「僭越ながら至高の御方に向け、進言をさせて頂く無礼をお許しください」
先ほどまでのナザリック万歳botっぷりはどこへやら、完璧かつ
セバスの見事な執事ぶりに、モモンガは咄嗟にロールプレイのスイッチが入る。
「発言を許そう。言ってみろ」
「は。恐悦至極にございます」
(胃はないはずなのにキリキリ痛む気がする……)
こんな大組織の上司として振る舞ったことなど勿論ないモモンガは、対応はこれで間違ってないんだよなと内心軽く動揺しながらこの後に何を言われるのか戦々恐々としている中、セバスは持ち前の鋭い眼光のまま重い口を開いた。
「私を含めた配下たちに不備や粗相がございましたならば、是非ご容赦なくお申し付けください」
「ん?」
「え?」
「ふむム、御方々に置かれマしては疑問符が頭にあルようデ。ココからはセバスに代わリ、ワタクシめがご説明致しまショウか」
ギギギと絡繰り音を立てながら、油を差していない人形のようにぎこちない動きで玉座の前に現れたのはアルベドと共に傍へ控えていた宮廷道化師のスマイリーエゴ、通称エゴだった。
彼女はアポロトーシスが作ったNPCであり、この第十階層において玉座の間の領域守護者を務めている者だった。
動きやすいようサイドテールにまとめた銀髪に、ところどころ黒いメッシュの入った髪色、
レベルは61とナザリックにおいてはプレアデスら五人と同等程度で、さらに言えば戦闘特化のナーベラル*1に対しては少し及ばない程度の戦闘能力だが、玉座の間に到達された時を想定し、ギルドメンバーたちの開幕超位魔法発動に際する時間稼ぎを担当するべく100レベルのガチパーティが相手でも1パーティまでなら数分、2,3パーティ出会っても数十秒は持たせられるようウルベルト・アレイン・オードル監修により設計された、初見殺しおよび妨害能力特化型のビルドが組まれている。
また、前述の通り製作者のアポロトーシスからは宮廷道化師の設定を与えられており「玉座の傍には諫言とユーモアを恐れないドえっちピエロが必要だ」と熱弁を振るったペロロンチーノと意気投合したアポロトーシスが、ヘロヘロやタブラ・スマラグディナにブルー・プラネットやるし★ふぁーなどをも巻き込んで主導しながら製作した渾身のNPCであった。
スマイリーエゴはカクカクカクと三段階に分けて右の多腕を器用に揃えてみせ、胸の前へと持ってゆき、左の多腕で燕尾服めいた上着の裾を持っての慇懃な深い一礼を捧げた。
「おそれながラ、御方々はどうやら戸惑っておらレるご様子デす。ですノでワタクシめから卑しクも進言致しますト、ワタクシめ達が御方々の力となレレばと思いましテ」
球体関節を利用して上半身ごと落とすように直角のお辞儀をした後、ぐりんと球体の首を持ち上げて礼の姿勢のまま玉座にいる二人の様子を見たスマイリーエゴはカタカタと身体を揺らして多腕のひとつを人間では曲がらない位置へ曲げて仮面のセットを取り出し、涙と星のペイントが描かれた無表情からわざとらしいほどの笑顔の仮面へと、能楽のように表情を文字通りに切り替えた。
「逆鱗に触れルは道化の役目というコとで、ぜひワタクシめたチに仔細を乞わせて頂ケればと愚考致しマす」
「エゴ、あなたの役目といえど御方々の前で戯れが過ぎるわ。少し控えておきなさい」
「おヤ、コレは失礼致しましタ、統括守護者ドの。デすがアポロトーシス様並びにモモンガ様。ワタクシめを含メた配下が指示を待っておりますコと、平にご留意くださイね」
アルベドの諫言に潔く退いたスマイリーエゴはカタカタと直立に姿勢を戻し、操り人形のようなぎこちない動きで玉座のそばへと帰り、その場へ控えた。
モモンガとアポロトーシスは顔を見合わせ、完全な異常事態にもはや言葉は出なかった。
先ほどのバンザイコールにより最早若干なぁなぁになっていた部分ではあったが、NPCがコマンドなしに動いているのも、ノースクリプトでNPC同士が流暢に会話をしてみせたことも、さらにはNPCがプレイヤーに意見を申し立てたことそれ自体も、本来は全てが異常に他ならない。
