花岡ミヤビをプロデュース   作:#NkY

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花岡ミヤビがプロデュース

 H.I.Fセレクション。第1回と第2回の間はそれほど長くはない。花岡さんが1位通過をしたとしても、その余韻に浸っている暇はまったくない。

 

「過去には第1回のセレクションで1位通過した人が第2回のセレクションで落ちた、なんて事態もあったようです」

「油断しすぎじゃないです? その子」

「……前も言った通り、今回の1位はあなたの実力でもありますが、ライバルの自滅のおかげでもあります。我々がこの優位を維持するためには、早々に次の手を打つ必要があります」

「プロデューサーのことは嫌いですが……言っていることはごもっともです。それで? どんな策があるんですか?」

 

 第1回セレクションの時の花岡さんのパフォーマンスは、アイドルのライブとして文句の付けようがないものだった。逆に言えば既に完成されてしまっていて、短期間でこれ以上改善するのはとても難しいとも言える。

 つまり、レッスンの強度を上げるとか、そういうことをしたとしても効果は薄いだろう。フィジカルよりもメンタルに作用するような、そんなことをしなければならない。

 

 そこで俺が考えたのは。

 

「花岡さんには、補習を受ける生徒のサブトレーナーをやってもらいます!」

「え?」

 

 

-☆-

 

 

 ボーカルレッスン室。

 

「今日は優秀なアイドル科の子も一緒に指導に当たってくれます。花岡さん、自己紹介をどうぞ」

「えっと……アイドル科1年の花岡ミヤビです。花海さん、よろしくお願いします」 

「アイドル科1年、花海佑芽(はなみうめ)ですっ! よろしくお願いします、ミヤビトレーナー!!!!!!」

「……げ、元気ですね」

 

 がたがたと軽く部屋が震えるくらいの大音量。花海佑芽さんは、以前花岡さんとの勝負を快く引き受けてくれた花海咲季さんの年子の妹にあたる。

 姉は成績優秀だが、妹はそうではないらしい。……だが、凄まじいポテンシャルを感じる子だ。

 プロデューサーの直感がささやいている。将来とんでもないアイドルになりそうだ、と。それこそ、藤田さんと比肩するようなトップアイドルの器なのではないだろうか。

 しかし、なぜ今日まで彼女のことを知らなかったのだろう。こんなアイドルの原石が埋もれていたなんて、初星学園はなんてすごい場所なんだ……。

 

 とはいえ、俺は花岡ミヤビのプロデューサーである。それゆえ、俺は花岡さんの可能性を本気で信じ続けねばならない。それはそれ、これはこれ。切り替えるべき。

 

「元気なら誰にも負けませんから!!!!!!」

「……」

 

 あまりのパワーに花岡さんは軽く引いているようだった。アイドルにこんなたとえはよろしくないのだろうが、なんというか……重機みたいな子だ。

 

 かくして花海佑芽さんの補習レッスンが始まる。声量は凄まじいものがあるが、他はてんでダメ。音程もリズムもとっちらかっており、一体どこから手をつければいいのか分からない有様だった。

 とはいえ、本人に苦しさとか辛さみたいなのはまったく見て取れない。ふつう歌が苦手な子は縮こまってしまいがちなものだが、佑芽さんは堂々と、楽しそうに歌っている。たぶん、いい意味で開き直っているのだろう。そのメンタルは間違いなく才能だ。

 ……化けたら、凄いだろうな。

 

 色々口を出したいとはいえ、今回は花岡さんがサブトレーナー、いわば臨時プロデューサー役である。俺はただ何も言わず見ているだけだ。

 

 一通り歌い終わると、ボーカルトレーナーが花岡さんに話を振る。

 

「花岡さん、何か気になることはありますか?」

「えっと……気になることだらけで何から言えばいいのか……」

「でしょうね!!!」

「なんで得意げなんですかあなたは。入学試験に受かったのが信じられないレベルですけれど」

「受かってません!!」

「え?」

「何せ!! あたしは!!! 補欠入学ですから!!!!!!」

「……………………」

 

 補欠入学の子だったのか。道理で俺が知らないわけだ。

 それにしても、花岡さんは割と鋭い言葉を投げかけているはずなのだが、佑芽さんはまったく意に介していないようだ。開き直りっぷりが凄い。

 

「えっと……とりあえず、音を取れるようにしましょう。最低限。トレーナー、この練習でいいですか?」

「もちろん。それでは、今日は音程の練習に集中しましょう。花岡さんはピアノは弾けますか?」

「え? ミヤビは一応ピアノを習っていたので、それなりには弾けますけど……」

「なるほど。それでは、一度花岡さんの思うままにやってみてください」

「えっ!?」

 

