治癒魔法が制限された世界で   作:公私混同侍

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人工島ラフィーアフーシェ

 

マーシャとソフィアは、砂浜に突っ伏したまま動かないコールを目の当たりにした。漆黒の炎を纏い、魔障壁に風穴を開けたコールの姿は、一瞬のうちに消耗し尽くしたようだった。二人は互いに目を合わせると、ためらうことなく砂浜へ駆け出した。

 

「コール!しっかりしろ!」

 

マーシャが声を張り上げ、ソフィアはその身体を抱き起こそうとする。しかし、コールの意識は戻らない。そばでビッティがその小さな体を震わせ、コールの顔に頬を擦り寄せて心配そうな仕草を見せている。

 

「警備兵に見つかる前に移動しなければ……ソフィア、手伝え!」

 

「はい!急ぎましょう!」

 

二人はコールを抱え上げ、ビッティを慎重に守りながら病院へと急いだ。道中、島の住人たちの視線を感じたが、今はとにかくコールの命を優先することが最重要だった。

 

 

―――

 

病院に到着すると、医師たちはすぐに対応に当たった。しかし、診断の結果、コールは意識を失ったまま、目覚める兆候が見えない状態だった。

医師の説明に、マーシャは拳を握りしめ、ソフィアは涙を堪えるように唇を噛んだ。

 

「コール様が目を覚ましてくれなければ、ワタシたちはどうしたらいいのですか?」

 

ソフィアの呟きに、ビッティもまた悲しそうな声を上げた。

 

 

―――

 

一方、外では奇怪な出来事が起き始めていた。魔障壁の崩壊により、これまで侵入を阻まれていた魔法生物たちが、四方八方からラフィーアフーシェに押し寄せてきたのだ。島は一気に混乱に陥り、住民たちは恐怖に包まれた。

マーシャとソフィアはすぐさま現場に駆り出され、警備兵たちと共に魔法生物の襲来に対応した。街中では火の玉のような魔法生物が暴れ、海岸沿いでは獰猛な水棲生物が群れを成して押し寄せていた。

 

「数が多すぎる……これでは埒が明かない!」

 

マーシャが汗を拭いながら叫ぶと、ソフィアが周囲を見渡しながら叫び返した。

 

「ですが、ここで食い止めないと住民たちに危険が及んでしまいます!」

 

二人は懸命に戦ったが、終わりの見えない戦いに、疲労が容赦なく襲いかかる。

 

そんな状況が続くこと四日目。突如として魔法生物たちは潮が引くように去っていった。警備兵たちは唖然とし、マーシャとソフィアもその光景を信じられない思いで見つめた。

その理由は、間もなく明らかとなった――魔装騎士テリオスがラフィーアフーシェを救うために現れたのだ。彼の桁外れな戦闘力と比類なき継戦能力を前に、魔法生物たちは退散を余儀なくされたのだった。

 

「フッ、私たちでは時間稼ぎにしかならなかったな」

 

マーシャはその場に崩れ落ち、ソフィアも肩の力を抜き、大きく息を吐いた。

 

島内が平穏を取り戻し、ようやく時間ができた二人は、病院で眠り続けるコールの元へと向かった。扉を開けたその先には、安らかに眠るように横たわるコールの姿と、彼を見守るように寄り添うビッティがいた。

 

「ワタシがワガママを言ったばかりにコール様が……」

 

ソフィアの声は静かに室内に響き、マーシャもまた無言でコールの顔を見つめた。

病室の扉が静かに開いた。

入ってきたのは一人の男――腰まで伸びる黒髪、血の気が感じられない白い顔、深い青の瞳を持つ長身の男だった。どこか非現実的な美しさを湛えたその姿に、マーシャとソフィアは息を呑む。

 

「き、貴様は――」

 

「テリオス先生!?」

 

驚愕に目を見開く二人をよそに、テリオスと呼ばれた男は無言のままコールのベッドへと歩み寄る。その冷ややかな眼差しが、眠るコールを見下ろした。

 

「いかにも力の使い方を知らぬ()()が、五百年破られなかった魔障壁を打ち砕いたと申すか」

 

低く静かな声が病室に響く。魂の奥底を覗き込むようなその言葉に、マーシャとソフィアは言葉を失った。

 

「コール・バークレイズ――そなたは、余の願いを叶える最後の希望になり得るか?」

 

テリオスの手がコールの露出した胸元に触れる。その瞬間、マーシャは一歩前に踏み出し、鋭い声を上げた。

 

