放課後。俺は約束通りに事務所に来た花岡さんを連れて、学園の近所にあるアイスクリーム屋へと向かっていた。
「さ、今日はかわいいかわいい担当アイドルとデートですよ。プロデューサー冥利につきますねっ! うらやましー!!」
「……あなた本当に花岡ミヤビさんですか? 実は双子とかだったりしません?」
「正真正銘、花岡ミヤビですが? まったく、担当アイドルの顔も覚えられないなんて最低最悪なプロデューサーですね。こんなのが地球上に存在しているという事実が信じられない♪」
「……………………」
なんで過去イチに上機嫌なんだこの人は。今日、契約解除のことをあさり先生に相談してきた人間とは到底思えない。
まあ、事情を知ってか知らずか、普段好感度を下げるような言動を取っていながら、いきなりお出かけに誘ってくる俺も、向こうからしたら訳がわからないのだろうけど。そう考えると、お互い様……なのか……?
「ふふ、ふふふふふっ♪」
いや、このテンションはさすがにおかしすぎる。
「……そもそも。これはデートではありません。気分転換です」
「周りのみんなは、プロデューサーとお出かけすることをデートって言っていますけどね。共通用語です」
「できれば、一刻も早くその用語を廃止願いたいものですね」
「すごい困ってる顔。ミヤビ、今とっても愉悦です」
「愉悦て」
「もっとプロデューサーの胃を痛くしたい。胃腸炎で数日寝込ませてあげたい」
「どんな趣味してるんですか……」
「だって、ミヤビはプロデューサーのことが大っ嫌いだから♪」
なんていい笑顔なんだ。ここがステージの上じゃないのが悔やまれる。それにこんな素敵な笑顔の大元が大嫌いな俺の胃を壊したい、というのはアイドルとしてどうなんだ。
……そんなの今更か。
そんなこんなで、中身が入れ替わっている説が俺の中で否定しきれないまま、目的のアイスクリーム屋に到着してしまった。10代の若者に人気のカップアイスの店だ。俺も10代の若者だけど。
甘いベージュ色の、地味すぎず華美すぎない内装。カウンターも兼ねているガラスケースに覆われた冷凍庫の中に、見ているだけでも楽しめるような、色とりどりで個性豊かなアイスのペーストが大量に作り置きされてある。それを店員さんが目の前ですくって、提供してくれるというつくりになっている。
ちなみに、その店員さんは。
「いらっしゃいま……せ……」
担当アイドルの顔を見るなり顔を引きつらせた。三つ編みツインテールに結ったブロンドの髪を持つその子は、あまりにも見覚えのあり過ぎる姿だった。
「藤田ことね!?」
そう、我が担当アイドル、花岡ミヤビの不倶戴天の敵、藤田ことねである。いや、不倶戴天は言い過ぎだけど。
「花岡ミヤビぃ!? なーんでここにいんのぉ!?」
「プロデューサーからデートに誘われて来ただけです! なーんにもおかしくないですよ!!」
「ふーん……デートですかぁ…………」
藤田さんから怪訝な視線を感じたので即座にデートではないと誠心誠意否定した。なお、疑惑は晴れなかった。世知辛い世の中である。
「それよりも『何でここにいるの』はこちらの台詞です! 特待生オーディションで授業料が免除になったのに何でバイトしてるんですか!? ミヤビくらいバイトの片手間で古今東西ちょちょいのちょいって余裕でぶっ倒せるって腹積もりで――」
さすがにここで熱くなるのは困る。止めよう。
「ミヤビさん。ここは店内です。周りの迷惑になります」
「……ご、ごめんなさい。チッ」
「うわぁ……」
敵対心丸出しの花岡さんに藤田さんが軽く引いてる。
……まあ、授業料免除になったとしてもバイトしなければいけない理由が、きっと彼女にはあるのだろう。俺は藤田さんのプロデューサーではないし、何なら彼女には優秀なプロデューサーがいるので、そこまで藤田さんの内部事情には突っ込まない。
突っ込まない……が。一応、報告はしておくか。
「それにしても。藤田さんは可愛いですね」
「えっ!? そ、そんなぁ……それほどでもありますけどぉ……♡」
「…………」
いやいくら何でもチョロすぎるだろ。俺は藤田さんの担当ではないのに。何ならそのライバル(自称)の担当なのに。心配になる。
そして、敵に対して突然ナンパまがいのことを始めた俺に花岡さんのものすごい目線が突き刺さる。……違うんだ。違うんだけど、今は説明する暇がない。
まあ、誤解されててもそれはそれで好感度調整にはなるから別にいっか。プロデューサー契約を解約されそうになっても、俺は花岡ミヤビから嫌われなければならないのだから。
「普段の私服姿も似合ってますが、バイトの制服姿もまたお似合いだ。ぜひ、ここでしか見られないこの姿の藤田さんを、俺の知り合いに布教させていただきたい。もしよかったら、写真を撮らせていただいてもいいでしょうか?」
「は~い♡」
藤田ことね、攻略完了である。攻略難易度☆1。初心者オススメキャラクター。必要なのはカワイイと言える度胸だけ。
さて、ちょちょいのちょいで藤田さんを攻略してしまった俺は、ノリノリで超絶カワイイポーズをキメる藤田さんの写真をサクっと撮って、
『指名手配犯、見つけました』、と。
「……あ、近くにいるから今から来る、って返事が来ました。良かったですね、藤田さん」
「えへへ~♡」
その後、来店した俺の知り合いを見て、藤田さんがこの世の終わりかと思うくらいの表情を浮かべたのは言うまでもない。
……コミュニケーション不足は、どうやら向こうも同じらしい。まあ、犬束プロデューサーは人を見る目だとか、仕事の腕とか、プランを考えて実行する力はまさしく天才と言っても差し支えない気はするが、コミュニケーションが得意という印象はあんまりないからな……。
さて、俺はいいことをした。自分の信じる正義を忠実に実行した。
「……………………プロデューサー?」
花岡ミヤビ。俺の担当アイドル。彼女が隣にいる場面で、彼女とのデート……ならぬ気分転換の最中で、俺はそれを敢行してしまったのだ。
「なに……やってるんですか……?」
……その代償は、あまりにも重くついた。