『リーダーはそっちに行ったよ、ベル!』
「了解。私とパイルで仕留める」
「はっ、はっ、はっ――――な、何なんだ、こいつらっ……っ!」
ここ最近、アビドス自治区の砂漠化した廃墟地区を拠点にしていたサラサラヘルメット団の団長は、息を切らせながらゴーストタウンの路地へ必死に逃げ込んでいた。
「目視で発見。上手く撒いたつもりだろうけど、あんたの神秘を辿れば一瞬だよ」
「ひっ!? クソ、ここでやられてたまるか!」
昼下がりの炎天下、蜃気楼の向こうに人影が見える。
金の髪に青い瞳、かぼちゃ色の穴開き帽子、手には安いモデルガン。帽子を目深に被り、
しかし、目前の少女には弾丸一つ掠りはしなかった。
まるで蜃気楼そのものを相手にしているような違和感。団長とて射撃の腕に自信はなかったが、有効射程の半分以下の適正距離で一弾倉分を丸々命中させられないほど腕が悪いわけではない。
「じゃあ、私の番だね」
目の前の少女がゆらりとモデルガンを向けると、おもちゃ特有の軽い撃鉄がやけに響いて、路地の直線をBB弾が駆け抜ける。実弾よりも遅く、脅威も段違いに低い弾。しかし、向けられた方にはなぜか”恐怖”が呼び起こされ、真っすぐ飛んでくる豆鉄砲を飛び退きながら避けざるを得なかった。”それ”に当たってはいけない。傷ひとつ付くはずのないBB弾の一発を相手に、彼女はそう思ってしまったのだ。
続けざまに総計六度。シリンダーの限り撃ってくる目前の少女に対して全力の回避を続けた彼女は、いつの間にか肩で息をするほどに疲弊していた。
「敵はこちらの陽動に気付かず、か。楽な相手だったね、パイル」
「――――ガゥッ!」
突如、背後から乗用車に撥ねられたのかと見紛う衝撃。
たまらず倒れ込んだ体勢を整える間もなく、次の瞬間には転んだ背中にゴリッとしたローファーの踵の感触。そして、戦いに興奮した犬の荒い鼻息と、頭に押し付けられた拳銃が恐怖と諦観を呼び起こしていた。
「はい、おしまい。……確保できたよ、ホシノ。そっちはどう?」
『こっちもサラサラヘルメット団アジトを制圧。やっぱリーダーが真っ先に逃げたチームは脆いねぇ』
ベルの新品のスマートフォン越しにモモトーク経由でホシノの声が聞こえてくる。
当のホシノは廃ビルの屋内にて総勢20名ほどのサラサラヘルメット団をたった一人で制圧し、サイドアームのマシンピストルを器用に一発だけ撃ち込み最後に残った狙撃手を気絶させながら、なんでもないようにベルに報告を済ませる。
廃ビルには争いあったような形跡はなく、巻き上がる砂埃と硝煙の香り、排莢された真新しい弾薬だけが、ここで一方的な蹂躙が起こったことを伝えていた。
「今月の利息を超えて利益が出るようになってから、今日は調子に任せて結構仕留めたね」
『このペースだと手配犯のほうが居なくなっちゃうかもねぇ。ま、このアビドスでそんなことあるわけないか』
ホシノの軽口に相槌を打ちながら、ベルはサラサラヘルメット団の団長の背中に足を掛けつつ手配書のひとつにバツ印をつける。
アビドスから発行された手配書を集めたお手製のブラックリストのうち、バツ印の付いているものは十三件に
◆
悪魔にとって食事とは娯楽である。
人間から恐怖を啜って魔力を得ることで生きる悪魔たちだが、その一方で食事は重要なエネルギー源となる。魔界では特に、魔力を持つ食材で作るグルメの探求は悪魔の一般的な趣味のひとつにさえなっており、ひとつの魔界を治める魔王ですらジャンクなコンビニ弁当から食の神が作ったとされる伝説のパフェを網羅するために奔走するなどという事態も日常茶飯事だ。
おおむね大多数の一般的な悪魔にとって食事は栄養としてのみでなく、長い生を支えるための貴重な娯楽として機能しているのだった。
つまるところ、ベルも例に漏れず食事を至上の楽しみとしている悪魔のひとりである。
個々の繋がりの薄い悪魔といえど、仲間と共に食べるカレーの味は絶品であるという格言もある。この伝統はいま現在最も多くの魔界を治めている、古から続く魔界連合の発足人である”原初の五大魔王”が提唱したことから現代悪魔の常識の一つともなっているのだ。
「うん、ここのラーメン美味しいね。まか、不思議……な味で、以前に食べたものよりずっと新鮮」
「ラーメンに摩訶不思議とか新鮮って感想になることってある? まあ、美味しいのは同意だよ。私としては特製味噌ラーメンに炙りチャーシューのトッピングがおすすめかな」
ベルは魔界で食べたラーメンを思い出し、その上でこの柴関ラーメンのあっさりした醤油味を好んで啜っていた。580円という近年の価格高騰が激しい中では破格の価格設定も学生の、それも資金運転を始めようと倹約を始めた財布に優しいのも加点要素だ。
