治癒魔法が制限された世界で   作:公私混同侍

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交錯する医療と魔法

 

洞窟の最深部、不気味な静寂を破るように、ひとりの男が姿を現した。白衣を纏い、背は高く、痩せた体躯をしたその男は、まるでここが自分の居城であるかのような余裕を漂わせていた。

 

「なにやら()が騒がしいので足を運んでみたのですが、一見の冒険者の方たちですか」

 

白衣の男は薄い笑みを浮かべ、気だるげに語りかける。その態度に屈強な体格のコールも眉をひそめた。

 

「外ってここは洞窟だぞ。それに――あんたがシェイドのおっさんが言ってた野郎だな?」

 

コールが男を問い詰めるが、男の表情は一切変わらない。

 

「魔法生物で実験をしていたと伺いました。一体こんな場所で、どのような実験をしていたんです?」

 

冷静に尋ねるソフィアに白衣の男は芝居がかったように胸に手を当て、わざとらしく一礼した。

 

「名乗り遅れました。私はエドガーと申します。三年前までは医者をしておりましたが、少々事情がありましてね……今はこの洞窟の奥で、ある実験に没頭しておりました」

 

その言葉にマーシャが目を細め、剣を抜いてエドガーに突きつけた。

 

「そこをどけ。この私が貴様のような闇医者に関わっている暇などない」

 

しかし、エドガーは剣先をものともせず、不敵な笑みを浮かべたまま続けた。

 

「洞窟を抜けた先にあるのは魔法生物が跋扈する深林。そしてその先には三賢人の一人アビゲイルがおられます」

 

その名が出た瞬間、マーシャの剣先が微かに震えた。エドガーはその反応を見逃さない。

 

「察するに、あなたは何にも代えがたい目的をお持ちのようだ。そのためにアビゲイルを訪ねる――違いますか?」

 

マーシャは目を細め剣をさらに突きつけた。だがエドガーは怯むどころか、さらに言葉を重ねる。

 

「アビゲイルといえば、最強の魔装騎士と謳われるテリオスを師と仰ぎ、魔法生物の研究に日夜勤しんでおられる。そして、その傍らに聖獣を従え、どのような病も癒す力を持つと噂される、実に高名なお方ですね」

 

コールが腕を組み、ソフィアをちらりと見た。

 

「聖獣?」

 

「アビゲイル先生が使役するセインフェノメナーですよ」

 

ソフィアが答える。

 

「伝説の白馬です。滅多に姿を現さないので幻の生き物だと思っている人も多いですけど……シェイド先生のスティルアケイオが実在するなら、ワタシはセインフェノメナーも現実にいるって信じています」

 

その話にエドガーは興味深そうにうなずいた。

 

「実に興味深い。スティルアケイオといえば背景に溶け込むように擬態する能力を持つと聞きます。それが事実なら一度は見てみたい」

 

エドガーの飄々とした態度に、マーシャの忍耐が限界に達した。彼女は一気に踏み込むと剣先をエドガーの喉元に押し当てた。

 

「貴様の与太話などどうでもいい。私はアビゲイルに会う必要がある。邪魔をするなら容赦はしない」

 

エドガーは一瞬、剣先に目を落とすと、軽く肩をすくめた。

 

「まあまあ、そんなに殺気立たないでください。私だってあなた方と敵対するつもりはありません。ただ、一つだけ質問させていただきたい。皆さんは一度でも思ったことはありませんか? どんな病気にも罹らない体が欲しい。どんな病でも克服できる薬が欲しい。あるいは――誰かを蘇らせる力が欲しい、と」

 

その言葉にマーシャの瞳が揺れた。彼女は剣を構えたまま、一歩踏み込む。

 

「マーシャ!やめろ!」

 

コールの叫びが洞窟に響く。間一髪のところで剣は止まり、エドガーは喉を撫で下ろした。

 

「私は蘇生魔法について、アビゲイルに問いただす必要がある。貴様が何を知っているかはわからないが、情報を持っているなら話を聞いてやる」

 

エドガーはその言葉を受け入れるように、ゆっくりとうなずいた。

 

