六人はテーブル席に座る。窓側にコール、マーシャ、ソフィアが並び、厨房側にはユアン、アンヌ、セラが腰を下ろしている。豪勢な料理が次々と並べられ、早速注文を重ねていく。テーブルの上には芳醇な香りを漂わせる料理と酒のボトルが並び、活気あるひとときが始まった。
「ソフィアだけお酒が飲めないのね。お兄さん、このコにオレンジジュースをお願いするわ」
アンヌが店員にそう頼むと、セラが楽しそうにサラダを掴んでコールの前に置いた。
「アンヌばかり女子力を見せつけられたら、うちだって――コールにサラダをお裾分けしちゃいまーす!」
だがコールは困ったように鼻を掻きながら笑い、
「お、俺より先にマーシャに分けてやってくれ。俺は自分でやるからさ……」
その様子を横目で見ていたマーシャが、テーブルを爪でトントンと叩く音が聞こえた。
そんな和やかな空気の中、ユアンが唐突に話を振ってきた。
「そういえばコールたちが旅を始めたきっかけって、聞いたことないんだけど……三人はどういう関係性なのかな?」
アンヌが思わずユアンの肘を小突く。だが、セラは目を輝かせて身を乗り出す。
「あれれ〜?もしかしてマーシャとソフィアはコールの恋人だったりして〜」
その一言でテーブルの空気が一変した。コールは一口酒を飲みながら、
「マーシャは俺の恋人だ。ソフィアは昔からの友人で旅を始めたのも、落ち込んでたマーシャを元気づけようと思ったからだ……質問には答えたぞ」
『えぇぇぇッ!?』
ユアンとセラは驚嘆の声をあげる。その横でアンヌは無表情のままステーキを切り分けて口に運んでいた。
「コールとマーシャが恋人って、ソフィアは知ってて一緒に旅を?」
ユアンが問いかけるとソフィアは小さく頷き、オレンジジュースのストローを静かに啜った。
「なんかソフィアが気の毒に思えてきたよ……」
セラはソフィアに同情しつつ楽しげに会話を続ける。
「うちのパーティーから恋人ができたなんて聞かされたら、ずっと三人で一緒にいられる気がしないよぉ。そういえば昨日の夜、アンヌとユアン、二人っきりでどこに行ってたの?まさかデート?」
アンヌがむせ、ユアンが慌てたように目を泳がせる。
「ち、ち、違うよ!?僕は『アンヌは星月夜を眺めながら酒を飲むのが好き』ってセラから聞いたから、ただお酒を持っていってあげただけで……!」
セラが半眼でアンヌとユアンを見つめる中、アンヌが咳払いをし、話題を変えるようにマーシャに向けて問いかけた。
「マーシャってあの騎士御三家のベンヒュッテルのお嬢様なのよね?」
「お嬢様などと言われても皮肉にしか聞こえんな」
「別に他意はないわ。確か、両親は既に亡くなっているのよね?お父様のグレイ・ベンヒュッテルは魔法生物の暴走で、そしてお母様は――」
だが、それ以上の言葉をマーシャが遮った。
「そうだな。それ以上の真実を聞きたいのなら、どちらが先に酔いつぶれるか勝負といこうか。酒好きを称するのなら断れんはずだ」
「正気なの?ワタクシ、上級魔法使いアビゲイルと飲み比べをして互角の戦いを繰り広げたくらいよ。それにアナタが酔いつぶれたら話を聞けないじゃない」
「フン、酒好きの魔法使いなど火の使えないサリュークと同じだ。自信がないなら三人がかりできてもいいんだがな」
「い、言ったわね!セラ、ユアン、アナタたちも加勢しなさい!」
アンヌの指示に、二人も仕方なく杯を手に取った。
その時、マーシャがコールを睨みつけ、
「おい、コール。なに黙々とステーキを頬張ってるんだ?お前も参加するだろう?私を元気づけるために旅に誘った恋人として、格の違いを見せつけてやれ」
「どんな理屈だ!?俺は酒強くないし、そもそもマーシャを旅に誘ったのは――」
