治癒魔法が制限された世界で   作:公私混同侍

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テリオスの謎

 

コールたちはアビゲイルから紹介状をもらうため、離れにある研究部屋へと足を運んだ。

扉を開けた瞬間、異様な空気が三人を包み込む。室内には見慣れない植物や魔法生物たちが所狭しと佇んでおり、それぞれが独特な気配を放っていた。部屋の中央には小さな木の丸テーブルが置かれ、三脚の椅子がその周りを囲む形で設置されている。

 

「ここがアビちゃん先生の研究場所?」

 

コールはテーブルの上に止まっている蜻蛉のような姿をした魔法生物を凝視しながら、興味深そうに声を上げた。

 

「研究部屋というより、動物園に近いような気もするが……」

 

マーシャは椅子に腰掛け、部屋全体を見渡すように吹き抜けの高い天井を仰いだ。

 

「魔法植物って、不気味ですよね」

 

ソフィアは壁際に置かれた鉢植えを眺めながら言った。その植物は生き物のように蠢き、光を放つ葉を小刻みに揺らしている。

 

「生き物を捕食するものもいれば、自ら食べられて寄生するものまで多様性に富んでいますからね」

 

ソフィアの声にはどこか冷静さと好奇心が入り混じっていた。

やがて、部屋の奥から足音が近づいてきた。アビゲイルが手に輝く石を持ちながら現れる。その光が部屋全体を柔らかく照らし、奇妙な影を生み出した。

 

「待たせたわね」

 

アビゲイルは石を机の上に置き、三人を見渡す。

 

「マーシャが聞きたがっていた蘇生魔法について知っていることだけ話せばいいのよね?」

 

「ああ、それで構わない」

 

マーシャは深く頷きながら、視線を真っ直ぐアビゲイルに向けた。その眼差しには真剣さが宿っていた。

アビゲイルは小さく咳払いをすると、神妙な面持ちで話し始めた。

 

アビゲイルが椅子に腰掛け、鋭い視線をコールたちに向けた。

 

「それで、マーシャは蘇生魔法についてどれくらい知っているの?」

 

アビゲイルの問いかけに、マーシャは腕を組みながら思案するように答えた。

 

「蘇生魔法について記された文献が存在しない以上、持っている情報は噂程度のものだ。確かなのは、蘇生魔法が治癒魔法以上に取り扱いを制限されていて、外部には一切の情報が秘匿されているということ。それに加えて、医者と魔法使いを分断する禁忌の魔術と形容されることもある。こんなところだな」

 

アビゲイルは微かに頷きながら言葉を続けた。

 

「ところで、お師匠様がどうして五百年も生き続けることができたのか、あんたたちにはわかる?」

 

その問いに、まず口を開いたのはやはりマーシャだった。

 

「魔装騎士テリオスは古代の魔法使いが編み出した高度な魔法技術を用いて産み落とされ、産みの母を持たない唯一の人類として知られている。その魔法技術は、現代の治癒魔法――いわゆるヒールライトの力と酷似していると聞いたことがある」

 

アビゲイルは満足そうに頷きながら微笑む。

 

「おおよそその通りね。古代の魔法使いたちは人里離れた小さな村を形成していた。彼らは独自の魔法技術を構築し、人工物に頼らず、自然との調和に重きを置いた生活を送っていたの。その過程で治癒魔法を確立し、さらに長い時を経て蘇生魔法なるものまで編み出したと、私たち魔法使いの間で語り継がれているわ」

 

アビゲイルの説明を受け、ソフィアが手を挙げた。

 

「あのぉ、ちょっといいでしょうか?」

 

「何かしら?」

 

「治癒魔法が魔法使いのご先祖様によって生み出され、発展してきたのは学校でも習いました。でも、もし蘇生魔法が本当に存在するのなら、その技術を用いた可能性もあるってことですよね?」

 

ソフィアの真剣な問いかけに対し、アビゲイルは淡々と頷くだけだった。

 

「ええ、そうかもね」

 

その気の抜けた返事に、ソフィアは少し拍子抜けした表情を浮かべる。一方、そのやり取りを黙って見守っていたマーシャの顔には、どこか曇った影が差していた。

 

「まさかと思うが……テリオスは蘇生魔法でこの世に産み落とされたのか?」

 

その言葉に、一瞬、場が静まり返る。そして、少し遅れてコール自身が首をかしげた。

 

「あれ?蘇生魔法って死んだ人間を生き返らせる魔法だよな?もしテリオス先生が蘇生魔法で生まれたなら、()()()()()ことになる、よな?」

 

「そういうことに……なっちゃいますね」

 

ソフィアが曖昧に答えると、皆が言葉を失ったように沈黙する。そんな彼らを横目に、アビゲイルは頬杖をつき、椅子を左右に揺らしながら、冷ややかに微笑んだ。

 

