ユグドラシルサービス終了時点のお話。
原作パートにやっと入れます。
──ナザリック大侵攻から数年ほど。
隆盛を極めたDMMOであろうと辿る道は栄枯盛衰。
すでに全盛を過ぎたユグドラシルは斜陽にあり、運営の涙ぐましいカムバックキャンペーンなども虚しく、ついにサービス終了の時を迎えていた。
ピーク時には41人、ギルドランキングは七位を記録していた社会人ギルド最高峰にして非公式ラスボスとまで謳われたアインズ・ウール・ゴウンも、現在までアカウントを残しているのは10人に満たず、ほとんどの仲間たちはリアルの都合や飽きを理由に引退し、それを機にアカウントすらも削除している有様だった。
「ヘロヘロさんも残ってもらうように言えば良かったんじゃ?」
「新しい職場で死ぬほど疲れているのに来てくれただけで嬉しいですよ。それを思えば、引き止めることは俺にはできません」
「相変わらず無欲ですね〜、モモンガさん」
「はは、無欲というか、あなたのおかげです。ヤケになっていた俺を連れ出してくれたアポロさんあっての今ですから」
「ふふ、もしかしてプロポーズですか?」
「はぁ……そういうところも含めて最後までアポロさんらしいなと思ってますよ」
「私を流すのも上手くなりましたねぇ。女たらしのいけずっぷりが増して、ちょっとゾクゾクしちゃいます♡」
「押しても引いても付き合いきれね〜! ……なんて、そう言い合いながら結構な時間が経ちましたね」
「はい、AOG自由同盟に続いて行き遅れ同盟も無事結成ですね〜。私って昔モデルに誘われたくらいには美人なはずなんですが、おかしいですね……出会いがない……?」
「アーコロジー外で出会いなんてないのはこっちも同じです。明日も4時起きですし、これが終わったらすぐに寝ないと……」
はてなマークのエモートアイコンを出す藁人形に、骸骨の大魔法使いモモンガは嘆息しながら苦笑した。
これが終わったら。
その言葉にはいつも以上の重みが加わっていた。
「これで最後、ですものね?」
「はい、ナザリックも見納めで……結局、最後の日も攻めてくるユーザーはいませんでしたね」
「私も有給(実質欠勤扱い)を取って玉座の間で24時間チャレンジしてたんですけど、来たのはヘロヘロさん含めて3人くらいでしたね♡」
「重ねてになりますけど、来てくれただけで俺は嬉しかったです。思い出話も少しはできましたし……」
モモンガの声のトーンが一段落ちる。
思い出話と言いつつ、実際は「まだあったんですね、ここ」という軽薄な言葉が大半を占めていた。
かつての栄光、宝物のような日々を後生大切に抱えながらユグドラシルをプレイし続けてナザリックを維持していたモモンガにとって、その薄い反応は少なからずショックであったのだ。
大侵攻から数年経って立派な淑女となりユグドラシルでのプレイングや動画投稿サイトでの作風は多少落ち着いたものの、未だオープンマゾヒストのインフルエンサーとして活動を続けているがゆえにネガティブな感情の機微に意外にも聡いアポロトーシスは、落ち込み始めて少しばかりの淀んだ怒りも感情に含み始めたモモンガを見るなりパチンと手を合わせて鳴らし、モモンガの注意をこちらへ向けた。
「なーにこの世の終わりみたいにしてるんですか? 私もユグドラシルは大好きでしたし、ナザリックの維持は大変でした。私としてはこの規模のギルドを二人で維持するなんてことも、大変マゾくて乙なモノではありましたが♡」
「はは、そうですね……そう、楽しかった。楽しかったんです。この日々の全てが、俺にとってかけがえのない時間だったんだ」
モモンガは玉座の間に掲揚された41の旗を見上げて懐かしむように笑っていた。
サービス終了は一時間を切った。アポロトーシスはモモンガをじっと待ち、モモンガはハッと我に帰ると、アポロトーシスにとある提案をする。
「折角ですし、ナザリックを見て回りましょうか?」
「良いですね。モモンガさんにしては上出来なエスコート、高得点ですよ〜♡」
「あれ、俺っていま何かを査定されてます?」
いつものからかい混じりのアポロトーシスの言葉だが、同意を示したように立ち上がった姿を見て、モモンガは彼女と連れ立って残り時間いっぱいをナザリックを見回って過ごすことを決めた。
結局使われることのなかったギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を最後だからと手にしたり、倫理コードが最後に解除されてないかアルベドに『ちなみに◻︎◻︎◻︎である』とカスのギャップを加えようとしたアポロトーシスが案の定倫理コードによって入力を弾かれた腹いせに『モモンガハーレム希望』と書き換えて当のモモンガを困らせたり。
