治癒魔法が制限された世界で   作:公私混同侍

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兎と亀

 

チンプを確保したコールたちは人気のない更地に移動した。

ソフィアがロープで括り付けられたチンプに頭の上から水をかける。

 

「ブホッブホッ!?……ゲフ……」

 

水をかけられたチンプがむせながら目を覚まし、怯えた表情で三人を見上げた。

 

「質問に答えてもらおうか。貴様なんだろう?貴様は変身能力を使って宝石商の男になりきり、私たちを貴族の館に誘導した。そしてミルタンとツーバイリードを差し向けた。間違いないな?」

 

マーシャがチンプの肩を揺さぶりながら問い詰めた。チンプは笑みを浮かべ肩をすくめる。

 

「さ、さあ。オレっちには人間の言葉がわからなくて――」

 

「おかしいな。チンプって知能が高いってソフィアから聞いてたんだが、言葉を話せないなら別の方法を考えるしかないか、マーシャ?」

 

「チンプの脳みそは美食家の間では高級食材として重宝されるそうだ。売れそうな部位を掻っ捌いて金に買えてもいいだろう」

 

冷徹な会話を交わすコールとマーシャを前に、チンプの顔はみるみる蒼白に変わっていく。ソフィアは目を背け、耳を塞いだ。

 

「わ、わかったァ!は、話せばいいんだろォ!」

 

足をばたつかせながら、チンプは半泣きで叫んだ。

 

「宝石で身を固めた男が、見るからに高そうな石を目につくような場所に飾ってたから盗んでやったんだァ。そんでオレっちが宝石商の男に成りすまして貴族の男に高値で売りつけたんだよォ。そんな時に思いついまったのよォ。ツーとミルにけしかけて石を盗み出せば、もう一稼ぎできるってなァ」

 

マーシャは眉をひそめた。

 

「ツーとミルというのは、ツーバイリードとミルタンのことだな?同じサーカス団のツーバイリード、ミルタンそしてチンプの三匹はグルだったというわけだ。ヒールライトを盗み出して金に変える。これを繰り返して荒稼ぎする計画だったというわけか」

 

マーシャの追及に、チンプは小さくうなずいた。しかし、コールは疑問を残したままだった。

 

「そうなると酒場の男は本物の宝石商だったってことになるな。たが、どうして鈴付きとミルタンだけが館で鉢合わせたんだ?お前も近くで見てたんだろ?」

 

「そ、それはまさかオメェさんたちがいるとは寝耳に水だったしよォ。それにあのジジイがおめェらと別行動を取って、一階に下りてくなんて予想外の行動は取るしよォ。ツーが石を奪ったら、庭に逃げてオレっちが逃げ道を確保する作戦だったのに……オレっちの計画がオメェさんたちとジジイのせいで全て水の泡さァ」

 

「わかりました!パウルさんが危機を察知して迅速な対応したお陰で、お猿さんの計画を破綻させることができたというわけですね」

 

そう言うとソフィアが手をポンと叩いた。

 

「そういえば、なんでコイツは俺に化けて逃げようとしたんだ?」

 

コールがマーシャに疑問を投げかけた。

 

「本当に鈍感だな、コールは。それはお前が一番よく知っているだろう。私が一芝居打って『私とソフィアにはコールを傷つけられない理由がある』とチンプに先入観を植え付けたんだ。もしチンプがコールに化ければ、無傷で逃げ切れると思わせることができる」

 

マーシャの策略にコールは感嘆の声を上げる。横で聞いていたソフィアが頷きながら続けた。

 

「ワタシがチンプを探し出す前に、マーシャと口裏を合わせていたんです。もしチンプがワタシに化けても『コール様とマーシャの質問には合図があるまで答えない』と。ワタシがすぐに答えてしまうと、チンプの正体を見破るチャンスがなくなってしまいます。でもワタシたちにしか知り得ない情報をチンプに問いかければ、偽物が炙り出されるのは時間の問題ですよね?」

 

「へぇ、あんな短時間でよく考えたな」

 

「それだけではない。最後に保険もかけていたんだ」

 

コールは神妙な面持ちでマーシャを見返しているが、その顔はやや困惑気味だ。どうやら話についていけていないようだ。

 

「チンプに私たちに関する質問を投げかけ、沈黙が続けば怪しまれる確率が高くなる。なれば誰かに化けてでも逃げたくなるだろう。そこで私が一芝居打ってコールに化けるように仕向けた。ここまでならコールでも理解できるはずだ。問題はコールに化けさせた理由だ。それはお前の足が遅いからだ。私が五割のスピードで走っても、お前は追いつくことすらできない。まさかそんな鈍足が役に立つ日が来るとは思わなかったが……」

