転生したらヒルチャールだった件 作:良いスライム
お目汚しですが、これからもどうぞよろしくお願いします。
これは人から聞いた話だが、人生をより良く生きるためには長期目標と短期目標を立てると良いそうだ。お前は今魔物だろって?そんなことはどうでもよろしい。
長期目標は、文字通り長い期間をかけて目指す目標を指し、いわば最終的なゴールのことを言う。もちろん俺の長期目標は、俺を殺してこんな姿にしやがった奴をぶっ飛ばすことだ。これが成し遂げられるまでは死んでも死に切れない。
一方、短期目標は、長期目標を達成するために段階的に目指す目標を指し、長期目標の達成に向けて段階的にクリアしなけれならないものだ。さて、今の俺の短期目標はと言うと……
「ブモォォォ!」
「待てや、昼飯!」
「シャララン、シャラン♪」
ずばり、食料調達である。俺は今イノシシを追いかけながら山の中を駆け抜けていた。
このところ山を散策してみて分かったことだが、この山には食料と言えるものがほとんどないのだ。植生は針葉樹ばかりであり、木の実の収穫はまず見込めない。
植物がダメとなると動物がターゲットになるわけだが、鳥は物理的に捕まえられず、小魚は労力の割に腹に溜まらない。そんなわけで、「お肉を求めて一狩りいこうぜ!」というのが本日の目標である。
現在、俺はお手製の棍棒を振り上げながらイノシシを追い回しているわけだが、流石は四足歩行。魔物ボディをもってしても一向に追いつけない。
「シャララン、シャラン♪」
「ええい、お前はもう少し静かにしてろ!気が散るわ!」
さっきからシャラシャラ音を出しているのは、クリオネのような形をした精霊『仙霊』だ。テイワット大陸に存在する仙霊は普通水色なのだが、なぜかこの辺の仙霊は赤い色をしており、ほんのり暖かい。ふよふよ浮いているため動きも緩慢であり、捕まえるのはさほど難しくない。
そのためカイロ替わりに持ち歩いているという訳だ。難点は四六時中鳴き声を出してうるさいこと。
俺は檻を激しく叩くと、ようやく仙霊は静かになった。
そうこうしている間に、イノシシとの距離がジワジワ開いてくる。チッ、仕方ない。あんまり使いたくないんだが…
俺は走りながら片手を前に突き出すと、力を手のひらに集中させる。
「岩ァ!」
「ブヒィ!?」
俺が叫ぶのと同時に、前方の地面から石柱が勢いよくせり出す。石柱はイノシシの身体を突き上げ、空中に放り上げた。よぉ~し、クリーンヒット!
今のところ踏んだり蹴ったりの我がヒルチャール生だが、1つ幸運なことがあった。
それがこの岩を生み出す能力だ。能力を使うたびに腰に付けた黄土色の宝石が光るため、恐らくはアクセサリーの力なのだろう。固い岩を作るだけかと思うかもしれないが、これが何かと便利で、今手に持っている棍棒や仙霊を入れている檻もこの能力で作ったものだ。
「ハァ、ハァ……オエッ…」
ただデメリットとしてとにかく疲れる。小さいものならそこまででもないのだが、今の石柱くらい大きなものとなると、しばらく能力は使えない。
しかし、おかげでイノシシは討伐できたようだ。数m先に、吹っ飛ばされたイノシシがぐったりと倒れている。俺はイノシシに近づき、とどめを刺そうと棍棒を振り上げた。
その時だった。
「ゴフッ‥‥‥」
イノシシはいきなり跳ね起きると、俺に向かって鋭い頭突きを放った。突然の衝撃に思わず後ろに倒れ込む。イノシシは倒れた俺を一瞥し、フンと鼻息を鳴らすとどこかへ走り去っていった。
「…イノシシが狸寝入りなんてしやがって」
俺はむくりと起き上がると、イノシシが走り去った方向を睨みつける。雪が薄く積もった地面には、まばらに垂れた血の道筋ができていた。
◆
イノシシの追跡を続けると、血痕はある巨大な洞窟の中へと消えていた。恐らくこの洞窟が奴の住処なのだろう。
