花岡さんからいただいたお弁当を開ける。ミニトマトやブロッコリーなど、色鮮やかに彩られた野菜。恐らくは弁当向けの冷凍食品のものである唐揚げ。そして雑穀入りのご飯。
見た目は完璧。栄養もちゃんと考えられている。冷凍食品を使っているのは、変に背伸びしたりせず堅実に作っていることの裏返しだ。やや量が多くなってしまっているのは、大人の男性に向けた弁当を作るのに花岡さんが考えすぎた結果なのかもしれない。特に唐揚げの主張が激しめである。
俺は花岡さんに好かれすぎないようにしていたつもりだった。理由は色々あるが、猫を被りがちな彼女の本音を引き出せる、というのがその1つ。
実際、プロデュース当初は器物破損をしたり常に10m離れてたりしていて(少々やり過ぎた感はあるが)俺は花岡さんにいい感じに嫌われていた。が、時間は経ち、色々な事を共に経験してきた今では、もう。
「なんか……なんだかな……」
彼女の発する『嫌い』は、俺と話す際の挨拶みたいな、記号的で意味の持たない単語となっている。きっと、そうなってしまっているはず。
俺がまだまだやんちゃなガキだった頃の、親の作ってくれた弁当を思い出した。自分だけに向けられた愛情がこもったご飯をいただくのは……久方ぶりだ。
食べ終わるまで、いつもの食事の倍かかってしまった。空のお弁当箱は、普段より丁寧に洗って返そう。
ちゃんと、美味しかったな。
――翌日、新品以上のキラメキを放つ弁当箱を見た花岡さんにドン引きされたのは秘密である。
-☆-
「プロデューサー。ここにヒント、ありますかね」
「さあ」
「は???? 無責任すぎません????」
「でも、我々は足掻かないといけない。今の我々は、深く苦しい闇の中にいるようなものですから」
「……そう、ですね。やれることは、やらなきゃ」
H.I.Fセレクション。ユニット部門。その第2回の観戦に、俺は花岡さんと共に来ていた。
絶望的な力量差。それをひっくり返す魔法。そんなのがあれば苦労しないが、普通に考えればあるわけがない。
それでも、俺たちはそんな魔法を探してしまっている。そうしないと、もう、俺たちでは勝てない。
それに、これはアイドルを見続けてきた俺の勘でしかないのだが――ことアイドル活動においては、力量差をひっくり返せる、そんな都合のいい魔法が存在してしまう。
なんか、そんな気がするのだ。もしかすると、未熟者である俺のただの願望かもしれないが。
今回のセレクションで注目しているユニットは2組。花海咲季、紫雲清夏のユニット。そして、花海佑芽が所属する、第2回セレクションから途中参加するというユニット、なのだが……。
「は……?」
プログラムを見て驚愕した。あろうことか、ユニットメンバーが豪華すぎる。1人は、元Syngup!、中等部No.3アイドルであった秦谷美鈴。それはまだいい。もう1人がラスボスであった。
「佑芽さん……え……うそ……??」
隣の花岡さんも言葉を失っている。
「十王……星南……?」
現生徒会長、
一応、十王さんがH.I.Fに出るためのユニットメンバーを探している、という噂は耳にしたことがある。が、そのメンバーのうちの1人に佑芽さんが選ばれるとは……。
「なるほど、なるほど。びっくりするって、そういう……いや、でも、あんなに不出来だったのが……ええ……?」
いくら何でも異常だ。ちょっと前まで、ステージに立つビジョンがまったく浮かばないような技量しかなかった彼女だったのだ。それが今、学園一のアイドルと同じユニットにいる。しかも、ただの遊びではない。H.I.Fという、この学園の生徒の大半が最大目標にする舞台で、である。
たしかに出会った当初から、俺は彼女から溢れんばかりの才能を感じていた。とはいえ、これはおかしい。理外だ。
正直……認めたくなかった。俺たちが持ち得ていない、彼女の強大すぎる才能を。
嗚呼。天は、不平等だ。
「珍しいですね。プロデューサーがこんなに取り乱すなんて」
「それはそうでしょう。花岡さんも驚いているはずです。こんなの、おかしい……」
「いいえ、何もおかしくないですよ。佑芽さんは、そのくらいやってしまえる子です」
どうやら花岡さんは、初めてサブトレーナーを務めたあと、佑芽さんの人懐っこさから自然と仲良くなり、そのため継続してレッスンを見てあげていたらしい。いわく、途中から急にものすごい勢いで上達し始め、もはや現在では別人レベルに変貌しているとのこと。
「単純な数値だけなら、もうミヤビを追い越してます。……もっとも、アイドルはそれですべて決まるわけじゃないですけどね」
「そんなすごい人だったとは……」
「プロデューサー? ミヤビじゃなくて、佑芽さんにしとけば良かった、なんて思ってます?」
「いいえ、それでも俺は花岡さんとがいい。それだけは絶対に譲らないですから」
「っ……ほ、ほんっと嫌い!」
花岡さんはいつものように顔を背けてしまった。しかし。
「……でも、ありがと」
その後、俺への感謝を小さく付け足したのが確かに聞こえてしまった。……いや、何も聞こえてないということにしておこう。
その方が、いい。
-☆-
結果から言おう。
第2回H.I.Fセレクションのユニット部門は、俺たちが注目していた2組が当然のごとく本選進出を果たした。
なんと、同率首位で、である。そんなこともあるのか。
「会長のユニットが圧勝かと思ったら、意外な結果になりましたね」
「はい。ユニット部門は個人だけでは突き抜けられない。いくら学園一のアイドルだとしても、ですね」
何故、花海咲季と紫雲清夏が、『一番星』十王星南率いるユニットに引き分けにまで持ち込ませることができたのか。
理由は明確だった。『ユニットとしての完成度』である。
咲季さん、紫雲さんは共に運動神経が良い。よって洗練されたダンスを武器にしたパフォーマンスを行った。要は「一点特化」である。対して、十王さんのユニットは個々の強みがバラバラだ。その個性が武器になることもあるが、今回はそうではなかった。さすがの十王さんでも、メンバーの個性をまとめるのに手を焼いているのだろう。
「ただ。咲季さん達にとっては、これは決定的な敗北に等しい引き分けかもしれませんね」
「……ずいぶんな言いようですね、プロデューサー?」
既に完成されている十王さんはまだしも、秦谷さん、佑芽さんの1年生2人はまだまだ良くなる余地を感じた。
一方の咲季さん、紫雲さんの方は1年生でありながら、これ以上の伸びは難しいのではないか――そんな風にも思えた。
特に、咲季さんの成長の無さは致命的かもしれない。以前花岡さんと対決したときと比較して、何か劇的に変わっているような印象を今ひとつ見受けることが出来なかった。それは本戦に行っても変わらないだろう。
おそらく本戦は、1年生2人が成長を見せた十王さんのユニットが大差で圧勝する。そんな未来が易々と見えてしまった。
「完成されたユニットが、未完成のユニットと引き分けてしまっている。むしろ、なぜ引き分けに持ち込めたのかが不思議な位には才能の差があります。……俺たちと同じくらいの窮地だと思いますよ、きっと」
「ミヤビたちと、同じ……」
そう。俺たちと、同じだ。手がかりはそこにある。
考えるよりも先に、俺は行動に移していた。咲季さんと紫雲さんのプロデュースを担当している先輩のプロデューサーに連絡を取る。OKとの返事だ。
「花岡さん。咲季さんと紫雲さんの話を聞きに行きましょう」
「へ?」
「才能の足りない彼女たちが、何を原動力としてトップに食らいついているのか。それを、知るんです」