「おかしいわよね。もしお師匠様が蘇生魔法で生き返ったのなら、何のためにそんなことをしたのか?そもそも、どうしてお師匠様は一度死んでしまったのか?突き詰めれば突き詰めるほど、闇に足をすくわれる。それが蘇生魔法ってものなのよ」

 

アビゲイルの言葉に込められた冷たさが、部屋の空気をさらに重くする。彼女はコールたちをじっと見つめた後、静かに問いを投げかけた。

 

「で、あんたたちはその闇に飛び込む覚悟があるの?」

 

その言葉に、マーシャは迷いの色を見せずに応えた。

 

「覚悟?そんなもの必要ない。本人に直接会って確かめればいいだけの話だ。勝手に邪推して話を拗らせ、足止めする魂胆かもしれんが、私は歩みを止めるつもりはない」

 

その決然とした態度に、アビゲイルは肩をすくめる。

 

「まあ、好きにすればいいわ。私からの話はこれくらい。あ、それと忘れないうちに渡しておかないと――」

 

そう言って、アビゲイルは机の上に置かれていた石を手に取り、コールへ差し出した。

 

「おお!アビちゃん先生、俺にプレゼントか?」

 

嬉しそうに石を受け取るコール。しかし、次のアビゲイルの言葉でその顔が引き締まった。

 

「私からというより、あんたたちがツーバイの村で会ったパウルっていう使用人からよ。彼の主人が正規の手続きを得ずに手に入れたヒールライトを処分してほしいって、わざわざ送ってきたの」

 

アビゲイルは冷めた表情で肩をすくめながら言葉を続けた。

 

「本来なら国に報告して判断を仰がなきゃいけないんだけど、パウルには私が見習い時代に世話になった恩がある。無下にはできなかったのよ」

 

その言葉に、ソフィアの反応は早かった。目を輝かせながら勢いよく問いかける。

 

「ええっ!?アビゲイル先生って、パウルさんの教え子だったんですか!?」

 

「剣術と槍術を教わったの。シェイドもそうだった。まあ、折り合いは良くなかったけどね。でもお師匠様は、パウルを『アイザールきっての騎士の鑑』だと褒め称えてたわ」

 

「そんな凄い騎士なら、俺も稽古をつけてもらいたかったなぁ」

 

コールが感心したように呟くと、その直後、マーシャが冷淡に口を挟む。

 

「私の教えでさえ頭が沸騰するのに、パウルほどの剣術理論をコール程度の頭脳で理解できるとは思えんがな」

 

容赦ない一撃に、コールは口をへの字に曲げるが、反論する気力も湧かないらしい。

一方、檻の中で大人しく座る魔法生物を眺めていたソフィアが、ふと思い出したように口を開いた。

 

「アビゲイル先生、ここに来る時に一緒に連れてきたビーちゃんのことなんですが……どうしてますか?」

 

「ああ、あの脱水症状で死にかけてた子ね。ちょっと待ってなさい」

 

アビゲイルは言うなり奥の部屋へ消えていった。そして、ほんの数分後には戻ってきた。腕の中には、小さな兎の姿をしたビッティが元気な姿で抱えられている。愛くるしい瞳が、ソフィアを見つめていた。

 

「わぁ!アビゲイル先生、ありがとうございます!」

 

ソフィアは歓喜の声を上げながらビッティを受け取ると、その毛並みを頬で優しく撫でた。

 

その様子を見ていたマーシャが、口元を歪めて冷たく言い放つ。

 

「そうか、ソフィアはこの先のことを考えて非常食を持ち歩くんだな」

 

その発言が何を意味するのか理解したのかは分からないが、ビッティは一瞬にして震え上がった。

 

「そんなわけないじゃないですか!?ビーちゃんはもう私たちの仲間です!コール様、一緒に連れて行ってもいいですよね?」

 

ソフィアが憤慨しながらビッティを抱きしめ、コールを振り返る。

 

「あ、ああ。いいと思うぞ」

 

コールは曖昧に頷きながら、ふと目を細めて続けた。

 

「でも、俺は正直ビッティの肉よりコックルのあの引き締まった筋肉の方が体に良さそうな気がするけどな」

 

その一言に、ソフィアの表情が凍りつく。

どうやら、コールもマーシャも、魔法生物を“食用になるかどうか”の観点でしか価値を測っていないらしい。

 

アビゲイルは三人を家の外まで見送ると、背後で扉が音もなく閉じた。コールたちは魔装騎士テリオスに会うため、アビゲイルの家から望める『聖者の塔』を目指して歩き出した……はずだった。

だが、足取りは遅く、いつしかソフィアが首に下げたヒールライトを握りしめ、何か考え込んでいるのに気づく。肩に乗せたビッティが頬ずりしている。

 

「どうした、ソフィア?」

 

