転生したらヒルチャールだった件 作:良いスライム
洞穴から出ると目の前には川があった。広く流れる川はゆったりとした流れで、太陽の光をきらきらと反射していた。
辺りを見回すと、川を挟んで断崖絶壁がそびえたっている。川上の方には巨大な滝まであり、そしてその奥には天を突かんばかりに屹立する雪山が目に入った。なんと随分離れたところまで来てしまったようだ。
なんとなく雪山の方を見つめていると、おもむろに大木が滝から流れ落ちてきて、バラバラに砕け散る。
「……そういえばお前、俺をどうやってここまで運んできたんだ」
「?川にざばーって入ったら、ぐわーって流されて、ぼしゃーんと落ちて、気づいたらここにいたよ?それよりほら、すっごくいい天気でしょ?旅の始まりにはピッタリ!」
「…俺には曇り空にしか見えなくなった」
能天気にはしゃぐドゥリンを見ながら、こいつに二度と体を操らせまいと固く決意するのだった。
土手を上がると整備された道に出た。道幅は広く、砂利が敷き詰められている。少し離れたところには民家もあり、煙突からは白い煙が立ち上っていた。近くにブドウ畑でもあるのか辺りには甘い香りが漂っており、どでかい屋敷も建っている。
ドゥリンは「さぁ行こう!」と言いながら、民家の方を目指してふよふよと突き進み始める。俺は急いでドゥリンをわしずかみにすると、急いで川べりの方へ身を隠す。
息を殺して川べりから顔を覗かせると、辺りに人影はおらず、騒ぎが起こった様子はない。とりあえずは助かったようだ。
ドゥリンは、むぃぃと俺の手から顔を出すと抗議をし始めた。
「ちょっと、何するのさ!」
「そりゃこっちのセリフだ!人に見られたらどうすんだ!」
「…?何か問題でもあるの?」
「お・お・あ・りだ!」
ドゥリンはキョトンとした様子で、何でもなさそうに言ってのけた。どうもこいつには危機管理能力が欠如しているらしい。
「…よし、今からお前にクイズを出してやる。お前の目の前にいるのは誰だ」
「アギト!」
ノータイムでそう答えた。違うそうじゃない。
「…質問が悪かった。じゃあ、俺の姿を見たままに言ってみろ」
「え~っとねぇ…裸で、黒くて、毛がふさふさしてて、角が生えてて、お面を付けてる!」
「それじゃあ、そいつが人と会ったらどうなると思う?」
ドゥリンは少し考える様子を見せるとハッとした雰囲気を出す。そうだ、ようやく気付いたか。
「仲良しになれる!」
「なれるかぁ!!」
ドゥリンの頭にデコピンをする。ドゥリンは「痛ぁい!」と言って、手で頭を押さえた。
「いいか?人間は裸じゃないし黒くないし、角も生えていない。今の俺の姿は『魔物』、つまり怪物だ。そんなやつが人前に出てみろ。袋叩きにされて終わりだ。お前だって見た目こそ害は無いが、捕まって見世物にされるのがオチだろうぜ」
「そんな、見た目で決めつけるなんてひどいよ!話し合えばきっとわかってくれるよ!」
「お前は違うのかもしれんが、残念ながら人間ってやつは自分と違うやつをのけ者にしたがる。たとえ言葉が通じてもな」
「そ、そんな…」
ドゥリンとの間に気まずい雰囲気が流れる。ドゥリンはしょんぼりした様子で項垂れている。
喋るヒルチャールに喋る仙霊。そんな存在はきっと人から受け入れられることはない。雪山で出会ったファデュイの奴らが良い例だ。俺たちが人と交流しても良い結果に結びつくことはないだろう。
「た、助けてくれ~!!」
静寂を打ち破るように、男の悲鳴が辺りに響いた。
声のした方を見ると、川辺で一人の老人が丸っこい水色の生物たちに取り囲まれていた。あれは…スライムか。色を見るに水…いや、氷スライムだ。雪山でもたまに見かけることはあったが、ここにも出るのか。
スライムはポヨン、ポヨンと身体を弾ませながら老人へと近づいていく。スライムは動きが鈍重なため、逃げようと思えば捕まることはまずない。だが、取り囲まれた場合や、足腰が動かない老人の場合は話が別だ。押しつぶされて取り込まれるか、凍らされて巣に連れて帰られるか、どの道ロクな最後にはならない。
老人は杖を振り回してスライムを追い払おうとしているが、あまり効果は無さそうだ。
いつの間にか手から抜け出していたドゥリンが、俺の目の前で訴える。
「ねぇアギト!おじいさんを助けてあげようよ!あのままじゃ、きっと食べられちゃう!」
「…いや、これはチャンスだ。じきにこの騒ぎを聞きつけて人が集まってくるはずだ。その隙をついてここから離れよう」
この距離間でも助けを求める声が聞こえたんだ、きっと民家の方にも聞こえている。もし今、爺さんを助ければ、その後に来たやつらと鉢合わせになる。そうなれば仙霊のドゥリンはともかく、十中八九俺はスライムと一緒に殺されるだろう。爺さんには悪いが、俺には為さなければならないことがある。ここで捕まるわけにはいかない。
俺の言葉を聞いたドゥリンは、信じられないと言った様子で俺を見る。
「いいよ!君が行かなくても僕一人で行く!」
そう言うとドゥリンは、すごい速度で爺さんの方へ飛んで行った。
◆
「おじいさん!助けに来たよ!」
ドゥリンはスライムと老人の間に割って入ると、くるりと身を翻してスライムたちと対峙を始めた。
老人はその姿を見るや、驚いた様子で叫ぶ。
「せ、仙霊!?」
「こら!お前たち、今すぐ戻るんだ!さもないとこの僕がこらしめるぞ!」
ドゥリンの言葉など意に介さず、スライムたちはポヨポヨと音を立てながら迫っていく。
「き、聞いてないの?じゃ、じゃあこうだ!」
ドゥリンは、身体を赤く光らせるとその体を思いきり氷スライムにぶつける。じゅわと氷が溶ける音がして、水蒸気が発生する。
「ど、どうだ!」
しかし、スライムはそれを意にも介さず、ぶるりと体を震わせると、ドゥリンに体当たりをした。
「うわぁ!」
ドゥリンは羽虫のように、老人のいるところまで吹き飛んだ。老人は咄嗟にそれを受け止めると、ドゥリンの身を案じて声をかける。
「だ、大丈夫かい…?おちびちゃん?」
「うん!おじいさん安心してね!今僕が追い払ってあげるから!」
ドゥリンは再び身体を赤く光らせた。スライムはその様子を見ると、ぼよんと大きく跳ねた。
「え・・・?」
ドゥリンと老人を黒い影が覆い隠す。頭上からのプレス攻撃。一度受ければ最後、そのままスライムに捕食され逃れるすべはない。ドゥリンは自分の未来を察知した。
しかし、飛び上がったスライムは横から伸びてきた炎の奔流に飲み込まれると、明後日の方向へ飛んで行った。
「……ったく、しょうがねぇ」
ドゥリンと老人の前にはいつの間にか、紅い仮面を被った魔物が炎を迸らせながら佇んでいた。
「燃やされたいヤツからかかってきな!一匹残らず黙らせてやるよ!」