 

「ふふふ、まさに兎と亀ですね」

 

コールが少しムッとして返す。

 

「俺が亀で、チンプは兎か……これって褒められてんのか?」

 

チンプは何か思い出すかのように口を開いた。

 

「キキキ、確かにオメェさん、やたら身体が重かったなァ。筋肉の鎧をまとってるみてぇでェ、足が重くて進みやしなかったぜェ」

 

チンプまでが指摘するその鈍足ぶりに、コールは怒りを堪えながら拳を握りしめた。

 

「それと貴様に答えてもらわなければならないことが、もう一つある。ヒールライトとは似ても似つかんこの代物は一体何だ?」

 

マーシャは鎧の隙間から取り出した灰色の石をチンプの目の前に掲げた。その石は曇天の空を映すかのように、不気味な光を放っている

 

「そ、それはァ……」

 

「答えられないというのなら、爪の間に剣先を刺し込んでやってもいいんだがな」

 

「ヒ、ヒェァ……わ、わかったよ!オレっちラフィーアフーシェの研究所にいたんだァ。そこの実験動物として飼われてたんだがァ、退屈な生活に嫌気がさしてその石を盗み出したのよォ。その石は『ミラージュライト』って研究所のばあさんが呼んでたなァ。ミラージュライトには自分で見たものに変身できる力があって、オレっちは研究所の職員に成りすまして脱走したのさァ。研究所は人工の島だから、船に乗り込んだのよォ。そこでたまたま居合わせたドライフンのサーカス団に拾われたんだよォ。もういいだろォ?全部話したんだからよォ」

 

コールたちはチンプから得た情報を頼りに、サーカス団の団長の所在についても明らかにした。チンプが悪事を働く際は団長に大量の酒を飲ませ、酔いつぶれたところをベッドにロープで縛り付けて動けなくさせていたという。目覚める時間を見計らってミルタンにロープを解きに行かせ、アリバイ工作をしていたのだ。

 

「せっかくサーカス団に拾ってもらったんだ。真面目にサーカスの練習して、団長さんたちに恩返ししろよ。鈴付きやミルタンだって心配してるだろ?」

 

コールが諭すように言うとチンプはふてぶてしい顔をしながらも、少しだけ目を伏せてぼそりと答えた。

 

「ツーとミルは未だに帰ってきてねェ。団長がツーバイ村の警察署まで向かいに行ってるって聞いたなァ」

 

「あっ、そうか。貴族の館の件で団長が出払っているから、お前がさっきまで好き勝手できてたってわけか」

 

コールたちはチンプを警察署に突き出そうと考えたが、団長の手間が増えてしまうのは気の毒だと感じ、一度サーカス団へ戻すことに決めた。

ミラージュライトはマーシャが管理することになり、三人は今後の方針を検討するため、腹ごしらえを兼ねレストランへ向かう。

レストランに入ろうとすると見知った三人組に遭遇した。

 

「やぁ、コール。それにマーシャにソフィア、元気そうだね」

 

ユアンの穏やかな声に、コールの肩の力が抜けていく。アンヌとセラも一緒のようだ。

 

「あー、コールだ!久しぶり!」

 

セラが声を弾ませ、コールたちの元へ駆け寄ってくる。アンヌが腕を組みながら呆れたように答えた。

 

「セラ、昨日会ったばかりよ?それにしても奇遇ね、こんな場所でチンプ捜索隊に出会うなんて」

 

「チンプの捜索は終わったぞ。まあ、マーシャとソフィアの連携があったからこそだけどな」

 

「やっぱりそういうこと。実は今さっきサーカス団に団長が戻ってきて、団員たちがこっ酷く叱られているそうよ。団員たちは団長自身が練習を中断するよう指示したって主張しているみたいね。町中で色んな噂が飛び交っているわよ。団長が耄碌したんじゃないかってね」

 

「あはは……それはそれで団員たちが不憫だな」

 

コールが苦笑する。だが、マーシャが淡々とした口調で言った。

 

「全て化け猿が招いた種だ。私たちにできるのは悪事の根源を断つことだけだ。今更嘆いたところでどうにかなるものでもない」

 

チンプの顛末を知らないアンヌにコールとマーシャはそれぞれ異なる感情を抱いていたが、そんな中でもソフィアは冷静だった。

 

「ま、まあまあ。ユアンさんたちがチンプを気にせずドライフンを出歩けるようになったので結果オーライです。それにせっかく再会できたんですから、一緒に食事でもどうですか?」

 

ソフィアの提案、マーシャ以外の全員が頷き、思わず顔をほころばせる。しぶしぶといった様子のマーシャも、結局は折れて一同とともに席に着いた。

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