豆電球の明かりがついた小屋の中で、コールは鋭い視線を向けながら偽ユアンに詰め寄る。その男は冷や汗を流しながら視線を逸らした。だが、共にいた二人の魔法使いは状況が理解できず、困惑の表情を浮かべている。
「その人、魔力の流れが人間のものとは違います!」
ソフィアが鋭く言い放ち、偽ユアンに向かって指を指す。その瞬間、彼女はその体からわずかながら魔力の流入を感じ取ったのだ。人間が放つものとは異なる、独特の魔力の波――それは、魔法生物のものに他ならなかった。
「……チッ、気付かれちまったならしょうがねェ」
偽ユアンの顔がみるみる変化し、ついに真の姿を露わにした。その正体は、猿のような体躯に腰巻をした魔法生物だった。
「やはりチンプだったか」
マーシャがチンプの背後に回り込もうした。
チンプは怯えたように周囲を見回し、次の瞬間、素早く身を翻し出口に向かって走り出す。
「――待て!」
コールが追いかけようとしたが、マーシャが腕を掴んで止めた。
「深追いするな。チンプは姿を変えて私たちに化ける可能性がある。皆が散らばれば奴に利用されるかもしれん」
その警告にコールは一瞬の苛立ちを抑え、足を止めることにした。目の前にある危険に立ち向かうのが自分の役割だと信じていたが、マーシャの冷静な判断に納得せざるを得なかった。
一方、ソフィアは二人の魔法使いに事情を説明していた。しかし、アンヌとセラを名乗る二人の魔法使いは、まだユアンが本人であるという確証がないと頑なに聞き入れないばかりか、コールを自分たちのパーティーに勧誘し始めた。
「お兄さんも騎士なんでしょ?いい体してるじゃん」
アンヌがコールの鍛え抜かれた体を触る。セラもユアンがいるのにも関わらず、
「うちのパーティーに入らない?騎士が足りなくて困ってたの」
わざとがましくコールに接する。
「あはは、気持ちは嬉しいけど俺、あんたたちの仲間になるつもりは――」
苛立ちを隠せないコールの言葉を遮り、マーシャが突如思い付いたかのように提案した。
「それならば、ユアンが本人である証拠――すなわちチンプを捕まえる代わりに、コールを貸し出すというのはどうだ?」
「な、何言ってるんですか、マーシャ!?正気なんですか?コール様を他のパーティーに貸し出すなんて……」
唐突な提案にソフィアは驚愕したが、アンヌとセラは意外にも快く承諾した。
「ワタクシはアンヌよ。よろしく、お兄さん」
「抜け駆けはナシよ、アンヌ。あたしはセラ、今から山に入ってサリュークが体内で生成する蛇燃液(じゃねんえき)を取りに行くつもりだったの。頼りにしてるからね、コール」
アンヌとセラはコールの腕を引っ張り、まるでおもちゃのように引き摺りながら険しい山道へと消えていった。二人の目的は、蛇の姿をした魔法生物サリュークから取れる蛇燃液を手に入れることだった。
取り残されたマーシャ、ソフィア、そして本物のユアンは小屋の中で次の手を考えるが……。
「マーシャ、どういうつもりなんですか?コール様がいなかったらチンプを探せないじゃないんですか?」
「アンヌとセラという魔法使いの女たちは本物のユアンを見ても信じていなかった。このまま六人で行動しても疑心暗鬼に陥るだけだろう。ならば二手に別れて別行動でチンプを見つけ出す他ないと思っただけだ」
「そこまで言うなら、チンプの居場所に心当たりがあるんですか?」
「いや、私にはない。バカ女二人に見捨てられた男以外はな」
ソフィアはマーシャの視線の先を見た。ユアンは死んだ魚のような目で二人を見ている。
「あ、あのユアンさん。元気出してください。きっとアンヌさんとセラさんに信じてもらえる方法があるはずです」
「ところでユアンに聞きたいことがある。チンプが向かいそうな目的地など見聞きしてないか?」
マーシャの問いかけにユアンは何かを思い出したように話始めた。
