次の日の朝、コールとマーシャは寝坊した。ソフィアが朝食を終えて出発の準備をしている。
「ほらほら二人とも、今日も元気出して行きましょう!お天道様もあんなに高く昇ってるんですから!」
陽光が海を煌めかせる中、ソフィアが爽やかな声で呼びかける。
ソフィアの通るような声に二人は頭を抱え、二日酔いに顔をしかめた。
「ソフィア……あまり声を張り上げるな。頭を左右に揺さぶられるような気分になる……」
「うぅ……足が鉛のように重い」
マーシャは「それは筋肉のせいだろ」と言いたげな表情でコールを一瞥する。
「次はどうします?三賢人に会いに行きますか?三賢人に会いに行くなら、ドライフンから一番近い上級騎士シェイド先生に会いにいきましょう。その前に『魔封じの洞窟』を越えなきゃ会えないんですよね……」
「ねぇねぇ、あなたたち!」
そんな三人の背後から、甲高い声が市場の方から響いた。
「ああっ!?アビゲイル先生じゃないですか!?こんな場所で何してるんですか?」
振り返ると、小柄な女性がこちらに向かってくる。ソフィアはその姿を一目見て、上級魔法使いのアビゲイルだと気付いた。彼女の両手には買い物袋がぶら下がっている。
「見ればわかるでしょ!買い物よ買い物!使役している魔法生物に与える食材を買い込んでたのよ。ソフィアこそこんな朝早くからお酒でも飲んでたの?もの凄くお酒臭いんだけど」
「ち、違いますよ!コール様とマーシャが昨晩、レストランで浴びるようにお酒を飲んだせいですよ!ワタシは飲める年齢じゃないので、お酒は嗜みません」
「へー、それで今からシェイドに会いに行こうって考えてるわけね。一応忠告しておくけど、魔装騎士ならいざ知らず魔法使いは『魔封じ洞窟』に立ち入れないことは知ってるわよね?」
「はい、もちろんです。魔法学校で習いましたから。でも洞窟を抜けなくても山を登って迂回するルートを使えば、ワタシでも足手まといにはなりません」
「あなたはそれでいいのかもしれないけど、そこの二人は霊が抜けたような顔をしてるわね。洞窟に入る前に魔法生物たちの餌にでもなるつもり?」
「う~ん、酔が覚めるまで時間を潰したいんですが、洞窟の近くの小屋で一休みして今後の計画を立て直そうと考えていて……」
会話の途中で、アビゲイルはふとコールの方に視線を向け眉をひそめた。
「ねぇそこの騎士の人、魔力の流れ不自然ね。ヒールライトではない物質を隠し持ってるのかしら?」
「さすがアビゲイル先生!魔法生物だけでなく、石までヒールライトではないことを見抜くなんて、上級魔法使いの名は伊達じゃないんですね!」
「それで何なのその物質は?」
アビゲイルの鋭い問いにマーシャがぎくりとしながら手にしていた石を差し出した。
「これはラフィーアフーシェの研究施設から脱走したチンプが持ち歩いていたものだ。研究施設にあった変身能力を持つミラージュライトという私たちが学校では習わなかった石なのだが――」
「ミラージュライトですって!?」
アビゲイルはその石を凝視し、呆然とした表情でつぶやいた。
「本物……信じられないわ。ラフィーアフーシェ研究施設のリンダおばあちゃんが言ってたことは本当なのね」
「これを返したいんだが、アビゲイルに頼んでもいいか?」
「その前にあなた名前は?」
「私はマーシャ・ベンヒュッテルだ」
「ベンヒュッテル……悲劇の一家の御息女ね。どこかで見たことあると思ったけど、あなたが持っているとあれば、その石を直接研究施設に渡しに行かせるわけにはいかない。ベンヒュッテル家にミラージュライトが関わってるとなると、私も研究機関から事情を聴かれることになる。お師匠様にも報告しなくちゃいけないわ。はぁ、また仕事が増えちゃった。あなたたちはまず私の家に来なさい。渡さなきゃいけない物があるから」
「待て、お師匠様とは誰のことだ?」
マーシャが立ち去ろうとするアビゲイルを呼び止めると、彼女は振り返り少しだけ微笑んで答えた。
「あなたにしては感が鈍いのね。私にとってお師匠様といったら、世界最高の魔装騎士と謳われる生きる伝説――テリオス様に決まってるでしょ」
マーシャは険しい表情でアビゲイルに問いかけた。
「テリオス先生に会うには、魔障壁を破るためのシェイドとアビゲイルの紹介状が必要だと伺っている」
「そうだけど、お師匠様に会って何をするつもり?長寿の秘訣でも探り出すの?ただの世間話をしたいだけなら、協力する気はないわ」
「知りたいのは……ある噂についてだ」
「噂?なにそれ?あなたがどこまで知っていようが、私は関知しないわよ。それに噂程度で心を動かされるようじゃ、上級魔法使いとしての名が廃れるわ」
「ならば……蘇生魔法について、私はその存在を認知していると言ったら?」
アビゲイルの声が微かに震えた。彼女の目が鋭くマーシャに向けられる。
「蘇生……魔法ですって……?」
「やはり存在するのか。聖者の輝石と呼ばれた伝説の秘宝が!」
その言葉を聞いたアビゲイルは動揺を隠せず、言葉を絞り出すように答えた。
「ふざけないで!どうしてあなたのような一介の騎士如きが『エンジェルライト』の存在を知る機会があるのよ?」
「フッ、上級魔法使いがそんなハッタリに引っかかるとはな。『エンジェルライト』、つまり聖者の輝石。なるほど、別称というわけだな」