その瞬間、マーシャはコールの口に酒瓶を押し込んだ。ストローでオレンジジュースを啜っていたソフィアが思わず小さな悲鳴をあげる中、コールはそのままテーブルに突っ伏してしまった。
飲み比べの末、残ったのはただ一人。マーシャが涼しい顔で勝利の杯を掲げ、静まり返ったテーブルの上でその余韻を味わっていた。
ソフィアはマーシャがトイレに立ったことを確認すると、酔いつぶれた四人にそれぞれが着ていた羽織をかけ少し微笑んで立ち上がった。店内は閉店間近で、店員たちは片付けに忙しそうに動いている。
ソフィアはオレンジジュースを片手に外へ出て、ひんやりした夜風を感じながらベンチに腰を下ろし夜空を見上げた。
一方、トイレに入ったマーシャは小さな光の粒が浮かぶ不思議な輝きに包まれると、彼女の姿はコールへと変わっていった。マーシャはミラージュライトの変身能力を使い、意図的にコールの姿になりきるとそのまま外へ向かった。そしてソフィアの隣に静かに腰を下ろした。
「あれ?コール様、もうお目覚めですか?酔って眠っていたと思ったんですが……」
「あ、ああ。私は――じゃなくて俺はもう大丈夫だ。マーシャに無理やり叩き起こされて、頭がまだクラクラするよ」
「ふふ、マーシャもかなり酔ってましたもんね。でもズルいですよ。ワタシがヒールライトで酔いが回るのを遅くしたから、飲み比べ勝負に勝てたんです。コール様ならそんなズルしませんよね?」
「ハ、ハハ。マーシャにもマーシャなりの考えがあってのことだから……」
マーシャはコールの口調を真似て答えると、ソフィアが疑いの目で見つめる。
不自然な挙動をするコールにソフィアは鼻先まで顔を近づけた。
「なんか今日のコール様、いつもと違うような気がします。いつも顔を近づけると顔を真っ赤にして、距離を取るのに……?」
「あっ、そ、それはたぶん酔ってるから距離感がわからなくなってるんだよ。アハハ」
「コール様はワタシと旅をしてて楽しいですか?」
「えっ?そ、そうだなぁ……」
「やっぱり楽しくないですよね。コール様とマーシャにとってワタシは邪魔者でしかありませんから……」
「そんなことはない。ソフィアは大切な仲間だ。恋人としてはコールが、じゃなくてマーシャが一番。親友としてはソフィアが一番なんだ」
「ふふ、そんな身ぶり手ぶりで表現しなくても、ちゃんと伝わってますよ」
「そ、そうか。それなら良かった……というかこんな話をしにきたわけじゃない。ソフィアに聞きたかったことがある」
「急に改まってどうしたんですか?」
「ソフィアはコールのこと、じゃなくて俺のことどう思ってるんだ?」
「コール様のことは大好きですよ。ワタシが奴隷だった時、身体中が痣だらけで周りから煙たがられても、コール様だけが嫌な顔を一つせず一人の人間として扱ってくれたんです。それだけで生きる希望を持てましたから」
「そうだったな。そんなこともあったな」
「それにワタシが日常的に火を使った虐待を受けてた時も、コール様が魔法使いであるお母様を呼んでくださって、ヒールライトで治そうとしてくださいました。でも断っちゃったんですよね」
「ああ、そんなこともあったな」
「どうしてワタシがヒールライトを拒絶したか覚えてますか?」
「えっ?理由?理由は……そ、そうだ確か傷跡を治してしまうと、新たな虐待を受けやすくなってしまう……とか?」
「ふふ、そんな不安そうな顔しないでください。あってますよ。そんな傷だらけのワタシをコール様のお母様は心配して、十歳になった時養子として迎えてくれる里親を斡旋してくれたんです」
「それで奴隷から解放されたんだよな」
