使用人が背筋を正しコールたちを見据えた。
「もし舘を取り巻く喧騒を御三方が消し去って頂けるのなら、中をご案内致します。ただその前に『証』を拝見させて頂けますかな?」
『証』とは騎士や魔法使いなどが持つ証明書のようなものだ。といっても書類ではなく一目で身分を証明できる代物だ。
マーシャは中級騎士の証である平たい四角の形をした銀の塊を見せた。
ソフィアは中級魔法使いの証である平たい三角の形をした銀の塊を見せた。
コールは中級騎士の証と下級魔装騎士の証を見せた。 中級騎士の証はマーシャと同一の物だが、下級魔装騎士の証はメダルの形をしており銅でできている。
「ほお、コール・バークレイズ様というのですね?魔装騎士の証は初めて拝見致します」
「なんで俺の名前を知っているんだ?」
「お前は馬鹿か?証に名前が彫られているからに決まってるだろ」
「ふふふ、コール様、可愛い」
コールたちのやり取りを見ていた使用人の表情が緩む。
「ワタクシはこの館で使用人を務めております。パウルと申します」
三人はパウルに中へ招かれた。
館の中へと案内されると、重厚な扉が静かに閉じる。中は外観とは対照的に厳かな雰囲気が漂っている。壁には古びた絵画や彫刻が並び、時代を感じさせる品々が整然と並べられていた。赤絨毯が敷かれた床には、歩くたびに柔らかな感触が足元を包み込み、ランプの薄明かりがコールたちの影を揺らめかせている。
コール、ソフィア、マーシャの三人は、しばしの間、言葉を交わさぬまま歩み続ける。パウルの表情は、何かを秘めているような不気味さを感じさせる。
「立派な舘だ。手入れも行き届いている」
マーシャが呟くように言うとソフィアも同意するように頷いた。
「はい、何かが隠されていそうな雰囲気ですね。油断は禁物です」
パウルはそのやり取りを楽しむように見守りながら、静かに口を開いた。
「ご安心ください、皆様。ご主人様はこの舘の安全を守るためにワタクシを雇っております。とはいえ、この場所には古くからの秘密が多く存在しておりますので、何卒ご理解いただければと存じます」
その言葉にコールが口を尖らせる。年を召したパウルを見た目で判断しているようだ。
「さて、まずは応接室へお通しいたします」
パウルが言うとコールたちはその後ろに続いて歩き始めた。
三人はパウルの案内で応接室へと踏み込んだ。そこは、屋敷の中でもひときわ豪華な装飾が施された部屋だった。壁には繊細な織物がかけられ、床には厚手のカーペットが敷かれている。中央には重厚な木製のテーブルがあり、その周囲にはしっかりとした作りの椅子がいくつも並べられていた。部屋の奥には暖炉が火を灯し、心地よい暖かさを部屋全体に広げていた。
「なあ、あれって……」
コールが暖炉の上を指差す。マーシャとソフィアが視線を移すと目を見開いて驚嘆の声を発した。
「これはヒールライト!?」
「パウルさんの話は本当だったのですね。ですが、魔法使いや魔装騎士以外の所持は禁止されているはずです。舘のご主人はそのことをご存じなのでしょうか?」
パウルは乾いた笑い声を出した。
「ヒールライトは希少価値が高く、市場には出回らない物だとお聞きしております。ご主人様がどのような経緯で宝石商の方と取引されたか、詳しいことまでは存じ上げません。しかし、所持を許されないとなるとワタクシとしても目を瞑るわけにもいきませんな」
三人は眼前に佇むヒールライトに頭を悩ませた。
ヒールライトが生まれた理由は医者と医療に従事する者たちの権利を保護するためだ。魔法を使える者が治癒魔法を会得すると医者や看護師を目指す者が減っていき、医療技術は衰退し医学は軽視されるようになった。更に治癒魔法を蘇生魔法へと発展されるのを恐れた医学者たちは研究者や権力者たちに働きかけ、制限されるに至ったのである。
蘇生魔法は人類の尊厳に関わる問題であり、発明はおろか使用に関しても全面的に認められていない。
「俺たちが勝手に持って帰るわけにもいかないよな」
コールがマーシャの顔色を伺う。
「当たり前だ。大金を積んで買い取るならまだしも、所有者に黙って持ち出すなど話がややこしくなるだけだ」
「それに今のワタシたちにヒールライトを買い取れるような大金なんて用意できません。やっぱり館のご主人を問い質すしかないのでしょうか?」
「主人とやらに直接尋ねるのが筋だな。しかし、当の本人は外出していたのだったな」
マーシャが冷静に状況を整理する。
「しょうがない。ここで待たせてもらうしかないか」
コールが置かれていたソファに座る。
パウルが静かに口を開いた。
「ご主人様がこのヒールライトをどのように手に入れられたのかについて、実はわたくしにも少しばかり情報がございます。ただし、情報をお渡しする前に、皆様には館の一つの問題を解決していただきたいのです」
「問題ですか?」
