治癒魔法が制限された世界で   作:公私混同侍

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海上疾走!

 

太陽がわずかに傾き始めた空を背に、巨大な鳥――スティルアケイオとなったコールは広大な空を飛び続けていた。その背にはソフィアとマーシャがしっかりと腰を下ろし、さらに小さなビッティが羽毛の隙間に顔を埋めている。コールの姿はミラージュライトによる変身の結果であり、長時間の飛行にはソフィアのヒールライトで供給される魔力が不可欠だった。

 

『亡者の深林』、そして『魔封じの洞窟』を上空から通過する中、ソフィアが目を輝かせながら呟いた。

 

「シェイド先生はこんな絶景を毎日のように眺めていたんですね……羨ましいです」

 

しかし、マーシャはその感想に素っ気なく答える。

 

「そうか?シェイドはその高みの見物をいいことに、『魔封じの洞窟』に出入りする廃棄業者どもを野放しにしていたんだ。私なら、不埒な輩は容赦なく斬り捨てていたな」

 

ソフィアは苦笑しながら反論する。

 

「斬り捨てなくても、スティルアケイオがいれば門前払いぐらいはできたんじゃないでしょうか」

 

「キュッキュー!」

 

ビッティが羽毛に埋もれたまま、賛成するように小さく鳴いた。その愛らしい様子にソフィアが微笑む。

 

「フフッ、ビーちゃんはコール様の背中が気持ちよくて、眠たくなっちゃったみたいです」

 

マーシャが前方に目を向けながら、冷静な声で続けた。

 

「コール、体に少しでも変調を感じたら教えてくれ。ドライフンを越えたら目の前に大海原が広がる。海上では休憩する場所がない。だが、日が暮れるまでにはラフィーアフーシェに着かなければならない」

 

コールは僅かに羽ばたきを緩めながら、やや不安げに問いかけた。

 

「体におかしなところはないけどさ……地上から大砲とかで撃たれたりしないよな?それに、万が一魔法生物にでも襲われたらどうする?二人を背中に乗せてたら、回避行動が取れないぞ」

 

マーシャは肩をすくめるような声で答えた。

 

「それなら心配ない。最悪の場合、ビッティを囮にする。少なくとも逃げる時間くらいは稼げるだろう」

 

「キューッ!?」

 

羽毛の中で寝息を立てていたビッティが、その言葉を聞いた途端に飛び起きる。小さな体を震わせてソフィアの腕に飛び込んだ。ソフィアは怒りに震え、無意識にコールの背中に手を伸ばすと、その羽を力強く引っ張った。

 

「いってぇ!誰だ!?俺の毛を毟るのは!」

 

「ご、ごめんなさい、コール様……」

 

ソフィアは半泣きになりながらビッティを抱きしめた。マーシャはそんなやり取りを冷ややかに見ながらも、ふと背後にいるソフィアに小さく問いかける。

 

「ソフィア、気づいていたか?」

 

その声は風にかき消されるほど小さかったが、意味深な響きを帯びていた。

 

「何がですか?」

 

「コールの毛の色だ」

 

マーシャの視線がコールの背中に向けられる。

 

「私の記憶が正しければ、スティルアケイオの背中は血色の悪い模様だったはずだ。だが、コールの腹部は――」

 

ソフィアも同じ箇所を見つめ、小さく頷いた。

 

「血色の悪いって言い方はどうかと思いますけど……確かにコール様の背中は紫色ではなく、真っ暗に染まってますね。黒いヒールライトが見た目に影響しているのかもしれません」

 

「ソフィアは心配じゃないのか?」

 

ソフィアは微かに眉を寄せながら答えた。

 

「心配です。コール様の身に、不穏な影が忍び寄っているような気がして……」

 

()()()にできることは、コールのそばにいることだけなのか?」

 

マーシャが静かに言葉を続ける。だが、その声には僅かな歯がゆさが滲んでいた。

 

「……ワタシたち?」

 

ソフィアがその言葉の響きに首を傾げた。二人の会話は風の中に紛れ、コールには届いていない。

すると、コールの声が不意に響いた。

 

「あのクジラみたいな魔法生物って、なんて名前だったっけ?」

 

ソフィアは眼下の海を見下ろし、すぐに答えた。

 

「あれはホリンですよ。穏やかな性格と高い知能を持ち合わせていて、人語を理解するとされています。心通わせれば、背中に乗せて陸まで運んでくれるんですよね」

 

