扉を開けると、そこには荒れ果てた光景が広がっていた。床にはガラスや陶器の破片が散乱し、壁には破れた絵画がぶら下がっている。まるで何かが暴れ回ったかのようだった。
「見ろ、あそこだ」
マーシャが指を差す。その先には屋敷の使用人パウルが床に押さえつけている犬型の魔法生物がいた。牙を剥き出しにする生物は、首元に鈴がついたツーバイリードだ。
「パウルさん!無事ですか?」
ソフィアが駆け寄る。
「なんとか……」
パウルは額に汗を浮かべながらも必死にツーバイリードを抑え続けていた。
「お前は執務室に現れたミルタンの仲間だな?」
マーシャが冷静に指摘する。
ツーバイリードの鼻先にはヒールライトが光を放っている。
「どうして魔法生物がヒールライトを狙ったのでしょうか?」
ソフィアがマーシャに問いかける。
「ミルタンとツーバイリードを使役していた人物が今回の事件の黒幕だろう。その飼い主はこの館の構造を把握していた人物。」
マーシャが険しい表情で言う。ソフィアが口に手を当てて驚いた。
「ちょ、ちょっと待ってください!?パウルさんがミルタンとツーバイリードの飼い主だって言うんですか!?」
パウルはツーバイリードを押さえつけながら、さらに口を開いた。
「館の構造を知っているというだけで疑われるのは心外ですな。二匹の生き物についてですが、以前訪れた人物の後ろをついて回っておられたのを存じております。屋敷に出入りしていたのは宝石商の男でした。恐らく彼が操っていたのかもしれません」
「宝石商の男……?」
ソフィアはその言葉に驚き、マーシャと目を合わせた。
「つまり自作自演か。宝石商の男は何かしらの手段を用いてヒールライトを手に入れ、ヒールライトを貴族の主人に売り込み大金を手にした。そして自身が使役する魔法生物を使って館に潜り込み、ヒールライトを奪う算段だったようだ。私たちはまんまと出し抜かれたというわけだな」
マーシャは歯を軋ませる。
「それも気になりますが、早く宝石商の男を捕まえないと今回のような事件がどこかで起きてしまいます。宝石商の男の居場所をミルタンから聞き出しましょう」
ソフィアが決意を込めた声で言った。
パウルはツーバイリードを紐で縛り上げ、立ち上がった。コールが遅れてやってきた。右手にはミルタンがやつれた表情で三人を見ている。
「おやおや?コール様、それがミルタンでございましょうか?」
「ああ、コイツ音を出して攻撃してくるからトライアングルを叩き壊してやったんだ。それに人の言葉を理解できるみたいだから、飼い主の居場所を吐かせよう」
「俺様たちは金に釣られて仕事を受けただけニャ。そんな男、会ったことニャいニャ」
ミルタンは項垂れている。嘘をついている様子はない。
コールがミルタンを睨見ながら問い詰める。
「それにしても変だよな。酒場の野郎はどうして俺たちに嘘の情報を与えたんだ?」
「仕方ありません。これ以上ヒールライトを悪用されないよう私たちで解決しましょう!」
コールを見つめながらマーシャが笑顔で答えた。
「皆様は旅をお続けなさってください。今回の件は全て強盗による犯行としてご主人様と警察にご報告致します」
パウルの提案にマーシャが疑問を呈する。
「しかし、それではヒールライトの問題が残されたままだ。どのような経緯でヒールライトが館の主人の手に渡ったのか聞き出せねばならん」
「それはあなた方の仕事ではないのでは?マーシャ様、ヒールライトの件はこちらにも落ち度があります。その点において警察の判断に委ねるというのが正式な手続ではございませんか?」
「いや、しかし……」
「お気持ちは理解できますが、これ以上皆様方にご迷惑をおかけできません――」
「あのぉ、ちょっといいですか?」
ソフィアが二人の会話に割って入る。
「ツーバイリードが応接室から侵入したとき魔力を感じました。もちろん魔法生物のものです。ですがもう一つ、魔力を感じる人がいました」
ソフィアの言葉にマーシャが目を見開いた。
「ほほ、魔法使い様の目は欺けませんな。ワタクシはアイザール出身の元騎士でございます。今はこのような使用人もとい身辺警護の仕事を生業としております」
「なるほどな。どうりで筋肉が発達した鈴付きを組み伏せられるわけだ」
マーシャがパウルのシャツの間から見える筋肉に納得の表情を浮かべる。
「皆様方は『三賢人』をご存じでしょうか?」
「三賢人?聞いたことあるような……誰だっけ?」
コールがパウルの言葉に疑問を投げかける。
「コール、お前は誰に剣術を教わってきたんだ?」
「コール様、さすがに三賢人を知らないのは恥ずかしいです……」