「これでも私は医者を生業として生きてきた人間です。蘇生魔法なるものが存在するのなら、医者などという職業はとうの昔に淘汰されているはずです。そもそも医療の価値を陥れたのは魔法使いではありませんか?先人の魔法使いが治癒魔法を発明したお陰で、医療の存在意義に矛盾が生じてしまいましたからね」

 

その挑発的な言葉に、今度はソフィアが怒りをあらわにした。

 

「そんなはずありません!治癒魔法は体を内側から蝕む病魔には効果はありませんし、医療技術の進歩を妨げたなんて事実もありません!」

 

「ですが、医療を蔑ろにされる風潮を作り出したのも、治癒魔法の普及ではありませんか?手軽で安価な魔法に頼るあまり、医療従事者は次第に職を追われ、今では医者という職業そのものが蔑ろにされる。医療従事者というだけで『金目当て』だの、『原始的な治療方法に固執してる』などと蔑まれれば、医療に携わることを嫌悪する人間が増えて当然」

 

エドガーの言葉にソフィアは反論しようとしたが、その言葉が胸に刺さるように響いてしまう。

 

「で、でも……治癒魔法は医療従事者の権利を守るために制限されています。医者と魔法使いの仕事がしっかり区別できれば問題は起きにくいはずです」

 

「それは魔法使いの理想論に過ぎないのですよ。私のような医療から逃げた者たちが食い扶持を探して、国中を彷徨っているのが現状です。蘇生魔法まで実在するとしたら、医学は無用の長物に成り下がってしまうでしょう」

 

「ならば蘇生魔法は夢物語に過ぎないと?」

 

剣を鞘に収めたマーシャは一歩前に出て、エドガーを鋭く睨みつける。

 

「考えたことはなくもないですがね、不死の体を持つと評されるテリオスであれば、蘇生に関する情報を持ち得ているかもしれません。もっとも、それが現実のものになる保証はありませんが」

 

エドガーの冷淡な言葉に、マーシャの心は揺れ動くことはなかった。ただその決意を、彼女自身の言葉で刻み込む。

 

「私は蘇生魔法を知りたい。そして母を蘇らせたい。そのためならどんな手を汚したとしてでも、信念を貫く覚悟がある」

 

その声には痛みと強さが宿り、洞窟内の静寂を切り裂いた。だがその時、コールが彼女の腕を掴んだ。

 

「マーシャ、辛い気持ちはわかる。でも人を生き返らせるなんて正しいとは思えないんだ。俺がそばにいるから――」

 

コールの言葉は途中で遮られる。マーシャが彼の腕を振りほどいたのだ。

 

「お前に私の気持ちはわからない。唯一心から信頼できる人を失った気持ちが、お前に理解できるものか!」

 

その言葉の裏には深い悲しみが隠されていた。コールもそれを理解しながらも、ただ彼女を止めたい一心だった。しかしマーシャの叫びに、コールはそれ以上何も言えなかった。

一方でエドガーはその様子を楽しむようにせせら笑う。

 

「貴女の隣にいる騎士の方のほうが、まともな思考をしているようですね。愛する人を蘇らせたとしても、果たして中身まで再生されているのでしょうか?自我は?好きな食べ物は?一緒に過ごした思い出は?魂まで伴わないのであれば、それはただの人形と変わりありません」

 

「黙れッ!」

 

マーシャは激情に駆られた声を上げ、剣を再び手にする。ソフィアが思わず声をかけようとするが、その気迫に気圧され、言葉を飲み込むしかなかった。

 

「ククク、中々面白い展開になってきました。それならば私からも、一つ余興をご覧にいれましょう」

 

そう言うと、エドガーの背後から何かが動く気配がした。次の瞬間、灰色がかった蛙のような生き物が十匹ほど飛び出してきた。

 

「な、なんだぁ?」

 

可愛らしい見た目の生物に、コールが思わず間の抜けた声を上げる。だが、それを見たソフィアの表情は引き締まっていた。

 

「あの色と蛙の姿……あれは魔法生物、ブロッケン!」

 