その説明を聞きながら、マーシャが皮肉めいた声で口を開いた。

 

「聞いたか?まるで今のコールを指しているようだ」

 

ソフィアは慌てて顔を赤らめる。

 

「ち、違いますよ!コール様は優しくて逞しくて頼れる存在です!ワタシたちと強い絆で結ばれています。それに頭の良し悪しなんて関係ありません。コール様はコール様です!」

 

その力説に応えるように、コールがスティルアケイオ特有の高い声を上げた。喜びを隠せない様子だった。

 

「おい、嬉しいのはわかるが、あまり揺らすな」

 

マーシャが眉をひそめる。

 

「頭がグラグラして気分が悪くなる。頭に汚物を撒き散らしてもいいのなら、遠慮なく吐かせてもらうが?」

 

その言葉に、コールは慌てて翼を平行に伸ばし、安定した飛行を心掛ける。

太陽が水平線に近づき、茜色の光が海面を照らし始める中、三人の目に大きな影が映り込む――ラフィーアフーシェだ。

三人は安心したように顔を見合わせるが、コールの進行方向で突如、目にも止まらぬ速さで何かが横切った。

 

「お、おい!なんだよ、今の!」

 

驚いたコールが急停止すると、ビッティがその拍子に振り落とされそうになる。

すぐさまソフィアが風の魔法を使い、小さな魔法生物を柔らかく包み込んで手元に引き寄せた。

 

「……ふぅ、危なかった。大丈夫、ビーちゃん?」

 

だが、事態はそれだけで終わらなかった。ソフィアの顔色がみるみる青ざめると、コールに向かって声を張り上げた。

 

「コール様!お伝えするのを忘れていました。ラフィーアフーシェには外部からの魔法生物の侵入を防ぐための防衛装置がいくつも仕掛けられているんです!」

 

「何だって?」

 

コールが周囲を警戒しながら問い返す。ソフィアは動揺を隠せないまま説明を続けた。

 

「ラフィーアフーシェは、かつて迫害された魔法使いの子孫たちが建設した人工島です。そのため、侵入者を拒むよう多くの仕掛けが施されています。アビゲイル先生も、島に近づく際には特に注意するようにと仰っていました……」

 

「つまり、島に近づけば近づくほど、私たちは撃ち落とされる危険があるということか。船代をケチったツケがこんなところで回ってくるとはな。そもそも魔法生物は乗船することも叶わないが」

 

マーシャが鋭く言葉を挟む。

 

「それだけではありません。島全体には魔障壁が張られていて、魔法生物が近づけないよう三種の属性バリアが覆っています。このバリアは五百年間、一度も破られたことがないそうです。特に、()()()()()()()()()()()()()()()に対しては、反応も敏感に働くはずで――」

 

「目的地はもう目の前にあるのに、こんなところで足止めを食らうのかよ……」

 

コールは唸るような声を漏らし、茫然と島を見つめるしかなかった。

 

「何か方法はないのか?」

 

マーシャは自問する。コールとソフィアから答えは返ってこない。

 

「私とソフィアならバリアは気にする必要はないが、コールの変身を解くとなると、泳いで島まで行かなければならない。ちなみに私は泳げない。その場合、私がコールに捕まって運んでもらうしかない」

 

「ワタシは水の魔法で、約一時間ほどなら水中で呼吸できます。コール様も泳ぎは得意ですから、そうすれば島に到達すること自体は問題ないと思います……」

 

ソフィアの言葉に、マーシャは小さく眉を上げる。そして、鋭く一言を放った。

 

「問題はビッティだな」

 

視線はソフィアの腕の中で震えるビッティに向けられていた。

 

「冗談じゃない。お前がビッティを連れて来なければ、私たち三人で島に入れたんだ。今すぐそのウサギ紛いの生き物を海に投棄しろ」

 

マーシャの冷淡な物言いに、ソフィアは即座に首を振る。

 

「嫌です。絶対に嫌です」

 

「ならお前ごと海に突き落とすしかないな。コール、それでいいか?」

 

コールは答えず、ただ沈黙したまま、太陽が半分ほど沈みかけた水平線を見つめている。

 

「引き返そうにも、夜の海上を飛ぶのはコールに負担が大きすぎる」

 

マーシャの冷たい声が、静寂を裂いた。ソフィアを見据えさらに言葉を続ける。

 

「ソフィアが決断してくれれば、私たちを妨げる問題はなくなる」

 

