コールが病院に着くとソフィアの治療は終わっていた。左足に包帯が巻かれている。歩くには問題ないようだ。
「ソフィア、足の痛みはあるか?」
「コール様、ご心配をおかけしました。痛みはまだありますが、一人で歩けるので宿屋を探しましょう」
コールは先程少年からもらったヒールライトをウエストポーチから取り出す。
ソフィアとマーシャは困惑の表情を隠せない。
「それってもしかして……」
「ヒールライトか?いや、そんなはずは……」
「アハハ、二人の驚く顔は想像以上だな。さっき助けた少年がヒールライトを持ってたんだ。お礼にって頂いちまったよ。偶然にしてはでき過ぎてるけどな」
コールはヒールライトを得意げに見せつけ魔力を込め始める。ソフィアの包帯を外しヒールライトを左足に当てた。火傷跡に温かい光が注ぎ込む。
「コール様……そんな、ワタシのためにヒールライトを使ってくれるなんてありがとうございます。おかげで、足の痛みが和らいできました」
「まさかコールがヒールライトを使いこなすとはな。こういう時に頼りになるのは魔法使いではなくコールだな」
「大げさだな、マーシャは。俺だってまだまだ未熟だ。でも、ソフィアが少しでも楽になるならそれで十分だ」
「でも、コール様。ワタシ、こんなに助けられてばかりで役に立っているでしょうか?ワタシももっと強くならなければ……コール様とマーシャに頼られたいんです」
マーシャはソフィアの話を聞き終える前にどこかへ行ってしまった。
「俺たちはお互いを補い合うためにいるんだ。一人で何でもできるなら旅に誘うつもりはなかったさ。それに仲間がいる意味がないだろ?俺たちは三人で一つ。ソフィアがいてくれるからこそ、マーシャも俺も頑張ろうと思えるんだ」
「コール様、ありがとうございます。ワタシ、もっと強くなって、お二人を支えられるように努力します。そして、ワタシもお二人と同じくらい戦える仲間になりたいです」
ヒールライトは使用期限があり一年しか持たない。コールは石をソフィアに託した。ソフィアの方が魔力が高く治癒魔法を最大限に発揮できると判断したからだ。ソフィアは首に下げているペンダントを魔法使いの証からヒールライトに付け替えた。
二人は病院の外に出ると待っていたマーシャが剣の手入れをしていた。
「持たせた、マーシャ。宿屋を探しに行こう」
「いや、その前に興味深い話を聞いた。入院している患者が二日前に、鈴付きのツーバイリードに襲われたという話だ。どうやら私たちが遭遇した魔法生物と同じ可能性がある。酒場にいる宝石を全身にあしらった男が鈴付きの飼い主について知っているという情報も得た。飼い主の居場所を突き止めれば金になりそうじゃないか?」
「短い時間で情報を集めるなんてさすがですね、マーシャ!」
ソフィアは褒めたつもりだったが、マーシャを逆撫でしたようだ。苛立ちを隠しきれない。
「お前がついてこなければこんな回りくどいやり方をしなくて済んだんだぞ?私たちの足を引っ張るのは今回限りにしてもらいたいものだな」
「ご、ごめんなさい……」
「そんな言い方しなくていいだろ」
コールが小さくつぶやく。落ち込んでいるソフィアに見向きもせずマーシャは酒場に向かう。二人はソフィアの後について行った。
三人が薄暗い酒場の中に入る。古びた木材でできたテーブルと椅子がぎしぎしと軋む。壁には酒瓶が並び、ほこりを被った古い地図や額縁が無造作に掛けられている。酒の香りと、遠くから聞こえてくる軽快な音楽が場の空気をゆるやかに包み込み、静かな外の世界と似た雰囲気だ。
カウンターには全身を宝石であしらった小太りの中年男性が、手際よくグラスを磨くバーテンダーと会話を交わしていた。
「あの男だな――」
マーシャは脇目も振らずカウンターの男に近づいてく。コールとソフィアは空いている席に座り周囲の様子を伺う。