マーシャとソフィアがコールに冷たい視線を浴びせる。
「三賢人は三人の魔装騎士の呼称ですな。ドライフン出身の上級騎士シェイド。ラフィアフーシェ出身の上級魔法使いアビゲイル。そしてアイザール出身の上級魔装騎士テリオス」
「ああっ!?思い出した!威張り腐ったオッサンとちっこい魔女と青白い肌をした吸血鬼みたいな先生たちだろ?」
「ほほ、コール様は恐れ知らずでございますな。御三方をそのように評されるとは。ですが、世界でたった一人と謳われる上級魔装騎士テリオスは不死の力を持ち、五百年は生き長らえているという逸話があります」
「テリオス先生はいつも聖者の塔の中で暮らしているんですよね。私生活はベールに包まれていて食事を一切取らないって噂なんです。それに学校でたまに姿を見るくらいで先生の凄さを理解できない人がたくさんいるんですよ!」
どうやらソフィアはコールに訴えかけているらしい。マーシャは口をつぐんだまま腕を組む。
「魔装騎士テリオスはヒールライトの産みの親と言われております。もし、皆様方が宝石商の男を追跡する道すがらシェイドとアビゲイルにお会いすることがあれば是非、紹介状を書いてもらうことをオススメ致します」
「紹介状?」
コールの問いにソフィアが苦笑いを浮かべる。
「コール様、ちゃんと騎士学校の授業聞いてました?テリオス先生が住む聖者の塔には魔障壁が張られていて、上級騎士か上級魔法使いしか入れない仕組みになっているんですよ。魔障壁を破るためにはシェイド先生とアビゲイル先生の魔法陣を紹介状に描いてもらうんです」
「よし、そんじゃあ先生たちに会いに行くとするか!」
コールたちは事件の後始末をパウルに任せ館を後にした。宝石商の男の足取りを探す。次なる目的地は港湾都市ドライフンだ。
ドライフンへの道は険しかった。ツーバイの町を後にし、三人が進む先にはそびえ立つ山々が連なっている。その道のりを前にマーシャは胸を張って主張した。
「見るからに険しい山だが、中級以上の騎士や魔法使いであれば入山できる。私とコールは山を越えてドライフンへ向かう。ソフィアは来たくなければついてこなくてもいい」
「ですが山道は危険が多いですよ。天候だって変わりやすいですし、麓を通る下級冒険者ルートで行くのが賢明ではないでしょうか?コール様もそう思いますよね?」
心配性な性格のソフィアも一歩も引かずに意見を返す。
コールがどちらの道を進むかあたふたしていると、ふと視線を向けた先に一人の男が小岩に腰を下ろしていた。かなり落ち込んでいるらしく、深いため息を何度もついている。コールが男に近づき、軽く声をかける。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
男はゆっくりと顔を上げ、少し戸惑いながらも話し始めた。彼の名前はユアン、中級騎士であるらしい。どうやら彼は最近パーティーをクビになったばかりのようだ。
「実は最近女性二人組の魔法使いにパーティーを作らないかと話を持ちかけられたんだ。僕は二つ返事で承諾して、早速装備を整えようと泊まっていた宿屋に向かったら、猿のような姿をした生き物、恐らくチンプだと思うんだけど、ソイツが僕の装備品を物色していたのさ。僕に気づいたチンプは持っていたヒールライトのような石を使って僕に化けたんだよ。信じられない話だと思うが声も姿もまるっきり僕と同じで、ソイツはパーティーを騙した挙げ句、僕を偽物呼ばわりして追い出したんだ」
ユアンが話すその内容に、ソフィアは首を傾げた。
「ヒールライトには治癒能力や魔力蓄積能力があることは知っていますが、人や動物に化けるなんて聞いたことがありません」
ユアンは困惑し、コールも不思議そうに彼を見つめる。マーシャは猜疑心に満ちた表情でユアンを見ている。三人はユアンに同行し、そのパーティーについて探ってみることに決めた。
山の麓を歩き、彼らはしばらく険しい岩場を歩いた。途中、小さな小屋が見えてきたかと思うと、中から言い争う声が漏れ聞こえてきた。
「なんだ?喧嘩でもしてるのか?」
コールが静かに耳を澄まし、小屋の窓から中を覗き込んだ。そこには三人の男女がいた。ユアンがかつての仲間だと指し示すその者たちは、魔法使いと騎士の姿をしている。ユアンに瓜二つの男が手当たり次第に金目の物を小袋に詰め込んでいた。二人の魔法使いが必死の形相で止めているが、偽ユアンは意に介さない。
マーシャが軽く舌打ちをし、ソフィアが険しい表情で息をつく。そしてコールが威勢良く小屋へ足を踏み込んだ。