「例えテリオスと言えども、私のコールに手をかければ、ただでは済まない!」

 

その言葉に、ソフィアが慌ててマーシャの腕を掴む。

 

「待ってください、マーシャ!テリオス先生はコール様を助けようとしてくれてるんです!」

 

マーシャの視線がテリオスの動作に向かう。確かに、テリオスの手のひらから白い光が溢れ出し、それがコールの胸元に穏やかに吸い込まれていく。

テリオスは光を注ぎ込む手を止めることなく、静かに言葉を紡いだ。

 

「骨肉を蝕む黒きヒールライト、これもまた因果か」

 

白い光はしばらくの間、コールの肉体に吸収され続けた。そしてやがて、テリオスは手を離し静かに踵を返すと病室から立ち去ろうとする。

 

「テリオス先生!」

 

ソフィアが思わずその背中に声をかける。

 

「コール様を助けるために来てくださったのですよね?」

 

扉の前で立ち止まったテリオスは振り返ることなく、低い声で答えた。

 

「おかしなことを申すな。余が馳せ参じたのは、ラフィーアフーシェを救うため。その少年は――ついでだ」

 

マーシャは腕を組み、冷静な口調で問いかけた。

 

「ラフィーアフーシェを救った英雄に苦言を呈するのも癪だが、ここに来るまで時間がかかりすぎでないか?」

 

鋭い指摘に、ソフィアもすぐに相槌を打つ。

 

「そうですよね。確かテリオス先生が住む『聖者の塔』から『ラフィーアフーシェ』までは、空を飛べる魔法使いなら二時間程度で来れる距離のはずです」

 

二人の視線がテリオスに集中するが、彼は冷ややかな表情を崩さず静かに答えた。

 

「余も暇ではない。そなたらがラフィーアフーシェを訪れた日、余は『アハトナ魔法王国』の建国記念式典に招待されていてな。その折、ラフィーアフーシェの魔障壁崩壊の報を耳にしたのは既に二日が経過してからのことだ。あとは説明せずともわかるであろう」

 

ソフィアが驚いたように声を上げる。

 

「『アハトナ魔法王国』って、『古の都アイザール』のちょうど裏側にある国ですよね?しかも、他国の上空を通過するにはいくらテリオス先生と言えども煩雑な手続きを要するので、海側から迂回してきたはずです」

 

その言葉を聞いたマーシャが息を呑む。

 

「まさか……テリオスが地球の裏側からたった一日でラフィーアフーシェに辿り着いたと?」

 

テリオスは軽く肩をすくめるように言った。

 

「寝る間も惜しみ、飲まず食わずでラフィーアフーシェに駆けつけたのだ。だが、アイザール騎士学校の生徒には余を労う気持ちが足りぬようだな。シェイドとアビゲイルは教え子たちを甘やかしすぎているのかもしれぬ」

 

その言葉に、ソフィアは少し気まずそうな表情を浮かべつつ小さな声で尋ねた。

 

「あの……ビーちゃんのことは……」

 

テリオスは振り返ることなく短く答える。

 

「ビーちゃん?……むっ、ビッティのことか。他言はせぬ。島の者たちに見つからぬように気をつけるがよい」

 

その言葉にソフィアはほっと息をつき、深々と頭を下げた。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

テリオスは部屋を出る前に一瞬だけ足を止め、静かに言葉を残した。

 

「その少年が目覚めたなら、一つ言伝(ことづて)を頼む。余はしばし魔障壁の陣を再構築するため一日だけラフィーアフーシェに滞在する。夕暮れ時、船着き場にて待つ」

 

それだけを言い残すと、テリオスは無音の足取りで部屋を後にした。その姿が完全に見えなくなった時、マーシャとソフィアはどっと息を吐き出した。病室には静寂が戻り、ただコールの穏やかな寝息だけが聞こえていた。

テリオスが去って数分後、病室の空気が静けさを取り戻した頃、コールがゆっくりと目を開けた。彼は周囲を見渡し、困惑した表情を浮かべる。

 

「ここは……ラフィーアフーシェの病院か?」

 

マーシャが安堵の息を吐きながら答える。

 

「ああ。魔障壁を崩壊させたことは覚えているか?」

 

コールはしばらく考え込むように眉をひそめ、首を振った。

 

