治癒魔法が制限された世界で   作:公私混同侍

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揺らぐ思い

 

ソフィアは小道の入り口で立ち止まり、規制線越しに見える「魔封じの洞窟」をじっと見つめていた。以前のブロッケンとの戦いで崩落した出口は、未だ修復されておらず、通行禁止の札が掲げられている。洞窟の周囲では、通行人たちが迂回路を探しながら困惑した表情を浮かべていた。

 

「魔法使いのワタシは『魔封じの洞窟』に入ることすら許されないんですけどね……」

 

ソフィアは独り言を呟きながら、洞窟脇の狭い小道に目を向ける。足元に伸びるその道は、周囲の草木に隠れ、ほとんど人の手が入っていない様子だった。

 

「コール様とマーシャは、こんな道を二人で通ったんでしょうか?スティルアケイオがいれば、『亡者の深林』までひとっ飛びなのに……」

 

ソフィアが一歩踏み出そうとしたその瞬間、背後から足音が聞こえてきた。振り返ると、そこには洞窟の管理者であるシェイドが立っていた。

 

「あの二人に迂回路の最短経路を教えてやったが、日が沈むまでに『亡者の深林』を抜けるかどうかはアイツら次第だな」

 

シェイドの表情は苦々しく、彼の目には迷いのようなものが浮かんでいる。

 

「シェイド先生……コール様とマーシャはスティルアケイオに乗って『ゼクシェリオンの祭殿』に向かったんじゃないんですか?」

 

ソフィアが問いかけると、シェイドは短く鼻を鳴らした。

 

「オレが師匠から受けた命令はひとつ。『コールが来たら必ず道を開けろ』ってことだけだ。それに今はバンを休ませている。かれこれ丸一日、瓦礫の運搬をさせちまったからな」

 

「でも、マーシャも一緒だったんですよね?」

 

「マーシャの父親であるグレイを、オレは救えなかった。罪滅ぼしとは言わねぇが、友人を救えなかったオレにできるのはこれぐらいしかねぇ」

 

「それならワタシも行かせてください!」

 

「オメェまで行かせちまったら、オレは責任を背負い切れねぇんだよ」

 

ソフィアはシェイドの強硬な態度に気圧される。

 

「悪いが、『命令に従えない者は始末せよ』って師匠から厳命されている以上、この先を進ませるわけにはいかねぇ」

 

「そ、そんな……」

 

ソフィアはシェイドの言葉に絶望し、思わず後ずさった。彼の放つ敵意は鋭利で、まるで肌を刺すようだった。

そのとき、耳をつんざくような声が洞窟の上から響き渡る。

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

驚いて声のする方を見ると、一人の女性が『魔封じの洞窟』を単騎で飛び越えてきた。その姿を認めた瞬間、シェイドの険しい表情がわずかに緩む。

 

「アビゲイルか。オメェ、何しにきやがった?」

 

アビゲイルはシェイドを一瞥し、髪をかき上げながら言い放った。

 

「あんたが女々しいことばっかり言ってるから、説教しに来たのよ」

 

「師匠の命令を忘れたのか?コール以外の人間を『ゼクシェリオンの祭殿』に近づけるなって言われてんだろ」

 

シェイドの声には苛立ちが含まれていたが、アビゲイルは鼻で笑った。

 

「だったら何よ?あんたなんか、マーシャに余計な気遣いをして無条件で通したくせに。贖罪だかなんだか知らないけど、私情を挟んで優柔不断な判断をしたってお師匠様に知られたら、三賢人の地位を剥奪されるんじゃない?」

 

「オレにとって三賢人であることは、大して重要じゃねぇ。重要なのは、自分が正しいことをしたかどうかだ」

 

「それなら私は、私の正しいと思ったことを貫くだけ」

 

アビゲイルの瞳には揺るぎない自信が宿っている。

だが、シェイドは引き下がらない。彼の目が鋭くアビゲイルを射抜く。

 

「テメェ……セインフェノメナーをどうした?」

 

その問いかけには怒気が込められていた。彼はアビゲイルが『魔封じの洞窟』を超えてきたことに、不穏な予感を抱いていた。

 

「セイちゃんがどうしたっていうの?」

 

アビゲイルは小首をかしげ、無邪気に答える。

 

「まさかコールに足を与えたんじゃねぇだろうな?」

 

シェイドの声は低く、張り詰めた空気が場を支配した。

アビゲイルは一瞬だけ間を置き、口元に薄い笑みを浮かべた。

 

