H.I.F――Hatsuboshi Idol Festival。夏と冬の2回開催される、初星学園に通う多くのアイドルにとって最大の目標となるイベント。
ソロ部門、ユニット部門の2つの部門でそれぞれ優勝を決め、さらに2部門の中から、最も輝きを放ったアイドル『
さて、H.I.Fの本戦に出場するためには、2回の『H.I.Fセレクション』と呼ばれる予選に出場し、好成績を残さねばならない。ただ、花岡さんの場合は元から中等部で最上位クラスの実力者のうちのひとりであり、その実力が十分に発揮されるのならセレクションを突破する程度は容易だ。
ただ、それは花岡さんが本来の実力を順当に発揮できたら、の話である。現在の花岡さんはスランプに陥っている上、実力拮抗の勝負になった際のプレッシャーに著しく弱いため、不完全燃焼で終戦してしまう可能性が高いと感じていた。
H.I.Fの結果は履歴書に書かれ、今後のキャリアに影響してくるものでもあるため、玉砕覚悟で出場できるものでもない。故に、俺個人としての考えとして、今夏のH.I.F挑戦は見送り、冬に向けてじっくりと立て直すべきだと思っていた。
しかし。
「ミヤビは聞きました。藤田ことねがH.I.Fにソロで出るって。ミヤビにプロデューサーがついてから色々ありましたし、何なら今も色々ある真っ最中なんですけど……それでも、やっぱり、アイツには負けたくない。絶対」
「アイドルをやめかけたのに、ですか」
「何を言ってるんですか。消えかけていたミヤビのハートの火を再燃焼させたのはプロデューサーですよ? それに、アイドルを続けるんなら……やっぱ、アイツだけには負けたくないんです」
俺たちには、負けたくないライバルがいるのだ。
まるで、呪い。
「……なるほど」
情熱と現実の狭間で、一旦思考する。ここで現実だけを言って思い留まらせたら、きっと花岡さんにとって良くないと思う。その根拠はどこにもなくて、俺の勘でしかないが。下手すると希望的観測かもしれない。
ただ、どう考えても、現実として――花岡さんを呪った張本人である藤田さんに勝つのは、相当厳しいと考えている。
なぜなら。
「藤田さんは、犬束プロデューサーがついてから、積極的に外部の仕事を受けています。それも、多岐に渡るジャンルの仕事を。そのおかげか、最近、巷での藤田さんの知名度や人気は上昇しつつあります」
「……それは、そう、ですね」
「更に。これまで彼女の実力を抑え込んでいた疲労という足枷が、犬束プロデューサーの見事なマネジメントの手腕により外されたことにより……天才的なダンスの才能は見事に開花し、その上、本人が元々持ち合わせていた愛嬌の良さにもますます磨きがかかっている状態です。まさしく順風満帆、向かうところ敵なし。挫折とも無縁。
トップアイドルへの階段を1段飛ばしで、現在進行形で軽快に駆け上がっている。それが……現在の、藤田ことねさんです」
単純に、敵が、あまりにも、強大すぎる。
情熱とかじゃどうにもならないほどに、才能差がありすぎる。アイドルにも――そして、プロデューサーにも。
それが、俺たちに突きつけられている無惨な現実だった。
「……あの、プロデューサー。なんでアイツのことそんなに詳しいんですか?」
「ライバルですから。常に動向は気になるものです」
「まあ、そうですけど……でもなんか納得いかないんですよね、なんかモヤモヤする」
「……花岡さん?」
「あらためて認識しました。ミヤビはプロデューサーが嫌いだと」
「知ってますよ」
「そういうとこが嫌いっ!!」
閑話休題。
「……で、嫌いな嫌いなプロデューサー。それでも、ミヤビがアイツに勝ちたいと言うのなら……どうしますか?」
「さっき藤田さんがどれほど強いかを言ったばかりですが」
「そんなの、諦める理由にはなりません。だってアイツに負けたくないから」
花岡さんは俺の脅し――すなわち、絶望的な現実に一切怖気づかなかった。まっすぐな視線が俺を射抜く。
ギラついていて、野心に溢れた――とても、いい眼をしている。
「プロデューサー。ミヤビをH.I.Fに出場させなさい。さもなければ……契約を解除してでもミヤビはH.I.Fに出ます」
覚悟の決まった担当アイドルにここまで言われたら、プロデューサーとしては絶対に応えなければならない。担当アイドルの口車に乗せられて、冷静さを失っている? そんなの、外部からは何とでも言えるだろう。
俺だって、プロデューサーなのだ。花岡ミヤビの才能がトップアイドルに値すると信じて、俺はスカウトしたのだ。アイドルの実力は水物だ。今が絶望的な差でも、数ヶ月もすれば逆転も有り得る。そうだろう、俺。
それに、花岡ミヤビには、藤田ことねにも負けないであろう才能が眠っているはずだ。そして、幸運にも俺はその手がかりを最近掴んだばかり。
彼女の眠っている実力を発揮させる道筋は、俺が作る。絶対に。それが、プロデューサーの仕事だからだ。
それが、プロデューサーとしてのプライドだ。
「花岡さん」
「はい」
「出ましょう。H.I.Fに」
その言葉を聞いた花岡さんは、得意げに笑ってみせた。
「そう言うと思いましたよ。扱いやすいプロデューサーさん」
「……え?」
「理解できませんか? ミヤビが乗せてやったのです。H.I.Fに出る流れに。ふふふ」
勝ち誇る花岡さん。はあ、面倒くさいことになった。そういう時は……スルーに限る。
「さて、花岡さん。H.I.Fですが、まずは2回のセレクションで好成績を収める必要があります」
「旗色悪くなったから無視しましたね?」
「特に第1回のセレクションまでは、あまり時間はありません」
「ねえプロデューサー」
「なので」
「プロデューサー」
「……」
「プロデューサー」
プロデューサーとあろう者が担当アイドルに決して向けてはいけない感情なのだろうが……ウザい。
ので、黙らせる。威圧感を出して。
「花岡さん。黙りましょう」
「…………はい」
まるで叱られた犬のように縮こまってしまった。とにかくこれで話の主導権を取り返した。
「……さて、話の続きです。現状の花岡さんの実力では、セレクション通過はギリギリのものになると思われます。しかし、あることをすれば、あなたは余裕で突破ができる実力を発揮する事ができる」
「ドーピングとかではなく?」
「アイドルがドーピングしたとしてそんなに効果はないでしょう」
「烏龍茶がぶ飲みとかでもなく?」
「何の話だかさっぱりですが違いますし、たぶんあなたは烏龍茶が効果的なタイプではないと思います」
「夢オチして地獄の特訓でもなく?」
「どこかの世界ではあるかもしれませんが少なくともこの世界でそれは有り得ません」
「……途中から何を言っているのか分からなくなってきました」
「俺も途中から花岡さんが何を言っているのか分かりませんでした」
……さて、真面目な話に戻ろう。
「花岡さん。次のH.I.Fセレクションに、あなたのファンをなるべく多く連れてきてください」
「……それだけ、ですか?」
「それだけです。それが、花岡さんのパフォーマンスの鍵となる」
おそらく、きっと、だけれども。
上手くいく。そんな確信があった。