転生したらヒルチャールだった件 作:良いスライム
山はその日も酷い吹雪だった。強い風が辺りの枝をわらわらと揺らし、高山の薄い空気と冷たい空気があいまって、胸がきりきりと痛む。仲間に呼び出された俺は、切り立った崖の上で待ちぼうけを喰らっていた。
そろそろ引き返そうかと思ったその時、背中に強い衝撃が走る。身体が宙に放り出され、重力が俺の体を下に引きつけようとする。その最中、俺は振り返ってそいつの顔をはっきりと見た。
そこには、目元に白い仮面を付け、醜く頬を歪めた男が立っていた。
「ドットーレッ!!」
目を覚ますと、ごつごつとした岩の天井が目に入る。
痛む体をゆっくりと起こして、辺りを見回す。周りに人影はなく、外からは日の光が差し込んでおり、温かな空気が感じられる。どうもこの洞穴で俺は寝ていたようだ。
「確かあいつらとやり合って、それから……チッ、上手く思い出せん」
体には拘束具や解剖された形跡らしきものはない。どうやら上手いこと奴らと離れられたらしい。二度目の死も覚悟したが、悪運ここに極まれりという感じだ。
「だが…収穫はあったぜ」
一連の出来事を通して、肝心な俺の身の上は未だに思い出せなかったものの、重要なことを思い出すことができた。北国スネージナヤの擁する武装組織「ファデュイ」。その執政官である男、コードネームを「博士」という。そいつこそが俺を突き落とし、化け物にした張本人だ。ファデュイを名乗る奴らの口ぶりからすると、奴はまだのうのうと生きているようだ。必ず見つけ出して、この手で報いを受けさせてやる。
「…が、まだ動けそうにないな」
あれからどれだけ時間が経ったのかは分からないが、動けないほど痛めつけられた俺の身体は、ほとんど治りかけていた。まだ、痛みはあるものの、外傷はとりあえず塞がっている。さすがは魔物、驚異的な再生能力だ。
身体の具合を確認していると、入り口から赤い体をした仙霊が洞穴の中に入ってきた
「あ、ようやく起きた!3日も目を覚まさないから心配したよ!」
仙霊はふよふよと浮きながら、俺の方へ近づいてきてぴょこぴょこと目の前を動き回る。
赤い色をした仙霊…まさかとは思うが、なんとなくデコピンしてみる。
「痛ぁ!何するの!?」
「お前、まさか俺の腰にいたやつか?」
「こ、細かく言うと違うけど…まぁそうだよ。それにしたって命の恩人にデコピンするなんてひどいよ」
「命の恩人?お前がか?」
気を失う直前、俺はファデュイの奴らに囲まれていたはずだ。
目の前の仙霊を見る。その姿は空に漂う雲のように儚げで、大きさも手のひらサイズだ。カイロ替わりがせいぜいのこいつが、あいつらを退けて俺をここまで運んだとはどうも考えにくい。
俺の疑いの視線を感じた仙霊は、身体を斜めに傾かせながら考え込む仕草をした。
「う~ん。説明が難しいんだけど…じゃあ、やってみる?」
「は?」
そう言うと仙霊は俺に向かって突進してきた。とっさに避けようとするも、身体がうまく動かずに仙霊の突進をまともに受けてしまう。
仙霊が俺の中に吸い込まれるように入ると、途端に意識がぼやけ、別の意識が流れ込んでくる。それらが分かれようとしたり、まとまろうとしたりと、とにかく奇妙な感覚が全身を襲う。
(どう?僕の声が聞こえる?)
「うおっ!」
脳内に不思議な声が響く。さっきまで目の前にいた仙霊の声だった。
(ふふ、驚いた?こんなこともできるよ。右向け右!)
仙霊がそう叫ぶと、俺の身体はひとりでに右を向いた。思考と体が切り離されたような感覚でまるで操り人形のようになった気分だ。こんな馬鹿なことがあるのか。
(あははは、じゃあ今度は、左向け左!)
(なっ……これ以上好きにさせるか!)
体が左へ向こうとするのを、俺は必死に意志の力で抑える。うまく力が拮抗しているのか、身体は正面を向いた状態でプルプルと震えている。しばらく攻防が続くと、仙霊は諦めたようで俺の身体からするりと抜け出してきた。
「ハァ、ハァッ…こ、この野郎…」
「どう?これで君の疑問は解けた?」
「…あぁ、俺を助けた手段はな。だが、腑に落ちないことがある……なぜ俺を助けた?」
俺は仙霊に向かって問いかける。かたや仙霊、かたやヒルチャール。同族であるならまだしも、この仙霊には俺を助けるメリットなど存在しないはずだ。敵意が無いことはなんとなく伝わってきたが、逆に言えば、それが不気味でもあった。
仙霊は俺の言葉を聞くと、可笑しそうにシャラシャラ音を立てながら、俺の周りを飛び回った。
「何でかって?そんなこと決まっているじゃないか。君は僕の願い事をかなえてくれる人なんだから。死んでもらいたくないんだ」
「願い事だと?」
「君に僕の祝福を分ける代わりに、僕の願いを1つかなえてもらう。そういう契約をしたはずだよ」
「契約……」
脳裏に記憶が蘇る。そうだ、ファデュイとかいう奴らに殺されかけた時、頭の中で声がした。そして俺は、俺を殺した奴への復讐を遂げるためにその声が導くままに契約を結び、炎を操る力を手に入れたのだ。
「ふふ、思い出したみたいだね」
仙霊は嬉しそうに、俺の周りを飛び回ると、鈴の鳴るような声で自らの願いを俺に告げた。
「僕の願いは外の世界をたくさん見ること。君と色んな場所に行って、たくさんみんなと触れ合いたいんだ!」
それは幼い子どもが口にするような願いだった。もっと広い世界を見たい、知らないことを知りたい。そんな、無邪気で純真な願い。もはやは忘れてしまったが、かつて俺にも、そんな希望に満ちた願いを抱いていたことがあったのかもしれない。
しばらくの沈黙の後、俺は静かに口を開いた。
「…お前、俺の願いは知っているのか?」
「うん。君の中に入った時にね」
「これから俺が歩く道は、暗がりの道だ。お前が見たくもない景色も見るかもしれん。それでも良いってのか?」
「それでも」
仙霊は、俺をまっすぐ見つめてそう告げた。こりゃあこれ以上言っても聞く気はなさそうだな。
「…ま、約束しちまったからな。いいぜ、血みどろの景色で良ければ嫌って程見せてやるよ」
「やったぁ!これからよろしくね!え~と……」
「生憎、記憶喪失の身でな。呼びたい名前で呼んでくれ」
「えぇっ!僕が決めていいの!?」
仙霊は唸りながら、俺の頭のてっぺんから足のつま先までを何度か往復すると、ピタリと眼前で動きを止めた。
「…アギト!アギトって名前はどうかな?『目覚め』っていう意味の言葉なんだけど…」
「いいぜ。俺は今日からアギトだ。よろしくな、あ~……」
「僕の名前はドゥリン!よろしくね!アギト!」
ドゥリンはそう名乗ると、手(のような部位)を差し出す。俺はちょこんと差し出された手に指を重ねた。