花岡ミヤビをプロデュース   作:#NkY

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『i』

『新しい服着替えて出掛けよう

靴も鞄も買いたて(おろ)したて』

 

 花岡さんは、伴奏なし(アカペラ)でパフォーマンスを始めた。

 

 これは……ずいぶんと古い曲だ。765(なむこ)プロの曲だったか。俺が幼稚園のころには、とっくのとうにこの曲は存在していた。何なら、花岡さんが生まれる前の曲かもしれない。

 当時、群を抜いて有名だったアイドルプロダクションは、765プロ、961(くろい)プロ……くらいだった、と学んでいる。わが学園の母体である100(じゅうおう)プロは当然影も形もない。最近になって新しい動きが出てきた876(ばんなむ)プロでさえ、この曲が発表された当時は存在しなかったはずだ。

 

『青い空には太陽眩しいな

人目気にせず歌でも口ずさもう』

 

 現代の曲に比べると平易な振り付けだ。でも、しっかりと踊れている。

 歌にも気持ちが入っている。最近のレッスンの時の花岡さんと比べると、今の方が明らかにいい。

 ただ、引っかかることがあるとすれば……花岡さんがこの曲を練習しているそぶりは一切なかったし、俺が調べた限り、過去に花岡さんがこの曲をライブで披露したことは一切なかったはずだ。

 

『いつも忘れてた 他事(ほかごと)に気を取られ

すごく大切な人たちの存在を』

 

 ……ダメだな。俺は。花岡さんは、なんでわざわざこの曲を俺だけに向けて歌っている。学園の試験にも、過去の花岡さんのライブにもまったく関係のない、この曲を。

 職業病のごとく動きを分析してしまう俺に嫌気がさす。

 

『自分一人だけ苦労した気がしてた

だけどそれは違う 今だから分かるけど』

 

 ――考えるな。彼女の気持ちを汲み取れ。汲み取って、心で聴け。

 今を、聴け。それが、アイドルのライブだろう。

 たったひとりの聴衆でも、音源がなくっても。アイドルがいて、ファンがいれば……それは、ライブだ。

 

 花岡さんの頬に、一筋の涙が伝った。

 それでも、彼女は……懸命に歌い、踊る。

 

『みんな楽しく笑顔で舞台に立とう

歌やダンスで自分を伝えよう

言葉だけでは言えない熱い気持ちを

少しだけでも届けられたならば幸せ』

 

 

 ――曲が、終わる。

 唯一の観客であった俺が拍手を送ると、花岡さんは深々とおじぎをした。

 花岡さんの気持ち……確かに、俺の胸に届いた。

 

「これで、もう、悔いはない……かな……」

 

 言葉に反して、花岡さんはあふれ出る涙を抑えきれない様子だった。

 アイドルにしてはぎこちない作り笑顔。はりぼての笑顔では到底隠しきれない大粒の涙。

 

「言動が一致していませんよ、花岡さん」

「これは、そのっ、違うんです! 違うん、です……っ」

「……何も違わないじゃないですか」

「最後まで最低……空気読め……っ」

「空気なんて読みません。空気を読んだら、物語が終わってしまいますから」

「プロ……デューサー……」

 

 俺は、ぐしゃぐしゃになった花岡さんの顔をまっすぐ見つめた。

 アイドルという存在に、ありったけの青春の熱を注いできた――ひとりの少女の顔だった。

 

「よく歌えてましたし、よく踊れていました。何よりも、あなたのパフォーマンスは、俺の心にあらためて火をつけさせてくれました。花岡さん、あなたはひとりの人間の気持ちを揺り動かしたのですよ。

 ――あなたは、正真正銘のアイドルだ。絶対に、ステージから降りてはいけません」

 