「しかしまぁ、随分と物騒なところに住んでるもんだ」
ここは山の谷あいの部分となっており、周りを崖が覆っている。さらに、谷全体を包むようにして、崖からは巨大な骨が突き出していた。まるで、怪獣の死骸の上に谷が出来たような感じだ。
地面のいたるところには、滲むようにして赤い染みがじんわりと広がっており、薄く血の匂いが漂っている。しかし、この凄惨な状況とは裏腹に生物の面影は一切感じられず、それが一層不気味さを掻き立てていた。
「お邪魔しま~すっと…」
辺りを警戒しながら慎重に洞窟に入る。
洞窟の内部は赤黒い光でうすぼんやりと光っており、外の寒さが嘘のように不思議と温かった。イノシシを狩った後はここを拠点にしても良いかもしれないな。
そんなことを考えながら洞窟内部を進んでいくと、あっけなくイノシシの姿は見つかった。
「…お前、母親だったのか」
枯れ草が敷き詰められた巣に、腹部から血を流したイノシシが横たわり、1匹のウリ坊に乳をやっていた。
俺の気配に気づいたのか、母イノシシは身体をのそりと起こすと子どもをかばうように俺の前に立つと、唸り声を上げてこちらを睨みつけた。
思わぬ展開に毒気を抜かれてしまった俺は、諸手を上げて敵意の無いことを示す。
「あ~…いや、悪かったな。ほら、こんなもんでも良ければやるよ」
俺は身に付けていた小袋から干し魚を数個取り出すと、その場に置いて後ずさり、腰を下ろす。
イノシシはゆっくり魚に近づくと匂いを嗅いだ。問題ないと判断したのか、魚をくわえると子どもへ分け与えた。子どもはお腹が空いていたのかガツガツと魚を貪り始めた。
別に、このイノシシの親子に思い入れがあるわけではない。ただ、なんというか、温かったのだ。記憶を失った今の俺には、何のつながりもない。だが、少なくともこいつらには家族と言うつながりがある。
孤独は寂しく、そして冷たい。外はこんなに寒いのだ。この温かさを壊すことは俺にはできなかった。
ぼんやりと、イノシシの様子を見つめていると、とあることに気付く。
「ん?お前そんなに傷が多かったか?」
母イノシシには俺から受けたであろう腹部の傷の他にも、あちこちに生傷ができていた。確か俺とやり合った時には、なかったはずだが…
疑問に思い、腰を上げようとしたその時だった。
たん、という軽い音と共に赤い閃光が目の前を横切り、ウリ坊の脳天を貫いた。
「は?」
思わず、洞窟の入り口の方へ振り向く。そこには、銃を構えた人間と身の丈ほどもある大きなハンマーを携えた大男が立っていた。
「イェーイ!命中ゥ!ホラ言ったろ?オレが本気出せばあんな小さい的でも当てれんだって!」
「あーあー、わーったよ。つーかここ、博士様の研究材料があるとかいう洞窟だろ?早いとこずらかろうぜ」
軽い調子で会話をする二人に、怒りの形相を浮かべた母イノシシが猛然と突っ込む。
「あ?んだよ」
男がタイミングよくハンマーを振り下ろすと、母イノシシは断末魔を残すことなく四散した。
洞窟には奇妙な静寂が訪れ、残されたのは俺と男2人だけとなった。
「バ、馬鹿野郎どもが!お前ら何して……」
一瞬の出来事に、思わず言葉がつかえて出る。俺に気付いたのか二人は口々に言い合い始めた。
「ウワァ、何だよお前。そんなボロボロの服着てさぁ。もしかして遭難?オレらファデュイが来たからにはもう安心してイイぜ」
「…いや、待て。こいつヒルチャールじゃねえか?服こそ着てるがよ」
「えぇ……?ウワ、ホントじゃん!ってことはよ。言葉を喋るヒルチャールってコト!?チョーレアじゃん!」
「あぁ、博士様に持っていけば良い土産になる。きっとお喜びになられるぞ」
ファデュイ、博士。なんだ?どこかで聞いた気がするがよく思い出せない。もしかしたらこいつらは俺と関わりがあった奴らなのか?
