治癒魔法が制限された世界で   作:公私混同侍

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港湾都市ドライフンの狂騒

 

小屋の前まで戻った一行が、いつの間にか日が沈み始めていることに気づいた。ソフィアが不安そうに周囲を見回す。

 

「この小屋って元は誰か住んでたんですよね?勝手に出入りしたら、ワタシたちも強盗扱いされちゃいますよ?」

 

すると、マーシャが冷ややかな表情で一言。

 

「元々、強盗みたいに押し入っていたのはあのバカ女二人と化け猿だっただろう。私たちが巻き込まれる筋合いはない。だが、ユアンはどうするつもりだ?魔法使いの女たちと再びパーティーを組むのか?」

 

ユアンが眉間にシワを寄せて悩む中、アンヌとセラがそっと彼に歩み寄った。

 

「疑って悪かったわ、ユアン。蛇燃液さえ手に入れられればパーティーなんてどうでも良かったの。でももしよければ、もう一度チャンスをもらえないかしら?」

 

セラも小さく頷きながら続ける。

 

「アンヌとうちの魔法だけじゃサリュークを仕留められない。だから騎士が必要だったの。利用してるように見えたのわかってる。これじゃお詫びにもならないけど、どうかもう一度やり直せないかな?」

 

贖罪の思いを込めて二人が気持ちを伝えると、ユアンが照れ隠しもせず顔を赤らめ、

 

「ぼ、僕で良ければパーティーに入れてください!可愛い女の子たちと冒険するのが僕の夢だったんです!」

 

と勢いよく返した。

そんな彼を見て、マーシャとソフィアは呆れたようにため息をつく。

一方、セラはコールに向かい少し微笑んで言った。

 

「コールのお陰で、目が覚めたよ。ありがとう。それで、チンプを探すんだよね?」

 

「ああ、どうやらマーシャとソフィアが手掛かりを掴んだみたいだからな。早く見つけないと厄介ごとが増えちまう――」

 

コールがいい終える前にマーシャが割って入った。

 

「化け猿探しは私たちがする。ユアンたちは当分ドライフンには近づかないでもらおう。もしチンプがお前たちの誰かに化けでもしたら、見分けがつかなくなるからな」

 

「それなら仕方ないか。アンヌ、それでいいよね?」

 

アンヌも頷いた。

別れ際、セラはコールにいたずらっぽく微笑み、

 

「じゃあね、コール。次会う時はうちと二人きりで静かな場所でデートしよう、なんてね」

 

冗談ともつかない口調で言う。

その瞬間、マーシャの目に一瞬だけ鋭い殺気が宿る。

 

「セラという女は、まったく油断も隙もないな」

 

ソフィアもふくれっ面でコールの手を引く。

 

「コール様、早くドライフンに向かいましょう!このままだと日が暮れて宿に泊まれなくなってしまいます!」

 

こうして、コールはマーシャとソフィアに引っ張られながらユアンたちと別れを告げた。

次なる目的地は港湾都市ドライフン。

 

夜の帳が降りた港湾都市ドライフンは静寂に包まれている。海面は穏やかに揺らめき、港に停泊中の貨物船はひっそりとした静けさが漂っている。香ばしいスパイスの香りが漂い、風がそれを街中に運ぶたびに、通りの人々が鼻をくすぐられた。

どこかの異国で焼かれた陶磁器は、店先で宝石のように並べられ、食器や花瓶を眺める観光客たちの目を引いている。昼間であれば新鮮な果物や魚介類が山積みにされた市場に冒険者や地元の人々が集まり、活気あるやりとりが行われていた。彼らの目は、どれも異国情緒あふれる品々に輝いている。

そして、街の中心広場。ここには街一番の名物である魔法生物のサーカスが開かれていた。色とりどりのテントの中からは笑い声や歓声が響き、鱗や毛皮をまとった魔法生物たちが宙を舞ったり、炎を吹いたりして観客を魅了している。会場の明かりが夜空にまで届き、まるで星々が地上に降りてきたかのような幻想的な光景を作り出していた。

遠くから訪れた観光客たちはサーカスの一幕に息を飲み、街を行き交う様々な人々がこの異世界的なエンターテインメントに惹き込まれていく。

 