人工島ラフィーアフーシェは星々に照らされ、次第に闇の中へと溶け込んでいく。時間だけが無情に過ぎていく中、ソフィアはビッティを腕に抱えたまま、何も答えられずにいた。

そんな中、コールが静かに口を開いた。まるで独り言のように、それでいてどこか自分を叱責するような声だった。

 

「ビッティを連れてきたのはソフィアのせいじゃない。俺が死にかけてるビッティを拾わなければ、良かっただけの話だ。だからソフィアは悪くない」

 

「この期に及んで、たかだか一匹の魔法生物の命を優先するのか?」

 

マーシャが苛立ちを隠そうともせずに問い詰める。

 

「まさか、自分がスティルアケイオに変身しただけで魔法生物の気持ちを理解した、なんて言うつもりじゃないだろうな?」

 

「俺、考えたんだよ」

 

コールの視線がゆっくりと夜の海へ向けられる。

 

「マーシャが毒で苦しんでる時に何もできない自分の無力さに、さ。マーシャが母親を助けようとした気持ちが、痛いほど理解できたんだ」

 

コールの声が次第に力を帯びていく。

 

「だから、俺はもう何も失いたくないんだ」

 

「それは私も同じだ」

 

マーシャは目を伏せた。

 

「母の死をきっかけにして魔法使いを逆恨みしているなどと言われようが、人の命が平等に扱われる現実なんて私は認めない――」

 

「命は平等なんかじゃないよ、マーシャ」

 

その言葉にマーシャは目を見開いた。

 

「……!?」

 

「人の命を平等に扱うのは大切だって教わってきた。でも現実は違う。不平等なんだ。価値なんてない。魔法生物もそうだ。価値を求めるから生き物を区別したり差別したりするようになるんだ。ツーバイリードやミルタンのようにサーカス団の一員として対等に扱ってくれる人たちもいれば、シェイドのおっさんやアビちゃんみたいな社会に役立てるために使役する人たちもいる。それにエドガーみたいな実験動物のように扱うヤツもいる」

 

コールの声は冷静で、それでいて鋭かった。

 

「命の価値なんて誰かに決められるもんじゃない。自分で決めるんだ」

 

ソフィアは思わずコールの横顔を見つめた。その決意に満ちた表情に、胸が締め付けられるような感覚を覚える。

 

「俺の命は、俺が決める」

 

コールはビッティに目を向ける。

 

「だから、ビッティの命を粗末に扱うことなんてできない。俺はビッティを見捨てない」

 

その言葉に、ソフィアの目には涙が浮かんでいた。

 

「マーシャ、ワタシがこんなことを言うのは烏滸がましいですが……ここはコール様の言葉を信じてみませんか?」

 

ソフィアのか細い声が、静かに夜の空気を揺らした。

マーシャは視線を落とし、拳を強く握りしめた。

 

「私は……」

 

「俺はみんなが大好きなんだ」

 

コールの声が優しく響く。

 

「だから、みんなを守りたいんだ。自分の命を、みんなのために使いたい」

 

その言葉にマーシャはコールの耳元に顔を近づけ、掠れた声で問いかけた。

 

「何をするつもりだ?考えなしに突っ込むつもりか?」

 

コールの瞳に浮かぶのは揺るぎない決意だった。

 

「ビッティを俺に託してくれ。二人を魔障壁の中に投げ飛ばす」

 

「コール様はどうするのですか?」

 

ソフィアが不安そうに尋ねる。

 

「俺は……」

 

「やめろ!行くな!」

 

マーシャの叫びにも、コールの決意が揺らぐことはなかった。

 

「俺は必ずビッティと一緒に飛び込んでやる」

 

その言葉に、ソフィアとマーシャの胸に熱いものがこみ上げた。

 

「だから、二人は待っててくれ!」

 

次の瞬間、コールは夜空を切り裂くように飛び出した。流星のごとく、ラフィーアフーシェに向かって。

マーシャとソフィアを背に乗せたスティルアケイオ姿のコールは暗闇の中、人工島ラフィーアフーシェを覆う巨大なドーム状の魔障壁へと突き進んでいく。魔障壁は魔法生物を侵入を阻むように設計されており、近づく者には無数の黒い影のような防衛魔法が襲いかかる。影たちは矢のように飛び交い、鋭い爪のようにコールたちを狙い撃つ。

