治癒魔法が制限された世界で   作:公私混同侍

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洞窟の番人 スティルアケイオ

 

洞窟の壁に寄りかかり、シェイドが鋭い眼差しをコールたちに投げかけた。

 

「アビゲイルに会いたいんだったら、まずはオレの相棒に認められることだな。でないと先には進めねぇぞ」

 

シェイドが見下すように笑うのを横目に、コールは剣を構え、彼の一挙手一投足を見逃さないように注視した。緊張感が漂う中、マーシャが鋭く問いかける。

 

「コール、ソフィア。お前たちはスティルアケイオとやらの姿が見えているのか?」

 

マーシャの問いに、ソフィアが小さく頷いた。目を細め、洞窟の入り口を指し示す。

 

「ワタシにはハッキリと見えてます。スティルアケイオは洞窟の入り口を覆い隠すほどの巨大な鳥です。鋭い鈎爪をしていて、お腹は白く、背中は紫色をしています。どうやら背景と同化する魔法生物のようですね」

 

ソフィアの説明を聞きながらも、マーシャの表情には依然として疑念が残っていた。

 

「俺は魔力の気配ならなんとなくわかるんだが、姿はボヤッとした感じだ」

 

スティルアケイオの姿を捉えられるのは、ソフィアとコールのみ。頼るほかないと決意したマーシャは二人の間に立ち、一歩後ろに下がった。

 

「ならば、ソフィアがコールに奴の動きを伝えろ。私がコールの動きに合わせて、奴の隙を突く」

 

「ワタシがコール様に助言を?」

 

「奴の姿が見えるのはお前だけだ。どういう動きで、何をしようとしているのか、私たちに教えるだけでいい」

 

ソフィアは一瞬不安げにマーシャを見上げたが、意を決して頷いた。

 

「わかりました。やってみます!」

 

その様子を見届けたシェイドが、頭上の太陽の位置を確認し、にやりと笑った。

 

「作戦会議はもう終わりか?バンの昼メシの時間が来てるんでな。さっさと始めさせてもらうぞ」

 

シェイドが口笛を吹くと、バンと名付けられたスティルアケイオは突然、猛烈な風を巻き起こした。三人は風に押され、じりじりと後退させられた。

 

「スティルアケイオは上空にいます!」

 

ソフィアが即座に空を見上げ、二人に向かって叫ぶ。

 

「上にいたんじゃ剣が届かない……!」

 

コールは焦りの表情を浮かべるが、マーシャが冷静に声をかけた。

 

「コール、ソフィアの言葉とお前の感覚を信じろ。私に空を飛ぶ術はない。だがお前にしかできないことがあるはずだ」

 

「俺にしかできない……?」

 

「マーシャに向かって急降下してます!鈎爪に気をつけてください!」

 

しかし、マーシャは一歩も退かず、剣を構えたまま敵の気配を凝視している。その刹那、コールが彼女の前に飛び出し、剣を一閃した。だが、見えざる力が彼の体に重くのしかかり、コールはよろめきながらも必死に踏ん張る。

 

「くっ……なんて怪力だ……!」

 

「普段から鍛えている甲斐あって無傷ですむとはさすがだな、コール」

 

「コール様の方にもう一度来ます!」

 

ソフィアの声を聞き、コールは再び剣を構え、全神経を敵の動きに集中させた。

 

「翼を広げました!」

 

ソフィアが警告する。

 

「風を起こす気か?いや、薙ぎ払うつもりか?」

 

「そこだぁッ!」

 

コールは一点に向かって剣を突き出した。風が激しく渦巻き、鋭い悲鳴が響き渡る。

 

「アッオォォォッ!?!?」

 

「や、やりました!コール様の剣がスティルアケイオの腹部に見事刺さりましたよ!」

 

バンが姿を現した瞬間、場の空気が一変した。鋭い悲鳴を上げるその巨鳥の登場に、コールたちは息を呑み一歩後退る。シェイドがバンに合図を送ると、砂煙が舞い上がる。

 

「ウォーミングアップは終わりだ。テメェらの力をバンが試したいみてぇだ。次は手加減ナシで行くぞ」

 