「あっ、そういえばチンプが『一稼ぎしたらサーカス団に戻らないと』とかブツブツ言ってた気がするな……」
「サーカス団?チンプはサーカス団に所属してるってことでしょうか?」
「可能性は高いな。サーカス団は今、ドライフンに拠点を置いていたはず」
ソフィアがマーシャの言葉を聞いて立ち上がった。
「それならすぐワタシたちだけでドライフンに向かいましょう!コール様を連れ戻すためにも!」
「待て。チンプを探すのは後回しだ」
「どうしてですか?チンプを捕まえてユアンさんが本物であることを証明しないと、アンヌさんとセラさんに信じてもらえないんですよ?」
「わかっている。だが、チンプに変身能力が備わっているのなら人混みの中を探すのは危険過ぎる。もし私たちが追っていることを知ったら、誰かに化けて逃走を図るだろう。それに私たちに化けて犯罪にでも手を染められたら、濡れ衣を着せられる恐れもある」
「それではワタシたちはどうすればいいのでしょう?」
「チンプが変身することを知っているのは私たちだけだ。故にチンプが誰かに化けたとして集団で行動すれば偽物だと看破できる。ユアンの証言からチンプは単独でしか行動できないはすだ。もしサーカス団に加入しているのだとしたら、そんな危険な魔法生物を野放しにしているはずがないからな」
「な、なるほど。チンプはサーカス団の団長の目の届かないところで悪事を働いているというわけですね。それならサーカスの演目と訓練がないタイミングが、チンプが唯一自由に動ける時間帯ということでしょうか?」
「そういうことになる」
「それとワタシからユアンさんに確認したいことがあるんです。アンヌさんとセラさんのことなんですが、お二人は中級の魔法使いなんですよね?」
「ああ、大人の色気ムンムンのアンヌと可愛い小動物系のセラに誘われたらどんな男でも断れないよ……ってそんな話じゃなかった。二人は火以外の魔法を操るって聞いたよ。確か中級の魔法使いは三つの属性を扱えるんだったよね。凄いなぁ、魔法使いって」
マーシャとソフィアは顔を見合わせる。ユアンは上の空だ。
「アンヌさんとセラさんはサリュークの恐ろしさを理解していないみたいです」
「ユアン、良かったじゃないか。もしあのまま山に入っていたら、お前がサリュークの撒き餌として二人の魔女に利用されていたんだ。フフ、コールに感謝するんだな」
「えっ、ええ!ど、どういうことか説明してくれぇ!?」
ソフィアがわかりやすく解説した。
「サリュークは見た目が太陽のように赤く、黒い斑点が全身に見られ、その姿から『太陽の使い』なんて呼ばれているんです。そして全身から放熱し、その温度は最大千度まで上昇すると言われてるんですよ」
ソフィアの説明にユアンはガタガタ震え出す。
「せ、千度って……そもそもアンヌとセラは日焼けするのが嫌だって理由で火の魔法を扱わないって話してくれたんだ。それに水の魔法があればサリュークぐらい――」
「甘いな。サリュークに水の魔法を打てば、たちまち蒸発して周囲が白い煙幕に覆われる。視界が悪い中、不意打ちを受ければどうなるかぐらい想像がつくだろう?」
マーシャの指摘にユアンが反論する。
「で、でもいくら筋肉を鍛えたからって千度の熱を浴びたらコールだってひとたまりもないだろう?」
マーシャとソフィアの表情が緩む。ユアンはその様子にキョトンとしている。
「コール様には火の魔法が効かないんです。それに魔装騎士ですからね」
「ソフィア、説明がなってないぞ。私のコールは火と水が扱える下級魔装騎士でもある。通常の魔装騎士は魔法生物の特徴に合わせて戦闘スタイルを変えられる。しかし、コールは防御に特化した戦闘スタイルしか持ち得ていない。簡単に言えば魔法を盾に変えて戦えると言うわけだ。つまり火と水に対して耐性を持っている。こういえば後はわかるな?」
「火と水の耐性だって……!?」
ユアンは驚きのあまり椅子から転げ落ちた。