色々とはっちゃけながら辿り着いた黄金城で、領域守護者の太陽精霊が照らす小麦の大平原を自然の植生に詳しいブルー・プラネットと整え、最初はただのるし★ふぁーの悪ふざけで黄金平原に建てられただけの無垢金の城だったそれをみんなで悪どいトラップだらけの荘厳な黄金城塞に作り替えた思い出話に花を咲かせたり。
楽しかった思い出を懐かしむ時間を二人で過ごし、他プレイヤーが未到達であったがゆえに一度も出番のなかったメイドNPCのプレアデスたちやセバスなどを引き連れ、NPCの統括守護者アルベドとアポロトーシスの作成した宮廷道化師が待つ玉座の間へと戻った二人は、あと数分に迫ったサービス終了のさなかで、アポロトーシスからの提案によってとあるアイテムを使おうとしていた。
「複数ある噂が立っていたと言っても、俺たちが血眼で探したってひとつしか持てなかったアイテムですよ? 流石に使うのは……」
「そうは言ってもサービスが終われば消えちゃうじゃないですか? だから、パーっと気持ちよく♡使った方がこのアイテムのためでもあるんですって!」
「気持ちよくの意味がおそらく刹那的すぎる、この藁人形……」
モモンガは顔を手で覆い、宝物殿に死蔵されていたアイテムをコンソールから取り出した。
それは
「サービス終了間際でこれを使っても受理されるとは限りませんし、どうせならとんでもないお願いをしちゃいましょう♡」
「とんでもないお願い、かぁ……っていやいや、悩んでる時間はないんだった。そうだな……俺にはやっぱりもったいない精神が働いて使えそうにないです。アポロさんは何かお願いしたいことありますか?」
「うーん、そうですねぇ……ギャルのパンティおくれー、なんてどうですか?」
「え?」
「ふふ。古いですけど、むかし20世紀から21世紀にかけて大人気だった漫画のパロディです。願いを叶えてくれる金のボールを7つ集めて願い事をするんですよ」
「へぇ、そんな漫画が。(金のボール?)……ですけどさすがにその願いははもったいなさ過ぎる気が……でも、漫画のパロディって線は良いかもしれませんね。他にはその漫画で言っていた願いとかはありますか? アポロさんのことですし今のが一番しょうもない願いですよね?」
「心外ですねぇ、私をなんだと思ってるんです?」
「破滅願望持ちの刹那主義者なマゾヒスト」
「やはりモモンガさんとは心が通じ合っていますね♡ これはもう責任をとって結婚しか」
「話が、飛躍、しすぎ、です! ……はぁ、それより他の願いはどんなものがあったんですか?」
いつものように打てば響くモモンガをからかいながら、自身の提案に意外な好感触があったことへ目をみはりつつも、アポロトーシスは少し記憶を探ってから提案する。
「そうですねぇ。ありきたりな感じの無限の富なんかは意外と願われなくて……そうだ、作中で一番の野望といえばあれかもしれません」
「じゃあ、それにしましょう。これはお渡しします」
「あら、いいんですか?」
「この期に及んで使い込めない俺よりも、アポロさんに渡したほうが最後に夢がある使い方をしてくれそうなので」
「ふふ、そういうことなら喜んで!」
モモンガからウロボロスを受け取ったアポロトーシスはそれを掲げ、玉座の間に響くような大声で宣言した。
「では願います……『この私を、不老不死にしろーっ!』……いえ、これでは強欲さとロールプレイ成分が足りませんね♡」
ウロボロスをもう一度掲げ、アポロトーシスは再度宣言する。今度は先ほどよりも喉に力を込めて、精一杯。インフルエンサーの肺活量はご近所に深夜の騒音となるかもしれないが、それは後のお楽しみとして彼女は強く宣言した。
「では、私は願います……『ナザリックよ永遠なれ! アインズ・ウール・ゴウンの残したあまねくすべてに永遠の威光をもたらしたまえ!』」
「──ふぅ。まぁ、ギルドの行く末を他人任せっていうのもなんだかアレですが、サービスが終わってもこれを運営が聞き届けて、ホームページの隅っこにでも私たちのギルドがスペシャルサンクスに載ったら……?」
「ユグドラシルが終わってしまっても、アインズ・ウール・ゴウンの名前は残る……す……凄い! こんなの俺じゃ思いつかなかった最高の使い方ですよ、アポロさん!」
「お褒めにあずかり光栄です、ギルドマスター。モモンガさんと私の頑張りがこれで少しでも残ってくれたら、私も嬉しい限りですしね♪」
興奮気味に両手を握り拳にしてブンブンと振るシュールな死の支配者を見ながら、アポロトーシスはここまで長い付き合いになるとは思わなかった相棒のギルドマスターが喜ぶ姿を見て自分もつられて微笑んでいた。
