奇妙な縁の始まりだった。
「……最初はなんて面倒な役を、なんて思ったンだがな」
青い顔で気絶している彼を見て、そんな苛立ちは吹き飛んでしまった、とコレンは笑う。
彼が起きてからも大変だった。思わぬ押しの強さで距離を詰められたかと思えば、能力に牙を剥かれて寝込み、制御できたかと安堵すればコソ練する。
どうにも目を離せないし手がかかる……なのにそんな日々を好ましく思う自分がいることが、彼女にとっての驚きだった。
整備を進めながら、コレンはイツキの姿を思い浮かべる。
彼女が今まで接してきた男性──親代わりの整備士たちや帝国の軍人とはまるで異なる、男臭さとは無縁の容姿。
だから気に入った、というわけではないが──勝ち気な彼女が対抗心よりも老婆心を抱く理由の一つであるのは間違いない。
「……ったく」
コレンは苦笑した。
確かにイツキは気の合う友人で、得難い存在だ。
けれど彼と自分は違う。自分はただの整備士で、対して彼は稀人である。別れは近く、そうなれば二度と会うことはないだろう。
接した時間の分だけ、その事実は重みを増していく。
……それを理解してもなお、彼のために時間を使ったことを一欠片も後悔していない自分に呆れたのだ。
「……よし」
そんなふうにイツキのことを考えている間も、コレンの手は止まらない。経験と直感を軸に最適な調整を割り出し、最高効率で操作系を整える。
あの同業者が言った通り、彼女の技術は卓越していた。あるいは第三等、という等級を凌駕するほどに────そして、彼女が調整を終えた直後。
ドンッッ!!
ガレージを仕切るシャッターが、轟音とともに突き破られた。
丁度調整を超えて気が抜けていたコレンは、びくん、と大きく跳ねてから──かすかに息を吐いて、何も見えぬほど作業帽を被り直した。
「……あーらら、間に合わなかったか」
パイロット、ではない。彼らはシャッターを通過する権限を持っている。
ゆえに答えは言うまでもなく…………シャッターを力でぶち破るほどの怪物を前に彼女ができることもまた、存在しない。
「……ハッ」
迫る最期を前に、あえて彼女は笑ってみせる。
けれどそこに意志はない。あるのはただの諦めだった。
どうしようもなく、疲れていた。
妥協を許さないプライドへの呆れ。
襲撃者に遅れを取ったパイロットへの憎しみ。
命を賭けても何の意味もなかった調整への、虚しさ。
──この状況をどうにもできない、非力な自分自身への、怒り。
それら全てを綯い交ぜにした諦めに沈み……だからこそ、死の足音がよくわかる。
コツ、コツ──トッ、トッ。
足音がふたつ。
静寂とは程遠い警笛の只中、その足音だけが厭に響き……止まった。
彼女の目の前で。
瞬間、彼女の脳裏に思い浮かぶのは、自分の名前を呼んでくれた人のこと。
『コレン』
「……ああ、まったく」
最期に、一度。
もう一度だけ。
「……もっかい、イツキと話したかったな……」
「えっ」
………………えっ?
聞き覚えのある声に、コレンの思考は停止した。
なんで、どうして今この声が──と、恐る恐る帽子を上げ。
「………………えーと……」
「……………………」
「……こんばんは、コレン。良い夜だね」
目を開いた先。
見覚えのある姿のまま、困ったように笑うイツキを見て。
「………………ぎゃ───────────!!?!!???」
年頃の少女らしからぬ雄叫びをあげた。