花岡ミヤビ。高校一年生。15歳。
とあるベンチャー企業の社長の娘。
中等部時代には『Syngup!』の3人に次ぐNo.4の実力を持つと言われていた。
突出した長所はないが目立った短所もなく、安定感のあるパフォーマンスが売り。
メンタル面に課題あり。
-☆-
職員室。あさり先生に、プロデューサー制度の申請書を提出しにいった。無論、花岡さんと2人並んで。並んで、というにはちょっと無理があるような距離感があるが。
何しろ、俺と花岡さんとの距離、約10m。
「……ええと、本当に申請を受け取ってもいいんですかね?」
「当然です。ですよね、花岡さん?」
「……し、仕方なく、ですからね。そう、仕方なくです」
当惑しながらもあさり先生は受け取ってくれた。
「先生、今にも契約解除しそうな雰囲気で契約申請書を持ってきたアイドルとプロデューサーを見たのは初めてです。えっと……一応無理やり書かされている、とか、プロデューサーくんが代筆している、とかではなさそうですね」
あさり先生が俺の顔を見る。真剣な顔だ。
「さて、念のために聞きますが。プロデューサーくんは、ついさっき行われた特待生制度の学内オーディションの結果を知って、花岡さんをプロデュースしようと決めたのですか?」
「はい」
「では……何で、花岡さんなのですか?」
「中等部No.4の実力者。負けず嫌いな性格。そして、
だから、俺は……花岡ミヤビ『で』頂点を掴みに行きたいんです」
それを聞いたあさり先生は怪訝な表情を向けた。
「……プロデューサーくん。アイドルは、道具じゃないんですよ」
体よくまとめたつもりだったが、あさり先生には俺の本心を見透かされていたらしい。
「その代わり、俺は花岡さんの道具になります」
「…………」
あさり先生は黙って、花岡さんの方を見た。
「花岡さん。本当にいいのですか?」
「私はプロデューサーのことが大嫌いです。でも……これは、私の、意思です」
申請書を見やるあさり先生。花岡さんの筆跡は育ちの良さを思わせる非常に綺麗なものだ。
しかし、そこに滲み出る何かが出ていた。字体の『はね』の部分が、やけに力強く見える。
「……わかりました。申請を受け取りましょう。あなた達の仲は良くなさそうに見えますが、信頼がないわけではなさそうに見えましたから」
「ありがとうございます」
俺はあさり先生にお礼を言った。
「でもね。プロデューサーくん、もう一度言います。
アイドルは、プロデューサーの所有物ではない。願いを叶える道具でもない。
……優秀なきみなら、分かりますね?」
-☆-
書類提出の後、俺と花岡さんは、プロデューサー科である俺に貸し与えられた空き教室――通称『事務所』に向かった。
もちろん、常に10mの距離感を保って、である。当然、会話は皆無。廊下ですれ違う人間たちには、俺たちのことはまったく関係のない他人のように見えただろう。
それでも、俺と花岡さんのふたりきりになってしまう閉鎖空間となる事務所に来てくれるあたり、最低限の信頼はされているようだ。プロデューサー科の肩書が持つパワーが強すぎることをあらためて実感した。
「それでプロデューサー。今後の方針を聞かせてください。可能な限り短く。1秒で」
「藤田ことねに勝つ」
「ありがとうございます。では」
花岡さんは事務所から退出した。
会議終了である。
「……………………無理難題ですよそれミヤビがアイツに劣ってるなんて認めたくないですけどすごくすごくすごく天地がひっくり返ろうとも絶対に認めないですけど無理難題ですよ!!!!!!」
帰ってきた。早口でまくし立ててきた。
「分かってるじゃないですか」
「ほんっと性格悪いですね!! 嫌いっ!!!!!」
「でも、勝ちたいですよね?」
「それは当たり前です!! 当たり前ですけど……分かってますよね、明らかになってしまったあの子の才能を」
藤田ことね。半月休んだだけで中等部No.4を軽々超えてしまった、『元』落ちこぼれ。
「ええ。藤田さんは天性のアイドルの才能の持ち主、ということが、ついさっきのオーディションで明らかになりました。俺の見立てでは、5年以内にはドームで単独ライブをするくらいのトップアイドルになる……そんな器です。
初星学園という小さな世界での
「そんなヤツに勝てるんですか?」
「無理でしょうね」
「ですよねぇ!? 認めたくないですけどぉ!!! あー、思い出してきた、あのオーディション!! 悔しい悔しい悔しい悔しいーーーーーーっ!!!!!!!!」
がっしゃんどっかんぼごぉごばぁがきゃああぁぁっ!!!!!!