「マーシャは金の臭いがすると周りが見えなくなるんだ。ソフィアはああいう女性になっちゃダメだぞ」
「ふふふ、コール様。マーシャがこっちを睨んでますよ。でもこうやって二人っきりでお話するの久しぶりですね」
「えっ?そうだっけ?昔はよく二人で遊んでたよな。魔法を教えてくれたのもソフィアだったからな」
「コール様は……ワタシの憧れです。ずっとおそばにいさせてください」
ソフィアは頬を赤らめコールを見つめる。
「ソフィアはかけがえのない俺たちの仲間だ。マーシャも本当はソフィアのことを心配してるはずなんだ」
「マーシャには迷惑をかけません。ワタシ、お二人のお役に立ちたいです。背中を守れるようにお努めします」
ソフィアの頬はさらに赤く染まり、その目には決意の光が宿っていた。
その時、マーシャがこちらへ戻ってきた。どうやらカウンターの男から話を聞き出したらしい。
「コール、どうやらここに大金持ちの貴族がいるらしいんだが、その貴族の館に最近魔法生物を連れた飼い主らしき人物が訪れたらしい」
「魔法生物は鈴付きの可能性もあるか……確かに金になるかもしれないが、下手に手を出したら俺たちが怪しまれるかもしれない。ソフィアはどう思う?」
「……そうですね。魔法生物と飼い主を確認してから、慎重に判断した方が良いのではないでしょうか?ワタシもお二人を全力でサポートします」
こうして三人は新たな仕事に向けて動き出す。
貴族の館に入るため館付近の調査を始めた。館は正面以外に入る術がなく、周りを鉄柵で覆っていた。飼い主の狙いは貴族が持っている宝飾品ではないかと三人は推測した。日が沈んでしまったので宿屋を探す。訪れる旅人が少ない村とあってか、すぐに見つかった。
三人は明日に備えて宿屋で一夜を明かした。
「おはよう、ソフィア。俺より起きるのが早いとは俺もまだまだだな」
「そんなことありません。コール様は朝早くから鍛錬しているじゃないですか。それよりマーシャはまだ寝ているのですか?」
「それは変だな。マーシャは俺より早く起きたがる。部屋で身支度でもしてるんじゃないか?」
「それなら一緒に朝食を食べませんか?パンとスープがあるみたいですよ」
朝の光が宿屋の窓から差し込む中、コールとソフィアは朝食を前にして言葉を交わしていた。パンの香ばしい匂いと、温かいスープの湯気がふわりと立ち昇り、宿屋の居心地の良さを感じさせる。
ソフィアは目の前のパンを手に取りながら柔らかな笑顔を浮かべていた。コールは時計を見ながらスープをすする。
「マーシャが身支度に時間をかけるのは珍しいな」
その時、マーシャが部屋の階段から姿を現した。髪を整え、しっかりと装備を身に着けているが、どこかその表情には焦燥感が見え隠れしていた。
「お、マーシャ。準備にしては時間がかかったな。どうした?」
「いや、大したことじゃない。入念に剣の手入れをしていただけだ」
マーシャはいつもの自信満々な態度を少し崩していたが、それでもその瞳には鋭い光が宿っていた。
コールはその言葉に一瞬戸惑ったが、すぐに笑みを浮かべた。
「胸騒ぎがする時こそ飯は食っとかないとな――ゲホッゲホッ」
「ふふふ、コール様、服に染みがついてますよ」
マーシャはそんな二人の様子を見て深いため息をついた。
三人は宿屋を引き払い目的の館に向かった。宿屋を後にした三人の足取りは、どこか緊張感に満ちていた。彼らは静かに目的地へと歩みを進める。陽は高く昇り、アイザールの城壁が遠くに見える中、風がふわりと吹き抜けて行く。
マーシャは無意識に手元の武器を確認し、ソフィアは周囲の様子を慎重に見渡している。コールは心の中で気を引き締めながら、一歩一歩進んでいく。
道行く人々は貴族の館へと向かう三人の様子に気づくこともなく平穏な日常を送っている。子供たちの楽しげな笑い声が三人の足取りを軽くした。
