補習生徒のサブトレーナーをやる。その経験を持ち帰って、自身のパフォーマンスにも活かす。近頃の花岡さんは、いいループが作り出せていた。
「5、6、7、8……よしっ、いい感じ」
花岡さんのレッスンを見る限り、サブトレーナー作戦は想定以上の成果をあげているようだった。
花岡さんは器用で覚えが早い。さまざまな生徒へのトレーナー経験を活かして、さまざまな引き出しを増やしてきている。
第2回のH.I.Fセレクションまでの時間はさほどない。この短期間では実技面の成長は難しいので、メンタル面での成長ができれば御の字――そんな俺の想定を、花岡さんは打ち破ってしまった。
そうなってくれた一因として、補習を受ける生徒にも何かしらの光る能力があり、そこからいい刺激を受けたから、というのがある。
ある生徒は度を超えた体力不足で、通常のレッスンすらままならない状態だった。しかし、その苦難を心から楽しんでいた。
その子には透明感のある神秘性が備わっていたので、花岡さんはその神秘性を引き出しつつ体力はセーブする魅せ方……という結構高度なことを教えていたはずだ。残念ながらレッスン中に倒れて保健室行きとなってしまったが、すごく満足げな笑みを浮かべながら気を失っていたのがとても印象的だった。
またある生徒は、自分の能力の低さからビクビクと縮こまってしまい、あらゆる動作が小さくなってしまっていた。しかし、彼女の未熟さに対して不釣り合いにもほどがあるような強い意志が、悲鳴を上げる身体を衝き動かしていた。
その熱量に応えて、花岡さんはかなり強気でハード目なメニューを課した。その子は必死で食らいついた。保健室行きとまではいかなかったが、ついに膝から崩れ落ち、立つことができなくなった時……さっきの生徒とは対照的に、痛いくらいに悔しそうな顔をして涙を流していた。
花岡さんは目を逸らさず、じっと彼女の顔を見つめていた。
上手くいかなくて楽しい。上手くいかなくて悔しい。相反するふたつの感情を目の当たりにして、花岡さんも何か期するものがあったと思う。
サブトレーナーとして教える時間があるため、花岡さん自身のレッスンの時間は減った。しかし、1回のレッスンにかける集中度合いは段違いになった。
これならきっと、上手くいくだろう――など、とは。
なぜか、思えなかった。
なぜ、か。
なぜ、だろう。
そんな杞憂、抱く必要などないはずなのに。
目の前でレッスンに打ち込む花岡さんの様子はこれ以上ないと言っていいほどに順調であるのに。
抗うことのできない宿命の妖しい影が。彼女の光を、彼女が目指す終点を包んで――見えなくしていく。
「プロデューサー。どうでしたか?」
「……………………」
「プロデューサー?」
「……ああ、すみません。ちゃんと、見てましたよ」
俺は、目が肥えすぎたのかもしれない。
月村手毬。
藤田ことね。
H.I.Fの要警戒対象、ふたりは。
「見てたんなら、何かひとことくださいよ。一応、あなたの手腕は信頼してるんですから。嫌いですけど」
こんなにも順調にレッスンを積み重ねている花岡さんを。
「とてもいい、ですね。想定以上です」
楽に……飛び越えてしまいそうな、気が……して、しまった。
「……………………そうですか」
プロデューサーはアイドルの1番のファンでなければならない。
プロデューサーはアイドルの可能性を常に信じ続けねばならない。
プロデューサーはトップアイドルへの最短航路をしっかり設計しなければならない。
プロデューサーは、アイドルの前では、何でもできる超人でなければ――。
「ありがとうございます」
花岡さんが何かを察してしまった。そんな、気がした。
どんな顔をしていたか、上手く説明がつかないが……第三者から見たら何の変哲もないただの微笑みだが、俺だけが、もう二度と見たくないと感じるような、そんな表情だった。
ひとつ、ふたつ、みっつ――造っていた理想が崩れるような音が脳内で反響する。
ごめんなさい、花岡さん。
あなたが決して天才でないように。
俺もまた、天才じゃなかった。
才能の、限界。
俺は、未熟だ。
-☆-
プロデューサーよ。
どこかで気がついていただろう?
