アイスクリーム屋に担当アイドルとお出かけしたら、担当アイドルがものすっごく不機嫌になった。かわいい店員さんの写真を撮らせて貰っただけなのに。
……というのは語弊がありすぎる。バイトの店員が
ただ、それが花岡さんに上手く伝わっている訳がないわけで。
「花岡さん。あなたは何か誤解をしています」
「じゃあさっきのアレは何ですか」
「正義感です。初星学園プロデューサー科の学生としての」
「………………」
担当アイドルから10年に1度の殺意が向けられる。この世の中はなんて不条理なんだ。
とりあえず、正直に説明しよう。
「やっぱり、ただでさえ忙しい初星学園のアイドル科の生徒が、アルバイトをやっているとなると、プロデューサー科の人間としてはどうしても心配してしまうのです」
「いやいやどこからどう見てもナンパしてるようにしか見えませんけど!?」
「……さ、アイスが溶けますよ。早く食べてしまいましょう」
「本っっっ当にムカつくコイツぅぅぅぅ!!」
何か何言っても無駄な気がしたので上手いこと適当にかわして、俺と花岡さんはテーブルに向かい合って座った。面倒ごとは甘いものに流せ。些細な物事に傷ついても甘いものを食べれば幸せだってどっかの誰かが言ってた気がするし。
バイトをしていた藤田さんが、こなれた手つきで盛ってくれたカップアイス。可愛いし愛嬌もあるし仕事もできる。バイト先からすれば手放したくない人材だろうな、と思いつつ、彼女が真に輝ける本職はアイドルなんだ、という気持ちもありつつ。
担当アイドルを目の前にしてライバルの気遣いをするのは如何なものかという声が聞こえてくる気もするが、仕方がない、そもそも俺はいちプロデューサーなのだから、アイドルの卵を目の前にすると色々考えたくなるわけで……。
さて、注文内容はというと。花岡さんはカプチーノとチョコレートの2段重ね。そして、俺は口の中でパチパチ弾けるキャンディが混ぜられたアイスを、大きめでひとつ注文していた。
「プロデューサー、そんなの食べるんですね。子供っぽい」
「遊び心というのはいつの歳になっても必要なものなのですよ、花岡さん」
「……ミヤビとそんなに歳変わらないですよね?」
「ちなみに、なぜ口の中でキャンディがパチパチするかというと、キャンディの中に圧縮された二酸化炭素が閉じ込められているからなんですよ。キャンディの表面が溶けると、閉じ込められていた二酸化炭素が勢いよく噴き出して、パチパチと跳ねるのです」
「へぇー……」
「アイスクリーム屋に行くにあたって、気になって調べてきました」
「プロデューサーって物知りですよね。それってアイドルに関係あるの? ってものも知っていますし」
「アイドルに限らずですが、エンタメというのは多種多様にわたって存在しますからね。たとえば政治における選挙だって、見方を変えれば一種のエンタメになり得ます」
「たしかに。大きな選挙で有名な誰々が勝った、負けた、っていうのは選挙権のないミヤビでも気にはなりますね。ただ、子供目線から見ても最近はエンタメが行き過ぎてる気もしますけど……」
「……まあ、それはひとまず置いておきましょう。なので、日頃から疑問に感じたものはすぐ調べるようにしているのです。あと、あさり先生の講義も結構雑学を聞かれるので、その対策も兼ねてますね」
「プロデューサー科の講義、難しそう……」
よし、上手に話をそらせたな。
「久々にここの系列のアイス食べましたけど、やっぱり美味しいですね。最近、ミヤビは上手くいかなくって、焦ってましたから……こういう時間もやっぱり大切だなって思いますね」
「それならよかった。俺も誘ったかいがあるというものですよ」
花岡さんはひとつ息をつき、窓の外を眺めて微笑んだ。
「これは、ミヤビについてくれた、超超超超ノンデリなプロデューサーとの思い出です。……ほんっと、最低な思い出」
-☆-
アイスクリーム屋にいる最中は、プロデューサー制度の契約解除についての話題は一切出なかった。店にいる間くらいは、楽しく(?)過ごしたかったから。言葉にしなくても、そういう空気を2人の間で共有していた、と思う。
「プロデューサー、ごちそうさまでした。おかげさまでいい息抜きになりました」
「俺も、こうして羽を伸ばしたのは久々です。……では、帰りながら、少し話をしましょうか」
「……最後に、寄りたい場所があるんです。話は、その後に」
花岡さんの眼差しがまっすぐ俺を射抜いた。
もう、彼女の中ですでに何かを決めきっていた、そんな瞳だったと思う。
「……あまり帰るのが遅くならない場所なら」
「大丈夫です。ちょっとだけ外れるくらいですから」
日がちょうど、落ち切る時間帯だった。ほどよく涼しい風が通り抜けていく。
川のせせらぎ。水気をほんのり含む、ひんやりとした空気。1歩踏み出せば小気味よく鳴く、ふぞろいな石たちの声。
花岡さんが寄りたがっていた場所は、河川敷だった。ある程度広く、喧騒が遠くなる場所まで並んで歩く。
契約した当初は常に距離が10mあったな、そういえば。ごく最近のことのはずなのに、懐かしい。
「この辺で」
花岡さんがそう言うと、俺を置いて前方に軽く駆け出して――くるりと振り返った。初星の制服のスカートがふわりと浮く。
「あ……ふふっ、残念。スパッツは装備済みです」
「誰も期待なんかしてませんよ」
「この期に及んでそんなこと言うんだから、この人は。少しは乙女心に寄り沿った言動をしてもいいんじゃないんですか?」
「下手に何か言うと社会的に危ういので」
「ほんと、最後までめんどくさい人ですねぇ……」
花岡さんはひとつ、大きく息を吐いた。
「こんなアイドルがいたってこと、ちゃんと目に焼き付けてくださいね。
――大っ嫌いな、プロデューサーさんっ♪」
すごく、綺麗な笑顔だ。
これが、ステージの上ならば。色んな人が、花岡ミヤビのことを見ていたならば。彼女の担当プロデューサーとして、とっても、良かったのに。
彼女のそれは、たったひとりだけ――『大嫌い』な俺だけに、向けられてしまっていた。
――そして、花岡ミヤビが、舞い始める。