 ボイストレーナー、結構思い切った提案をしてくれた。さすがはトレーナー、花岡さんの能力を把握して信頼してくれている。成長の機会を積極的に作っていただけることに感謝だ。

 

「大丈夫です。不安になったら、わたしがアドバイスしますからね」

「……じゃ、じゃあ、やってみますよ? まずは……」

 

 これではサブトレーナーどころか、トレーナーである。でも、その方が花岡さんの成長に繋がりそうだ。目配せするボイストレーナーにありがとうの意味を込めて会釈した。

 

 かくして、花岡トレーナーによる特別レッスンが始まる。

 特別といっても、その内容はすごく地味だった。花岡さんがピアノを1音弾いて、佑芽さんがその音と同じ音程になるように歌う。とっても地味な基礎練習。

 基礎練習というのはたいていつまらないものだ。しかし、佑芽さんは真摯に、しかも楽しそうに取り組んでいる。それを見た花岡さんもつられて、時折笑みをこぼしながらピアノを弾く。

 なかなか上手くはいかないものの、決して鬱屈な空気にはならなかった。それに、着実に上達はしている。

 

 それなりの時間が掛かって、ある程度佑芽さんは音程が取れるようになった。次は、曲のメロディをゆっくり弾いて音を取る練習。

 正直、佑芽さんの上達速度は花岡さんのそれよりも遥かに遅い。何度も何度も上手くいかず、繰り返し繰り返し練習する。でも、挫けそうになるような場面は一切なかった。ミスは連発するが、それを恐れて声が縮こまる場面もまったくない。

 圧倒的なメンタル強者。時間は掛かるが教えがいのある好素材。たぶん、この子を担当するのはとても楽しいだろう。そういう意味でも、花岡さんの初めてのトレーナー経験が彼女で良かったと思う。

 上手くできなくても、決して弱音を吐かないのだから。

 

「花岡さん、そろそろ1回通しで歌わせてみましょうか」

 

 しばらく経って、ボイストレーナーが提案する。

 

「そうですね。結構時間も経ちましたし、花海さんもだいぶ良くなりましたから……」

「そうですか!?」

「まだまだ、ですけれど。それでも、最初のどうしようもなかった時に比べればちゃんと良くなってます」

「やったあ! ありがとうございます!!」

 

 それにしてもよく元気が尽きないな、この子は。しかも、とっても素直。花岡さんと違って。

 ……などと思った瞬間、花岡さんになぜか睨まれた。

 

「その前に。花岡さん、花海さんにお手本を見せてあげてください」

「ふふ、ちょうどミヤビも歌いたかったところなんです。もちろん、やりますよ」

 

 あー、あー、と軽く声出しをする花岡さん。自信満々の顔を佑芽さんに向けた。

 佑芽さんはワクワクした顔でじっと花岡さんを見つめている。

 

 そう。花岡さんは、格下相手に非常に強い。たとえ勝負事でなくても、格下が見ている環境であればそれが成立する。

 花海さんに影響されたか、花岡さんの歌声は十分な声量をもって伸び伸びとボイスレッスン室に響いた。彼女の実力が遺憾無く発揮されている。

 しかも、いつもとは歌い方が違う。歌うというよりかは、セリフを喋るみたいな。音楽3割、感情7割の、元気いっぱいな歌い方をしている。

 ライブを意識した歌い方か? ……いや、多分違う。これは、きっと……。

 

「どうですか? これが、『花海さんのお手本』です」

 

 花海さんなら、こう歌えば強みが引き出せる――そう言わんばかりに。花岡さんは誰にも言われることもなく、器用に歌い方を佑芽さんに寄せてみせたのだ。

 

「す、スゴい……」

「これはミヤビの直感ですけど……花海さんが最後に目指すべきは、きっとこういう歌い方だと思います。ミヤビよりもずっと、効果的に歌えると思いますよ」

 

 格下相手に強い。つまり、背中を見せるのが上手い。故に彼女はトレーナー役にも向いているはずだ……実際、この目論見は大当たりだった。しかし、これほどまでにハマり役だとは思わなかった。

 もちろん、この経験はアイドルにも活きるはずだ。プロデューサーとしての経験上、教えることは自身への大きな刺激にもなる。実際、俺も花岡さんから得ているものはとても多い。

 そして、こうして教えることの最大のメリット。

 

「今日はありがとうございました!」

 

 それは、交友関係が広がるということ。つまり、花岡さんを応援してくれる人が増えるということだ。

 次のステージではきっと、花岡さんの力になってくれるだろう。

 

「ぷはぁー! ……あ、ミヤビトレーナーもいりますか?」

「げ……い、いらないです」

 

 以前姉が持参していた特製SSD(スーパースタミナドリンク)をがぶ飲みする佑芽さん。後ずさりする花岡さん。ちゃんとあの姉の妹なんだな――そう感じた瞬間であった。

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