「俺が魔障壁を崩壊させた?マーシャがつく嘘にしては大袈裟だな。でも確かにラフィーアフーシェに突撃してるところから、全く記憶がないんだよなぁ」

 

コールの言葉に、マーシャとソフィアは内心でテリオスに感謝しつつも、この状況がもたらす変化に戸惑いを隠せなかった。

コールのために簡単な食事が運ばれると、マーシャはコールの口にスープを流し込む。

ソフィアも手伝おうとするが、

 

「ソフィアはリンダ所長に用があるんだろう?あとは私が見るから先に行っててくれ」

 

マーシャの気遣いにソフィアは頷き、部屋を後にした。

 

 

―――

 

海を一望できる別の病室に入ると、カーテンが揺れる心地よい風とともに、奥のベッドで点字の書物を読む老婆の姿が目に飛び込んできた。彼女の白く濁った両目が、その視界が既に失われていることを物語っていた。

 

ソフィアは緊張した面持ちで口を開く。

 

「リンダ所長、ですよね?」

 

老婆はゆっくりと顔を向け、微笑むように口角を上げた。

 

「どちら様かね?」

 

「は、はじめまして。アイザールから参りました。ソフィア・ラヴューと申します」

 

リンダは手を止め、少し肩を震わせて笑う。

 

「そんなに畏まらなくてもいいんだよ。それに見ての通り、両目が見えなくてね。研究所の仕事もとうの昔に手を引いたのさ」

 

「そ、それじゃあリンダさん?お体の方は……」

 

「大病を患ってしまってね、風前の灯火というところかね。こうやって顔を見にくる客もめっきり減ってしまったよ。ソフィアといったか?手を握っておくれ」

 

ソフィアはそばの椅子に腰を下ろすと、そっとリンダの手を握った。指先はかすかに冷たかったが、その握力には不思議な温もりと力強さがあった。

 

「まあ、随分と苦労してきた生き方をしてきたんだね」

 

リンダはじっとソフィアの手を握りながら語り出す。

 

「こんな傷だらけで、涙で肌を濡らした手を触るのはテリオス様以来だよ。でも、いい手だ。温かくて優しいだけじゃない。弱き者を守る意志と、弛まぬ向上心、そして一途な愛。名は体を表すとはまさにこのことかね」

 

占い師のようなリンダの言葉に、ソフィアは顔を赤らめ、声を上ずらせた。

 

「そ、そんなことまでわかるんですか?」

 

「無駄に長く生きているとね、知りたくないことも手に取るようにわかるものさ。歳を取るというのは、幸せを感じる機会が増えるのと同時に、罪を増やすことでもあるんだよ」

 

「でも、リンダさんはテリオス様の手を触ったことがあるんですか?」

 

リンダは懐かしむように微笑み、頷いた。

 

「そりゃあ沢山あるさ。ひんやりとした手だったが、その内に秘めた底知れぬ力強さがあった。それでいて、生きとし生けるものを統べる覚悟を纏った志が、肌を通じてひしひしと伝わってきたよ」

 

「それって……私の手の感触とは全然違うような気がするんですが」

 

「ふふふ、そうかね?」

 

リンダは肩を揺らし笑う。

 

「どうも歳を取ると人と話すのが心地よくて、いい加減なことも口走ってしまうのさ」

 

ソフィアは少し気まずそうに視線をそらしながら呟く。

 

「あの……一途な愛のことは誰にも言わないでくださいね?」

 

リンダはその言葉に微笑みを浮かべ、静かに答えた。

 

「わかっているよ。私だって、恋の一つや二つはしてきたからね」

 

一瞬、リンダの表情が遠い過去を見つめるようなものに変わった。

 

「わたしが奴隷だった頃、テリオス様が手を差し伸べてくれてね。それ以来、憧れに似た感情を抱いていたよ。ずっとそばで支えていれば、いつか振り向いてくれるなんて浅はかな考えだったさ」

 

「リンダさんも元奴隷だったんですね」

 

「こりゃまた驚いた、お前さんと私は似た者同士だったとは……かつて奴隷だったこと。片想いしている男がいること。そして、その男には別の好きな女がいることも一緒なんてね」

 

「……テリオス先生には恋人がいたんですか?」

 

リンダはからかうような笑みを浮かべて答えた。

 

「さあ、どうかね。五百年も生きていれば、妾の一人や二人は――」

 

「あんまり聞きたくない噂話なので、話を変えましょう!」

 

ソフィアは慌てて声を上げ、話題を変えるように問いかけた。

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