ダンスレッスン室。
花岡さんの実力を目の前で把握するため、前回のオーディションで使用された曲を披露してもらった。
さすがは中等部No.4なだけはある。突出した部分こそないが、歌、ダンス、魅せ方、すべてが高いレベルでよくまとまっている。スカウトするにあたって、彼女の中等部時代の動画はチェック済だが、それよりも更にパフォーマンスが洗練されているようにも思えた。
もし、犬束静紅のプロデュースを受けた藤田ことねが、あのオーディションに参加していなければ、おそらく彼女の合格で終わっていただろう。
……というか、本当に藤田ことねは花岡ミヤビに勝ったのか? このパフォーマンスを披露できる人間が、今までずっと下の方でくすぶっていた人間にいきなり負けるのか……?
いくら不調の原因を取り除かれていたとはいえ、である。万年赤点が、元学年4位に、半月休んだだけで普通に勝てるものなのか……?
俺は内心で頭を抱えた。
ライバル意識を燃やした相手は、どうやら俺の想定より数倍強いらしい。
「ありがとうございます、花岡さん」
「ふふっ。どうでしたか、プロデューサー」
なんか得意げである。嫌いじゃなかったのか、俺のこと。
ここはひとつ、俺との正しい好感度というものを思い出してもらおう。今後のプロデュースを円滑に進めるために。
「1つ、質問があります」
「……何でプロデューサーが質問するんですか」
「なんで負けたんですか?」
「は????????」
そうそう。その顔その顔。俺に向けて欲しいのはアイドルがしてはいけないようなそういう怖い顔。実家のような安心感。
「正直、最近見てきたアイドルの中で一番上手なパフォーマンスだったと思います。だから、聞いているのです。なんで負けたのか、と」
「……それは……嫌。言いたくない。言うとミヤビの負けみたいで嫌すぎる」
「負けたじゃないですか」
「最っっっっ低っっっっっ!!!!!!」
がらがらがっしゃんごしゃばぎょぶっぎょらぁんっ!!!!!
「アイドルが器物破損はよくないですよ。アイドルでなくても器物破損はよくないですが」
――ギャグパートもひとしきり落ち着いたところで、花岡さんはゆっくり口を開く。
「……藤田ことね。アイツが、ミヤビの想定以上に強かった」
「それだけですか?」
「違う。横で踊るアイツが、やけに輝いて見えて……集中できなくなった」
弱点はそこか。
あの時のオーディションは、参加者が同時にパフォーマンスを披露する、というものだったらしい。その際、花岡さんは藤田さんを意識してしまい……質が数段落ちてしまった、ということか。
パフォーマンスというのは些細なきっかけで急降下するものだ。100%の実力を発揮できなかった、ということを聞けて、俺は少しほっとした。
「なるほど。それなら克服しましょう」
「すごく簡単そうに言いますね」
「もう油断はしないでしょう。藤田さんに」
「当たり前です。アイツは、ミヤビに勝って犬束プロデューサーを奪い取った。油断はしない。でも……」
「でも?」
「……なんでもありません、忘れてください」
彼女の様子を見るに、たぶん、オーディションでパフォーマンスが落ちた理由はほかにもあるらしい。藤田さんに気を取られた、だけではない、本人の性格に由来するであろうもっと根深い理由があるはずだ。
何せひとりならこれだけのパフォーマンスを発揮できるのだ。それに、花岡ミヤビはずっとソロで活動している。友達……というか、取り巻きもちゃんといるのだが、過去の記録上、花岡さんはユニットを組んでライブをしたことは一度もない。
「……なるほど」
――わかった気がする。
「花岡さん」
「なんですか、プロデューサー」
「今度、クラスでのダンスレッスンを観に行かせていただきます」
「……別に、構いませんけれど」
-☆-
翌日。宣言通り、俺は花岡さんのクラスのダンスレッスンを見学させてもらった。花岡さんは藤田さんと同じクラスなので、当然藤田さんもいた。
そして。
「おはよう、ミヤビちゃんのプロデューサー」