するとバンは鋭い目を光らせ、コールに襲いかかる。その巨大な爪が彼を捉えようと迫る中、コールは瞬時に火の魔法を展開し、防御姿勢を取った。火の壁を前にしてバンは一瞬ためらい、距離を取る。その隙を突いてマーシャがバンの側面に回り込み、剣を振るった。だが、バンはその一撃を羽で受け流す。次の瞬間、マーシャと挟み込むように迂回していたソフィアの放つ電撃がバンに命中する。

 

「アッオォッ!?」

 

感電したバンは頭を振り苛立たしげに空へ舞い上がると、暴風を巻き起こした。その風圧にコールとマーシャは踏ん張ることができず、地面を転がっていく。

 

「うわぁぁぁッ!?」

 

バンは上空から次なる獲物を見定めようとしていた。

 

「バン、上を見ろ!」

 

シェイドの叫びに反応して、バンは太陽の光を背に浮かぶ影に目を向ける。その姿に誘われるように視線を上げたバンの頭上に、風の魔法で浮遊するソフィアが現れた。

 

「空を飛べるのはアナタだけではありません!」

 

ソフィアは手を天に掲げ、巨大な水の球体を作り出すと、それを一気に投げ放った。逃げ場のない至近距離からの攻撃がバンに直撃し、地面に叩きつけられる。

 

「ゲアァァッ!?」

 

バンは苦しげな叫び声を上げながらもがき、羽を必死にバタつかせた。その姿にシェイドが声をかける。

 

「よせ、バン。もういい」

 

シェイドの声に従い、バンは静かに動きを止める。そして彼はソフィアに目を向け、感心したように口を開いた。

 

「ソフィアっていったか?」

 

「は、はい!」

 

「オメェは空を飛べることを隠すために指示役に徹していたんだろ?」

 

「えへへ、ワタシしかスティルアケイオの姿が見えていなかったので……それにワタシ一人では太刀打ちできないのはわかってました。だから、スティルアケイオにワタシは空を飛ばないと思い込ませて、コール様とマーシャに引き付け役を押し付けちゃいました」

 

「中級の魔法使いでも空を飛べるのは数少ない。アビゲイルから聞いていた将来有望な魔法使いってのはオメェさんのことらしいな」

 

褒められたソフィアは照れたように笑顔を浮かべる。その間に、吹き飛ばされていたコールとマーシャがようやく戻ってきた。だが、シェイドの視線はすぐにコールへと向けられる。

 

「コール、テメェの魔法の使い方はどうなってんだ?攻撃を防ぐ時は火じゃなくて、水を優先しろって教えただろうが」

 

「うっ……それは状況次第って騎士学校で言ってたじゃないか!」

 

「テメェの戦い方は後ろ向きだ。仲間を守りてぇなら、仲間を信じることも大切にしろ。ソフィアはわかってるみてぇだがな」

 

その厳しい叱責に、コールは言い返すこともできず項垂れる。

一方でマーシャには違う言葉が送られる。

 

「マーシャ・ベンヒュッテル、剣の腕はなまってねぇようだな」

 

「当然だ、剣の鍛錬を一日たりとも怠ったことはない。騎士としてベンヒュッテルの名に恥じない生き方をしてきた。生き方を変えようとも思わん。これからも変えるつもりはない」

 

洞窟から吹き抜ける風が、軽かった空気を冷たいものへと変えていた。シェイドは静かに口を開く。

 

「それとオメェさんの父のことだが……」

 

マーシャは振り返らずに歩き続けた。その背中は頑なにシェイドの言葉を拒絶している。

 

「父は母を捨てたのだ。あなたが責められることではない」

 

言葉に一切の感情はなかったが、鋭く断ち切るような冷たさが漂っていた。シェイドは唇を引き結びながらも言葉を続けた。

 

「バンがオレの友人であるグレイの命を奪ったことに変わりはない」

 

マーシャはついに足を止めた。振り返ることなく、静かに応じる。

 

「私の父は死期の迫った母を見捨て、新しい女を作って出ていった。騎士としても一人の人間としても腐り切った男だ。そんな男が惨めな死を遂げたしても、私に興味はない」

 

「誤解だ。この話には――」

 

