花岡ミヤビをプロデュース   作:#NkY

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これは前哨戦にすぎない

 H.I.Fセレクション第1回はすぐにやってきた。

 

 参加申請を出してからの花岡さんの状態はというと――スランプの最底辺からは完全に脱することこそできたものの、そこからがやや伸び悩んでいる、という状態だった。中等部時代が100だとするならば、今の状態は70近辺を行ったり来たりしている、といったところか。正直なところ万全ではない。

 万全ではないが、今日の本番までにこれ以上の良化を望むのも難しい状態だった。いっその事、大きなライブでしか味わえない刺激によって、やや強引にではあるが覚醒を促した方がいいとさえも思った。そう考えると、まだ何も始まってすらいないが、花岡さんが懇願してきたH.I.F出場という選択は正解だったかもしれない。

 

 そして、俺はH.I.F出場にあたり、花岡さんに宿題を出していた。できるだけ花岡さんのファンを呼んでこい、と。

 中等部No.4と言われていただけあって、既に花岡さんのファンがそれなりにいるのは把握済みだ。高校に進学して早々やってきた、大舞台への登竜門。彼ら・彼女らの応援の熱は、きっと花岡さんの力になってくれるだろう。

 花岡さんが弱いのはあくまでも『対等以上の相手との競争』。決して『ファンからの期待』に弱いわけではないはずだ。あのとき、俺と花岡さんのふたりきりの『ライブ』で、俺はその資質を感じ取っていた。

 とはいえ、それを確信しきれていないのもまた事実だった。不安半分、期待半分。上手くいってくれ、俺は花岡ミヤビを信じている……。そう自分に言い聞かせた、本番前夜。

 

 それでも、当日はやってくる。プロデューサーがアイドルの前で不安を見せるなど言語道断。しっかり開き直って、花岡ミヤビのプロデューサーの顔になる。

 

 本番を直前にした控え室。緊張と高揚の熱が入り混じる、ここでしか味わえない空気感を感じながら、俺は華やかなアイドル衣装に身を包んだ花岡さんと会話を交わしていた。

 

「プロデューサー。今日は会社の人たちが総出で応援に来てくれました。初星学園に通ってアイドルを目指すってなってから結成されたらしい、ミヤビの応援団です。……気恥ずかしいですが」

 

 古参ファンも来ている。心強いこと、この上ない。

 

「さすが花岡さんです」

「ファンを呼んだだけなのにですか?」

「それが出来る初星学園の生徒がどれだけいることか。改めて、花岡さんが実力者であることを思い知りました」

「……なんですかそれ。すごく変な褒め方。下手くそすぎません?」

 

 呆れて乾いた笑いをされた。でも、緊張をほぐすことは出来ている……と思う。

 

「で、プロデューサー。ファンを呼ぶことと、ミヤビの実力。何がどう関連性があるのか、本番の前にハッキリさせておきたいんですけど」

「そうですね。……本番になれば、分かります」

「そういうところが嫌いなんですダメプロデューサー」

「ただ、ひとつ。花岡さんにアドバイスです」

「……何ですか。聞いてあげます。あなたの言うことは的確ですから」

 

 相変わらず、まったく素直じゃない。普段通りでいい兆候だ。彼女の精神状態の良さに昨日抱いていた不安は吹き飛び、胸をなでおろした。

 俺は花岡さんに一番伝えたいアドバイスを送る。

 

「H.I.Fは、大会である以前にアイドルフェスです。まずはあなたの目の前にいるファンに向けて、パフォーマンスをしてきてください。

 そして……せっかくのライブです。今、この時を、めいっぱい楽しんできてください」

 

 結局、これはライブなのだ。ファンがいて、アイドルがいれば、どんな形式だってライブなのだ。

 とはいえ、そんなことは花岡さんにとって周知の事実だったようだ。

 

「今更そんなこと言われなくても。だって、ミヤビはアイドルだから」

「さすがですね」

「でもね。一応、礼は言っておきますよ。そしたらプロデューサーは単純だから自尊心が満たされて喜ぶでしょうし」

「なんですかそれ。……緊張とかはまったく問題なさそうですね」

「もちろん。こう見えて、場数は結構こなしてますからね。やれることやって、盛り上げてみせますよ」

 

 淡々と喋る花岡さんの瞳には、経験に裏打ちされた確かな自信がみなぎっていた。

 

 

-☆-

 

 

 H.I.Fソロ部門の主なライバルは、藤田ことねに加え、もしかしたら、中等部No.1の歌姫、月村手毬あたりになるだろう――俺はそう予測していた。ちなみに、以前花岡さんと勝負に付き合ってくれた花海咲季は、元天才バレリーナである新入生、紫雲清夏(しうんすみか)とデュオを組んでユニット部門に出場するため、直接対決はない。昨年の一番星(プリマステラ)、十王星南も今年はユニット部門に出場する。