コールが気軽な声をかける。

 

「ヒールライトなら俺も持ってるぞ。これでお揃いだな」

 

冗談のつもりだったが、隣のマーシャが鋭い視線を向けた次の瞬間、コールの足を思い切り踏みつけた。

 

「いてっ!な、なんだよ!」

 

「それは私に対する当てつけか?」

 

マーシャは鼻で笑う。

 

「ヒールライトのペアルックなんてもの、一昔前の魔装騎士の間で流行した程度のものだ。まさか、コールがそんな気遣いができる男とは思わなかったな」

 

「ちょ、違うって!」

 

コールは手を振りながら身振り手振りで必死に弁解する。

 

「マーシャにはミラージュライトがある。それに、俺とソフィアのヒールライトを合わせれば化け猿(チンプ)だって火の蛇(サリューク)だって毒ガエル(ブロッケン)だって怖くないじゃないか!」

 

「カエルは当分、見たくもないがな」

 

マーシャは険しい表情で吐き捨てた。毒で死地を彷徨った経験が、言葉以上に彼女の反応に刻まれている。

その空気を破ったのは、ソフィアの静かな声だった。

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

呼びかけられた二人が同時にソフィアの方に振り向く。彼女はヒールライトを握りしめたまま、真剣な目で二人を見つめていた。

 

「一度、ミラージュライトについて話を聞くために、リンダ所長の元を訪れてみませんか?」

 

その提案に、マーシャが露骨に眉をひそめた。

 

「正気か?テリオスの住む『聖者の塔』は目と鼻の先だ。それを無視して、今さらドライフンまで引き返すというのか?」

 

「落ち着けよ、マーシャ」

 

コールが肩をすくめながら言った。

 

「きっとソフィアにも考えがあるんじゃないか?」

 

ソフィアは小さく頷き、言葉を続けた。

 

「ミラージュライトは本来、ラフィーアフーシェの研究施設で保管されていたものです。チンプに盗まれたとはいえ、一度リンダ所長に報告した方が良いかと思うんですが……」

 

マーシャが鋭い声を上げる。

 

「アビゲイルからこれといった指示は受けていない。それなのに、研究施設で保管されていたというだけで、わざわざ戻る必要があるのか?」

 

「無視を決め込むのは盗人と同じじゃないか、ってことだろ?」

 

コールがソフィアの代わりに答えると、マーシャは渋々ながらも黙り込む。

だがコールは、ふと困惑した表情を浮かべ、独り言のように呟いた。

 

「それに、もしテリオス先生にミラージュライトのことを問い詰められたら、マーシャが盗人扱いされるかもしれない。そうなったら俺……どうしたらいいんだ……?」

 

ソフィアが静かに口を開く。

 

「アビゲイル先生から教えて頂いたのですが、リンダ所長は大病を患っていて残りの時間が少ないそうです。ですので、私たちが直接お話できる最後のチャンスかもしれません」

 

その言葉に、マーシャの表情が僅かに変わった。

 

「余命幾ばくもない老人から、『エンジェルライト』について聞き出せる最後の機会か……」

 

と呟き、手元のミラージュライトを軽く撫でる。

 

「コール、ミラージュライトを返還するついでだ。ソフィアの意見に乗ってみるのも悪くないかもしれん」

 

コールは目を細めて遠くを見つめた。

 

「急がば回れってやつだな……でも、アビちゃんの家からドライフンまで戻るのって結構しんどいぞ?」

 

ソフィアは僅かに首を傾げ、穏やかな口調で答える。

 

「シェイド先生が使役しているスティルアケイオみたいな、自由に空を飛べる生物がいたら便利なのですが……」

 

その言葉を聞いて、マーシャが手にしていたミラージュライトをじっと見つめた。そして、不敵な笑みを浮かべながら、指先で光を転がすように弄び始める。

 

「おい、まさか……」

 

コールが顔を引きつらせながら後ずさる。

 

「マーシャ、スティルアケイオに化けてラフィーアフーシェまで飛ぶつもりなのか?」

 

「フッ、そのまさかだ」

 

マーシャは冷ややかに笑みを浮かべた後、さらに言葉を続ける。

 

「だが――スティルアケイオに化けるのは私じゃない」

 

コールはハッと息を呑み、二人の視線が自分に向けられているのを感じた。マーシャとソフィアの瞳は何故か熱を帯び、期待に満ちた輝きを放っている。

 

「俺かよッ!?」

 

コールの叫びが静かな野道に響いたが、マーシャは楽しそうに肩をすくめるだけだった。

 

「私のコールなら二人、いや二人と一匹運ぶくらい簡単にやれるだろう?」

 

「いやいやいや、待て待て!俺のどこを見てそう思ったんだ!?」

 

ソフィアもどこか申し訳なさそうな微笑みを浮かべた。

 

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