「シェイド、悪いがあなたの話はこの洞窟を抜けてからにしてもらいたい。私はアビゲイルに会わなければならないのでな」

 

言い捨てると、マーシャは再び歩き出した。シェイドはその後ろ姿を見つめ、追いかけることなくコールに一通の手紙を差し出した。

 

「何だコレ?マーシャへのラブレターか?そんなもん受け取るわけにはいかない!」

 

「んなわけねぇだろ!テメェもマーシャを追って洞窟を抜けるんだろ?この手紙をマーシャに渡してくれ。中身はマーシャの父グレイに関することだ。中は絶対に見るな。特殊な魔法がかけてある。無理に解くと、中から大量の魔法生物が湧き出でてくる仕掛けだ。こまけぇことはアビゲイルに聞いてくれ」

 

「それならシェイドのおっさんが直接渡せばいいじゃないか。洞窟の先にある小屋っておっさんがいつも住んでる所だよな?」

 

「小屋はあくまで冒険者が助けを求めて来た場合に備えて作られた避難所だ。オレの住まいじゃねぇ。それに今のマーシャに手紙を渡しても受け入れられる精神状態とも思えない。渡すタイミングはテメェに任せる、頼んだぞ」

 

コールは受け取った手紙をポーチにしまう。

 

「コール様、マーシャが見えなくなってしまいます。急いで後を追いましょう」

 

シェイドは二人を見渡し、静かに語り出した。

 

「まだ話は終わってねぇぞ。洞窟に入る前に二人に忠告しなきゃならない。まず知っての通り、魔封じの洞窟内は魔法が使えない。更に中級以上の騎士か魔装騎士でなければ立ち入りはできねぇ」

 

ソフィアは不安気に呟いた。

 

「ワ、ワタシは入っちゃダメってことですか?」

 

ソフィアの顔が青ざめる。

 

「そうは言ってねぇ。むしろ魔法を使える人間がいないと突破は難しい」

 

「へっ?そうなんですか?」

 

「ヒールライトの能力をどこまで把握しているかで、洞窟の難易度は格段に変わるって話だ」

 

コールは当然のように尋ねた。

 

「ヒールライトって傷を治すだけじゃないのか?」

 

「コール様、昨日の夜教えましたよね?血流の流れを変えて酔いが回るのを遅くしたりできるって……」

 

ソフィアは小さくため息をつく。

 

「えっ?そんな話してたっけ?朝まで寝てたから、あんまし覚えてないんだ」

 

ソフィアはガックリと肩を落とす。見兼ねたシェイドが補足する。

 

「仕方ねぇな、コールにもわかるように話してやる。騎士学校でのおさらいだな。ヒールライトは傷を治すだけじゃねぇ。血流を変えたり、体表面の細胞の分裂を操作することも可能だ。それだけじゃねぇ。魔力が足りなくなっても、ヒールライトから抽出すればいつでも魔法が使える。魔力を溜めておいて必要な時に使えるようにしとかねぇと、この先の『亡者の深林』で痛い目を見ることになる」

 

「ヒールライトは魔力の貯金箱と言われる所以ですね」

 

ソフィアは小さく頷き、改めて気を引き締めたようだった。だが、シェイドは最後にもう一つ警告を加える。

 

「それと洞窟に潜む怪しい医者に関する情報だ」

 

「医者……ですか?」

 

「治癒魔法を嫌悪する一人の医者が魔法生物を使って実験をしてるって話だ。ここ最近、冒険者に被害が多く出てる。オメェらも気をつけろよ。それと洞窟内の魔法生物は魔力を多く持っている人間を襲う傾向にある。特にヒールライト所持者は狙われやすい。コール、洞窟を抜けられるかはテメェにかかってると言ってもいい。頭から爪先まで、使えるものは全部使え。オレが心配なのはテメェなんだからよ」

 

そう言い残すと、シェイドはバンに飛び乗り山の方へと去っていった。残されたコールは肩をすくめ、苦笑を浮かべる。

 

「俺たちも乗せてくれればいいのに」

 

そうぼやきながら、コールはソフィアと共にマーシャの後を追った。洞窟の闇が三人を静かに待ち構えていた。

 

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