治癒魔法が制限された世界で   作:公私混同侍

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愛する者のために

 

崩れた洞窟の中、コールたちは慎重に足場を確かめながら出口を目指していた。巨大毒ガエル、ブロッケンを倒したものの、状況は決して楽観できるものではない。コールの背中にはマーシャが横たわり、毒に侵された顔の半分が紫色に変色している。彼女の呼吸音はひどく掠れ、肺から空気が漏れているような音が響いていた。

 

「大丈夫、すぐ外に出るからな……」

 

コールは自分に言い聞かせるように呟いたが、その声には焦りが滲んでいた。後ろを歩くソフィアもマーシャの容態に不安を隠せない。ようやく洞窟の出口にたどり着くと、コールはマーシャをそっと地面に横たえた。

 

「……いつマーシャは二度目の毒を受けたんだ?」

 

コールの声は荒れていた。

 

「ブロッケンの毒針を受けなきゃ大丈夫なんじゃなかったのか?」

 

ソフィアは何も言わず、ヒールライトをマーシャに当て続けていた。その光に解毒する力がないことは明らかだったが、それでも彼女は手を止められなかった。

静寂を切り裂くように、崩落した洞窟の奥からうめき声が聞こえた。コールの眉が動く。

コールは素早く瓦礫を掻き分け始めた。砂埃を払いのけるたびに現れる隙間から、細い腕が見えた。そしてさらに掘り進めると、破れた白い布が視界に飛び込んできた。

 

「……エドガー!」

 

そこには、血まみれで半ば埋まっているエドガーの姿があった。驚くべきことに、彼はまだ息がある。

 

「ああ……私は……まだ生きているのですね……」

 

エドガーの声は弱々しく、息も絶え絶えだった。

 

「聞きたいことがある」

 

コールは彼の襟を掴み、荒々しく引き起こした。

 

「死ぬのはその後にしてもらうぞ」

 

「随分乱暴ですね……」

 

エドガーは苦笑したが、その顔はひどく青ざめていた。

 

「マーシャの顔に紫の痣みたいな症状が出てる。ブロッケンの毒針を二回も受けたわけじゃないのに、どうしてあんな苦しそうなんだ?」

 

エドガーは薄く笑った。

 

「簡単なことですよ……」

 

彼は息をつきながら続ける。

 

「ブロッケンの毒は針だけに仕込んでいたわけではありません。表面から分泌される体液にも毒が含まれているのです。恐らくブロッケンの舌に巻き取られた際、傷口からその体液が入り込んだのでしょうね。あの方は長くて半日、短ければ今夜が峠でしょう」

 

「くそっ……!」

 

コールは拳を握りしめた。

 

「それじゃ、どうすればいいんだ?マーシャの毒をどうにかする方法はないのか?」

 

「そんなものありません」

 

エドガーの返答は冷たく無慈悲だった。

 

「解毒剤は存在しないと先程申し上げたでしょう?もし、解毒剤がなくとも治せるとしたら――」

 

エドガーは一瞬言葉を区切り、口元に微かな笑みを浮かべた。

 

「――アビゲイルぐらいでしょうね。ただし、彼女に頼るには濃霧に覆われる『亡者の深林』を越える必要がありますが……まあ、病人を抱えた状態では到底無理な話でしょう」

 

コールはマーシャの顔を見つめる。紫色の痣が広がり、彼女の命を奪おうとしている。だが、その瞳に宿るわずかな光を見てコールは唇を結んだ。

エドガーはか細い声で問いかけた。

 

「一つだけ教えていただきたい。私の下僕であるブロッケンの再生能力を封じた仕掛けは何なのですか?」

 

コールは険しい表情でソフィアの方を振り返る。その視線には解説を求める意図が込められていた。ソフィアは一瞬躊躇したが、静かに説明を始めた。

 

「ブロッケンの再生能力は細胞分裂を繰り返すことで成立していました。物理や魔法による攻撃も無効化していたのです。でも、ヒールライトには治癒だけでなく、細胞分裂を操作する力もあるんです。その力を使って細胞分裂の速度を遅くしました」

 

エドガーは驚いた表情を浮かべたが、それもつかの間。彼の身体は再び力を失い、動かなくなった。まるで眠るように静かに目を閉じている。

 

「エドガー……」

 

コールは低くつぶやいたが、その声にためらいはない。今は目の前にいる仲間を救うことが先決だ。コールはすぐにマーシャの元へ駆け寄り、その小柄な身体をそっと抱え上げた。

 

「俺がマーシャを担いでアビゲイル先生のところまで連れて行く。ソフィア、できる限りでいい。俺をサポートしてくれ」

 

その言葉に、ソフィアは即座に反論した。

 

「そんなの無茶です!マーシャを背負ったまま剣を振るうなんて無謀すぎます!森には強力な魔法生物がたくさんいるんですよ!」

 

「無茶でも無謀でもいい……マーシャを死なせるわけにはいかないんだ」

 

