プロデューサー契約解除、そして花岡さんのアイドル引退の危機を乗り越えた翌日。俺は、花岡さんのビジュアルレッスンの様子を見に行くことにした。
スランプ中の花岡さんだが、昨日、俺だけに披露してくれたパフォーマンスはいいものがあった。それが、スランプ脱出のいいきっかけになってくれるならいいが……。
「んー……まだまだ硬さが抜けきってないわね」
「そうですか……」
「でも、以前よりかはマシになっているわ。確実に良くなっているから安心して。そうね~、もしかして……プロデューサーちゃんと何かあった?」
「ええっ!? べ、べ、ベツニ=ナニモ=アリマセン=ケド」
「動揺しすぎてどこかの外国人の名前みたいになっているわよ」
完全復活とまではいかないが、どうやら底は脱出したようだった。少しでも前に進むことができているのを確認して、ひとまず俺は胸をなでおろした。
もっとも、昨日のはほとんど花岡さんの自力ではあるが。もっと、俺にできる手助けをしてやりたいものだが……焦るのはよくない。今、俺が見据えるべき場所は遠くの未来ではなく、近くの現実だ。まずは足元にある問題を、適宜解決しなければ。
「そうだ。プロデューサーちゃん、こっち来てくれない?」
「え? は、はい」
俺はビジュアルトレーナーに呼び寄せられると、花岡さんの真ん前に立たされる。
何を考えてるんだ、この専門家さんは……?
「こらこら、担当アイドルの前で怖い顔しないの」
「トレーナーが何をしでかすか分からないので警戒しています」
「人聞きの悪いプロデューサーちゃんだこと。……ミヤビちゃん。プロデューサーちゃんに向かってさっきのポーズをもう一度」
「はい??????」
まさか。ビジュアルトレーナーは、花岡ミヤビの本質にとっくのとうに気がついているのか。
昨日、何となく感じた仮説に過ぎないのだが……彼女は、相手と『競う』のは苦手だが、相手に『届ける』のは得意。あくまでも、仮説に過ぎないのだが。
とはいえ。あんな前置きがあって、『届ける』相手が俺では。
「3、2、1、キュー!」
トレーナーのキュー振りに、俺に向かってポーズを取る花岡さん。
しかし。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
か、かたすぎる。モース硬度10、すなわちダイヤモンドくらい硬い。ちゃんと決めればとっても可憐なポーズになるのだろう。しかし、花岡さんが決めてみせたポーズには、本当に気のせいかもしれないしむしろ気のせいであってほしいのだが、本来アイドルに含まれるべきでない要素がなぜか詰め込まれている気がする。
「……プロデューサー殺すです」
気のせいではなかった。
困惑するビジュアルトレーナーが俺に聞いてくる。
「……ねえ、プロデューサーちゃん。普段、ミヤビちゃんにどんな接し方をしてるの?」
「なるべく好かれすぎないように気をつけてます」
「えっ」
「好かれすぎないような、でも信頼関係はちゃんと存在するような、絶妙な距離感を保っています。彼女が隠し事をせず、本音で話せるように」
「……い、いや……たしかに、アイドルとプロデューサーとの関係に答えはないのだけれども……んー……?」
そんなに混乱することなのだろうか。俺は彼女に対し最適な関係を構築するように考えてやっているつもりなのだが。
「プロデューサー殺すです。さっきの記憶を魂ごと抹消してやるです。ギリギリギリギリ」
そして、花岡さんは殺意の波動に飲まれないように歯を食いしばって決死の抵抗を見せていた。
……まあ、なんかよくわかんないけど、心身ともに元気そうなので大丈夫だろう。
というか、たぶん、そもそもビジュアルレッスンに俺が顔を出すこと自体が間違っていた可能性が浮上してきた。
「トレーナー、花岡さん。少し早いですが俺は事務所に戻ります。見学させていただきありがとうございました」
ちょうどいい、レポートをまとめなおそう。色々と更新しなければいけない箇所がある。
「え、ええ」
「さよならプロデューサー。今度お会いする時は地獄で殺し合いましょう♡」
当惑しっぱなしのトレーナーと完全に殺意の波動に飲まれてしまったニッコニコの花岡さんを尻目に、俺はビジュアルレッスン室を後にした。
-☆-
花岡ミヤビ。高校一年生。15歳。
とあるベンチャー企業の社長の娘。
中等部時代にはNo.4の実力を持つと言われていたが、現在はスランプに陥ってしまっている。
実力の近い人と競うのが大の苦手。誰かになにかを『届ける』のが得意……?(未確定)
現状はこんなところだろうか。花岡さんをスランプに陥らせてしまったのは俺の実力不足からくるところであり、本当に歯がゆい気持ちだ。犬束プロデューサーならきっと、そんな事態にはさせなかっただろう。
だから――彼女に、花岡さんを認めさせなければならない。そのために、今夏のH.I.Fに出場し、実力を見せつけたかったのだが……焦るのはよくないと、あさり先生に釘を刺されたばかりだ。
ただ、一刻も早く、俺のもとを離れたほうが彼女のために絶対になる――なんとも、もどかしいな。
「プロデューサー、レッスン終わりました。……殺し合い、しましょうか♪」
ちょうどレポートがある程度まとまったところで、花岡さんが実に素敵な笑顔を携えて事務所に戻ってきた。たぶん俺が死ぬ時最期に見る顔はこんなんなのだろうか。
「やめてください。……レッスン、お疲れ様です。どうでしたか?」
「まだまだ本調子じゃないですね。でも、取り戻せている感覚はちゃんとあります。安心してください」
「なら、よかった」
「……それで、プロデューサー。大事な話があります」
花岡さんが真剣な表情でこちらを見てきた。契約解除か、と身構える。まあ、ビジュアルトレーナーの策略にまんまとハマってしまったわけだ、致し方ないな。覚悟を決めて、後に続く言葉を待つ。
しかし。花岡さんから飛び出た言葉は。
「今夏のH.I.Fに出場させてください」
今さっき、俺が見送ろうと考えていた計画についてだった。