「あはっ、半分正解ってとこね」

 

「チッ、舐め腐った真似しやがって」

 

シェイドが吐き捨てるように言い放つ。その目は怒りに燃え、全身から抑えきれない魔力が漏れ始めていた。

そのやり取りを見ていたソフィアは、疑問を口にする。

 

「セインフェノメナーって、コール様に嫌悪感を抱いていましたよね? 素直に背中に乗せてもらえるとは思えないんですが」

 

アビゲイルは肩をすくめて微笑んだ。

 

「さすが将来有望な魔法使いね。いい質問よ。答えは簡単なんだけど、マーシャをセイちゃんが乗せて、コールにはスティルアケイオに化けてもらったわ。それにセイちゃんの脚力なら険しい崖でもすいすいと駆け上がっちゃうんだから、スティルアケイオにだって追いつけるわ」

 

「なるほど……でも、コール様の魔力だけで『ゼクシェリオンの祭殿』までたどり着けるのでしょうか?」

 

ソフィアの問いに、アビゲイルは自信たっぷりに答える。

 

「それなら大丈夫。セイちゃんの魔力供給範囲は上空まで及ぶから、枯渇する心配はない。洞窟を迂回すると二日はかかるけど、セイちゃんがいれば半日で着いちゃうわ。ちゃんと私だって考えてるんだから」

 

その言葉が、シェイドの怒りに油を注いだ。彼の全身から放たれる魔力が空気を揺らし、周囲の空間が歪むほどの威圧感が生まれる。

 

「テメェら……死んでも恨むなよ」

 

シェイドの声は低く、冷たい殺意が込められていた。

だが、アビゲイルは動じることなく彼の前に立ちふさがる。

 

「上級騎士より上級魔法使いが上ってことを思い知らせるいい機会ね」

 

そして、彼女はソフィアの方を振り返り、真剣な表情で語りかけた。

 

「ソフィア、腹を括りなさい。シェイドはお師匠様の思いと己の信念の間で葛藤してる。もがき苦しんでいるのは私も同じなの」

 

ソフィアは息を飲み、その場に立ち尽くした。アビゲイルの瞳には揺るぎない覚悟と、どこか自分と似た苦悩が浮かんでいた。

 

「だからソフィアは――あの男の目を覚まさせてあげて」

 

その一言に、ソフィアは強く頷いた。彼女の中で迷いが吹き飛び、震えていた手はしっかりと握り締められた。

 

「魔法使い二人が相手となりゃ、魔法の無駄打ちは命取りだな」

 

シェイドはそう言い放つと、わずかな間も与えずアビゲイルとの距離を詰めた。

 

「魔力をできるだけ使わず、それでいて真っ先に狙いを定める。近接戦闘持ち込まれたら、こっちが圧倒的不利ね」

 

アビゲイルは火の魔法を即座に発動させた。燃え上がる無数の火球がシェイドに向かって放たれる。シェイドは軽々とした身のこなしで火球を避けるが、アビゲイルの行動は攻撃だけではなかった。

 

「そんなに距離を詰められるのが嫌か?」

 

「嫌に決まってるでしょ。むさ苦しい男は嫌いなんだから」

 

アビゲイルが突風を巻き起こすと、シェイドを押し返した。猛烈な突風はシェイドの体を容易く吹き飛ばす。

 

「グッ……!?」

 

「今よ、ソフィア!――」

 

シェイドを挟み込むように回り込んでいたソフィアは水の魔法を繰り出す準備を整えていた。そして、アビゲイルの合図に応じ水鉄砲のような弾丸を打ち出す。だが、背中を向けたままのシェイドは空中で体を捻り、剣を投げつけた。

 

「ダメ!逃げて、ソフィア!」

 

アビゲイルの叫びも、その瞬間にはもう遅かった。

シェイドが投げた剣は稲妻を帯び、ソフィアの足元に突き刺さる。剣から放たれた電流が地面を伝い、ソフィアの体を貫いた。

 

「うっ……!?」

 

ソフィアは地面に膝をついたまま動けなかった。身体中に走る痺れが、ソフィアの意思に反して立ち上がることを許さない。そんな彼女のもとへ、アビゲイルが素早く駆け寄る。その手が優しく彼女の肩を支えた。

 

「ソフィアが火の魔法を扱えないことを忘れてたわ」

 

アビゲイルの声には、わずかな後悔が滲んでいた。

 