混乱する俺を余所に、二人は話を終えると武器を構える。
「つーワケだからよ。大人しく付いてきてくんね?」
奇しくも二人は俺と同じように仮面を被っており、その表情の全容を窺い知ることはできない。だが、露わになっているその目が、口が、奴らの性根を雄弁に物語っていた。
「…一つ聞いていいか。なぜイノシシの親子を殺した?」
「ハ?ワケ分かんねぇ。理由なんてねえよ。いーから黙って来い。お前も痛い目には遭いたくないだろ?」
「そうかい…」
俺は手をかざすと、渾身の力を込めた。
「返事をくれてやる、答えはNOだ!」
俺は叫ぶと同時に、地面に手を付く。すると地面、壁、天井のあらゆる方向から鋭利な岩の棘が無数に突き出る。
「コイツッ!岩元素を使えんのかよ!」
「チィッ!」
仮面の二人はバックステップを踏んで即座に回避行動に移る。
クソッ、串刺しとはいかないか。だが、少しでもダメージを与えられれば御の字。でなくても障害物となって逃走時間を稼ぐことはできるだろう。
俺はすぐさま身をひるがえし、洞窟の奥へと駆けだした。狙うのは最深部、そこで奴らを迎え撃つ。
「待ちやがれ!」
豪快な破砕音が耳を打つ。マジかよあの岩結構固いはずだぞ。
後ろを振り返る余裕はないが、二人の激昂した様子がありありと伝わってきた。
「おい、追うぞ!」
「要は死ななきゃイイんだろ!?コイツでも喰らえや!」
二人は怒号を上げながらで俺を猛追してきた。顔面の横を赤い閃光が走り抜ける。マズイ、あの銃弾に貫かれたら終わりだ。
俺は息を切らしながら胴体と足に岩の鎧を作り出した。岩の重さで速度が落ちないよう、最低限の部分のみを鎧で覆う。
ガチンッと音を立てて胴体の鎧から火花が飛び散る。よし、耐久性は問題なさそうだ。
俺は後ろを振り向くと、素早く地面に手を付いて力を籠める。
すると、地面から巨大な壁がせり出し、瞬く間に通路を分断した。
「クソッ、またコレかよ!おい、早く来い!お前のハンマーじゃねえと壊せねえ!」
やはり俺の岩は、あのハンマー野郎じゃないと壊せないらしい。あれだけ重そうな武器を持ってるのだ。追いついてくるのには少し時間があるだろう。
壁が破られない様子を確認した俺は、再び逃走を開始する。
走っていると、いつの間にか俺は洞窟の最深部へとたどり着いていた。
「何だよこれ……」
洞窟の一番奥には真紅の光を放つ巨大な物体が壁に貼り付いていた。
洞窟内を照らしていた赤い光の正体は間違いなくコレだろう。
恐る恐る手を触れて見る。表面にはぬめぬめとした赤い液体がべっとりと付いており、まるでこの物体が一つの生物か何かであるような気がした。
「グゥッ!」
すると、腕に焼けるような熱さと鋭い痛みが走る。
思わずその場にうずくまると、勢いよく後ろを振り返る。
「ハッハァー!ようやく追いついたぜ!どうだ!肉を貫かれると同時に焼かれた気分は!?」
「おい、それくらいにしとけ。ヒルチャールの後ろのモノは、恐らく博士様の研究対象物だ。万が一ってことがある」
そこにはいつの間にかファデュイと名乗る二人組がおり、俺に向かって武器を構えていた。
「クソッ……」
俺は無事な方の腕を咄嗟にかざすが、それよりも早く銃の男が反応する。