まずは先立つものがなければ始まらないということで、ホシノと共に指名手配犯を捕まえ賞金を稼いだ帰り道、このラーメン店に寄ったのだ。
ユメはこの戦いについてこれそうもないということでホシノが独断で置いてきた。しかしてそれはいつものことであり、ユメ曰く「ホシノちゃんが強すぎるんだと思うな」とのこと。
ベルとパイルはホシノが実力を測りたいということで、今回の指名手配犯の捕縛に協力を許されていた。
「なかなか手ごわい相手だったけど、ベルの動きはヴァルキューレの精鋭、なんなら最近ニュースになってた特殊部隊になれるかもね」
「それってSRT? たしか連邦生徒会長肝入りの新しい学園って噂の」
「そう、それそれ。ともかく、今日みたいにこうやって手分けすればホントに利息分以上に稼いでいけるかも」
「ホシノも凄かったね。銃の扱いは極めたつもりだったけれど、武器を切り替えたり、サイドアームを効果的に使った戦術はあまり経験してこなかったから直に見た時は驚いた。よければ教えてほしいな」
「おぉ、その話しちゃう? いいよ~、実はこのホルスターに秘密があって……」
ここ数週間で、ホシノはベルに対していささか警戒を解いていた。というより、現在は友人として気安く接していた。
アビドスに留学してきたベルの行動はこれまですべてが自治区や学校に貢献するものであったし、それに本人の雰囲気は悪魔的な角や尻尾や翼とは裏腹に至極フラットで色眼鏡なく物事を見る性格はホシノから見て接しやすい人柄であったことも相まって、同級生として、同じくアビドスの復興を現実的に考える同志として二人の距離は急速に縮まっていた。
アルバイト帰りの普通の女学生のように見えて、実際はキヴォトスらしく友人との会話にしてはその内容は物騒なものではあるのだが。
「そういやさ、ベルの銃ってモデルガンでしょ。ベルはなんでそんなものを使ってるの?」
「あぁ、これね。うーん、ポリシーとかそういうのじゃないんだけど、単に安く買ったものを壊れるまで使って、都度買い替えているだけ。これもそろそろ十年になるかな」
「キヴォトスじゃ珍しい考えだねぇ。それに買い替えた時期も古すぎない? 現状でも通用はしてるけど、BB弾じゃ威力も限度があるし、今回も最終的にはほとんどベルとパイルの連携と体術でなんとかしてたのが気になってさ」
ホシノはベルの携帯するモデルガンをみやる。シンプルなリボルバーハンドガンのおもちゃで、キヴォトスではむしろ珍しいくらいに殺傷能力がない。子供に買い与えるものでさえもう少し威力があるものを渡すだろう。
今回の協働によりベルがパイルとの連携を交えた近接格闘術に長けているのは見て取れたが、射撃術に関してはその正確さと技量に対して圧倒的に威力が足りていないせいで、最初の手配犯を取り押さえる際、せっかくの正確な牽制射撃が一切機能していなかった場面をホシノは見ていた。
「確かに、もっと強い銃は欲しいかも」
「銃ならコンビニでも安いのは売ってるけど、こだわってみたいならもう少し場所を考えないとねぇ。あ、大将さん、替え玉ひとつお願いします!」
「あいよっ! たらふく食べていきな、お嬢ちゃん!」
芝関ラーメンの名物店長、柴大将の湯切りの音を聞きながらラーメンを啜るベルは、新しい銃、そして自分の魔力の扱いについて考えていた。
ホシノの銃弾の威力は明らかに既製品が出せる条件を超えていた。
持っている銃の見た目は多少のカラーデコレーションがなされた一般的なものでしかないが、ベルの個人的な能力である魔力の流れをおおまかに見ることのできる悪魔の眼によりキャッチした情報として、この世界の住人は魔界における瘴気や魔力に近いものの別の系統による変化を辿った”力”を利用して銃弾の威力を大きく上昇させていた。ベルは二人目の手配犯からホシノのそれを真似ることで、モデルガンながら牽制程度にはなる射撃をものにしていた。
しかし、モデルガンから放たれる銃弾の素の威力が低すぎることは確かであり、それはベルにとっても目下の問題のひとつであった。
そもそもこの世界に来てからというもの、魔力がうまく機能していないことも今回の指名手配犯の捕縛にて確信が得られた。
キヴォトスには魔力というものが存在せず、正体不明の力、この場所にベルを送り込んだマオによれば”神秘”と呼ばれる力で満たされていることが改めて確認できたのだ。
神秘と名付けられたそれは異物たるベルに強力な縛りを課しており、天界で悪魔が暮らすことと同じように、ベル本来の潜在能力である上位魔神レベルの魔力を数万分の一程度に押さえていた。まるで、
