治癒魔法が制限された世界で   作:公私混同侍

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巨大毒ガエル ブロッケン

 

「ブロッケンの針は少々特殊でしてね。毒を仕込んであります。一度目なら発症はしませんが、二度目を受けると致命的なアナフィラキシーを起こします。一度は麻酔、二度目は筋弛緩剤に例えるとわかりやすいでしょうか?そして、この毒は半日かけて体を蝕みます。じわじわと死が迎えに来るのを、自覚しながら待つしかないのですよ」

 

冷酷な響きを持つエドガーの声に、ソフィアの顔が蒼白に染まる。

 

「それがアナタの実験なのですね?毒を持たないはずのブロッケンに毒を蓄積させるなんて……洞窟に立ち入った人々を襲わせたのも、私たちを実験台にしたのもアナタなんですね?」

 

声が震えるのを抑えられないソフィア。その問いに、エドガーは無表情で頷いた。

 

「もちろん、それも一環です。しかし、私の目的はもっと大きい。仕込んだ毒は私自身でも解毒はできない。二度目を受けた者は死を免れません。私が伝えたいのはこういうことです――人の生き死にを決めるのは神でも医者でもない。ましてや魔法使いでもありません。己自身なのですよ」

 

「何が己自身だ!」

 

コールが怒りを込めて叫ぶ。その拳は震えていた。

 

「こんな非道なやり方で人の命を奪う奴の言葉なんて、信用できるわけがない!」

 

エドガーはその非難を軽く受け流すように微笑む。

 

「ごもっともなご意見です。ですが、今の私は神でも医者でもない。ただのしがない探究者に過ぎません。ただ、考えたことはありますか?死期が迫る患者を機械に繋げ、生き長らえさせることが本当に『治療』と呼べるのでしょうか?意思もない患者を無理に延命することに何の意味があるのか、と」

 

彼の言葉は鋭く、容赦なくその場にいる全員の心に突き刺さった。

 

「正当な医療行為であれば、治せなかったとしても報酬を要求する。それが当然のように行われているのです。おかしいと思いませんか?なぜ人は苦しまずに死ぬことも、死に場所を選ぶことも許されないのか?医者もまた一人の人間です。人の生き死にを決める権利など本来持ち合わせていない。だからこそ、生死の判断を赤の他人に頼る社会は正さなければならないのです」

 

その瞬間、場の空気が変わった。エドガーの問いはその場にいた誰の心にも答えを求めていた。沈黙を破ったのは、意外にもマーシャだった。

 

「同感だな」

 

その一言に全員が驚きの視線を向ける。マーシャはどこか遠くを見るような目で語り出した。

 

「私の母の死は指先にできた小さな切り傷から始まった。些細なものだと放置したことが、結果的に命取りになった。傷口がひどくなるにつれ激しい痛みに襲われ、慌ててヒールライトを探したが……私たちは騎士家系だったため所持が許されなかった。知り合いの魔法使いに頼み込んだが、母の傷口を見て『大事になるかもしれないから、力添えはできない』と拒まれた。見殺しにされたも同然だ」

 

その声には怒りも悲しみも混ざり合い、誰も言葉を発することができなかった。コールはただ黙って立ち尽くし、ソフィアは悲しみのあまり口元を手で覆った。

 

「父は母の死期を悟ると、愛想を尽かし家を出て行った。私は憎んだ。母を救えなかった自分自身を。そして、母を見殺しにした魔法使いを」

 

「違う……マーシャ、それは違う……」

 

ソフィアの消え入りそうな声が、虚しく洞窟内に響いた。

 

エドガーは満足そうに微笑みながら、手帳に何かを書き込み始めた。

 

「どうやら、私と貴女は同じ方向を向いているようだ。どうです?私と共にこの歪んだ世界を正してみませんか?治癒魔法や延命治療に頼らずとも人が平穏な死を迎えられる、そんな世の中を共に作り上げましょう!」

 

「うるせえよ」

 

怒りの声が響き、全員の視線が声の主――コールに注がれる。

 