 

 ただ、ソロ部門のライバルのうちの1人である月村さんは、Syngup!が解散した後、花岡さんのスランプが可愛く思えるほどの絶不調に陥っているという情報があった。実際、今回のセレクションのパフォーマンスもそれほど芳しいものではなかったが……素材が一級品なのは間違いない。どうせ立ち直ってきて、俺たちに立ち塞がる大きな壁として君臨するだろう。

 

 となると……大本命は藤田ことねであった。

 であった、が。

 

「……力みすぎてないか?」

 

 なんというか、背伸びして空回っている、そんな気がする。ああ見えて奥底は生真面目な性格なのだろう。上手くやろう、上手くやろうと気負いすぎて、妙に綺麗に見せようとして、残念ながらうまくいっていない。

 アイドルは、ただ上手ければいいってものではない。おそらくは大きなステージの経験がまだまだ足りていないのだろう。

 

 とはいえ、少なくともその他のアイドルよりかは全然いい出来ではあった。それに、これはすぐに修正が効く類のミスだ。犬束プロデューサーは優秀であるから、次のセレクションまでにはきっちり直してくるだろう。

 

 その時の藤田ことねはどうなっているのだろうか。――考えただけで、恐ろしい。

 

 ともあれ、今回のセレクションに関しては、ライバル2人は実力を出し切れずに終わったのは事実。一方、俺の担当は……。

 

「おめでとうございます。1位通過です」

「へ?」

 

 文句の付けようのない出来だった。

 

 きょとんとする花岡さん。正直、俺もびっくりだが……実力を順当に発揮してしまえば、花岡ミヤビはそのくらいはできるアイドルだ。

 つまり、今回のセレクションでは本来の実力を出し切れた、ということになる。

 

「ミヤビが1位なんですか?」

「その通りです」

藤田ことね(アイツ)は?」

「2位でした。ちなみに、それなりの差がついています」

「え??????」

「どうしたんですか花岡さん、そんなにうろたえて」

「だってプロデューサーが『藤田ことねは凄い、藤田ことねはヤバい』って散々煽ってくるから、なんか、こんな簡単に勝てて……拍子抜けです」

 

 あまりの出来事に喜びよりも困惑が出てきている。とりあえず、セレクションの総括を率直に伝えよう。

 

「さて、今回の花岡さんの勝因ですが……花岡さんの実力が6割、ライバルの自滅が4割、といったところです」

「ライバルの自滅……やっぱり、そうなんですね」

「はい。藤田さんはパフォーマンスに力みが感じられました。対して花岡さんは、ありのままの花岡ミヤビを表現できていた。経験値の差が顕著に現れた結果です」

「なるほど……確かに、今回のステージは手応えを感じました。キラキラしたファンの顔が視界に飛び込んできて、楽しむぞ、っていうスイッチが入って。すっごく楽しかったですけど……」

「それが花岡さんの長所ですね。たった今、確信に変わりました」

「ミヤビの長所? もしかして、ミヤビにファンを呼んでこいって言ったのって、そういう……」

「ええ、その通りです」

 

 そう。花岡ミヤビは、ファンがいればいるほど強くなる。伝えたい相手がいれば、パフォーマンスに熱が乗る。決して理論で説明できないパワー……いわば、『神の力』が乗る。

 

「ライバルとの競争には弱いが、ファンからの期待には滅法強い。やはり、あなたはアイドルですよ」

「…………褒めすぎ。嫌い」

 

 花岡さんはわざとらしい低い声を出して、顔を背けてしまった。

 

「……とはいえ、今回はあくまでも1回目のセレクションです。次の2回目のセレクション、さらには本戦。それらに今回の出来不出来はまったく参考になりません。

 藤田さんも今回のミスは間違いなく修正してくるでしょうし、他のライバル達だって目覚しい成長を遂げる可能性もあります。

 勝って兜の緒を締めよ。休んでいる暇はありませんよ、花岡さん」

「言われなくても。1度勝ったからには、このまま逃げ切ってみせます。

 ずっと優秀どまりだったミヤビでも、もしかしたら優勝できるかもしれない。そんなチャンスをチラつかせられたら……掴み切るしかないじゃないですか!」

 

 第1回セレクションはまさかの1位通過。

 やはり、花岡ミヤビは逸材だ。何としてでも、頂点の景色を見てもらわねば。

 そのためには、彼女を応援してくれるファンが必要だ。

 

 増やさねば。花岡さんが想いを届けたいと思えるような、熱意あるファンを。色々な場所から。

 

「プロデューサー。あなたのことは嫌いですけど。アイドルを続けさせてくれたことは、感謝してますよ?

 ――あ、あなたのことは大っ嫌いですけどっ!」

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