スーツに身を包んだ、容姿端麗な女性……そう、藤田ことねのプロデューサー、犬束静紅も来ていた。
ちなみに、俺と同期入学である。
「おはようございます、犬束プロデューサー」
「相変わらず君は堅っ苦しいなぁ。お互い同期なんだし、もっと柔らかくいこうよ」
「今の俺にとってあなたは倒すべき敵陣営だ。馴れ合いは勘弁願います」
つい漏れ出た本音に、犬束プロデューサーの顔が一気に険しくなった。
「ことねと私を倒したい。それだけで、ミヤビちゃんをプロデュースしようと思ったのかい?」
「そんなことはない。花岡さんはトップアイドルの資質があると俺は信じています。藤田ことねを超えるのは、その過程にすぎない」
一度理不尽な敗北を味わった人間が発揮する底力。俺はそれを信じたから、彼女をスカウトした。まごうことなき、本心だ。本心ではあるが……ほんの少し、噓をついた。俺は、藤田ことねと犬束静紅を倒したい、それも本心だから。
俺の言葉を聞くと、犬束プロデューサーはすぐに表情を緩めた。
「それなら安心した。君が対抗心に目をくらませて、短絡的に彼女をスカウトするような人間ではなくて。これだけ真剣に向き合うプロデューサーがついてくれるなら、ミヤビちゃんも浮かばれるね」
「そうなれるように頑張るだけです」
嘘はばれなかったようだ。
「でも、私たちを追いすぎて身を滅ぼさないように気を付けたほうがいいよ。なぜなら、ことねの才能は、ミヤビちゃんの比ではないから。……これは忠告だよ」
「……よく、俺に向かってそんなことが言えますね」
「私が人生を懸けてもいい、そう心から思えた子だ。そのくらいは言い放つさ」
やがて、レッスンが始まる。
「ミヤビちゃんのプロデューサー。目に焼き付けなさい。これが、私がほれ込んだ超逸材」
わざわざ犬束プロデューサーに言われなくても、真っ先に目につくのが藤田さんだった。
「……これが、藤田ことね……」
百聞は一見に如かず。他のクラスメイトよりも、花岡さんよりも、圧倒的にキレがある。
誰が見たって、彼女が一番優れているというだろう。そのくらい、藤田さんのダンスはすさまじいものだった。
彼女のダンスの技術は、初星学園内でも間違いなく上位だ。今目の前で起こっていることが信じがたいが、このパフォーマンスをオーディションに持ち込んだとするならば……万全の花岡さんでも敗北を喫していただろう。ダンスに関しては。
ライバルにしてはいけない人間に、対抗心を燃やしてしまったかもしれない。俺は少し後悔した。
ダンストレーナーが藤田さんに向かって言った。
「藤田。お前どうした、まるで別人のようなパフォーマンスじゃないか」
「えへへ~♡ あたし、プロデューサーがついてから、すっご~く身体が軽いんですよぉ♡」
「なるほど。休め休めとあれだけ言ったのに聞かなかったお前が、素直に身体を休ませるなんてな?」
「あ……あははぁ……」
「まあ、ついたプロデューサーが彼女なら当然か」
一方、花岡さんは藤田さんのことを恨みがこもった目でギリギリとにらみつけていた。こちらは対照的に、昨日、俺の目の前でやった時のパフォーマンスから数段劣っていた。
動きが硬い。明らかに、力みすぎている。
「……意識しすぎ、か」
藤田ことねを追いすぎて、身を滅ぼす。
犬束プロデューサーの言葉は、あながち間違いでないのかもしれない。
そのあと、いくつかのグループに分けられてレッスンをすることになった。藤田さんと花岡さんは別々のグループだ。ここで、犬束プロデューサーとも別れた。
そこでの花岡さんは生き生きとしていた。さっきの硬さが嘘のように取れ、まるで自分をほかのクラスメイトに見せつけるように、自信満々で堂々としたダンスを見せていた。
花岡さんは元No.4の実力者と名高かった。よって、このクラスに花岡さんを負かすような人間は藤田さん以外いない。
いうなれば、花岡さんは藤田さん以外には圧倒できるのだ。
だが。そんな、本来の実力を発揮した花岡さんであっても……現状は、藤田さんの方が圧倒的に上である。そう、認めざるを得ないほどに、ダンスの技術差は明らかだった。