花岡ミヤビをプロデュース   作:#NkY

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異次元

 無言で俯く咲季さんを、紫雲さんが不安そうに見つめている。ドアを開けて飛び込んできた光景が、これだった。

 

 結果が出たあとの咲季さんのユニットの控え室は重苦しい雰囲気が漂っていた。絶対女王率いるユニットに引き分けた上、同率首位で本戦出場を決めた――そんな快挙を達成した後とはとても思えない雰囲気だった。

 

「……ミヤビたち、場違いじゃないですか……?」

 

 消沈しきった空気感に、さすがの花岡さんも不安げだ。小さく俺に聞いてきたが……。

 

「大丈夫ですよ、花岡ミヤビさん」

 

 俺の先輩にあたる、咲季さんたちを担当しているプロデューサーが代わりに答えた。こんな状況にも関わらず、俺たちの押しかけともいえる訪問を快諾していただいた人だ。余裕がある。

 

「ソロ部門、拝見させていただきました。貴女も私達と同じ立場――逆境に置かれている。そうですね?」

「っ……その、通りです。認めたくないですけれども」

 

 さすがは先輩だ。花岡さんの近況のこともしっかり把握している。花岡さんだってH.I.Fソロ部門の本戦出場アイドルのうちの1人――つまり、学内実力上位のアイドルであることには変わりないのだ。

 ただ、その上が、果てしなく遠いのだが。

 

「であるならば、ぜひ、今の私達の現状を見るべきです。私は花海咲季さんと紫雲清夏さんを担当するプロデューサーではありますが、それ以前に私は『アイドルのことが大好きな人間』です。貴女のためにだって、なってみせたいのです」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

「いえいえ。プロデューサー病、みたいなものですよ」

 

 先輩は柔和な笑顔を浮かべた。女子がキャーキャー言いそうな甘い顔立ちをしていて、彼もまたアイドルとしてやっていけそうではないかと思う。

 ただ、その言葉に何か裏を感じなくはないが……きっと気のせいだろう。

 

「さて。咲季さん、清夏さん。反省会をしましょうか」

 

 先輩はぱん、と手を叩いて2人の方に向き直った。

 

「Pっち。しょーじき、反省会ができるメンタルじゃないかも。あたしはまだ大丈夫だけど、咲季っちは……」

 

 前に会ったときの自信満々な咲季さんとはまるで別人かと思うくらいの落ち込みようだ。普段の彼女なら、こんな弱い姿を他人には見せないのだろうが……そんな余裕などない、ということなのだろう。

 それだけ、今回の引き分けは絶望的なものなのだ。この2人にとっては。

 

 逆に言えば――この2人は、一番星(プリマステラ)率いるユニット相手に、本気で勝ちに行っているのだ。でなければ、本気で絶望などするわけない。それを感じ取ったのか、2人を見つめる花岡さんの横顔はぐっと真剣なものになった。

 

 ばちり。先輩が花岡さんに目配せをした。視線に込められた気を感じたのか、花岡さんは思わず身じろいだ。

 ――俺の無理なお願いを即座に快諾した理由、か。

 

「花岡ミヤビさん」

「……なん、ですか」

「これを」

「へ――」

 

 先輩が花岡さんに半ば押し付けられるように渡したのは、ステージマイクだった。

 

「……歌え、と?」

「ええ。私は知っていますよ。貴女がこの曲を歌えることを。そして、貴女がアイドルであるならば……この空気を打破できるはずです」

「え、ちょっ……」

 

 困惑する花岡さんをよそに、先輩は俺に聞く。疲れはないですか、と。とても嘘など言えないので、大丈夫です、と答えると、先輩は容赦なくタブレットを操作して音源をかけた。

 そして、流れた曲が――到底容赦ないものだった。

 

 Fighting My Way。

 花海咲季さんを代表する魂の持ち歌。

 ダンスの難度の高い難曲。当然ながら俺は花岡さんがこの曲を練習する姿など見たこともない。普通ならこの曲をぶっつけで()れるもんじゃない。しかも、現実に直面して元気をなくしている、歌の持ち主の目の前で。

 

 だが。忘れてはないだろうか。

 花岡ミヤビは、中等部No.4の実力者である。No.4といえば彼女、と断言できる位の実力者である。踏んできた場数、経験――何もかもが、違う。

 そして、この曲を届ける対象は、凹んでいる花海咲季。花岡さんは何かを『届ける』才能に秀でている。その対象が格下であれば、無類の強さを誇る。普段の咲季さんなら同格だが、落ち込んでいる状態であるならば、格下。花岡さんは、そう見なしているはずだ。

 

 果たして、花岡さんは一切の迷いなく舞った。

 

 軽快なステップを踏みながら、わざと咲季さんに寄せた歌い方をしてみせる。さすがにダンスは完全再現とはいかないものの、本人なりのアドリブで振りを誤魔化している。まったく気にならない所か、パフォーマンスとしてきちんと昇華し、それはそれで様になっている。

 

 その様子を、咲季さんは食い入るように見ていた。目の前で持ち歌を歌われている。しかも、花海咲季のパフォーマンスに寄せて――。きっと、言葉になどし尽くせないような、さまざまな感情が胸の内に去来しているはずだ。

 

 やがて、花海咲季が『目覚めた』。

 

 サビに差し掛かる頃。にわかに立ち上がり、ふらりと花岡さんの所に向かい――鋭く睨みつけて花岡さんの動きを止めた一瞬、無言で花岡さんからマイクを奪い取った。

 有無を言わさぬビリビリとしたオーラ。この部屋全てを支配していた。

 

 そして。咲季さんが息を吸った、ほんの刹那の時で――この空間を我が物とした。

 歌がうまい。踊りがうまい。魅せ方がうまい。そんな、単純なモノでは到底推し測り得ない。

 アイドルの基本の三要素じゃない。別次元の何か。都合のいい何か。魔法のような何か。

 

 まさに、俺たちが探し求めていた、『何か』。

 花海咲季は、それをもって、自らの歌を歌いあげる。

 

『私以外、私を負かすものなど、ありはしない』と。

 

 訂正しなければならない。花海咲季にアイドルの成長が見込めない、などと浅く考えた、以前の俺を。

 一番星(プリマステラ)率いるユニットに引き分けた人間なのだ。そんなわけがないだろう。

 よくわからない別次元の才能が彼女には備わっていた。言葉では言い表せない、理論では到底説明できない。しかし、確かにすべてを支配し彼女に夢中にさせうる、謎の才能が。

 

 『真のアイドル』の、歌が終わる。

 しばらく、誰もしゃべれなかった。俺も、先輩すらも、圧倒されていた。

 まるで時が止まったかのようだった――。

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