治癒魔法が制限された世界で   作:公私混同侍

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テリオスの願い

 

「テリオス先生の願いが……『死ぬ』こと?」

 

コールの声は、驚きと困惑に満ちていた。

目の前の魔装騎士――テリオスはゆっくりと頷く。その表情には、長い年月を耐え抜いてきた者にしか持ち得ない深い憂いが浮かんでいた。

 

「五百年という時の重さは、余にとってあまりにも耐え難い苦痛であった」

 

テリオスの声は静かだったが、その一言一言が深く突き刺さるようだった。

 

「その重荷を取り払える人物。五百年前、余が構築した魔障壁に風穴を開けた希有な人材。それこそ余が求めていた『死を賜る』ことのできる唯一の希望なのだ」

 

「テリオス先生は……死にたいっていうのか?」

 

コールは理解が追いつかず、必死に言葉を探した。

 

「でも、シェイドのおっさんやアビちゃん先生はどうするんだ?先生のことを『師匠』って呼ぶくらい慕ってるんだぞ?」

 

「シェイドもアビゲイルも、余の胸の内を知ることはない。それはこれからもだ」

 

テリオスの目がわずかに伏せられる。

 

「打ち明けたとしても、自害すらさせてもらえぬだろう。そなたしか知り得ぬ情報を余は与えた。余は期待しているのだ。そなたの中に渦巻く無限の可能性を――それが余の唯一の希望だからだ」

 

コールの心は混乱していた。死を望む師の言葉は、理解できるものではなかった。だが、同時に、テリオスの真剣さが痛いほど伝わってくる。

 

「……その前に教えてくれ」

 

コールは意を決して口を開いた。

 

「俺たちはエンジェルライトについて知りたくて、アビちゃん先生に会いに行ったんだ。アビちゃん先生が『お師匠様は産みの母を持たない。蘇生魔法によって産み出された』って言ってた。でも先生たちの話を聞くと、何が正しくて何が間違ってるのか、もうわからないんだ」

 

「先ほども申したように蘇生魔法なるものは、この世には存在しない。それと余は、そなたと同じ人の子だ。アビゲイルは心遣いから、そなたらに吹聴したのであろう」

 

テリオスは静かに首を振った。

 

「余がエンジェルライトを継承し、その副次的な現象として不死の体に変貌したのだ。それが真実である」

 

彼の言葉には疑念の余地がなかった。だが、それだけでは終わらない。テリオスはさらに言葉を続ける。

 

「アビゲイルがそなたらに不確実性に欠ける情報を与えたのは、エンジェルライトの真実から遠ざけようとしたためであろう。長い年月をかけて歪められた噂を信じ、憶測で足を踏み入れれば、グレイ・ベンヒュッテルのような哀れな結末を迎えることになる。それだけは避けたかったのだ」

 

「グレイ・ベンヒュッテル……」

 

コールはマーシャの父の名を繰り返した。恐るべき結末に至った者の一人。その悲劇を回避するための嘘だったのか。

 

「それじゃあ、シェイドのおっさんもアビちゃん先生も、エンジェルライトのことは何も知らなかったってことか……」

 

コールの声は震えていた。師や仲間への信頼が揺らぎ始めていたのだ。

しかし、テリオスの瞳には、揺るぎない一筋の光が宿っていた。

 

「それは重要ではない」

 

テリオスの言葉が静かに響く。

 

「重要なのは、そなたがこれからどうするかだ――コール」

 

その問いに、コールは答えられなかった。中には、疑問と葛藤が渦巻く。

 

「俺には……俺には先生を殺すなんてできない」

 

夕暮れの空の下、コールは絞り出すように声を上げた。

 

「先生がいなくなったら悲しむ人がいる。その人の顔を思い浮かべるだけで、胸が苦しくなるんだ。先生の苦悩は俺には到底理解できない。でも……それでも先生には生きていてほしい」

 

コールの言葉は震えていたが、確固たる意思が宿っていた。

 

「テリオス先生は俺の、俺たち騎士の憧れなんだ。魔法使いとしても、魔装騎士としても。そんな先生の背中を追い続ける人たちの道しるべであり続けてほしいんだ!」

 

しばしの沈黙が流れた後、テリオスは低い声で問いかける。

 

「そなたは、余の願いを拒むというのか?」

 

「先生……俺には無理だよ……」

 

コールの答えに、テリオスの瞳が冷たく光を帯びる。

 