口を滑らせてしまったアビゲイルは唇を噛み締める。
「……やられた。こんな形で存在を知られるちゃうなんて。お師匠様にどんな仕打ちを受けるか、想像もつかない」
マーシャは勝ち誇ったように言い放つ。
「蘇生魔法が機密扱いとはな。治癒魔法が条件付きでしか許されていない以上、隠される理由は納得できるがな」
アビゲイルは眉をひそめ、少し間を置いてから言った。
「でも、残念だけどあなたはただの騎士。蘇生魔法の存在を知ったところで、使いこなせるわけじゃないわ」
「存在さえ知り得れば、それでいい。使用法など取るに足らないことだ。そもそも私にとって魔法使いは忌むべき存在だ」
アビゲイルは笑みを浮かべ、挑発するように言った。
「でも蘇生魔法についてもっと知りたいって顔に書いてあるわね」
「だったら何だ?」
「もし私の家まで辿り着けたら、蘇生魔法について知っていることを全て話してあげてもいいわ」
そのやり取りを聞いていたソフィアが慌てて口を挟んだ。
「ちょっと待ってください!?蘇生魔法は現在の法律で、使用も習得も厳禁とされています。アビゲイル先生が情報を漏らしたら、責任問題になるんじゃ……」
アビゲイルは軽く笑い、肩をすくめた。
「あはっ!心配しないで、ソフィア。どのみち、ミラージュライトの件もあるし、お師匠様に裁断を仰がなくちゃいけない。シェイドにも情報を共有する必要があるしね。もう他人事じゃないわよ」
マーシャは鋭い目を光らせ、決意を秘めた声で言った。
「上等だ。腹ならもう括っている。茨の道が正しい道だというのなら、自らの手で切り拓くのみだ」
アビゲイルは呆れたようにため息をつき、少しだけ楽しげに微笑んだ。
「あっそ。じゃあ、まずは『魔封じの洞窟』を目指すことね。そこから先はシェイドが行くべき場所を示してくれるから、それに従いなさい。わかった?」
マーシャは無言で頷き、そばにいたコールを抱きかかえるようにして一歩前に出た。彼女の決意が静かに宿ったその瞬間、真の意味でコールたち三人の冒険が幕を開けた。
目指すは、魔法使い禁制である『魔封じの洞窟』。
コールたちが向かう『魔封じの洞窟』はドライフンから歩いておよそ一時間。道中、徐々に周囲の人影が少なくなり、不気味な静けさが辺りを包み始めていた。
コールが酔いを冷まし終えた頃、洞窟が大きな口を開け彼らを待ち受けていた。その場に立ったソフィアが不安げに呟く。
「うぅ…なんだかワタシたちを拒んでいるような、異様な気配を感じます」
「洞窟全体に魔法封じの陣が施されている。ソフィア別ルートで進んでいけ。私とコールだけで洞窟を抜ける」
「ワ、ワタシも一緒に行きます!魔法が使えなくても、できることをしますので――」
マーシャは一瞬だけ表情を和らげ、トゲのない言葉で返事をした。
「好きにしろ。洞窟内でできることと言えば松明持ちくらいしかないがな」
コールがマーシャの背中を見つめ、声をかける。
「本当に行くのか?」
「私のわがままにお前を巻き込むつもりはない。だが、確かめる必要がある。蘇生魔法が本当に存在するのかを」
「マーシャの気持ちは尊重したい。でも、もしそれでマーシャが苦しむのなら、先生たちに会わせたくはない」
マーシャはその言葉に微かに視線を落としつつも、毅然とした声で返した。
「コールが私の心を癒すために旅へ誘った。だが、母を失った私の、このどうしようもない悲しみと辛さは私自身でしか癒すことはできない。コールなら分かってくれるだろう?」
「俺は――」
コールが言葉を搾り出そうとした瞬間、突如として上空から轟音が響き渡り、激しい風が三人の身体に吹きつけた。
「よお、オメェら!」
その声と共に、空中からゆっくりと現れたのは、騎士の甲冑をまとった屈強な男。腕を組み、堂々と仁王立ちするその姿に、ソフィアが驚愕の声を上げる。
「シェイド先生!」
「上級騎士にして三賢人の一人、シェイドか」
マーシャは見知った人物だからか、冷静な表情のままだ。
一方でコールは驚きと興奮を隠せず、目を輝かせた。
「お、おい!?何でシェイドのおっさんが宙に浮いてんだよ!?」
シェイドはふわふわと宙に浮かんだまま、腰に手を当てて豪快に笑う。
「そりゃそうよ。オレは上級騎士であり、中級魔装騎士でもあるからな!」
その風格に圧倒されたコールがさらに目を輝かせた。
「魔装騎士って空も飛べるのか?」
「私に聞くな」
マーシャがぶっきらぼうに返す。
そのやり取りに、ソフィアは違和感を覚えた様子で言った。
「あの……お二人は
シェイドは彼らの様子を気にせず、手を腰に当てながら続けた。
「アビゲイルから聞いたぜ。テメェらがこの洞窟に向かってるってな。だが、オレが洞窟の管理は師匠から任されている以上、テメェらを無条件で通すわけにはいかねぇ」
「師匠?……テリオスのことか」
上級騎士の威厳と得体の知れない敵意を前に、マーシャが咄嗟に剣を握りしめた。
シェイドは挑発するように笑いながら言った。
「テメェらの相手はオレじゃねぇ。オレの相棒――スティルアケイオのバンだ!」
その瞬間、シェイドの足元から不気味な鳴き声が響き渡る。
「アッオォォォッ!!!」
まるで猛禽類のような鋭い叫び。しかし、その姿は見えないままだった。