「まずはお礼をさせてください。ユメ先輩を助けてくれてありがとうございます、この人はいつも危なっかしいので助かりました」
「どういたしまして。……この子の危なっかしさは、まぁ、話してるうちに掴めたかな」
「えぇ、私ってそんなに頼りない?」
「うん」
「はい」
「ひぃん……」
夕暮れのアビドス高等学校。
何も言い返すことができず鳴き声を漏らしたユメは『私はなんの準備もなしに砂漠を渡ろうとしました』というホシノから渡されたプラカードを律儀に両手で持っていた。
アビドス砂漠を抜け、郊外の別館に本校を移していたアビドス高等学校へと帰ってきていたユメとホシノは、砂漠をさまよっていたユメを救助したベルを客人として迎え入れ、互いに大方の事情を話し終わったところであった。
ホシノの当初の警戒はベルの「代償はすでに貰ったから。アビドスには明るくないから助かったかな」という言葉で氷解した。ホシノは無償の手助けよりも、他人とはこういったドライな関係を好む傾向にあったからだ。ユメから見たホシノは情に厚い部分が目立つが、それはホシノが身内と判定したものだけに見られる特徴であるため、唐突に降って湧いた部外者であるベルにはいくら恩人と言えども適用されていなかった。
「つまり……ベルさん、あなたはいま、どこにも所属していない生徒……ということですか?」
「そうなるね。そのゲヘナ学園?という場所にも縁はないし。私としても、このままの状態はあんまり好ましいものじゃないかな」
「そうだ、ホシノちゃん、ベルちゃん!」
ユメがパチンと手を合わせる。プラカードは机に落ちてカラカラと揺れた。
ホシノはまたろくでもないことを思いついたであろうユメの方を向いて眉をひそめつつも、とりあえず話を聞いてみることにした。
「なんですか、ユメ先輩」
「うちのアビドスに入学するのはどうかな! 名案だと思わない?」
「っ、いきなり何を、」
「うん、いいよ」
「へ? い、良いんですか? そんな簡単に……」
ホシノはけろりとした様子でユメの案を二つ返事で快諾したベルに目を見開いていた。
キヴォトスにおいて、というか常識的に考えて個人の学籍というものはこのような席で簡単に決めるべきことではない。それも、在校生が二人しかいない借金まみれの零細学校に入ろうとする奇特な人間がいるとはつゆほども思っていなかったため、鳩が豆鉄砲をくらったような顔でベルの方を見るしかなかった。
「勘違いしないで欲しいのだけれど、ここには留学という形で籍を置かせてもらおうと思う。一応、通っている学校はあるんだ。ちょっと遠いし、今は帰れない事情もあるけど」
「……ヘルメット団のような不良やチンピラでも、矯正局の脱獄者でもないなら、詳しい事情は深掘りしません。それに、ウチに生徒が増えるのは悪い話ではないですし」
「え、ホントにいいの!? やったぁ、ありがとうベルちゃん!」
「ねぇホシノ、人ってこんなに抱きつくもの?」
「ユメ先輩だけです」
「そうなんだ」
第一生徒がユメであったベルは、危うく間違った常識を手に入れるところであった。
◆
「それじゃ、改めて。アビドス高等学校一年、釣鐘ベル。留学生の身だけど、これからよろしくね」
「留学でもなんでも嬉しいよ! ほらほらホシノちゃん、もっと寄って〜!」
「もう充分寄ってます。ていうか挟まってるでしょ、ユメ先輩とベルの間に。これで画角に入らないわけないでしょう」
「顔が見切れるかもね」
「がー、ちょっと背が高いからって! こちとら毎日牛乳飲んでるし、すぐに追い抜くからね、ベル!」
「そうなると面白いね。見てみたいな、背の高いホシノ」
「面白いってなんなの! もー!」
「あはは、ため口のホシノちゃんも新鮮だね。ホシノちゃんに同級生ができてよかったぁ」
「ここでは私が先輩ですからね。ベルもそれでいい?」
「上下関係って下剋上の前振りにしか思えないからなんともなー」
「すごい倫理観! 前はどんな学校にいたのさ!?」