「それにしてもシェイドのヤツ、私に狙いを定めたと見せかけて、ソフィアから排除しようなんて随分狡い真似してくれるわね」

 

「以前、オレのバンに手痛い一撃を食らわせてたからな」

 

シェイドは冷ややかな声で返す。彼の手には再び、魔法で呼び寄せた剣が握られていた。

 

「その借りを返させてもらった」

 

ソフィアは浅い呼吸を繰り返しながら顔を上げた。アビゲイルの支えに感謝を込めつつ、唇を噛み締める。

 

「大丈夫、ソフィア?」

 

「……痛みには慣れてます」

 

ソフィアの答えは静かで力強かった。

 

「これぐらい何ともないです。それに……コール様やテリオス先生の苦しみに比べたら、ワタシの苦痛なんて些細なことですから」

 

その一言が放たれた瞬間、場の空気が一変した。シェイドとアビゲイルの表情が微かに青ざめる。その変化にソフィアは気づき、目を細めた。

 

「どうしたんですか?」

 

ソフィアは鋭い目で二人を見据えた。

 

「先生たちはテリオス先生が抱える苦悩をご存じじゃなかったんですよね?」

 

シェイドは少しだけ視線を落とし、乱れた衣服を整えながら低い声で答える。

 

「オレたちに直接相談されたことはなかった」

 

シェイドの声には、どこか遠い記憶を掘り起こすような響きがあった。

 

「だが、投棄されたヒールライト、エドガーの研究、そしてミラージュライトの発明……それら点を結んで一本の線にすれば、自ずと師匠の胸の内が見えてくる」

 

アビゲイルもその言葉に同調するように、口を開いた。

 

「お師匠様の体が不死であることは、羨望や嫉妬をその身に受け続けなければならないということでもあるのよ」

 

アビゲイルの瞳には、深い憂いが宿っていた。

 

「五百年も生きていたら、興味や関心が薄れていくのは当然のこと。希望や愉悦に未来が溢れているのなら、お師匠様だって孤独や絶望を抱くことはなかったのかもしれない」

 

その言葉に、ソフィアは鋭い目をアビゲイルに向ける。

 

「それじゃあ、先生たちは……テリオス先生が死にたがっていることをご存じだったんですね?」

 

静寂が場を支配した。ソフィアの問いに、シェイドもアビゲイルも言葉を返さない。ただ、互いに視線を交わそうともせず、顔を背ける。その仕草が、何よりも彼女の疑問に対する答えを物語っていた。

 

「師匠がエドガーを野放しにしていたのは、魔法生物を使った実験をさせるためだけじゃねぇ」

 

シェイドの低い声が、張り詰めた空気をさらに重くする。

 

「確実に息の根を止める毒性を持つ物質を作らせるためだ」

 

その言葉に、ソフィアの記憶が呼び覚まされる。聞き覚えのある名前が脳裏をよぎった。

 

「ブロッケンですね?」

 

ソフィアは震える声で口を開いた。

 

「確か……二回毒を打ち込まれると、確実に死に至るってエドガーさんが仰っていました」

 

シェイドは視線をアビゲイルに投げる。彼女もそのまなざしに応じるように話を続けた。

 

「お師匠様がエドガーに、あらゆる生き物の命を奪える毒を作らせた理由、ソフィアにわかる?」

 

「も、もしかして……」

 

ソフィアの瞳が揺れ動く。脳裏に浮かんだ推測を言葉にするのが恐ろしく感じられた。

 

「エドガーに作らせた毒を……お師匠様自身に使って、自らの命の火を消し去るためよ」

 

アビゲイルの言葉は、鋭い刃のようにソフィアの胸を刺し貫いた。

 

「でもアビゲイル先生は、以前お会いした時……」

 

ソフィアは必死に言葉を紡ぎ出した。

 

「『お師匠様がどうしてあんな如何わしい研究に目をかけたのか、理解が追いつかないわ』って仰っていましたよね?」

 

「知ってたとしても、あんたたちをこれ以上、面倒事に巻き込むわけにはいかなかったのよ」

 

その声には、かつて感じたことのないほどの疲労と後悔が混ざっていた。

 

「だから知らないフリをして、お師匠様から遠ざけようとした。でも結果的には逆効果になってしまったわね」

 

「テリオス先生がブロッケンの毒が完成したことを知っていたのなら、過去に自らの体内に毒を投与したということですか?」

 

ソフィアの素朴な疑問が静寂を破った。その問いに、シェイドは鼻で笑いながら答えた。

 