港湾都市ドライフンに辿り着いた三人は、夜も遅いため宿屋探しに奔走していた。だが、ようやく見つけた宿は古びた造りで、風呂もトイレも汚れが目立つ。部屋の壁には隙間風が冷たく吹き込み、電球は点滅を繰り返し、部屋全体が薄暗いままだった。

ソフィアはその薄暗い部屋で小さく丸まり、持ってきた毛布にくるまっている。見かねたコールが、道中で買った蝋燭を取り出し、火を灯そうと手をかざした。蝋燭の揺らめく光が暖かさをもたらし、少しだけ場の空気が柔らかくなる。

 

「そういえばソフィアも火の魔法が使えないんだったな。まったくバカ女二人と同じ魔法しか使えんとは、コールがいなかったらお前はただのお荷物だ」

 

マーシャが皮肉を交えながら言い放った。ソフィアはしょんぼりとしながら蝋燭に掌を向ける。

 

「マーシャ、ソフィアは奴隷の時のトラウマで火が苦手なんだ。火を起こすだけなら俺がやるからさ」

 

しかし、マーシャの苛立ちは収まらない。

 

「お前もお前だ。私という女がいながらセラという女狐に鼻の下を伸ばすとは、呆れて物も言えん」

 

「セラは蛇燃液を分けてくれて、傷も治してくれたんだ。感謝の一言ぐらい伝えたっていいだろ?」

 

しかし、マーシャの顔には苛立ちの色が消えない。彼女の心に渦巻く感情は、鈍感なコールには理解できないものだった。不穏な空気が三人の間に流れる中、夜はしだいに更けていき、やがて外は朝の光を帯び始めた。

ドライフンの夜が明け、三人はチンプを探すべく宿屋を出発した。手がかりを求めて潜り込んだのは、サーカス団の拠点。広い敷地内には、キリンや象、そして獅子といった魔法生物たちがいる。その多くは恐ろしい姿をしながらも神秘的な輝きを纏い、不気味でありながらも圧倒的な存在感を放っていた。

 

「ワタシ、チンプの居場所わかるかもしれません」

 

静かに周囲を観察していたソフィアが、ふと口を開いた。

 

「そこまで断言するということは、それなりの根拠があるんだろうな?」

 

マーシャが興味深げに詰め寄ると、ソフィアは説明を始めた。

 

「魔力の流れには個体差があるんですが、人間の場合は血液の流れのように一定の動きをしています。でも魔法生物の場合、波のように引いては返し、返しては引いて動と静がはっきりしているんです」

 

「それくらいならコールでも分かりそうなもんだが?」

 

マーシャの問いかけにコールは首を激しく横に振る。

 

「無茶言うな。俺は魔装騎士であって魔法使いじゃない。そんな芸当ができるのはソフィアぐらいだぞ」

 

「ならばソフィアに任せるのが得策か。コールと私はチンプを待ち伏せるしかできんが、おびき寄せられそうか?」

 

ソフィアは少し自信なさげに頷いた。

 

「自信はありません。でも、頼られたからにはやり遂げてみせます!」

 

「その前に一つだけ取り決めをしたい。ソフィア、耳を貸せ」

 

マーシャが耳打ちをすると、ソフィアは嬉しそうな表情を浮かべ団員たちが集まる稽古場へと駆けて行った。見送るコールが不安げに問いかける。

 

「ソフィアを一人で行かせていいのか?もしチンプがソフィアに化けて帰ってきたら、俺たちでも見分けられないぞ」

 

「それなら問題ない。私たちは先回りして待つだけだ」

 

その言葉に納得できぬまま、コールはマーシャの後についていく。

 

 

―――

 

一方、稽古場に忍び込んだソフィアは隠れ場所を見つけ、周囲の団員に紛れ込む。彼女は柱の陰で小さく息をひそめながら団員たちの動きを観察していた。

 

「普通に考えれば団員に化けるメリットはないですよね……」

 

小声でつぶやく彼女の視線の先に、団員を集めて指示を出している団長らしき男がいた。

 

「あれが団長さんでしょうか?よく聞こえません……」

 

団長が話を終えると、彼女の方に向かって歩み寄る。

 

「あのぉ、すみません。」

 

「むっ、なにかね?ワシは忙しいのだが……」

 

「お時間は取らせません……あれ?この人の魔力の流れって……」

 