「あ、タイマーそろそろだよ〜!」
アビドス体育館にて、やいのやいのと言葉の応酬が展開される。
ホシノとベルの軽口をよそに、ユメは二人を肩に寄せてピースサインを取る。
「それ、何?」
「ピースだよ、ベルちゃん!」
「平和(ピース)サインってことね。それにしては鋏みたいに物騒な形なのが気になるけど……真似しよっと」
「う、私もやる流れですか……?」
「もちろん、ホシノちゃんに加えて新しくベルちゃんまで来てくれて、こんなに奇跡みたいな日なんだから、記念だよ!」
「ま、まぁアビドスに新入生なんて本当に奇跡ですし、それなら……」
「ユメに弱いね、ホシノは」
「ベル、それ以上口を開くと撃つよ」
どうやらこれ以上は撃たれるらしいので口をつぐむ。チャキと構えられたショットガンでベルが大きなダメージを受けることはなさそうだが、人間の常識としてはこの辺りまでの軽口が上限らしいことを知った。
目が合えば挨拶がわりに潰し合いが始まる悪魔たちよりもよほど沸点が高いようだとベルは感じた。
「ほらほら二人とも、そろそろだよ? 3,2,1……はい、チーズ!」
パシャリ。
記念写真というものらしいと後から聞いたベルは、笑顔でピースのユメ、仏頂面だがピースしているホシノ、どういった表情がいいかわからず真顔だが二人にならってピースを作る自分、そして三人の横でおすわりをするパイルという構図の写真を受け取った時、なにやら温かい不思議な気持ちになった。
家族や友人という繋がりの概念が薄い悪魔という種族に生まれたベルは、今から始まる「青春」というものを楽しんでみようと無意識に思った。
邪悪指数180万の頭脳をもってしてもまだ知らないこと、学ぶべきことは沢山あるようだ。……というか人間界のことはほとんど知らないので、新たな知識や常識を赤子同然に吸収できる今の状況は彼女にとって興味深いものであったのだ。
◆
「ほら、ベルも早く水着準備しなよ! うへ、お宝があればこの学校の借金も……!」
「うん、今行くって」
それから数週間が経った頃。
ユメからオアシスのお宝であるプラズマを放つ輝く鉱石の情報が以前の空振りとは違って確かな情報源から再度入り、すでにスクール水着に着替えてツルハシを持っていたホシノは更衣室の前で待っていた。
ベルは数週間のあいだにいつの間にか着なれていた制服を姿見で見直していた。
165cmの長身に合ったLサイズのアビドスの制服を上から下まで睥睨し、アビドスの生徒証も意外と似合ってきた自分に少し口をすぼませる。
「『崇高』の手がかりはないも同然だけれど……まぁ、あと100年もあれば見つかるでしょ」
シュルシュルと衣擦れの音とともに衣服を脱いでいく。
魔界では自身の魔力で縫製されたオンリーワンの服を着ることが基本であったため、服を着用する、着替えるといった概念でさえベルにとっては新鮮であった。
制服から指定のスクール水着に着替え、食い込みを指で直して胸をしまう。不便だな〜と思いつつも、新しい体験に面白みを抱いているのも確かであった。
「やほ、ホシノ。私も準備おっけー」
「よーし、それじゃ行くよ! パイル、早速連れてって!」
「ワフ!」
「ホシノちゃん楽しそう! 私も乗せて〜!」
「何人でも大丈夫なのはありがたいかも。パイルを連れてきたのは正解だったね」
「ワン!(特別意訳:そうだろ、ベルベットの姉御!)」
「ふふ。それじゃあ行こうか!」
「ワオーン!」
三度の遠吠えとともに、アビドス高等学校の三人を乗せたパイルは意気揚々と走り出す。
行き先はアビドス砂漠。のちにこのお宝探しはまったく成果なしに終わるのだが……それはまた別のお話。
ともあれ、悪魔はキヴォトスで学籍を得た。
アビドス留学一年生、釣鐘ベル。彼女の存在はやがて数多の生徒、そして
彼女に潜在する悪魔としての根源的な
やっと留学生になったので、ここまでがプロローグということでひとつ。
次から展開くんも本格的に動いていきます。