「師匠が黙って毒を仰ぐのを見ているほどオレたちだって馬鹿じゃねぇ」

 

その声には、どこか冷笑が混じっているが、その実、激しい感情が潜んでいるのがわかった。

 

「もし毒を仰いだとしても、アビゲイルがセインフェノメナーを引き連れて治療しちまう。オレだって血眼になって解毒剤を探し出すぜ」

 

シェイドの師匠を思う言葉に、アビゲイルも負けじと口を挟む。

 

「けれどセインフェノメナーはお師匠様の命令には絶対服従なの。だからワタシが解毒するように命じても言うことを聞かないわ。そんな時のために、セイちゃんの角から作った解毒剤を用意してるの」

 

ソフィアは二人のやり取りを聞きながら、ふと別の疑問が浮かんだ。

 

「じゃあ、テリオス先生はブロッケンの毒で命を断つことを諦めたんですか?」

 

その質問に、シェイドは少し遠い目をして答える。

 

「オレたちの必死の説得と熱意で、師匠は考えを改めてくれたんだ。それにあの時、アビゲイルは師匠に抱きつきながら、迷子の子供みたいに泣きじゃくっていたからな」

 

「そ、そんなことソフィアの前で話す必要ないでしょ!」

 

アビゲイルは顔を赤くして叫び返す。

その様子に、シェイドは口元に笑みを浮かべた。けれど、ソフィアはそのやり取りの裏に隠された深い絆を感じ取った。師匠の力になりたいという二人の想い――それがどれほどのものか、言葉の端々から伝わってきたのだ。

 

「お二人とも、本当にテリオス先生のことを大切に思っているんですね」

 

「師匠はコールに命運を託そうとしている。いかに未知の力を秘めたコールと言えども、騎士と魔法使いの頂点に立つ師匠に太刀打ちできるとは思えねぇ。それでもテメェはコールの所へ向かうのか?最初の標的がテメェになるかもしれねぇんだぞ?」

 

ソフィアはその言葉に一歩も引かず、真っ直ぐにシェイドを見つめ返した。

 

「コール様はテリオス先生の命を奪おうなんて一ミリたりとも思っていません」

 

ソフィアの声は揺るがなかった。

 

「コール様はテリオス先生を奈落の底から救おうとしているんです。それなのに私一人だけがコール様の支えになれないのなら……この世界から消えた方がましです!」

 

その覚悟にアビゲイルが静かに口を開いた。

 

「お師匠様を救えるのは私やシェイドじゃない。ソフィアみたいに生きることに希望と夢を持った子たちじゃないと、お師匠様の心は動かせないのかもね」

 

アビゲイルの言葉を受けても、シェイドの態度は変わらなかった。むしろ険しさを増しているように見える。

 

「三人がかりでも、師匠に触れることもできやしねぇ。それに師匠には――」

 

その言葉を遮るように、ソフィアが一歩前に出た。

 

「お願いします、シェイド先生!」

 

ソフィアの声は震えていたが、それ以上に強い決意が感じられた。

 

「スティルアケイオを貸してください!」

 

シェイドの表情が険しいものから驚愕へと変わる。

 

「なんだと……?」

 

「私はアビゲイル先生のような一流の魔法使いになりたいんです。そのためには、大切な人の幸せを守れる人間でありたい。だから、お願いします!」

 

その熱意に、シェイドの目が一瞬だけ揺れた。逡巡する彼を横目に、アビゲイルがそっとソフィアの傷を治療する。

 

「そこまで言うのなら、示してみな」

 

しばらくの沈黙の後、シェイドが口を開いた。

 

「アビゲイルの力を借りず、己自身の力でオレを退けてみろ」

 

治療を終えたアビゲイルがソフィアの背中をポンと押した。その眼差しには優しさと期待が込められていた。

 

「アビゲイル先生、ありがとうございます」

 

ソフィアは振り返らずに答える。その声には並々ならぬ思いが滲んでいた。

 

「私、絶対にアビゲイル先生のような立派な魔法使いになってみせますから」

 

前を向いたソフィアに、シェイドは薄く笑いながら挑発的に告げる。

 

「一発でもオレに当ててみな。テメェはオレと同じ中級の魔法使いだ。それぐらい簡単だろ?」

 

その言葉に、ソフィアは力強く大地を踏みしめる。瞳に宿るのは恐れではなく、燃えるような決意だった。

 

「シェイド先生に、私の全力をぶつけます!」

 

 

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