「ワ、ワシの顔に何かついているのかね?」

 

団長の男が少し不機嫌に言葉を続ける。

 

「今日は訳あって午前中のみ稽古をする予定だ。用がないならさっさと立ち去ってもらいたい。小娘如きを相手にしているほど、ワシも暇ではないのでな」

 

「今日の稽古は午前中でお休み?魔力の流れが人間のものと違う?――はっ!?」

 

ソフィアの疑念が確信に変わる。表情が一瞬で強張った。

 

「あ、あなたチンプですね!?団長に化けて稽古を抜け出そうなんて、そうは行きません!」

 

ソフィアが風の魔法を使って団長の動きを封じようとした瞬間、団長は驚いた様子で動きを止めるが、すぐに姿が変わりチンプの姿に戻った。

 

「ど、どうしてバレたんだァ!?」

 

「待ちなさい!」

 

ソフィアは叫び、逃げ出すチンプを追いかける。出口へ向かうと、コールとマーシャが既に待ち構えていた。しかし、その場に映る光景にコールとマーシャは呆然とする。

なんと、そこにはソフィアが二人いるのだ。

目の前に現れた二人のソフィアを前に、コールとマーシャは思わず身を硬くしていた。剣を構えることすらできないでいる二人に、片方のソフィアが祈るように両手を組み切実な声で訴える。

 

「ワタシが本物なんです!信じてください!」

 

もう片方のソフィアはじっと目を閉じたまま微動だにしない。その様子を見たコールはマーシャに目を向けて囁いた。

 

「マーシャ、これがチンプの力なのか?見た目も声もそっくりじゃないか……?」

 

マーシャは慎重に答える。

 

「チンプそのものに化ける力はない。何か得体の知れない力が作用している可能性がある。下手に動けば奴の罠にかかるかもしれんな」

 

一歩ずつ二人のソフィアに向かって進む二人。緊迫した空気の中で、静かに鼻で笑う音が聞こえた。それはマーシャからだった。

 

「本物であろうと偽物であろうと、私のコールに指一本触れさせはしない。覚悟はできているんだろうな?」

 

マーシャは剣を構え、ゆっくりと鋭い目で二人を見据えた。そんなマーシャの行動に、コールは焦って手を挙げる。

 

「待て!正気か、マーシャ!?加減を間違えれば、本物のソフィアまで傷つけかねないぞ!」

 

「フフ、ならば一つだけ試してやる。本当にコールを想っているのなら簡単な質問に答えられるはずだ」

 

マーシャはゆっくりと剣を収め、二人のソフィアに問いかける。

 

「コールの本当の名前を正確に答えてみろ。奴隷時代からこの男と公私を共にしたソフィアなら、考えるまでもないはずだ」

 

その言葉に、片方のソフィアが一瞬たじろいだ。だが、それだけではなかった。もう片方のソフィアも沈黙を続けている。

 

「う、嘘だろ……どっちも偽物なのか?」

 

コールが頭を抱えたその時、沈黙を守っていたソフィアがボソリと囁いた。

 

「コール様……コール・バークレイズ様はマーシャ・ベンヒュッテルの恋人……」

 

その言葉を聞いた瞬間、マーシャは再び剣を抜き放った。その鋭い音に驚いた片方のソフィアが突然姿を変え、今度はコールの姿に化けてみせる。

 

「くっ、今度は俺に化けやがった!それにしても……俺って、あんなにブサイクなのか?」

 

「ボサッとするな、コール!化け猿を逃がせば、もうチャンスは巡ってこない。ここで必ず仕留める!」

 

だが、焦るチンプはコールの姿のままじりじりと後退し、ついには隙を見て走り出した。

 

「くそォ、ここでトンズラするしかねェ!この男の姿なら奴らも手出しは――」

 

マーシャは躊躇うことなく剣を投げつけた。宙を切る剣はチンプの背中へと一直線に飛んだ。それを見た本物のソフィアが、風の魔法で剣にさらなる加速を与える。回転しながら飛んでいく剣は、見事にコールの姿をしたチンプの頭部へと直撃した。

倒れ込んだチンプは完全に気絶していた。傍らには見たことのない石が落ちている。マーシャはそれを拾うと鎧の内側にしまった。

 

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