ユグドラシルⅡやまったく新しいDMMOのサプライズスタートというワードが二人の頭をよぎったが、すぐに考慮から捨てていた。あまりに希望的観測過ぎたからだ。
電脳法に反した五感再現、明らかに思考しているとしか思えないNPCたちの所作、なにより自分たちが骸骨や藁人形になってしまったと自覚させられる本能的で決定的な理解。
それら全てが今までのどんなDMMOも、それこそユグドラシル以外のダイブ型ゲームの情報をろくにキャッチしていない二人でさえ、そのような画期的なDMMORPGプロジェクトが誕生などしていればこのご時世、流石にリークが一度も漏れないなんてことはありえない。
それに、メガコーポの定めた電脳法をただの大衆娯楽の進化のために横紙破りを行うような命知らずがあのリアルに存在しうるとは思えないという観点もあった。
なら……可能性は限られている。
一旦得られた情報を整理しようとこめかみに手を構えた二人の思考は一致していた。
『
とあることを確認すべく唱えた基本呪文はいつもの感覚と違い、見えない糸が対の指定者を探すようにしてしゅるしゅると伸びるような感覚のあと、アポロトーシスからモモンガへと伝言は繋がった。
『モモンガさん。聞こえますか?』
『はい、これは……
『重要なのはそこじゃないかもしれません。多分……私はいま、コンソールなしで魔法を使いましたよ、モモンガさん』
精神抑制の緑光がモモンガを包む。
つまり、アポロトーシスはこう言いたいのだ。
『俺たちが……魔法を使える? リングショートカットも、システムコマンドもなしに?』
『はい。そして……』
『俺たちは普通、意識するだけで魔法を使えない。それに、この身体の奥に渦巻くいわゆるMPのようなリソースの存在を感じるのも、血とは別に身体を巡る、魔力……としか言いようがない未知の力についても同様のことが言えそう、ということですか』
『はい、それらを説明できる理由は受け入れてしまえば単純明快です。……私たちはおそらく、いえ、ほぼ確実に人間からユグドラシルで選択していたそれぞれの種族に
コンソールなしで自然に魔法が使えることについては既に飲み込むべき事項となっていた。
その点については今回の伝言の使用でもう検証済みであったし、これから考えていかねばならない仮説を鑑みるならばそれらはもはや事実確認にすらならない、常識と形容すべきかもしれない部分だったからだ。
『……はい、もう疑いようがないと思います。私たちはもはや、何らかの電脳事故やユグドラシルのシステム不備に巻き込まれたのだとか、そういった次元の話を悠長にしている段階にないんです。今でもちょっと理解が追いついてませんが、これはアレですね……21世紀の最初期から前半にかけて流行ったと言われる"異世界転生モノ"……いや、状況をより正確に見るならば異世界転移モノと言った方が良いでしょうか。そのようなジャンルに近い状況かもしれません』
モモンガは一度杖から手を離し、少しだけ放ってみる。すると、ユグドラシル時代と同じく、ドロップしたアイテム特有の空中浮遊は保たれていた。
こういうところはゲームと同じなのだが、それがむしろ理解を阻害する。未知にしてはやや共通点が多く、まだこれがゲームの中なんじゃないかとついつい錯覚させてくる。
鼻に意識を向ければ鼻腔を玉座にふさわしい落ち着いた香が焚かれているのを確認でき、目の前ではNPCたちが命を吹き込まれたかのごとく、否、命を吹き込まれてごく当然のように動いているというのに。
『さすがアポロさん、その辺りの時代のサブカルチャーに詳しいですね。俺の方も少し状況を飲み込むのには時間がかかるかもしれませんが……とりあえず、ここがゲームの中ではなくいわゆる異世界であることを前提として、ゲーム気分ではなく現実であると思って動いた方が危険を排除して行動できる……つまり避難訓練か、もしくは災害そのもののような脅威であると考えるべきなのは分かりました』