「花岡さん、アイドルが器物破損はよくないですよ。アイドルでなくても器物破損はよくないですが」
「コイツハコイツデマジデムカツクシ……」
「何か言いました?」
「いえ?????? 何も??????」
何も? って言ってくる割には敵意むき出しで俺のことをにらみつけてくる、俺の担当アイドル。
「ただ、あなたにだって才能がないわけではない。何しろ、
「……でも。ミヤビは、No.4止まりですよ。ミヤビの上、何だかわかっています?」
「『Syngup!』の3人、ですよね」
Syngup!。元々存在していた中等部No.1ユニット。
そのセンターを務めあげていたのは、圧倒的な歌唱力を誇る歌姫『
そして、彼女のサポーターとして『
ソロでやってた花岡ミヤビ、ではない。Syngup!の脇役である、この2人がNo.2とNo.3なのだ。
「ミヤビ、アイツらのことは本当に嫌いで、人としてまったく好きになれないです」
「だろうと思いました」
「でも、ミヤビとアイツらには決して覆せない才能の差がある。中等部の3年間で、嫌というほど思い知ってきました。……No.4、嫌なんですよ」
花岡さんはため息をついた。
「苦労してきたんですね」
「……なんで大嫌いなプロデューサーにこんなこと言っているんでしょうね。ミヤビ、自分が嫌いです」
その割には、すっきりしているような表情をしている。おそらく、弱音を言えるような存在が彼女の周囲にいなかったのだろう。
No.4ということは、『Singup!』以外は花岡さんより下だった、ということである。上に立つ人間が、憧れを向けられる人間が、弱音を吐けるような場所は少ない。
「でも、その才能の限界値というのは、あなたにプロデューサーがいなかった場合のものです」
「っ……!」
花岡さんが食い入るように俺の方を見た。
安心した。ちゃんと、上を目指す気概はある。
「アイドルの才能を見抜き、最適なプロデュースを行って、限界以上の実力を引き出す。それが、プロデューサーの役目の1つです。
断言します。花岡ミヤビは、頂点に立てる才能の持ち主だ」
「……っ、そ、それ……テキトー言ってるわけ、じゃないですよね」
「はい。あなたに才能がなければ、俺はあなたをスカウトしていない。
『花岡さんにこの先の人生を懸けても構わない』。プロデューサーにとって、アイドルをスカウトするという行為は、こう宣言することと同等だ」
たしかに、あの時のスカウトが衝動的であったかどうか、と言われると、それはYESと答えざるを得ない。
でも……俺は本気である。本気で、花岡ミヤビをトップにするつもりである。
あの2人を正面切って倒すつもりである。
「……何で、ミヤビのことをそんなに買いかぶるんですか」
「そのうちステージで明らかにしてくれますよ。花岡さんが」
「……………………やっぱり、ミヤビはプロデューサーのことが嫌いです。何もかも全部分かってるような態度、本っ当にムカつきます」
そっぽを向いてしまった。でも、それでいい。
俺と彼女の関係は、それくらいが一番うまくいく。
そう。無計画に嫌われたわけじゃないのだ。これも、プロデュースのうちだ。
「とっとと乗り換えてやるんだから。犬束プロデューサーに」
「何か言いました?」
「ふふ、何も??????」
……信じてくれる人はいないだろうけれど。