ソフィアが眉をひそめる。
パウルは一瞬ためらった後、静かに頷いた。
「はい、実はこの館には最近不可解な現象が相次いでおります。夜になると誰もいないはずの廊下で足音が聞こえたり、物が勝手に動かされた形跡があるのです」
「そいつは魔法生物の仕業か?」
コールが興味津々で聞く。
「断定はできませんが、魔法生物の可能性も排除できません。それが何であれ皆様のような腕利きの冒険者が解決してくださるなら、ご主人様も安心してヒールライトについてお話ししてくださることでしょう」
パウルは真摯な表情で答えた。
「つまり館の怪異を解決すれば、ヒールライトの謎について知ることができるんだな?」
マーシャが確認するように言うとパウルは静かに頷いた。
「その通りです。もしお引き受けいただけるのであれば、わたくしも可能な限りお手伝いたします。いかがでしょう?」
ソフィアは少し迷った後、マーシャとコールの顔を見て最後にしっかりと頷いた。
パウルが館内の案内するため応接室を出ようとした瞬間、上の階から鋭い音が響いた。ガラスが割れる音だ。三人は一斉に顔を見合わせ、すぐさま身を翻して音の発生源を確認するために階段を駆け上がった。
「何だ、誰か侵入してきたのか?」
コールが息を切らしながらつぶやく。
「どうやら執務室の方から聞こえたようです」
パウルが答えるとは即座に行動に移った。
執務室に到着すると、部屋は何事もなかったかのように静まり返っていた。ただ、ひとつだけ異変があった。窓ガラスが大きく割れ、風が吹き込んでカーテンを揺らしている。何かが侵入した痕跡が明らかだった。
「この気配、誰だ?」
マーシャが低く警戒の声を発した。
その時、部屋の隅で微かな動きがあった。三人が目を凝らすと、暗がりの中から姿を現したのは、二足歩行で歩く猫のような生物だった。顔は鼻から額まで黒いマスクのような模様で、鼻から下が茶色い毛並みをしている。しかし、その眼は異常なまでに知性を感じさせ、ただの猫とは明らかに違う。
「顔の二色の模様は魔法生物のミルタンです!二足歩行で歩くのはツーバイリードだけではないんですよね。見た目が愛らしくて、頭の回転も速いのがミルタンの特徴ですよ」
ソフィアは目を輝かせながらコールに向かって解説する。
「うっ、俺すばしっこいヤツ苦手なんだよな」
コールがマーシャに目配せする。
その時、ミルタンは執務室の椅子に飛び乗る。肩ひじをつき不敵な笑みを浮かべた。
「貴様、目的はヒールライトか?残念だが、この部屋には置いてないぞ」
マーシャが剣の柄に手をかける。
「そうニャのか。ここにヒールライトはニャイのニャニャ」
「す、凄いです!人間の言葉を話す魔法生物は初めてです!」
ソフィアが感激のあまり飛び上がる。コールの顔が更に引きつる。
「コール、猫が苦手なのは分かるが相手は魔法生物だ。何を仕掛けてくるかわからん。ソフィア、やる気がないなら出てけ」
マーシャがソフィアを一喝するとミルタンが机の上で仁王立ちしている。手にはトライアングルを持っていた。
「何をする気なんだ?」
コールが身構えるとマーシャが声を張り上げた。
「耳を塞げ!」
ミルタンがトライアングルを爪で弾く。鋭い音が空気を裂き部屋中に響き渡る。三人の表情は苦痛に歪み膝をついた。
「超音波を生み出す魔法……だと……!?」
マーシャが顔をしかめる。ミルタンの攻撃は音波を使い三半規管を狂わせ、平衡感覚を奪うという厄介な魔法だった。コールもソフィアも目が回り、立ち上がることすらままならない。
「魔装騎士をなめるなよ!」
コールは必死に頭を振り、意識を集中させた。そして水の魔法を発動した。耳の中に水を溜め音を遮断する。
「よし!動ける……!」
コールが息を切らしながら叫んだ。
一歩前に出ると素早くミルタンに向かって駆け出した。
「ニャぜ効かないのニャ!?」
ミルタンは再びトライアングルを鳴らそうとしたが、その瞬間にはすでにコールの影が間近に迫っていた。彼は飛びかかるようにミルタンに掴みかかり、その小さな体を一気に押さえつけた。
「捕まえたぞ……黒マスク!」
コールは力強くミルタンを押さえ込んだ。
ミルタンは抵抗しようと鳴き声を上げた。トライアングルは匍匐前進で近づいていたソフィアに奪われる。
「おかしい。貴様は何故二階の執務室から侵入した?」
マーシャが問いただすと、ミルタンは息絶え絶えに口を開いた。
「俺様のニェらいはヒールライトを奪うための時間稼ぎニャ。今頃俺様の忠犬が――」
「ドロボウ猫が時間稼ぎをしてただって?そんな言葉信じられると思うか?」
コールがミルタンの首根っこを掴んで揺さぶる。
「忠犬……はっ、もしや!?」
「た、大変です!応接室の方から魔法生物の気配を感じます!それにパウルさんもいません!」
マーシャとソフィアは顔を見合わせると急いで一階の応接室へ向かった。