その時だった。一陣の風が吹き抜け、上空から巨大な影が現れた。それは巨大な鳥、スティルアケイオのバンに乗ったシェイドだった。

 

「オメェら、怪我は大丈夫か?」

 

低い声が響き、シェイドの視線がマーシャに向けられる。彼はその顔を見た途端、険しい表情になり、コールを睨みつけた。

 

「テメェ、俺の忠告を守らなかったな?」

 

「シェイドのおっさん、今はそれどころじゃ――」

 

「オレの言った意味、理解してたかって聞いてんだ!『頭から爪先まで、使えるものは全部使え』って。頭ごなしに説教をたれたつもりはねぇぞ」

 

コールはシェイドの剣幕に気圧されながらも反論を試みる。

 

「俺はただ、マーシャとソフィアを守りたい一心で――」

 

「違うな。マーシャの指示通りに動いて、仲間を守ったつもりになってただけだろ?」

 

その言葉に、コールは反論できなかった。シェイドの言葉は、心に突き刺さるように響いたようだ。

 

「自分の頭を使って仲間を守ったわけでも、洞窟を爆発させた理由があったわけでもない。ただその場しのぎで動いただけだ。テメェはそれで役に立ったつもりか?マーシャが死にかけてんのに、やるべきことは全部やったって胸張って言えんのかよ」

 

その言葉にコールは視線を落とし、拳を握りしめた。沈黙が続く中、ソフィアが一歩前に出て声を上げた。

 

「シェイド先生!コール様がいなければ、私たちは洞窟を抜けることすらできませんでした。お叱りなら私も受けます!でも、どうか今だけはマーシャを救うために力を貸してください!」

 

シェイドはその言葉を聞き、一旦息を大きく吐き出した。そして洞窟の出口にある小屋の方を見据えながら言葉を続けた。

 

「オレはたまたま洞窟の真上を飛んでる時、住民からの通報を受けてここに来た。洞窟が崩れたって聞いて、もしやと思ったが……案の定、テメェらが巻き込まれてたか。マーシャの状態を見るに、エドガーと鉢合わせしちまったみてぇだな」

 

霧が立ち込める『亡者の深林』を前に、シェイドがコールに冷徹な声で問いかけた。

 

「マーシャをアビゲイルの所まで運ぶには、この森を越えなきゃならねぇ。動けないマーシャを連れたままってことは、実質一人で魔法生物を相手にすることになる。さて、コール。テメェならどうする?」

 

その問いに、コールはわずかな躊躇もなく答えた。

 

「……俺は命を投げ出してでもマーシャを助ける」

 

シェイドの目が鋭く光った。

 

「マーシャだけじゃなく、ソフィアも守りながら戦うつもりか?下級程度の魔装騎士であるお前がか?」

 

「それでも俺はやる!マーシャもソフィアも死なせない!」

 

コールの叫びに、ソフィアの手がわずかに震えた。彼女はマーシャにヒールライトを当て続けている。マーシャの体が小刻みに反応しているのを見ると、コールの言葉が彼女にも届いているのかもしれない。

シェイドは彼を睨みつけたまま、低く呟くように言った。

 

「テメェらが己の意志で旅をしてる以上、つきまとう危険は承知の上だろ。死にかけている女がいようが、洞窟で怪しい実験をする闇医者が死のうが、オレには関係ねぇことだ」

 

その冷たい言葉に、ソフィアは何も言い返せなかった。ただ、マーシャを救うために光を放ち続ける手元に意識を集中させていた。

 

「だが――」

 

不意にシェイドは視線を空に投げるように上げた。そして、静かな口調で続けた。

 

「マーシャを死なせたとあれば、友人であるグレイに顔向けできねぇ。グレイの死には少なからずオレも関わってる。それを償うことにはならねぇが、オレもお前らと同行させてもらう」

 

予想外の言葉に、コールとソフィアは目を見張った。シェイドは鳥のような巨躯を持つ魔法生物、バンの頭を撫でながらそっと命令を下す。

 

「生存者の救出はバンに任せる。救助隊と協力して瓦礫の撤去を進めるんだ、いいな?」

 

バンは大きく羽を広げ、力強く鳴いて応えた。その姿はまるで、大地をも揺るがす巨人のようだった。

 

「テメェら、時間がねぇんだろ?」

 

シェイドはコールを見据える。

 

「日が暮れる前までにアビゲイルの所に辿り着かねぇと、マーシャの体力が持たない。ソフィア、ヒールライトで血の巡りを遅くして時間を稼げ。コールは俺についてこい。この森を突破するぞ、全速力でな」

 

コールは強く頷き、マーシャを再び抱え直した。シェイド、コール、ソフィア、そして毒に侵されたマーシャの四人は、立ち込める霧の中へと足を踏み入れた。

そこは数々の冒険者が命を落とした『亡者の深林』。

コールは頭に包帯を巻き、気合を入れ直す。

事態は、一刻の猶予もなかった。

 

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