花岡さんの目下の課題はメンタル面。彼女は周囲の人間が自分より下だと感じたなら十全なパフォーマンスを発揮できるが、上だと感じた瞬間パフォーマンスの質がガタ落ちしてしまう。
そして、無意識に周囲の目を気にしてしまう癖。それを解決するにはどうすればいいのか。
……やはり、経験か。思い立ったときには、すでに行動に移していた。
縦の付き合いは得意だが、横の付き合いは正直苦手な俺だ。だが、アイドルを上に導くためなら……たとえ不器用でも、たとえ不格好でも、俺はなんだってできる。
プロデューサーは、超人であれ。
「お疲れ様です、先輩」
「お疲れさま。君から話しかけてくるなんて珍しいですね? それで、用件は?」
「はい。実は……」
-☆-
翌日。ダンスレッスン室。
今日は練習着に着替えている花岡さんと、ここでレッスンだ。
「花岡さんは中等部時代、自分と同程度の実力を持つと感じた人はいましたか?」
「いいえ。ミヤビが確実に勝てると思った人か、絶対に敵わないと思った人しかいませんでした」
「なるほど。……それでは、ちょうどいいライバルを紹介しますね」
「え?」
「では、どうぞ」
花岡さんに足りないのは切磋琢磨できる相手だ。そこで、俺が前もって調査してきた生徒の中で、花岡さんと同程度の実力で、精神面も優れていて、相性もいいであろう相手を見繕ってきた。
その名は。
「失礼するわ! わたしが学年首席、
「が、学年首席……!?」
学年首席の肩書を引っ張り出されて一撃で怖気づいてしまう花岡さん。もう負けそうである。
「プロデューサー、この人って……」
「はい。今年の外部入学の学年首席、花海咲季さんです」
「な、なんでそんなに準備がいいんですか」
「プロデューサーですから」
「……あなた人間ですか?」
「人間ですよ」
「服脱いでください。確かめます」
「警察に通報しますね」
「ああ言えばこう言う……っ! 花海さん、このプロデューサー不良品です! あなたのプロデューサーと交換を希望します!」
「いやよ!?」
閑話休題。
「で、いったい何をどうしたらこの人がやってきたんですか、不良品さん」
「花海さんのプロデューサーに話をつけて貸し出してもらいました。事情を話すと、二つ返事ですんなりと」
「ええ……」
ふふん、と花海さんは勝ち誇った顔をしている。まだ何も始まっていないが。
「ちなみに花海さんは俺が見たところ、今の花岡さんと同じくらいの実力者です。花海さんのプロデューサーも同意見でした」
「……え、そうなんですか?」
「あなたは中等部No.4。花海さんは学年首席ですが……しょせんはアイドル未経験者です。ですよね、花海さん」
わかっているわね、と花海さんは得意げに言う。
「ええ。わたしは確かに、『今年の外部入学者』では首席よ。まだ、今年の新入生の中では誰もわたしに敵わないわ。でも、アイドルとしての経験値はあなたの方が圧倒的にある。だから、あなたとはいい勝負ができると思うわ!」
花海さんはびしっと花岡さんを指さした。宣戦布告、である。
「花岡さん。まさか、花岡さんが初心者に負けるわけないですよね」
「……そっか、いくら首席でも、しょせんはあなたは駆け出しのぺーぺー。ミヤビが負ける相手ではない」
花岡さんのハートに火が点いた。相手を上回って、力の差をわからせてやろう――そんな意図が透けて見える、ギラギラとした目をしている。
――ああ、そうだ。
俺は、この勝負に飢えた目が。
本気で勝ちに行こうとする目が。
容赦なく、負かせてやろうとする目が。
一番、魅力的に感じる。
「ふふ、そうだといいわね! ……勝負よ、花岡ミヤビッ!!」
「望むところです! 身の程知らずが、経験の差というものを叩きこんであげますよッ!!」
……実にいい、口の悪さだ。
-☆-
ルールは単純。入学試験の曲をワンコーラス、交互に披露する。当然、花岡さんも中等部時代にしっかりやっている曲だ。何なら3年生時代にもライブで披露したことがあるので、ブランクもないといっていいだろう。
ただ、花海さんは入学試験の曲を、初星学園に入学するにあたっておそらく必死で練習してきたはずだ。アイドル自体の経験値は花岡さんが上だとしても、この曲だけに関しては花海さんが上回っていたとしてもおかしくはない。
そして、先攻は花海さん、後攻は花岡さんとした。これは、俺のほうで決めさせてもらった。
「それで、肝心の勝負のつけ方ですが……2人で決めてください」
「「え?」」
「2人とも、勝ちは勝ち、負けは負けと、相手の力量を素直に認めることができる人だと俺は踏んでいます。なので、2人で感じたままに、勝敗を決めてください」
「なるほど……わたしは賛成よ。あなたは?」
「まあ……プロデューサーが言うなら、そうします」
勝敗の条件も決まったことで、さっそく花海さんに曲を披露してもらう。
「見てなさい、花岡ミヤビ! 今のわたしの全力、出し切ってみせるわ!」
花海咲季は勝負に強い。相手が強敵とわかっているなら、尚更だ。
優秀な彼女は俺の中でもスカウト候補に挙がっていたが、あまりにも優秀すぎるため、プロデューサーの介入の余地がなさそうな気配がなんとなくした。
ただ、優秀なのは間違いないので、一応保留にしていたら……見事に先輩のプロデューサーに取られてしまった、という背景がある。
なので、花海咲季のことはしっかり調査済みだ。
花海咲季は元から完成度が高い。まるで未経験者とは思えないようなパフォーマンスをする。すでに今の段階で、新人アイドルのライブステージに出してもまったく問題がないような完成度だ。
特に、ダンスのキレがいい。動と静のメリハリがしっかり効いている。彼女はもともとあらゆる競技に顔を出し、そのすべてで好成績を残してきたアスリートだ。身体を動かすことと、曲を踊り切る体力に関してはずば抜けて得意とするところだろう。
さらに、アスリート時代にはまったく必要がなかったであろう歌唱力と魅せる力すらも、新人アイドルとしては上の方だと思われる。
今日初めて目の前で、彼女のパフォーマンスを見たが……本当に未経験か、この子は。
花岡さんは、花海さんの初心者離れしたパフォーマンスを食い入るように見ていた。複雑な表情をしている。
やがて、ワンコーラスが終わる。
「手ごたえあり! 今日のわたしは絶好調だったわ! きっとあなたと勝負しているおかげね!」
花海咲季は勝負事に強い。やたら動きがよかったのはそういうことか。
ただ、花岡さんは動じていない。むしろ、自信があるようにも見える。
「やりますね、花海さん。初心者にしては上手いではありませんか」
「……へえ?」
「あなたの何倍もアイドルをやっているんですよ。踏んだ場数が違う」
花岡さんは、悪役にふさわしいような不敵な笑みを浮かべた。
そして、意趣返しとでもいうように、花海さんを指さした。
「この花岡ミヤビがあなたに教えてさしあげます。アイドルとは、どういうものかというのを!」