「医者が病気や怪我を治せるのは分かる。でも、魔法使いや魔装騎士が治せるのは怪我だけだ。しかもヒールライトを所持してなきゃ、何もできない。そんなこと、あんたなら当然知ってるだろう?」

 

コールの声は冷たく響き、洞窟内の重たい空気をさらに圧し潰すようだった。

エドガーは静かに視線を向け、淡々と答えた。

 

「だからなんだというのです?」

 

「病気になったら医者に頼る。怪我をしたら魔法使いに頼る。そんな風にきっちり役割分担ができてる世の中なら、誰も苦しまないで済むんだ。でも今の世界はそうじゃない。それをどうにかしたいって話じゃないのか?」

 

コールは一歩踏み出し、エドガーを睨みつける。その瞳には決して折れない炎が燃えていた。

 

「だったら、医者は生きたいと必死に願う患者を治療すればいい。逆に医者の手を借りずに静かに死にたい人には、魔法使いが寄り添えばいい。それでいいじゃないか。怪我を治しながら大きな病気を防ぐ方法もきっと見つかる。あんたがやってることよりよっぽどまともだ」

 

エドガーはわずかに目を細め、口元に薄い笑みを浮かべた。まるで子どもが夢を語るのを聞いているような表情だった。

 

「空論ですね」

 

その一言で、洞窟の空気がさらに冷え込む。

 

「素人が怪我と病気の区別を完璧にできるわけがありません。『病気だ』と思って医者に診てもらったら、実際にはただの怪我だったということも起こり得る。それを聞いた患者が医者に向かって何を言うか分かりますか?」

 

エドガーは冷徹な目でコールを見据えた。

 

「『病気じゃないなら魔法使いに診てもらえば良かった』と、そんな捨て台詞を吐くのです。そして、その光景を目の当たりにした医者はどうするか?逃げ出したくもなるでしょう。彼らだって人間ですからね」

 

コールは拳を握り締め、必死にその場で感情を抑えていた。エドガーの言葉は現実の冷酷さを突きつけるものだったが、それでも彼の正当化を認めるわけにはいかなかった。

 

「確かに、今の話を聞いていると医者と魔法使い、それぞれの立場の限界が見えてくる。それでも、あんたがやってることは『正す』なんて生易しいもんじゃない。ただの復讐だろ?」

 

コールはさらに一歩踏み込んで言葉を続けた。

 

「あんたの目的は医療や魔法の欠点を改善することじゃない。あんたを傷つけた世界への反発と復讐心が理由なんだろう?だからこそ、他人を巻き込んで平気で命を弄ぶんだ!」

 

エドガーはしばらく沈黙した後、目を伏せて微笑んだ。

 

「復讐……ですか。それも否定はしません。確かに、私は世間への怒りを抱えています。そして、それを解消するための手段としてこの実験を行っている。ですが、その結果世の中に新たな価値観を提示できるのであれば、それはただの復讐では終わらないのでは?」

 

コールは拳を握りしめた。その言葉が胸の奥を苛立たせる。しかし、反論しようとしたその瞬間、ソフィアが静かに割って入った。

 

「それでも……」

 

ソフィアが涙をこらえながら叫ぶ。

 

「痛みや悲しみから何かを生み出すのは大事かもしれない。でも、他人を犠牲にしたら、また同じ悲劇が生まれるだけです!」

 

ソフィアの声は震えていたが、どこか強い意志が込められていた。

 

「人は誰かに頼らずに生きられない。だからこそ、医者も魔法使いも必要なんです。役割を区別することに意味があるかは分かりません。でも……少なくとも、命を諦めさせるために存在しているわけではないはずです」

 

エドガーはその言葉を聞きながら、再び筆を取り、何かを書き始めた。

 

「……ソフィア」

 

ソフィアの言葉にマーシャが目を伏せ、拳を握りしめた。その姿を見たエドガーは、再びノートに何かを書き込む。

 

「では、あなた方はどうするとおっしゃるのですか?私を止めて、そしてこの歪んだ世界をそのまま放置するというのですか?」

 

「違う。俺たちは、お前を止めて、その先を考えるんだ!」

 

コールが力強く言い放つ。

 