やがて、三人は貴族の館の門前に立った。黒光りする鉄柵が周囲を取り囲み、その重厚感はのどかな農村から切り離された別空間を作り出していた。柵越しに見える館は、頑丈で豪華な造りをしており、その存在感が強烈に彼らに迫ってくる。庭園にはきちんと整えられた木々と、装飾の施された彫像が並んでいる。
「正面はここで合ってるよな?」
コールは鉄柵を見上げ、冷静な目で周囲を観察する。
マーシャは鉄柵の間から館の中を覗く。
「ここ以外に館に入れそうな入口はなかった」
「少し……緊張してきました」
マーシャの鋭い眼光にソフィアはペンダントを握りしめた。ヒールライトが微かな光を帯びている。
その言葉にコールはわずかに頬を緩ませた。
「よし、行こう」
一歩前に踏み出す。その瞬間、空気が一層引き締まるような感覚があった。彼らの視線は屋敷の正面扉に向けられる。
扉のベルを鳴らすと使用人らしき老人が姿を現す。
「今しがたご主人様はお出かけになられました。ご主人様に何様でございましょう?」
「え~と、ここの屋敷に魔法生物が出入りしているって聞いたんだが、何かトラブルに巻き込まれたりしてないか?」
コールは普段使わない頭脳をフル回転して言葉を吐き出す。使用人の男は口元に手を当てながら頭を傾げた。
「はて、ご主人様からそのようなご相談は承っておりませんが……」
「変ですね。酒場で聞いていた話とどうやら違うようです」
ソフィアの言葉にマーシャが前のめりになる。
「ソフィアは私が嘘をついてると言いたいのか?」
「い、いえ!そ、そういう意味では……」
使用人の男が咳払いをした。
「最近多いですな。こういった噂話の類を鵜呑みし、ご主人様に近づこうとする不届き者が至る所からやってくる」
「すまない。俺たちはトラブルを解決したくて来ただけなんだ。何もないなら素直に帰るよ」
三人が踵を返し帰ろうとすると、ソフィアがペンダントに付けていたヒールライトがキラリと光る。その光に使用人は目を細めた。
「お待ちくだされ。その石、見覚えがあります」
コールたちは立ち止まり、使用人の言葉に耳を傾けた。ヒールライトの光が、まるで何かを告げるように静かに輝きを放っている。三人は使用人の目を見据えながら一瞬の間を持った後、マーシャが静かに尋ねた。
「見覚えがある?話だけでも聞かせてもらえないだろうか?」
使用人は微かに口元を引き締め、表情を硬くした。重々しい空気が彼らの間に流れた。
「ええ、その石はご主人様が以前、港湾都市ドライフンで宝石商を営む男から譲り受けたものに似ております。まさか、同じものでは……」
その言葉を聞いた瞬間、コール、マーシャ、そしてソフィアの表情がわずかに緊張感を増す。ヒールライトは本来、魔法使いと魔装騎士が治癒を行うための貴重なアイテムだ。それがどうして、この館の主人の手に渡っていたのか、疑問が浮かび上がる。
「その宝石商の男って、全身宝石まみれの男じゃないか?」
コールがすかさず質問を投げかける。
使用人は少し考え込むように眉を寄せ、
「ええ、左様でごさいます。ただその時からなのです。粗末な服装をした小動物のような生き物がご主人様に会わせるよう迫ってきたのです。鈴を付けた犬を連れていたのを覚えております」
「鈴を付けた犬というのはツーバイリードのことですね。そうすると小動物のような生き物というのは魔法生物のことではないでしょうか?」
ソフィアの言葉にコールとソフィアが顔を見合わせる。使用人が言う宝石商の男は酒場にいたマーシャに情報を渡した男と、どうやら同一人物のようだ。ヒールライトが無縁の貴族に渡ったこと。そしてタイミングよく現れた鈴付きと小動物の姿をした魔法生物。謎が謎を呼ぶように、彼らの頭の中に数多の疑念が渦巻く。