「指名手配なんて毎日5,6人やそれ以上に増えるんだし、効率を考えるなら、武器の新調は考えたほうがいいよ。そうだ、今日の取り分で買ってきたらどう?」
ホシノは銃器の重要性を知っている。
安いものよりもしっかりとした装備を整えていた方が自分の力を引き出せることを感覚的に理解しているがゆえに、ラーメンを食べ終わりお勘定を終えた後、賞金の茶封筒のうちひとつをベルに手渡した。
「明日は自由登校日だし、これで銃を新しくしてきなよ」
「ありがとね、ホシノ」
「げ、普通にお礼を言われるとなんだかむず痒いなぁ。そうじゃなくて、これはベルの取り分から出してるからお礼も何もないの!」
「ふふ、ホシノのそういう面倒見のいいところは好ましいよ」
「もー、なんなのさ急に! それじゃ、私は生徒会室の金庫に残りを保管して帰るからね!」
「宿直室で寝てるから帰る方向は同じ……もう見えなくなった」
ぴゅーん、とでも擬音がつきそうな速度でベルの前を後にしたホシノは、またたく間に夕暮れの中に消えていった。
店の玄関口でうたた寝をして待っていたパイルを起こし、ベルはホシノを追わずマイペースに歩いて帰ることにした。
◆
ホシノと過ごした翌日、自由登校日にて。
アビドスのまだ生きている外郭路線を乗り継いで、ベルは噂に聞いていた三大学園のうち、キヴォトスに数々の技術の発展をもたらす新進気鋭の学園『ミレニアムサイエンススクール』、通称ミレニアムへとやってきていた。
エントランスにある広場のベンチで乗車の途中に買った3個入りのプリンをひとつ開けてスプーンですくって頬張ると、舌に乗せた瞬間に甘さが口に広がった。
ともすればテーマパークに来たような高揚感を覚えつつ、プリンをもう一口食べながら辺りを見回すと、目を隠すほどの長い銀髪と白衣が目を引く生徒や、ベルの腐れ縁であるマオを思い出させる丸メガネを掛けた生徒などが見受けられた。
「キヴォトスって本当に生徒は女だけみたいだね」
種族はともかく、魔界の悪魔たちに比べればよほど人間に近しい身体・精神構造の生物というのが正しいか。生物分類学には明るくないベルはとりあえずキヴォトス原生の人であるということで、生徒とそれ以外のロボットや獣人も含めてキヴォトス人と呼ぶことにしていた。
その中で、なぜ生徒のみが生徒であるという要素のみで強い神秘を持ち、それでいて女性だけなのかは皆目見当がつかなかったが、無数の世界を内包する魔界にはそういったルールやレギュレーションが課された世界なども当然のようにあるので、そういうものかと納得はしていた。今回で確認できたのはアビドスという生徒のサンプルが極端に少ない学校でなく、三大学園に数えられるミレニアムでさえそのルールは適用されているということが重要であった。
ベルはプラスチックのスプーンを咥えたまま、ミレニアムのリーフレットに視線を落とす。そこには近未来的な青い学園自治区の全貌がエリアごとの解説とともに載せられていた。
「目的地は……」
「クエー!」
バサバサと翼をはためかせながら、上空から
なぜなら、パイルはこういった時の主人の変わりようをよく知っていたからである。
「――――で、なんの代償もなしに私から何を奪ろうって?」
降ろされていた首がぐるりと向けられ、
「私のプリンとあんたの命。賭けたいならかかってきなよ」
鳶は急降下をベルから1mほど上空で急制動し、ひとつふたつ羽ばたいた後、恐怖から逃げるように去っていった。
「意気地なし」
既に取り出していたモデルガンをいそいそとしまい、ここは魔界ではなかったなと
「ここはキヴォトス。魔界の紫色の曇天と違ってキラキラして透き通った青空に平和ボケしていたけど、意外と油断も隙もないね」
学食の焼きそばパンの取り合いで血みどろの殺し合いが起きるほど悪魔は食事と所有欲にがめつい。ベルもまた、れっきとした悪魔のひとりである。
閑話休題。
気を取り直し、ベルはプリンを食べながら目的地への道筋の把握に努めていた。
「エンジニア部。ハードウェア開発を得意とする”マイスター”の集う部活、か。ここなら良い銃があるかもね。他校の生徒にも門戸を開いているかは分からないけど、まずはここを当たってみようかな」
ひとつ目のプリンを食べ終わるとベルはベンチの隣のパイルをひと撫でし、ミレニアムの校内に向かって歩を進めた。
Q.コンビニで手榴弾売ってる世界なのになんでミレニアムまで銃買いに来たの?
A.前話の契約により悪魔的金策を始めるのでアビドス以外のほかの自治区を知っておくべきという考えと、単純にほかの学校がどのようなものか見てみたいというベルの好奇心から。
行くなら三大校のうちどれかだったけど、最新のものが揃っているらしいミレニアムから見てみようというロジック。