「完璧な答えなんて今すぐ出せなくても、誰かを犠牲にする方法だけは選ばない。それが俺たちのやり方だ!」

 

その言葉に、一瞬エドガーの表情が曇る。だがすぐに元の冷静さを取り戻し、微笑を浮かべる。

 

「興味深い。ならば、あなたたちの信念を試させてもらいましょう。果たして、それがどれほどの価値を持つのか」

 

「こいよ、俺が二人を絶対に守り抜く!」

 

コールが叫び、仲間たちは構えを取った。

その場の緊張感が最高潮に達した瞬間、エドガーはこう呟いた。

 

「人間の生き死には己自身で決める――その意味を、どうか噛み締めてください」

 

マーシャが先陣を切り、鋭い刃でブロッケンに斬りかかった。長く伸びる舌や毒針を見事に掻い潜り、足を切り裂く。しかし、その傷は瞬く間に塞がり、元通りになる。

 

「ゴムのようにしなる舌と毒の針を切り抜けても、あの再生能力をどうにしないと先に進めんか」

 

マーシャは頬の傷を擦りながら、ブロッケンの動きを注視する。

 

「クソッ、魔法さえ使えればあんな奴――」

 

コールから苛立ちがこぼれる。だが、その時静かに声が響いた。

 

「もしかしてヒールライトが役に立つんじゃないでしょうか?」

 

ソフィアが首に掛けていたヒールライトを持ち上げる。その光が洞窟内を淡く照らした。

 

「なるほどな。それは妙案かもしれん」

 

マーシャが素早く理解したの体してコールは首を傾げた。

 

「う~ん?どういうことだ?」

 

「上手くいくかはわかりませんが、やってみる価値はありそうです」

 

ソフィアの静かな決意が場の空気を変える。

マーシャがコールに指示を飛ばした。

 

「コール、まだ蛇燃液は残ってるか?」

 

「ああ、少しだけなら」

 

「ならば作戦はこうだ。私が囮になってブロッケンを引きつける。その間にコールが奴の頭を叩き割れ。そして頭が再生する前にソフィアがヒールライトを奴にかざすんだ。後はわかるな?」

 

「ちょっと待ってくれ!?ブロッケンにヒールライトなんて当てたら再生しちまうんじゃないのか?」

 

「それでいい。ヒールライトの役回りはソフィアに任せる」

 

コールが文句を言う暇もなく、マーシャが疾風のごとき動きでブロッケンに向かって駆け出した。長い舌と毒針が飛び交うが、全てを巧みにかわしブロッケンを撹乱する。その隙を突き、コールが側面から駆け上がり剣を渾身の力で振り下ろした。

ブロッケンの頭部が裂けた。しかし、核に届いていない。気配を消して近づいていたソフィアがヒールライトを押し当てる。淡い光が周囲に広がる。

 

「やっぱり再生して……再生しない?」

 

コールが呟いた刹那、エドガーが驚嘆の声を上げた。

 

「バ、バカな!?再生が止まっただと……!?」

 

「今だ、コール!蛇燃液を頭に投げろ!」

 

コールは急いで小瓶を取り出し、ブロッケンの裂けた頭に放り投げた。しかし、ブロッケンは抗うように長い舌をムチのようにしならせる。その舌がマーシャの頭に巻きついた。

 

「クソが!」

 

マーシャは剣を振り上げ、舌を千切った。ブロッケンが地団駄を踏んで苦しむ中、ソフィアが持っていた松明をブロッケンの頭部に放り投げた。蛇燃液に引火し洞窟内に轟音が響き渡る。爆発がブロッケンの核を完全に粉砕し、その余波でコールもろとも吹き飛ばされた。

崩れかけた洞窟の中でコールは立ち上がり、二人に声をかけた。

 

「マーシャ、ソフィア。怪我はないか?」

 

頭から血を流しながらも、コールの声はしっかりしていた。

 

「ワタシは大丈夫です。コール様が崩落から身を呈して守ってくれたお陰です」

 

「マーシャ、返事をしてくれ……!?」

 

倒れているマーシャの顔を見たコールとソフィアは絶句した。

マーシャは息を荒げ、その顔の半分が紫色に変色していたのだ。

 

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