『N.I.A』が始まった途端、各陣営はSNSや動画コンテンツを利用したネット戦略や地道なミニライブ、金にモノを言わせた大々的な宣伝――などなど、一斉にファンを獲得するための行動を起こし始めた。
特に961プロを筆頭に様々なアイドル事務所が共同出資して設立された『極月学園』のアイドルはやる事が派手だ。一介の学生アイドルにかけられるようなPRの域を優に超えており、物量と品質のゴリ押しでスタートダッシュを決めていた。もちろん、そんな派手な宣伝に耐えうるような確たる実力も、極月のアイドルはきっちりと備えている。
「にしても……いくらなんでもやり過ぎじゃないですか? 極月学園」
花岡さんがスマホでN.I.Aランキングの推移を眺めながら聞いてくる。
「前回の優勝者が765プロの子でしたからね。961プロの黒井社長からしたら、不愉快でたまったものじゃないでしょう」
「あー、そういえば……黒井社長さん、765嫌いで有名ですもんね」
極月学園の筆頭出資者である961プロの社長、
ちなみに初星学園や、初星学園と提携を結んでいる100プロとも因縁持ちらしい。こんなに同業者を敵に回して、よく影響力を維持できているものだと感心する。
「ただ、我々にはまったく関係のないことです。花岡さんは花岡さんのペースで行きましょう」
「……ずいぶん呑気ですね、プロデューサー」
「極月と違い、残念ながら我々にはそれが出来るだけの金もコネもない。アイドルの能力も足りていない」
「は?」
「出来ないことをやろうとして背伸びをしても破滅を招くだけです。地道にコツコツ、実績を積み上げていきましょう」
実の所、花岡さんは本来ならまったくN.I.A向きではないアイドルだ。大前提として、花岡さんは同格以上との勝負はとことん弱いので、オーディション勝負に弱い。
そして、他のアイドルに比べ、花岡さんは突出したアピールポイントやキャラ立ちがない……つまり、言い方を選ばないのであれば、彼女は『地味』なのである。そんなアイドルがファンを瞬間的に得るのは極めて難しい。
ただ。そんな地味で平凡な彼女だからこそ。自分と重ね合わせて、親近感を持ってくれるであろう人はきっと多いはずだ。地道に露出を続けていけば、きっと報われる。
俺たちが取るのは、『
「というわけで、花岡さんには早速トークイベントのMCをやってもらいます」
「え、MCですか?」
「はい。出演者は初星学園中等部のアイドルたちです。中にはN.I.Aに参加している方もいらっしゃいます」
「なるほど」
「それで。花岡さん、すごく大事なことを言います。……出来るだけ、後輩を目立たせるようにしてください」
「え??」
困惑する花岡さん。そりゃそうだ。ファン投票数が大事なイベントなのに、補佐役に回れと言われたらそうなる。
「花岡さんの役割はMCです。自分が目立とうと頑張ってしまうと場が冷めます。N.I.Aのことを忘れるくらいがちょうどいいかもしれませんね」
「確かにプロデューサーの言う通りではありますが……じゃあ、なんでN.I.Aの期間中にMCの仕事を取ってくるんですか?」
『脇役』の戦術。確たる考え、目的がある。だが、その詳細は、最後まで明かさない方がおもしろい。
「花岡さんが投票数を伸ばすには、このやり方が一番だろうと思ったからです。俺を信じてください」
「……まあ。プロデューサーのことは嫌いですけど。信頼してない訳では、ないですし」
やや渋々といった感じだが、一応方針について納得してくれたみたいだ。
「それに、中等部の後輩たちが出演者なら……ミヤビ、結構いい感じに振る舞えそうです。MC、頑張ってみます」
-☆-
イベント自体は大成功だった。花岡さんはMCとして終始引き立て役に徹し、見事後輩の中等部アイドルたちの魅力を引き出してみせた。
さすがの花岡さんだ。格下相手の立ち振る舞いが完璧すぎる。圧倒的安定感、圧倒的信頼感。他のイベントでもぜひMCやアシスタントをやってくれないか、と、他のイベントの企画担当者の方から声を掛けられたりもした。
が。
「……プロデューサー?」
「何でしょう」
「ミヤビのN.I.Aランク、まったく上がってないどころか出演した後輩にことごとく抜かされてるんですけど……」
完璧に引き立てすぎた結果がこれである。
「それだけ花岡さんの仕事が完璧だったということです。共演者の魅力が花岡さんの手によって存分に引き出され、魅力が世間に伝わった。最高の仕事です」
「ミヤビにとっては最悪なんですけど!?!?」
短期的な結果だけ見れば失敗かもしれない。ただ、俺たちが見据える先はもっと長期的。最後に、トップに立てばいい。それだけの話。
「しかし、順位こそ下がりはしましたが……投票数は確実に増えているのはお気づきでしょうか?」
「それは……まあ、微増ですけど」
「今回のMCの仕事で花岡さんに好感を持った、物好きなファンもいるという事です」
「物好きって……言い方を選んでくださいプロデューサー?」
「ただ。こういう、隅の方までしっかりと見てくれている物好きなファンの方々はこだわりが強い。順位を上げた後輩たちよりも、ちゃんと花岡さんのファンとして定着してくれるはずです」
「……な、なるほど」
「N.I.Aは仁義なきファンの争奪戦です。大々的なキャンペーンを展開できない我々は、いきなり攻勢に出てもいい成果は得られません。まずは地盤を固めて奪い合いに強くしましょう。花岡さん、しばらくは雌伏の時ですよ」
花岡さんは派手ではない。だけど、堅実さがある。安定感がある。あと一人、とりあえず花岡ミヤビでも呼んでおけば間違いない……そんな存在になれば最高だ。
「……そう、ですね。正直、ミヤビだっていきなり主役になれるなんて思ってません。ミヤビの実力……というか、性格は、ミヤビでも何となく分かってますから。
――信じますよ、プロデューサー。きっと最後には、ミヤビとミヤビのファンたちを、笑わせてくれるんでしょう?」
信頼のこもった眼差しをこちらに向けてくる。
「もちろん。俺はこのやり方でいけると踏んでいます。花岡ミヤビの、プロデューサーですから」
――応えなければ。