小屋で今後の計画を立てていたマーシャ、ソフィアそしてユアンの三人は、突如ユアンの要望により話を打ち切ることになった。マーシャからコールには火と水の耐性があると聞かされ、ユアンはそれを自身の目で確かめたいと言い出したのだ。その言葉に驚きながらも、マーシャとソフィアは一度チンプ探しを中断し、コールたちを尾行することにした。
一方その頃、険しい山道を進んでいたコール、アンヌ、セラの三人は、『太陽の使い』と呼ばれるサリュークを探す。彼らが探し求めているサリュークという魔法生物は、その体から採れる「蛇燃液(じゃねんえき)」という体液を体内で作り出す。蛇燃液は空気に触れるだけで発火するという極めて危険な物質だ。中級以上の魔法使いと騎士でなければ持ち運ぶことができない。
山の中腹に入ったころ、コールは二人に問いを投げかけた。
「アンヌとセラはサリュークを探してんだろ?それなら火の魔法は当然使えるんだよな?」
アンヌとセラは顔を見合わせ、意外な答えが返ってきた。
「どうかしら、ね。火は危険でしょ?私は日焼けしたくないし、それに肌にも良くないのよ。サリュークが放熱する時の温度は千度に達するって噂だし、私たちの水の魔法さえあれば火なんて大したことないわ」
アンヌが何気なく肩をすくめると、セラも頷いた。
「うちが付き合ってた男たちは、ほとんど火の魔法使いだったの。でもみんな、どこかしら性格に問題があった。強引だったり、怒りっぽかったり……火を扱う男たちはどうも不安定なのよ。コールは魔装騎士なんでしょ?」
「まあ下級止まりなんだけどな。それに火と水しか使えないしさ」
「ふふふ、それじゃあ正式に私たちのパーティーに入ってくれたら、火遊びを教えてもらおうかしら?」
「ちょっと、アンヌ!抜け駆けはズルい!コール、この女外見でしか男を判断しないから気をつけて。うちの方が男をみる目はあるんだから」
二人のやり取りにコールは戸惑いを隠せなかったが、その瞬間、どこか遠くから「ザザッ」という微かな物音が聞こえてきた。反射的に振り向くと、崖の上をゆっくりと這うように進む蛇の姿が視界に入った。
「あれがサリュークか?想像よりデカいな」
コールは息を呑み、目を凝らした。崖を滑るように移動するその生物は、全身が太陽のように赤く黒い斑点がまさに太陽の黒点を表現している。『太陽の使い』の呼び名に恥じぬ、その熱量に風をまとっているかのように見えた。気配を消し周囲を警戒する素振りも見せずに、静かに岩場を登っていく。
「見つけたわ――」
アンヌが小さく息を漏らし掌をサリュークに向ける。
意気込んでサリュークに向かって水の魔法を放った瞬間、セラの声が制止するように響いた。
「水の魔法は闇雲に放つのは危険――」
だが、時すでに遅くサリュークの体に大量の水が浴びせられると、その水が瞬く間に蒸発し、白い煙が立ちこめていった。辺りは瞬時に視界が奪われ、白い煙幕に包まれる。
「蛇ヤロウ、どこに行った……!?」
サリュークは周囲の水分を蒸発させて煙幕を作り出し、獲物の動きを封じて捕らえる習性がある生き物だった。煙幕に囚われ二人の魔法使いは自分の魔法が仇となったことを悟るも、対処する術もなく混乱するばかりだった。
コールは動けなくなった二人の様子を冷静に見つめ、煙幕越しにサリュークの動きに神経を研ぎ澄ませる。だが突然、煙幕が不気味に赤く染まり熱風が三人を襲った。
「きゃあぁぁぁッ!?」
アンヌとセラはしゃがみ込み、恐怖で体を震わせている。コールは素早く二人の前に立ち、火の魔法で全身を覆い全身で迫りくる熱風を受け止めた。炎のように肌を焼く熱風に耐えながらも、火の魔法でサリュークの熱を相殺しようと試みた。
アンヌとセラは着ていたマントが焦げる程度で済んだが、コールの顔や手足は火傷で皮膚が爛れている。痛みに顔を歪ませながらも剣を握り直す。
「サリュークは黒点のような模様が弱点だってソフィアから聞いてたんだが、あんたらは下調べもせずに山に入ったのか?」
コールはアンヌとセラに冷たく言い放った。