『モブキャラ』は、『メインキャラ』に勝てない、と。
なぜなら、物語はそういう風につくられているからだ。
花岡ミヤビも。プロデューサーも。ふたりで物語をどんなに積み上げようとも。
この世界では、所詮、ただの脇役にすぎないのだ。
――そんなふざけたこと、あって、たまるか。
H.I.Fセレクション。2回目。無事、花岡ミヤビは本戦にコマを進めた。
しかし、藤田ことね、月村手毬とは絶望的とも言えるような差を付けられた。
今年のソロ部門はこの2人のどちらかで決まり。既にそんな空気感が流れていた。
誰も、花岡さんに振り向くことはしない。声も、顔も、まともに覚えてくれさえしない。
本質的に、彼女は『モブキャラ』でしかない。『メインキャラ』を輝かせるための、ただの舞台装置にすぎない。
そして、俺もまた――犬束静紅の引き立て役に甘んじることが、この世界のあるべき姿なのだ、と。
目の前に突きつけられた数値という現実が、そう教えているように思えた。
「……何落ち込んでるんですか。当事者のミヤビより落ち込むとか、嫌いです」
「落ち込んでなどないですよ。結果はともあれ、本戦への出場権は手にしているんです。前を向いて――」
「プロデューサー」
花岡さんは、強く俺の言葉を遮った。
「正直に言ってください。『花岡ミヤビにトップアイドルになれる才能などない』と」
「……花岡さん」
「プロデューサーは人生を懸ける相手を間違えましたね。ミヤビは、トップアイドルの器じゃない」
「そんなことありません」
「見え透いた嘘をつくのはやめてほしいです」
今までにないような、抑揚のない冷たい言葉を浴びせられた。
花岡ミヤビには才能がない。プロデューサーとして決して受け入れてはいけない、絶対に認知してはいけない、最終ライン。
だから、更に強く反論する。
「認められません。それを受け入れた瞬間すべてが終わる!!」
自分でも半ば分かってしまっている現実。
でも、それをそうだと受け入れたら、もはや花岡ミヤビのプロデューサーではない。
理性はない。残っているのは意地しかない。嘘をついてでも、否定しなければならない。
「あなたも未熟であれば、俺もまだ未熟です。だからといって、それがそのまま才能がないと捨ておくのは間違いでしかない。
結局、真の才能の有無など神にしか分かりません。俺たちのような未熟者が勝手に決めつけるなど、おこがましいにも程がある」
「でも、今日の結果は……」
「黙れ未熟者!」
感情的になって声を荒らげてしまった。さすがにやりすぎたかもしれない。
「……すみません。つい、熱くなってしまいました」
「プロデューサー……ふふっ」
なのに、花岡さんはなぜか笑っていた。おかしそうに、である。
「何で笑うんです?」
「いや、だって、『黙れ未熟者』って」
「……………………」
顔が熱くなるのが分かってしまう。よく考えなくても変なセリフである。
「あのプロデューサーがですよ。『黙れ未熟者』って」
「花岡さん」
「どうしたんですか『未熟者』さん?」
「やめてください」
「『だまみじゅ』」
「変な略し方しないでください」
「しばらくの間プロデューサーの呼び名がこうなるように仕向けますね」
「本当にやめてください」
感情的になるとまるでろくな事にならない。失言を撤回したい……!
「……まあ、でも、そうかもしれないですね。未熟者が限界値を決めつけて、諦めろ、だなんて。自分勝手でしたね」
「花岡さんはトップアイドルになれる。信じさせてください。最後の最後まで」
「もう……重い男は嫌われますよ?」
何とか。何とか、体裁を保つ。未熟者なりに。
スカウトした責任は、最後まで押し通す。俺は1人の少女の人生を預かっているのだ。簡単に、諦められるものか。
才能の壁。お前たちの成功は、ここまで。この先、才なき人間は通行止め。
数値が、結果が、有象無象が囁いてくる。
――ふざけるな。
絶対に、諦めてたまるものか。