「そうか。ならば、そなたの心を変える他あるまい」

 

その言葉とともに、テリオスの姿がふっと消えた。その瞬間、背後からうめき声が聞こえる。

 

「ぐっ!?」

 

振り返ったコールの目に飛び込んできたのは、地面に膝をつくマーシャの姿だった。

 

「マーシャ!?」

 

「ミラージュライトで島民に成りすまし、聞き耳を立てるとはな。ベンヒュッテルの名が泣く」

 

テリオスは低くつぶやきながら、マーシャの肩を押さえて動きを封じる。

 

「先生、やめてくれ!マーシャをどうするつもりだ!?」

 

しかし、テリオスの目はコールの叫びを無視して冷徹なままだった。

 

「マーシャ・ベンヒュッテル、そなたの父と同じ末路を辿りたいか?――そなたらにはもう一人仲間がいたな。ソフィア・ラヴューと申したか。溢れ出す魔力が隠し切れていない」

 

その言葉に、テリオスの指先から輝く閃光が奔った。次の瞬間、物陰に潜んでいたソフィアの身体が緊縛され、姿を現す。

 

「っ……!」

 

ソフィアが声を漏らす中、テリオスは二人を静かに見下ろした。

 

「もし余の願いを叶えぬと申すのなら、この二人の命を奪う。さあ、コール・バークレイズ、余の最後の夢を叶えると申してみよ!」

 

マーシャがかすかな笑みを浮かべた。

 

「……フッ、最強の魔装騎士と謳われた男も、地に堕ちたものだな」

 

挑発的な言葉に、テリオスは表情一つ変えず応じる。

 

「易い挑発に乗る余ではない。そなたらの命は余が握っていることを、ゆめゆめ忘れるな。少年の命は一年も持たぬ。選択の余地はないのだ」

 

冷たい声が響き、二人の運命がコールの選択に委ねられることを告げた。その瞳の冷徹さが、言葉に隠された真意を一層深く感じさせた。

 

「マーシャとソフィアは関係ない!先生、正気に戻ってくれ!」

 

コールは声を震わせながら叫んだ。だが、その願いも虚しく、テリオスの瞳には冷たい光が宿ったままだった。

 

「正気……か」

 

テリオスは静かに言葉を紡ぐ。

 

「余は既に壊れているのだ。感情も、思考も、この時代に取り残された遺物と化した。そなたが余の首を刎ねることでしか、余はこの世への未練を断ち切ることができぬ」

 

「そんな……今すぐ答えなんて出せない……」

 

コールの言葉に、一瞬の静寂が訪れた。テリオスはしばらく彼を見つめ、静かに息をついた。

 

「決断を急かすのは酷であろう。ならばしばしの猶予を与える」

 

その声には、どこか諦めに似た感情が滲んでいた。しかしテリオスの言葉の終わりに、残酷な現実が伴っていた。

 

「だが、そなたの身体は崩壊を始めようとしている。時間が惜しい。猶予は三日だ。その間に答えを示せ」

 

テリオスは手を掲げ、空を指差した。

 

「余の所有物である『聖者の塔』の先に、山々が連なっている。その頂に『ゼクシェリオンの祭殿』がある。そこが余の死に場所だ。逃げることは許さぬ。そなたらに魔力が流れる限り、余はどこまでも追い続ける」

 

その宣言と共に、テリオスの掌が静かに空を描いた。すると大地が震え、島全体を覆う巨大な魔障壁が再構築され始める。

 

「間もなく、島の魔障壁の修復は完了する。そなたらは一刻も早く、ここを立ち去るがよい。ビッティが外へ出られるうちにな。最後に一つ、ミラージュライトはそなたらに預ける。悪用せぬように」

 

次の瞬間、マーシャとソフィアを拘束していた魔法が解け、二人は地面に倒れ込んだ。

 

「行け」

 

テリオスの声は低く響き、これ以上の会話を拒絶していた。

マーシャとソフィアはコールを支えながら、一目散に船へと向かった。夕日はすでに沈み、夜の帳が静かに島を包んでいた。月が雲間から顔を覗かせ、冷たい光が三人を照らしていた。

船の上、ソフィアが静かに問いかける。

 

「ワタシたちは、これからどうすればいいのでしょう?」

 

だが、コールは何も答えなかった。ただ握りしめた拳が震えているのが見えた。遠ざかる島を見つめるその瞳には、深い迷いと覚悟が入り混じっていた。

 

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