「俺も勉強は得意じゃないが、魔法使いならもう少しお互いを知る努力をした方がいいんじゃないか?騎士を使い捨てにしてたら、誰からも必要とされなくなるぞ」
「こ、これは手違いよ!本当なら私とセラの二重魔法で動きを止めるはずだったのよ!」
「うちのせいだっていうの?タイミングを合わせようって作戦を立てたのはアンヌじゃない!」
コールはため息をつき二人を宥める。
「おい、喧嘩してる場合じゃないだろ!もうすぐ煙幕が晴れる。そしたらアンヌが俺に水の魔法をかけてくれ」
アンヌは困惑した表情を浮かべた。
「どうしてよ?あなた魔装騎士なんでしょ?水の魔法で剣を覆えば、サリュークなんて簡単に切れるはずじゃない」
コールは苦笑いを浮かべ、淡々と答えた。
「俺の水の魔法は防御に特化してんだ。魔力も少ないし、不器用だから斬撃に転化できなくてさ。悪いが、セラがサリュークの動きを止めてくれ。もちろん黒点目掛けてな」
「アンヌ、コールの言う通りにしよう。四の五の言ってる余裕はないよ」
セラはサリュークの黒点に狙いを定め水の魔法を鉄砲のように放った。サリュークは怯んだのか動きが鈍くなる。アンヌはその隙にコールの剣を水で覆った。
コールは声を張り上げながら、サリュークの胴体に向かって一気に剣を振り下ろした。身体は二つに分かれ頭の部分だけ崖を駆け上っていった。
「ふう、これで目標は達成だな」
コールは火傷した部分を軽く抑え、アンヌとセラに笑顔を見せた。
サリュークの尻尾の部分から蛇燃液を取り出すとアンヌが小瓶に入れる。セラが残った体液をコールにお裾分けした。
「俺がもらってもいいのか?」
「もちろん、助けてもらったお礼だから気にしないで。それと――」
セラがヒールライトを取り出しコールの爛れた皮膚を癒す。
「なんだか色々と悪いな」
コールは照れくさそうに笑った。
「ふふふ。コールみたいな身体を張って守ってくれる騎士なら信じてもいいかな、なんて」
セラは頬を赤らめながらヒールライトを照らし続ける。二人の間に心地よい沈黙が流れ、温かな雰囲気が漂い始めた。
だが、その束の間の静寂を打ち破るように、岩陰から飛び出すように現れたマーシャが二人を見下ろす。
「コール、目標は果たせたようだな」
マーシャの冷たい視線にコールは面食らった。さらに、その後ろからユアンとソフィアも現れ、二人とも冷ややかな目で彼を見つめている。
「な、なんでマーシャたちがこんな場所にいるんだ!?チンプを探しに行ってたんじゃないのか?」
コールは驚いたように言った。
「チンプを探す前にユアンが『お前の力を見てみたい』と言い出してな。それでコールたちを尾行していたというわけだ」
マーシャが涼しい顔で応じる。
ユアンは腕を組んでコールに近づき、
「防御に特化した魔装騎士なんて初めて出会ったよ。魔法使いの試験は火、水、風、雷のうち二つを習得するだけで合格できると聞いていたけど、どうやって受かったのかちょっと気になっていたんだ」
コールは苦笑しながら肩をすくめる。
「俺も自分に魔法使いの才能がないのは分かってたさ。でも、ソフィアに教えてもらった火と水だけはどうにか発動できるように練習したんだよな。試験の時は耳に水を溜めて、指の爪に火を灯して胡座をかいてたら合格したぞ」
その言葉を聞いてユアンもアンヌもセラも、ただ唖然とするばかりだった。想像以上にコールの試験突破が奇妙で、なんとも言えない空気が流れる。
ソフィアが目に涙を浮かべながら、コールの傷を心配そうに見つめ静かに諭す。
「コール様、いくら火に耐性があるとはいえ無茶し過ぎです。体だって火傷だらけになっていたんですよ」
「中級の騎士と魔法使いが六人揃っているとはいえ、山奥での長居は危険だ。小屋まで戻った方がいい。それに火の魔法が使えない魔法使いが二人もいれば、足手まといになるだけだからな」
マーシャが吐き捨てるように言い放つと、アンヌとセラはバツの悪そうな顔をしていた。
こうして六人は一旦小屋へと戻ることを決め、山を下った。