コールの翼はその影たちに何度も切り裂かれ、羽根を散らしながら進む。それでも速度は衰えない。後ろに乗るマーシャとソフィアも、次々と傷を負いながらしがみついていた。

 

「コール!引き返せ!」

 

マーシャの叫びは鋭く、切迫した音色に満ちていた。

 

「お前の体がズタズタに引き裂かれてしまう!」

 

だが、その言葉はコールの耳に届いているのかはわからなかった。コールの目は固く決まり、迷いはどこにもなかった。むしろ速度は増し、障壁が視界に迫る中、コールの体に異変が現れ始める。黒い靄がまるで生き物のように翼や全身を包み込み、魔力の渦を巻き起こしていた。

ソフィアは背中にしがみつきながら、祈るように目を瞑った。コールは一切の動揺を見せることなく、そのまま障壁へと突っ込んだ。

衝撃が走り、マーシャとソフィアの体は振り落とされるように空を舞い、岸辺へと投げ出された。

魔障壁は稲妻のような光を走らせドーム全体に火花を散らす。膨大な魔力が波のように押し寄せ、衝突したコールの体を捕らえると、網に縛り上げられるように凄まじい圧力を加え始めた。

 

「ぐっ……!?」

 

激痛に呻きながらも、必死に翼を広げビッティをその中に隠す。コールの体はまるで砕けそうなほど歪み、耐え切れなくなったその瞬間――スティルアケイオの姿を解き元の姿へと戻った。

重力に従い海に落下するコール。しかし、寸前で水の魔法を発動させ再び空へと蹴り上がった。その姿を既にぼろぼろで、服は引き裂かれ露出した肌には黒いヒールライトの破片のような紋様が浮かび上がっていた。そこから漂う禍々しい気配は、気迫と共に魔障壁に向けられる。

 

「この身に受けた魔力、全部返すぞ――」

 

叫ぶと同時にコールは手のひらを魔障壁に向かってかざした。その手から放たれる光は魔障壁が放っていた光と全く似通っていた。両者の力は空間を振動させるほどの勢いでぶつかり合い、衝撃波を生み出す。島内を見回っていた警備兵たちは騒然とし、住人たちの間には不安と恐怖が広がる。

 

そして――

 

バチン!

 

鋭い音が島全体に響き渡り、魔障壁に一本の亀裂が走った。それは、初めて人の力で魔障壁を破った瞬間だった。

コールは亀裂の入った魔障壁を見上げながら、荒い息を整えていた。背後には未だ震えるように輝く黒い模様が肌に刻まれている。瞳には小さな光が宿り、迷いのない決意がその表情に浮かんでいた。

ゆっくりとビッティを抱え直し、口を開いた。

 

「ビッティ、もう少し我慢してくれ……」

 

ビッティは小さな声で鳴きながら腕の中で身を丸めた。その仕草に微笑を浮かべたのも束の間、コールの周囲で漂っていた黒い靄が不気味に揺らぎ始める。それは次第に燃え上がり、漆黒の炎となって体を包み込んだ。その光景は、夜闇そのものが命を得て燃え盛るかのようだった。

再びスティルアケイオの姿へと変身すると、コールは広げた翼で宙に舞い上がる。そして、亀裂の入った魔障壁を鋭い目で捉えると、一瞬の躊躇もなく突進した。

周囲の空間が悲鳴を上げるかのように震える。黒炎に包まれたコールが魔障壁に激突すると、それはガラスのように砕け散り、煌めく破片を夜空に散らした。その衝撃は、島全体を揺るがすほどのものだった。

 

だが、その代償は大きかった。

魔障壁を突破したコールの体は、すでに限界を超えていた。激しい衝撃に耐えきれず、体は砂浜へと力なく落下する。重い音を立てて砂に打ち付けられた姿を見て、ビッティがすぐさま立ち上がった。

小さな体を震わせながら、ビッティは砂を蹴り、コールの元へ駆け寄る。その羽で顔に触れ、啼き声で必死に呼びかけるも、コールは微動だにしなかった。

コールの顔は穏やかで、まるで眠るような表情だった。しかし、その体からは魔力の輝きが失われ、どこか儚げに見える。

ビッティはコールの胸に寄り添い、小さく震えながら彼を守るように覆いかぶさった。その先には、砕け散った魔障壁の向こうに広がる水平線が見えていた。暗い夜空を背に、コールの静かな眠りが、払った犠牲の大きさを物語っていた。

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