『……やっぱり飲み込み早くないです?』
社会人の鉄則その1、適応力は磨いておくこと。
これはリアルの愚民化施策が実施される前から元々社会とはそういうものであった。社会人ギルドであるアインズ・ウール・ゴウンのメンバーならば、その辺りは首を赤べこのように振って同意してくれること請け合いだ。
二人は一度伝言を切り、お互いの意思統一が計れたことを確認できた。そのため、今後の方針は示し合わせたかのような首肯ひとつで即座に決まる。
伝言はユグドラシル時代の専用回線での通話仕様と違って内容はNPCたちには完全に筒抜けであったが、御方々がわざわざ伝言を使うほどの内密の話を聞こうと耳を故意に傾ける不敬者はここにはいなかったため、問題は全くなかった。
ギルドの代表たるギルドマスターとしてモモンガの方から意思を表明することに決めた後、彼はぐるりと周囲を見渡した。
(くぅ、がんばれ俺……上司を飛び越えて支配者だなんて今からメチャクチャ気が重いけど、こういうのは大体、最初のイメージ作りが重要だ。俺たちプレイヤーへの忠誠心は奇しくもさっきのアポロさんが証明してくれたし、そのアポロさんのNPCであるスマイリーエゴも命令を待っていると言っていた。それなら……後は俺の覚悟次第だ)
杖を手に取り、甲高く鳴らす。それだけでNPCたちは跪き命令を待つ態勢に入っていた。
ゴホンとひとつ咳払いをしたモモンガはせめて支配者らしくとロールを切り替え、両手をわずかに広げて配下に傾聴を促し、命令を兼ねた演説を始めていった。
「皆、聞け。我々は今、未知の脅威に晒されている可能性が高い。ここにいる者で班を分け、可能であれば傭兵モンスターを……いや、それも確認できていない以上まだ危険か……エントマ」
「はい。エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ、御身の前にぃ」
「お前の飼う蟲の中から隠密行動に長けた……もしくは透明化の能力を持ったしもべをプレアデスに随伴させ、しもべを常にお前たちに先行させながらナザリック第九階層を入念に調査せよ。固まって動き、脅威に備えよ。杞憂ならばよいが、少しでも違和感を覚えた者は伝言でアルベドへ報告するように」
「分かりましたぁ」
エントマは跪くと、体内から少し水音を出しながら顎下より隠密能力に長けた蟲を数種類出し、符術により蟲たちの隠密能力を一時的に強化した。
プレアデスたちも命令に明朗に返事をし、彼女らは立ち上がるとカーテシーでモモンガとアポロトーシスに向かって一礼し、しもべの蟲を伴って静かに玉座の間から出て行った。
今のやり取りによって、コマンド選択ではなく口頭による柔軟な命令の受け入れとNPC個人の自発的な判断でのスキル使用、プレイヤーの随伴を必要としない行動が取れることすらも確認できた。
……やはりゲームの世界にしては自然すぎる……否、非現実にしては現実すぎることをモモンガは再認識した。
「セバス。お前には周辺調査を命じる。ナザリックから出て周囲の安全確認をしながら歩き、目視で得られるだけの情報を持ち帰れ。未知の脅威に構えて調べるのは後だ。そのため戦闘はやむを得ないとお前が判断しても行うな。情報を持ち帰ることを優先し、私かアポロさんへ伝言を繋げ」
「は。仰せのままに」
(え、モモンガさんカッコいい……こうして部下に命令してるとこなんて初めて見たかも。指示も冷静で的確だし、モモンガさんが
セバスが玉座の間を去り調査を始めるなか、アポロトーシスは内心で全然関係のないことを考えていたが、平時の麦藁人の表情は藁人形よろしくゼロ種類であるため、幸い誰にも気付かれることはなかった。
「アルベド、第四、第八を除いた各階層守護者たちに招集をかけろ。今からおよそ一時間後までに闘技場に集めておけ。私たちは先に闘技場へ向かうが、そのためアウラとマーレについてはこちらから伝えることになるので招集の連絡は必要ない」