実際はゲーム的なメリットなんてひとつもない選択によってワールドアイテムを手放したものの、二人はそれでも自己満足であれ、確かに満ち足りた経験を得ていたのだった。
◆
──サービス終了一分前。
最後は格好良く決めましょうというアポロトーシスの提案を受け、モモンガは玉座に腰を預けた。そして、アポロトーシスは玉座の裏から手を回し、首を傾げて玉座から藁に包まれた顔を出しながら、首に手を回されドギマギするのを抑えている様子の骸骨に、こんな時でもいつも通りと苦笑する。
メイドたちは跪き、統括守護者は微笑みを絶やさず玉座のそばで佇み、執事長はウェイターさながらの腕布であるトーションを手に三歩引いて一礼。宮廷道化師はヘロヘロ謹製の固有モーションであるカラフルなボールのジャグリングを終え、複数のボールを両手に慇懃な表情で玉座に深々と腰を折り曲げていた。
NPCたちのそんな動作を見届けたアインズ・ウール・ゴウンに最後まで残った二人のプレイヤーは長年のロールプレイにより染み付いた、示し合わせるでもなく息の合った言葉を最後とする。
モモンガは楽しかった日々を思い出す。
冒険の日々、栄光のギルド、過去の亡霊としてナザリックの墓守となった後、見かねて新たな冒険に連れ出してくれたアポロトーシスと一緒に再開した冒険の日々も。
「皆、よくぞ働いてくれた。これよりアインズ・ウール・ゴウンはひとときの休息を得る」
「ちょ〜っと長いお暇だけど、みんなもよく働いたんだから、ゆっくり骨休めしてってね♡」
「だが、我がギルドは永遠だ。休息の中でも名は残り、ナザリック地下大墳墓にできた我々の軌跡は永劫に記録されることだろう」
「うんうん、私も楽しかったです♪ そう、本当に……自分の足で世界を自由に歩いてゆけるこの日々は、私にとってかけがえのない宝物だったんです──」
「ああ、そうだ。ユグドラシルは……楽しかった」
二人は万感の想いを込めて頷きあう。
23:59:31……
どちらともなく息を吸い、先ほどの願いを大きく声に出す。運営にも、ユグドラシル全域にも、現実世界にすら轟くような大声で宣言する。
23:59:37……
「「ナザリックよ、永遠なれ!」」
23:59:42……
「「アインズ・ウール・ゴウンの残したあまねくすべてに永遠の威光あれ!」」
23:59:48……
モモンガは玉座で杖を甲高く打ち鳴らし、アポロトーシスは入滅者のクラス自動取得スキル『輪廻の渦』を発動する。
ぐるぐると回る幾何学の円環がいくつも回り、発動者とその周囲を守る36もの多様なバフが展開される。
23:59:54……
二人はアバター越しに目を合わせ、別れの言葉を告げた。
「あなたが居たから続けられました。ありがとうございました、アポロさん」
「私もですよ、モモンガさん♡ ……また会いましょうね……ふふ、なにせ、アインズ・ウール・ゴウンは永遠ですから♪」
「──っ、はい! 必ず、また会いましょう!」
「約束……ですよ? モモンガさん──」
二人のアカウントの繋がりはこれまで。オフで会ったことはあれど、リアルやSNSでの繋がりはない彼らがまた出会うことはおそらく難しい。
しかし、お互いの素性は詮索しないまま、それでもあった確かな絆はここに証明されていた。
ユグドラシルが、終わる。
二人は終わりを受け入れるべく、静かに目を閉じた。
「実は、初恋だったんです……ネットだけの関係でなんて変だと思われるかもしれないけれど、それが、私がここまでユグドラシルをプレイした……」
「……え? いま、なんて、」
「……これ以上は、乙女の秘密……です♡」
爆弾発言を咄嗟のことで聞き逃したモモンガは慌ててアポロトーシスの方を向き、ハートのエモートアイコンで応える彼女のアバターの向こうで、いつものようにからかうような、そんな笑顔を幻視した。
23:59:59……
ユグドラシルはその長いサービスを終え、鈴木悟の長い夢は覚め、日野千晴の淡く秘めた恋は泡と消える。
──そのはずだった。
00:00:00……
……
永劫の蛇の指輪の願いは運営に届くまで10分程度かかることから、結局のところ、運営にアポロトーシスの願った要望が届くことはなかった。
しかし、運命の歯車はユグドラシルのサービス終了を迎えたいま、残っていた誰もを巻き込んで唐突で性急に動き出す。
00:00:01……
ナザリックよ永遠なれ。
アインズ・ウール・ゴウンの残したあまねくすべてに永遠の威光をもたらしたまえ──
泡沫に消えるはずの電子世界が辿った本来ありえざる奇跡によって。
永劫の蛇に託された願いは、新たな世界で聞き届けられた。
なんか初期構想より主人公の湿度高いな?見切り発車なんで色々手を出します。(豪快)
ともかくここから物語、動きます。