「はい。その後は本当に幸せな時間を過ごさせて頂きました。ワタシが覚えたての水魔法をコール様に教えてあげたり、初めてコール様と一緒に下級魔法使いの試験を受けたり、毎日が楽しくて仕方がなかったです。でもコール様はその時の試験、落ちちゃったんですよね。受かったのは三度目でした。二人っきりで魔法の練習をしていた時間が懐かしいです」
「アハ、アハハ。恥ずかしい思い出ばかりだな」
「そんなことないですよ。ワタシに名前を授けてくれたのはコール様なんですから」
「……名前?」
「覚えてないんですか?いくら酔ってるからって名前をつけた思い出ぐらい覚えてほしかったです」
「『ソフィア・ラビュー』の『ラビュー』は確か俺が――」
「そうです!思い出してくれたんですね!奴隷から普通の身分に戻った日にコール様が、『名前がないのはおかしい。だからソフィアに今日からラビューを名乗ってほしいんだ。意味は名付けた俺の母さんに聞いてくれ』って顔を赤くしてました。意味は『愛する人』ですよね、コール様?」
「そうそう。俺は大人になったら恥ずかしい思いをするからやめようって言ったんだけど、母さんが可愛らしい名前ってだけでつけちまったからな」
「ふふ、そんなやり取りがあったんですね。そういえばコール様は騎士学校で寮生活を送っていた時に、マーシャと出会ったんですよね?」
「ああ、俺が朝早くから一番乗りで裏庭で剣を振るっていたら、マーシャも俺から離れた場所で剣を振るっていることを知ったんだ。俺は負けじとマーシャより早く起きて剣を振るって決めたんだけど、その日から寝不足が続いて学校の授業についていけなくなって、マーシャに『勉強を教えてくれ』って頼みにいったのが初めてした会話だったな」
「コール様ってそんな記憶力良かったでしたっけ?」
「そ、それはマーシャが勉強を教えてくれたから記憶力が良くなったんだ、きっと」
「コール様はマーシャのどこが好きなんですか?」
「言わなきゃ駄目か?」
「当たり前じゃないですか!恋人なら好きな人を人前でも褒められるはずです!ワタシだって二人の関係に嫉妬してるんですよ!コール様の友だちであるワタシにだって聞く権利があるんですから!」
「わ、わかったからそんな大声出すな!俺とマーシャが初めて言葉を交わしてから、俺たちは騎士としてお互いを高め合う間柄になった。まあ、あくまで騎士として良き相棒のような関係だ。その時点で恋心があったわけじゃない」
「じゃあどうしてですか?」
「それは……マーシャの両親が亡くなって、マーシャが酷く落ち込んでいたんだ。『私には頼れる存在がこの世にはいない。誰かに頼って生きてることも、一人で死ねないことも私にとっては、もはや苦痛でしかない』。悲しみに暮れるマーシャに、俺が『それなら俺がそばにいてやる。ずっといてやるから死にたいなんて言うな。俺に頼って生きろ。一人で死なせない。死ぬ時は俺も一緒に死んでやる』って言ってやったんだ」
「それって告白なんですか?凄くモヤモヤします」
「でも俺が魔装騎士であることを黙っていたらマーシャが、『魔装騎士と魔法使いは嫌いだ。都合の悪いことはひた隠しにし、嘘をついて欺こうとする者たちの集まりだ』って言い放った。だから俺は『俺は魔装騎士だけど嘘は嫌いだぞ。それにマーシャだって嘘をついてる!俺のことが好きなはずなのに、嫌いなフリをしてるんだ!』。あの時は思わず吹き出してしまったな。でもふと思ってしまった。この男なら私の未来を明るく照らしてくれるんじゃないかって」
「え~と、コール様?『この男』とか『私』とか、一体何を言ってるんですか?」
「い、いや、今のは勘違いだ。ちょっと酔い過ぎた。夜風にも当たってこよう」
立ち上がるコールにソフィアが背中に抱きついた。
「お慕いしてます、コール様。ずっとおそばにいさせてください」
しばしの沈黙が続き、夜風が二人の間を優しく包み込んでいた。