「承知いたしました。それでは、先ほど申しておられました非常事態という点についてはどうなされますか」
「伝えておけ。最大限の警戒を保ちつつ、一度自分の階層を確認してから来るようにとな」
「はい。それでは失礼いたします」
アルベドはたおやかで貞淑なお辞儀の後に退出し、複数の階層守護者と伝言を繋ぐ。メイドからの報告も随時受けながらのマルチタスクとなるが、統括守護者である彼女の明晰な頭脳は全ての情報を処理し整頓するだけの力があった。
「それデは、ワタクシめは何を致しまショウか?」
スマイリーエゴがギギギと玉座の前に跪き、グルリと玉座の二人へ首を向ける。
モモンガはアポロトーシスにアイコンタクトを取り、アポロトーシスは静かに首肯して命令を告げた。
「それじゃあ私たちの護衛をしてくれる、エゴ? あなたの能力は未知の脅威がもしあった場合、必ず役に立つはずだから」
「御身の身辺警護デすか! コれはこレは……ワタクシめの身にアまる光栄でスとも!」
身が引きシまりマすと告げ、どこからか八種類の神器級や遺産級を混ぜた道化師用のクラス武器を取り出してそれぞれの腕に装備したスマイリーエゴは、即座に探知系のスキルを使い第九階層の玉座の間周辺に危険がないことを改めて確認を取ると、プレアデスたちが既に調査済みの徒歩で到達できる安全なルートでの移動を提案した。
「いや、それには及ばん。ちょうどいい、これを着けてみろ」
「こ、ここコれは、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン!ワタクシめには身にミニ、身ニ余るこうえイデすので……!?」
「いや、今は急を要する。まずお前が効果を確認し、危険やその他この指輪の効果が前と相違ないかを確認し戻ってくる。その任のために使ってくれるな?」
「は、ハィい!? そ、ソソソそれデは、ワタクシめは第六階層の様子を見て参りマす!」
わたわたと多腕を忙しなく動かし、表情を司る能面がガシャリガシャリと勢いよく変わって最終的に笑顔で止まり、リングを第一右腕の掌中に収めると、スマイリーエゴは第六階層へと瞬時に転移した。
「アイテムも使える……みたいですね。しかも、NPCが自発的に」
「これは、いよいよもって確信じみてきましたね♡」
「……先程の伝言然り、精神作用の無効化然り。ゲームの仕様と現実化した仕様はところどころ違うみたいです。私たちの実力も、どこか安全なタイミングで計る必要がありそうですね。そして仕様の違いを、いや……現実化したこれらの差異を確認した方が良いでしょう」
スマイリーエゴが第六階層から帰ってくると、慌てた様子でリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを返却しようとするが、また転移を使う機会があるだろうとモモンガは返却を固辞した。
良いノデすか?と聞いて指に恐る恐る嵌めたスマイリーエゴは、歓喜に打ち震えたまま涙の面の後にすぐさま狂喜の面を被り、第六階層に転移するモモンガとアポロトーシスの護衛として今度は彼らと同時に転移するのだった。
オリジナル至高の41人が主人公ならオリジナルNPCも抱き合わせで出してもいいと聞いています! というわけで出しました。諸王の玉座そのものに侍る専門の守護者NPCっていないかもというわけで、今回ねじ込んでみました。NPCたちの例に倣って、(主にペロロンチーノとアポロトーシスの熱い議論の末の)性癖よくばりセットです。
また、アポロトーシス自身はスマイリーエゴのことを気に入っており、動いたことに驚きはすれどモモンガのパンドラズ・アクターに対する感情ほど黒歴史みは覚えていない感じです。
アルベドとスマイリーエゴは対プレイヤーを想定した玉座の間到達時の切り札として運用される予定でした。ユグドラシル時代ではその腕を振るう機会はありませんでしたが、この世界ではアルベドともども活躍の余地が増えることでしょう。