「……それって、プロデューサーのエゴですよね」

「はい、俺のエゴです。当然、あなたの気持ちは尊重したい。それでも俺は、トップアイドル『花岡ミヤビ』が大きな舞台で輝きを放つところが見たい」

「まだ、ミヤビに夢を背負わせるつもりですか?」

「ええ。何しろ俺にそう思わせたのは、ほかでもない花岡さんのせいです。あなたには責任を取ってもらわなければいけませんよ」

「……ほ、ほんっと見る目ないですね、この最低なプロデューサーは……」

 

 花岡さんから笑みがこぼれた。今日の花岡さんは一段と、言葉と表情がちぐはぐだ。

 

「……仕方ないです。最低なプロデューサーが、こんなにもミヤビのことを引き留めてくれるんですから」

 

 でも、この言葉だけは――

 

「アイドル、続けてあげます。今後ともよろしく、プロデューサー」

 

 ――まっすぐ、だった。

 

 

-☆-

 

 

 すっかり日が落ちた中、花岡さんを女子寮に送り届ける道の途中。俺は、気になることを聞いた。

 

「ところで、なんであの曲を選んだんですか? 花岡さんが生まれる前くらいの昔の曲ですし、花岡さんがライブで披露したこともない。何か、思い入れがある曲なんですか?」

「『i』ですか。……そうですね、ミヤビがアイドルを目指した『原点』ともいえる曲です」

「……その話、聞かせてもらいますか?」

「特別ですよ」

 

 花岡さんは、ゆっくりと話し始める。

 

「ミヤビが小さいころ。すでに両親からは、見切りをつけられていました。『ミヤビには経営の才がない』って」

「……いきなりとんでもない話が飛び出しましたね」

「なんでも、ミヤビの母は経営の能力が数値で視えるらしいんです。両親は会社の跡継ぎになれる子を欲しがっていて、母いわく才能の塊だという養子の子が来て……ミヤビは家での立場をなくしました」

 

 実子よりも養子を優先するとは。世界の違いにめまいを覚えそうになった。

 

「でも、ミヤビは見返したかった。ミヤビだって役に立つところがあるんだって、見せてやりたかった。そしたら父が、『ウチの看板娘を目指したらどうだ』と、初星学園中等部への入学を勧めてくれたんです。母も、ミヤビの外面の良さは把握していたっぽいし、アイドル科を抜きにしても初星学園はお金持ちの学校としての知名度がありますから、箔としても申し分ない。両親からの反対はなかったです」

「つまり、花岡さんがアイドルを目指す理由は……会社の役に立つため、ということですか?」

「今はほかにもあります。でも……最初から持っていた理由は、それでしたね。ミヤビがアイドルとして活躍して、会社の知名度を上げて、『ミヤビだって役に立つんだ』って両親を見返してやる。ミヤビのきっかけは、それです」

 

 花岡さんの原点は、一種の反抗心だった。花岡さんがこんな性格なのも、なんとなく理解がついた。

 

「それで、入学試験の実技の曲に選んだのが『i』でした。小さいころからミヤビはこの曲が好きでしたから」

「そうだったんですね」

「そうそう、中等部の入試の前……父親がリハーサルとして、会社の慰労会のレクの中で、ミヤビのミニライブを企画してくれたんです。この曲1曲だけだったんですけど……人前で歌ったのは、これが初めてでした。

 すごく緊張して、あんまり覚えてなくて、でも多分たくさんミスしてて。だけど、会社の人はミヤビのつたないパフォーマンスを、笑顔で見守ってくれていて、手拍子もしてくれて……楽しかったんです。

 そこでもらった『楽しい』っていう気持ちは、今でもずっと(ここ)の奥底に眠っていて……ライブの時に、顔を出してくれる。もう、今日で全部が終わりのつもりだったんですけど……ミヤビの心は、嘘がつけないですね」

 

 花岡さんは、俺に向かって笑いかけた。

 

「今日のあれは、結構ぐちゃぐちゃでしたけど……でも、今思うと、やっぱり楽しかったですよ」

 

 ……初めて、ちゃんとした笑顔を見せてくれたな。




楽曲『i』の初出は2007年でした。2024年の17年前、ということになります。
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