「おっと」
「グアッ‥‥!」
掌に銃弾が突き刺さり、燃えるような痛みが走る。
「おい、話を聞いてなかったのか!」
「当たったからイイじゃん。それに俺ヤなんだよ。弱ぇ奴が抵抗してくんの」
「もういい、お前は下がっていろ。俺が鎧ごと足を砕いてやる」
男がそう言うとバチバチと紫の電気を迸らせながら、ハンマーを引きずり近づいてくる。俺は思わず後ずさりをするが、壁に遮られこれ以上進むことができなかった。
そんな俺の様子を見て、銃を持った男が面白そうに笑う。
「ハハハ!いい気味だぜ、これでそのツラが拝めたらもっとサイコーなのによぉ!」
クソッたれが、このまま何もできずに終わるっていうのかよ。イノシシも俺も、テメエら以外はまるで虫けらのように扱いやがって。
何よりも腹が立つのは、それに対して俺が何一つ出来やしないということだ。もっと、もっと俺に力があれば!
(力が……欲しいの?)
突如として、頭の中に声が響く。大人のような子どものような、男のような女のような、ハッキリと判別できない不思議な声だ。
(なんだ!?誰だお前は!)
(君はまだ、終わりたくないんだね…?力があれば生きられるの?)
(力…?ああそうさ!俺には力が無い!理不尽を、運命を焼き尽くすほどの力が!)
(なら、僕と契約しようよ。僕の祝福を分けてあげる。全てを飲みこみ燃やし尽くす深淵の力を)
(契約だと?)
(そう、契約。力をあげる代わりに、君には僕の願い事を叶えてもらう。でもこの力は君をひとりぼっちにするかもしれない。その覚悟がある…?)
脳内に様々なイメージが流れ込む。
誰かの視点なのだろうか。焼ける街、逃げ惑う人々。冷たい雪にうずもれて静かに暗闇に沈む意識。孤独で冷たく、誰の声も届かない暗闇の空間。これが契約の末路とでも言うのか?
だが、最後に浮かんだのは俺自身の記憶だった。俺を崖から突き落とした奴の顔に貼り付いたほの暗い薄ら笑いだ。
あぁ…なら答えは決まっているよな!
(良いぜ。乗ったぞ、その契約!)
「ん?」
俺はふらふらと立ち上がると、ハンマーを持った男が歩みを止める。
「…一つ聞いていいか。お前らは、なぜ仮面を被る?」
「妙な事を…だが良いだろう。教えてやる。ひとたびファデュイになれば、過去も、自らの全ても無意味となったことを意味する。故に我々は仮面を被るのだ。自らの顔すら捨て去るためにな」
「そうか、なら俺の理由を教えてやる。俺は嫌だったんだ。この顔が、自らの弱さが。だから目を背けるために仮面を付けていた。だが!」
俺はそう言うと、自らの仮面に片手をかける。
凄まじい不快感が全身を襲い、腕が固まる。俺はもう片方の手で無理やり手を掴むと、強引に仮面を取り去った。
「フフフフ、ハハハハハッッ!!」
俺の全身から真紅の炎が立ち上り、洞窟内の闇を照らす。
「な、なんだ!?」
炎は身に纏う鎧を紅に染め上げ、俺の身体自身にもその力を示す模様として焼き付いていく。全身を巡り、やがて俺の顔へと集まった炎は、その形を残したまま、真紅の仮面となって消え失せた。
全身に力が満ち溢れる。今ならすべてを変えられそうだ。
「伝わるか?この燃えるような怒りが!さぁ、全て燃やし尽くしてやる!」