彼女の声には緊張が滲む。その証拠に松明を握る手に自然と力が入った。

 

「御名答。私が丹精込めて育て上げた新種の魔法生物ブロッケン!彼らの力を、貴方方にもぜひ味わって頂きたい!」

 

エドガーの言葉と共に、ブロッケンたちは飛び跳ねながら三人を取り囲む。

 

「チッ……ブロッケンは厄介だな」

 

マーシャは歯噛みしながら剣を抜き直し、エドガーとブロッケンたちに敵意を向けた。

エドガーが冷ややかな声を響かせる。

 

「蛙は医学の発展に欠かせない存在でしたが、今は行き場を失った生物。そんな彼らに私が新たな使命を与えたのです。このブロッケンたちは、その成果の一部。くれぐれも侮らない方がいいでしょう」

 

彼の声が薄ら笑いを含むたび、周囲の空気がさらに冷たくなる。エドガーの後ろでは灰色の蛙たち――ブロッケンがぴょんぴょんと飛び跳ね、不気味な音を立てていた。

ソフィアが青ざめた顔で口を開く。

 

「コール様、マーシャ。気をつけてください、ブロッケンはどんな攻撃に対しても分裂して無効化するだけでなく、その数を増やします。そして高度な再生能力がありますよ」

 

「つまり、魔法も剣も効かないってことか?」

 

コールが焦りを滲ませて言うと、ソフィアは小さく頷いた。

しかし、マーシャだけは一歩も引かない。強い意志を宿した目が暗闇を突き破るように輝いていた。

 

「一つだけ手はある。ブロッケンを一箇所に集めろ。奴らは恐怖を感じると特殊な能力を発動する」

 

ソフィアが驚きの声を上げる。

 

「ああ!思い出しました!集められたブロッケンは合体して巨大化します。その際、体の中心部に核が現れるんですよ!」

 

「その核を破壊すれば勝機があるってことだな」

 

コールが小さく拳を握り締めた。

三人が闘志を燃やす中、エドガーは無造作に地面へ膝をつき、手帳に何かを書き込んでいた。その余裕ぶりにコールは舌打ちする。

 

「おい、ふざけるのも大概にしろよ!」

 

「コール様、今はマーシャの指示に従いましょう」

 

ソフィアの静かな声に促され、コールも剣を握り直す。

三人は息を合わせ、三方向からブロッケンを追い詰めていく。焦ったように跳ね回るブロッケンたちは次第に動きの自由を奪われ、ついには一箇所に集まった。すると、その瞬間――眩い光が洞窟内を照らし、不気味な轟音が響き渡る。

光の中心から姿を現したのは、天井に届くほどの巨大なブロッケンだった。厚い岩盤を砕き、洞窟の一部が崩れ落ちる。その巨体はただ立っているだけで圧倒的な威圧感を放ち、三人は本能的に距離を取った。

 

「腹部に何か……菱形の模様だ。あれが核か」

 

マーシャが剣を構えながら低く呟く。

 

「だが、どうやって近づくんだ?俺が囮にな――」

 

コールが言い終えるよりも早く、巨大なブロッケンの舌が目にも止まらぬ速さで迫った。

 

「コール様!?」

 

ソフィアが叫ぶ中、コールは間一髪で剣の柄を使い、その舌を受け流した。しかし、その動きに反応するようにエドガーの高笑いが響く。

 

「ブロッケンの舌に気を取られましたね?」

 

その声と同時に、ブロッケンの核から鋭利な針が雨のように放たれる。コールたちは即座に飛び散り、なんとか回避を試みたが、圧倒的な数には太刀打ちできなかった。

 

「危ない!」

 

コールは怯えるソフィアを庇い、飛んできた針を肩に受けた。同時にマーシャも一筋の針が頬を掠め、赤い線が滲む。

 

エドガーは声を張り上げるようにして笑い出した。

 

「騎士の二人は針をその身にうけましたね?ククク、これで面白いことが起こる……フハハハハ!」

 

洞窟内にエドガーの笑い声が木霊する。

 

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