「おはようございます、プロデューサー」
花海さんとの勝負の翌日、『事務所』。わが担当アイドルである花岡ミヤビは妙にツヤツヤしていた。正直気持ちが悪いほどに。
「おはようございます。なんだか元気そうですね」
「そういうプロデューサーだって。身体が光り輝いていて気持ちが悪いです」
「え?」
そういえば、今日は妙に周囲の視線を集めるな……とは思っていたのだが、そういうことだったのか。自分からは、自分の身体に起こった異変をまったく認識できなかったが。
「……今日は休みます。今のプロデューサーの近くにいたくないので」
「え?」
「では。ちゃんと自主練習はしてきますので、ご心配なく」
花岡さんはそう言い残すと、すぐに出て行ってしまった。
「……たぶん、これ、昨日の
花海咲季特製、
思い返してみれば、今日は講義の内容がやけにすんなり頭に入ってくるな、という感じはしていた。……まあ、もう二度と飲みはしないのだが。
-☆-
都合がいい話、というのはそうそうない。ドリンク一本で解決するなら誰でもそうしている。
……花岡ミヤビは、スランプに陥っていた。
身体が自分の意に沿わない。ダンスから崩れ、ボーカルの安定性も損なわれ、表情も悪くなる。自分の現在地がどこにいるのか、わからなくなる。今までやっていたことが、まったくできなくなっていた。
そして、そうなった時期が、ちょうど俺がプロデューサーについた時期と重なったものだから……当然、俺についての悪評が流れる。まあ、それは別に俺にとってはどうでもいいのだが……果たして、花岡さんにとってはどうなのだろうか。一応、好感度は調整の甲斐あってか低く保てている、とは思うのだが。
――私たちを追いすぎて身を滅ぼさないように気を付けたほうがいいよ。なぜなら、ことねの才能は、ミヤビちゃんの比ではないから――。
犬束静紅の言葉が脳内で思い出される。もしや、彼女の破滅を招いたのは、俺か……?
……いや、遅かれ早かれ、花岡さんが抱えていた弱点は露呈する運命だったはずだ。その時に彼女にプロデューサーがついていなかったら、おそらく彼女はずっと孤独なまま苦しみ続けなければならなかっただろう。
だから、何とかできる立場である俺が、何とかしなくては――そう思った矢先、俺はあさり先生から呼び出しを受けた。
「プロデューサーくん。花岡さんから、プロデューサー契約解除の相談を受けました」
……何とかすることさえ、かなわないのか。
「……本人から、理由は聞いているのですか?」
「『プロデューサーのことが大嫌い』、だと」
「それは毎日聞いているセリフですね。もはや聞き飽きています」
「あはは……たしかにふたりはいつもそういう調子ですもんね。だから、わたしも額面通り受け取っていいのかどうか分からなくて」
「なるほど。だから、俺にわざわざ知らせに?」
「はい。ちゃんとふたりの話を聞かないことには、判断がつきませんから。
ただ……最近の花岡さんの様子は先生も把握しています。そして、『それ』が起こり始めた時期が、プロデューサーくんがついてから少しした後だ、ということも。念のために聞きます。原因は、きみですか?」
「はい。ただ、プロデュースの仕方を間違えたつもりはありません」
「というと?」
「それは――」
俺は、この前の花海さんとの勝負のことについて話した。花岡さんがギリギリの勝負のプレッシャーに負けて、こうなってしまったのだと。
「いずれにせよ、この弱点に花岡さんは向き合わなければならない運命だったはずです。遅かれ早かれ、です」
「たしかにそうですね。でも、花岡さんがスランプにならずに克服する方法があったかもしれませんよ?」
「それ……は……」
言葉に詰まった。何も、ショック療法みたいなことをしなくてもよかったじゃないか。少しずつ意識させ、少しずつ変えていく方法も、きっと少し探せば見つかったんじゃないか。
無駄に花岡さんを苦しめなくたって、よかったじゃないか……。
「プロデューサーくん。もしや、焦っていませんか? 早く結果を出そう、早く誰かに追いつこう、って」
「そう……ですね。俺は、焦ってたんだと思います」
「花岡さんも、きみも、まだ先は長いんです。人には人のペースがあることを忘れないように。それに……」
あさり先生は俺の目をまっすぐ見た。
「アイドルは、プロデューサーの願いを叶えるものじゃない。プロデューサーが、アイドルの願いを叶えるんです。
それを、忘れてはいけませんよ?」
「……わかりました」
「よろしい。プロデューサーくんは、先生の自慢の生徒です。きっと、うまく解決できると信じていますよ」
……コミュニケーション不足だ。もっとしっかり、花岡さんに向き合う必要がある。
そういえば、花岡さんとはどこか出かけたりはしていないよな。もっとも、そういう関係でないといえばそこまでなのだが。
ちょうど、クーポンアプリに近所のアイスクリーム屋さんのクーポンが配られていたはずだ。そこのアイスクリーム屋さんは、買出しに行くときに毎回その店の前を通るので、実は地味に気になっていた。いい機会じゃないか。
そもそも、俺の誘いに今の花岡さんが乗るか、というと……いいや、今の俺は花岡さんのプロデューサーだ。
プロデューサーは、なんだってできる。そうだろう、俺。
俺は、花岡さんに電話をかけてみた。
『はい、ミヤビです』
意外と、すんなり出てくれた。声色も普通だ。怒ってはいない。
「今日の放課後、一緒にアイスクリーム屋さんに寄りませんか。ちょうど、クーポンがあるので」
『意外です。プロデューサー、そういうのに興味ないと思っていましたから。……そう、ですね。行きましょうか。アイスクリーム屋さん』
……え? なんか、ものすごく、すんなりだぞ???
「……あの、俺から誘っておいてなんですけど、本当にいいんですか?」
『変なひと。ミヤビが行くって言っているのがわからないんですか。それとも自分の耳の神経が壊れていると疑っているんですか? じゃあミヤビがとっておきの耳鼻科紹介しますよ、知り合いの知り合いの知り合いがやってる耳鼻科なんですけど、無免許なんですよ』
「だめじゃないですか」
『ついたあだ名が破壊神なんです。ふふっ、思う存分壊れ放題ですよ』
「最悪すぎる。……というか、普通に元気ですね、花岡さん」
『やっぱ行くのやめます』
「ごめんなさいなんでもないです一緒に行きましょう」
『まったく、プロデューサーは……とにかく放課後、いったん事務所に寄りますから。それまでに今日やることは片づけておいてくださいね』
「もちろん。俺が誘っているんですから」
『はいはい。では、また』
電話が切れる。……え?
「……あの、あさり先生。もしかして、嘘つきました?」
「いいえ。花岡さんから相談を受けたのは本当ですよ」
「にしては、すごくすんなり話してくれたのですけど……ええ……?」
「プロデューサーくんがしっかり信頼関係を築けているからですかね。さすがです」
「そういうものなんですかね……?」
いろいろ引っかかるところはあれど、俺は花岡さんと約束をとりつけることに成功したのだった。